日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


ふたりのサラ 4

大事なことは、君の頭の中に巣くっている常識という理性を綺麗さっぱり捨てることだ。もっともらしい考えの中に新しい問題の解決の糸口はない。

――トーマス・エジソン

 

 

「おかげさまで新春任務は無事に全達成できましたので、そろそろサラの件に取り掛かりますよ」

松代大本営まで直通の秘匿回線に向かって、日下部はそんな風に宣言した。

 

『頼むよ。僕の失敗を押し付けるみたいで申し訳ないけどね』

回線の向こうにいるのは、もちろんモーリアックだ。

用件があれば去年までは比較的気軽に会うことができた彼だったが、現在はそれは難しくなっている。なのでやり取りは基本的に、こうして秘匿回線を使って行うことになっていた。

というのも、

 

『それにしてもサラくんの脱走が、僕に対する暗殺計画の布石だったとはね。もし憲兵隊がマコの鎮守府を力押しで制圧してたら、その隙を突いてもしかしたら計画は成功していたかもしれない』

「そこは長谷川に感謝ですね。あいつのおかげで憲兵隊の主力は本来の任務を継続できたわけですし」

細かい経緯までは日下部も把握はしていないが、襲撃事件について捜査を継続した憲兵隊がそういった情報を掴んだらしい。

 

「しかし元帥を暗殺するとか、正気とは思えない話ですね。背後関係とかどうなってるんですか?」

『犯人たちは逮捕される寸前で綺麗に自爆したらしくて、手がかりは皆無だそうだ。そんなことを強要できる組織力があること、そして何より襲撃事件に深海棲艦が動いていることから、かなり根深いのは間違いないね』

「まったくもって気が滅入る話ですね……元帥を一人くらい爆弾で吹っ飛ばしたところで、大して意味がないというのに」

日下部が言うと、秘匿回線の向こうからモーリアックの愉快そうな笑い声が聞こえてきた。

 

『確かにね。何しろ僕、全部で8人いるし。おまけに起きて行動しているのは基本的にホムンクルスだし』

「これまでは本体含めてセブンシスターズだったのが、最近8体目の起動に成功したんですよね?」

『その通り。おまけにアイギスの応用でホムンクルス同士の自我が想念波ネットワークで繋がったから、ついに「一人のジャン・モーリアック」として7つの身体が行動できるようになった。だから本体は大本営地下のシェルター内でコールドスリープしているよ』

ということは、日下部と会話しているこのモーリアックもホムンクルスということになる。大概に人間を辞めているような状態だが、日下部に言わせればココロさえ人間ならば、カラダが何になろうとも人間だ。

 

『せっかくだから、ホムンクルスには死をトリガーにした想念兵装でも仕込んでおこうかな? さすがに本体には無理だが』

「案外楽しんでませんかこの状況。そもそも、暗殺なんか未然に防ぐに越したことはないのでは?」

『それはそうだ。だから警備体制を強化するために、マコとの会合も中止にせざるを得ないのさ。まぁどのみちアイギスはしばらくは地道な改良をするしかないからね』

「元帥の一番苦手な分野じゃないですか。大丈夫ですか?」

『まぁそこはマコを見習って頑張るよ。だからキミはきっちり、サラくんの件に尽力してくれたまえ』

最後まで気楽そうな口調を崩すことなく、モーリアックは通信を終了した。

日下部は思わず溜息をつきそうになるが、思い直してそれを呑み込む。モーリアックの無茶振りは日想研時代からお馴染みだが、同時に日下部に「できる」ことしか決して振ってはこなかった。だからきっとこの件も、日下部ならできると信頼してのことだろう。

尊敬する上司に信頼されるというのは……まぁ、そんなに悪い気分ではない。

 


 

「正直、あの人の正気を疑ったのはこれで二度目だ」

執務室。川内の目の前で、大本営から受領した艦娘化実験の資料をめくりながら日下部がぽつりと呟いた。

ちなみに一度目は言わずもがな、オペレーション・ササジャータカについて知った時だが、さすがにそこまでは川内の知るところではない。

 

「サラさん、シンギュラリティの時に脳死状態になってたんだね……この間は元気に歩き回ってたのに」

「そしてサラトガの概念核は、改まで育ってたのが轟沈で損傷した物。人間と艦娘のニコイチとか、絶対に正気じゃないぞ」

ニコイチ、とは破損した複数の個体を強引に繋ぎ合わせて、ひとつの個体に修理することだ。もちろん本来の個体より性能の上では通常劣化するのだが、修理資材の不足などの理由でやむを得ず行わなければいけない状況は存在する……例えば100年前の大戦末期における日本軍のように。

 

「こないだ見た感じ、概念核は不活性化してるだけで特に外傷はなかったんだよなぁ」

艦娘の轟沈は、概念核の損傷によって起こる。しかし日下部に言われて思い出せば、確かにあの時のサラの頭の横に浮いていた概念核は、黒ずんではいたが目立った外傷はなかった気がする。

 

「サラトガと繋がれた時、サラの脳は機能停止していたが心臓はまだ活動していた。概念核は脳と心臓、両方の機能を有する。サラと強引に繋がれたことで、サラトガの概念核は心臓の影響を受けて機能をある程度回復した。そして心臓の役割を果たす必要がないため、脳の役割に集中することで、低下した機能でも器官としての役割を果たすことができている……というのが、これまでの研究成果らしい」

「轟沈した艦娘が蘇生できるって、なにげにすごいことじゃないの?」

「安定して実用化できるならな。率直に言って、サラだけのレアケースって気がしてる」

艦娘を轟沈させた提督は、まず間違いなく軍法会議に問われる。

轟沈ストッパーがある以上、よほどまずい指揮をしない限り艦娘の轟沈は起こり得ない。そして艦娘の絶対数が足りていない現状では、軍事的成果によってそれを帳消しにできることはまずない。

この実験にはそういった厳しい状況を打破するという一面もあったのだろうが、あいにく一般化できないならその面では成果なしと言うしかないだろう。

 

「まずは実際にサラの状態を詳しく見てみないとな。こないだはざっと明石に調べさせた程度だし。どれ。明日は舞鶴に、お姫様を迎えに行きますか」

――お姫様。

おそらく深い意味のない言葉だろう。この人にはこういう気障なところがある。それはわかっている。

だがそれでも川内には、ひとつ心配な点があった。

 

(真琴さんは「カラダが何であろうとココロが人間なら人間」って言うけど。「カラダが人間でもココロが艦娘である」サラさんって……人間、なの?)

想念交信で日下部に伝わってしまわないよう細心の注意を払いながら、恋する乙女はそんなことを思い浮かべた。

 


 

舞鶴から軍用輸送ヘリでこのショートランド人工島に移動する間、サラはずっとうつむいたまま一言も喋らなかった。

日下部もあえて言葉をかけなかった。彼女にも心の整理を行う時間が必要だと思ったからだ。

だが鎮守府外れのヘリポートに着陸しドアが開いたところで、

 

「サラ、おかえり」

まるで本当にお姫様をエスコートするかのように、手を伸ばしながら言う。

サラは一瞬だけきょとんとした表情になった。それはすぐさま、今にも泣き出しそうな物へと変わる。

 

「提督。サラは、本当にここにいても良いのですか?」

「この間とは状況が違う。お前は今は正式に、この鎮守府に着任した空母サラトガだよ」

「ありがとうございます! はい、サラはここに!」

ついにこらえきれず嬉し涙を零しながら、改めてサラは着任の挨拶を述べた。

そんなサラを伴って、日下部は堂々と鎮守府内を練り歩く。すれ違う艦娘たちの中には、先日の一件や前世での因縁から複雑な感情を込めた視線を向けて来る者もいたが、日下部が同伴している状態で堂々と何か言ってくる者はさすがにいなかった。

 

「さてサラ、最初に言っておく。私はお前を艦娘と認めるが、同時に今が普通の状態じゃないのは理解してもらいたい」

「……はい。艤装が使えませんし、概念核が体外に露出しています。艦娘としてお役に立てないのは申し訳ありませんが、損傷には前世から慣れています」

少しだけ陰りのある表情で、サラは日下部の言葉を認める。

ひとまず現状について、ある程度冷静に受け止めてくれるのはありがたかった。

 

「というわけで、ここに直行で申し訳ない」

「ここは改修工廠ですか?」

「その通り。これまでの研究資料は受け取っているが、実際に確かめてみたいことがある」

工廠内で通常業務に当たっていた明石に対して、日下部は声をかける。

 

「明石、改修工廠の準備だ。サラを補佐に、F6F-3の改修ができるか試してみろ」

「ど、どうなのかな、それってば……」

航空母艦サラトガが補佐すれば、アメリカの艦上戦闘機であるF6F-3の改修は可能だ。

だが、彼女の見た目は明らかにサラ・ローレンスなのだ。到底できるとは……、

 

「って、ええええええーっ!?」

「きちんと改修できたな! これは若干想定外だぞ」

予想に反して見事に改修成功したF6F-3を前にして、明石と日下部は驚きに目を見開く。

 

「……ふむ。ということは想念工学的見地ではお前は、完全に空母サラトガであるということになる」

存外に歴史の分水嶺にいるような気がするのだが、一方で中元寺ファイルにはこの件については何も書かれていなかった。つまりこの件の根本にあるものは、中元寺の得た知識からも外れた「何か」ということなのだろうか。

 

「サラ。以前お前はその概念核が体外に露出している理由について、『事故』と言っていたな?」

「はい、申し上げました、けど……」

サラは不安げな表情を浮かべる。

だが、踏み込むべきはここだ。日下部は躊躇なく質問を重ねる。

 

「空母サラトガの艦歴に戦闘での損傷は多かったが、事故は特筆するほど大きな物はなかった」

先程自分でも損傷に慣れていると言った通り、空母サラトガは大戦の序盤を損傷と修理の繰り返しで過ごした。だがその損傷は、日本軍の攻撃で受けたものだ。事故ではない。

 

「大きな事故の記憶……それは、艦娘サラトガの物じゃない。人間サラ・ローレンスの物だ。彼女はシンギュラリティ到来時、安全な場所へ避難するために車を運転していたが、深海棲艦爆の攻撃を避けようとして大事故を起こした。かろうじて一命は取り留めたものの、脳死状態になるほどの大怪我だったそうだ」

それはシンギュラリティ到来のあの日、地球全土で発生した無数の悲劇のひとつ。

 

「彼女の両親はモーリアック元帥をアメリカの誇りと思っていた。だから打診された人間艦娘化計画の被検体に、サラを提供することを了承した。エミリーは大反対だったそうだがな。そして結局、計画そのものは上手く行かずに今のお前がいる」

この辺りの経緯は、受領した資料に一通り書かれていたことだ。ざっと一読しただけだが、それでも今の彼女に突き付けるには十分だろう。

 

「サラ・ローレンス……?」

その自身の名前を、彼女はまるで初めて聞くかのように、

――否。

 

「ああっ……ごめんなさい、サラ。でも、サラは……サラトガは、もっと皆さんのお役に立ちたいんです。だから……うっ」

まるで痙攣でも起こしたかのようにぶるぶると全身を小刻みに震わせると、そのままサラは小さなうめき声と共に意識を失った。

 

意識喪失(ブラックアウト)したか。あの時と同じだな。とりあえず明石、サラを新しく用意したサラトガ用の部屋に運ぶぞ」

「医務室や入渠施設じゃなくていいんですか?」

「以前のように原因を調べる必要はないし、そもそも今の彼女は肉体的には人間だ。入渠の意味はない」

「了解しました……提督。彼女、なんとかなると思いますか?」

「ああ。大きな収穫があった。少なくとも方向性は見えたよ」

日下部は微笑みを浮かべて答える。

同じ技術者である明石ならば、きっとこれが虚勢などではないと理解してくれることだろう。

 


 

「サラトガは轟沈したわけだから、その形而上の自我(タマシイ)は本来なら地球意志に還るはずだった」

日下部はサラをサラトガの部屋に運んだ後、その看病を明石に委ねて執務室に移動していた。

今はここで執務を行っていた川内が、話に耳を傾けている。

 

「しかしそれより早くサラの心臓の影響を受けて概念核の機能が回復した結果、完全に肉体を離れられなかった。そこで二人の形而上の自我は混線してしまったんだろう。F6F-3の改修ができた以上、今はサラトガの形而上の自我が表に出ていると判断するしかないがな」

「確かに。細かい部分はもちろん違うけど、陽菜さんのところのサラトガもあんな感じだったよ」

「だが表に出てこないだけで、サラ・ローレンスの形而上の自我も残っているはずだ。大きな事故の記憶があったからな」

何しろサラは「脳死」、つまりそれ以外の肉体は生きていたのだ。サラトガと違って、形而上の自我が地球意志に還る理由がない。

 

「そっか。ところで今更なんだけど、この件ってどうすれば『解決』なの?」

「一番いいのは、サラトガに艤装を扱える能力を持たせること。ただ実験はもう失敗扱いで終わっているから、最悪サラとサラトガを切り離すだけでもいいとさ。そして正直、後者だけなら簡単だ。すぐにでもできる」

「えっ、どうするの?」

「お前にチェルノボグで、サラトガの形而上の自我だけを習合させる。概念核という器質を残してやれば、サラがそれを利用して肉体の主導権を得られるだろう」

チェルノボグで習合できないのは人間だけだ。他は艦娘だろうが超人(ポストヒューマン)だろうが習合できる。それは間違いない。

だが……、

 

「ヤだ!」

「……川内?」

「これは、深海棲艦に向ける物だよ! 艦娘に一度でもチェルノボグを向けたりしたら、きっと次からは普通にそれが選択肢に入ってくるようになる。そんなの、ヤだよ! どうしてもって言うなら三重命令(トライオーダー)でも使って!」

想像以上の強烈な拒否反応に思わず面食らう。日下部が三重命令(トライオーダー)という習性を心底忌み嫌っていることは、もちろん川内は承知しているだろう。その上でここまで言うのだから、本気の拒絶だと受け取るしかない。

 

「そっか。わかった、なら無理にとは言わないさ」

ぽん、と日下部は川内の頭に優しく手を載せる。

どうしても他に方法がないわけではない。そもそも日下部としても、今言った方法は「とりあえず可能」程度のつもりであり、次の第二案こそが本命だ。

 

「ならするべきことは決まった。サラの自我とサラトガの自我に境界線を引いて、別々の物として認識させる」

「そんなことができたとして、ひとつの肉体をふたつの人格が共有することになるんでしょ? 混乱しない?」

「最初はするかもな。だが、それでも上手くやれるさ。なぜなら川内、その実例は目の前にいる」

「……あっ!」

「アイギス搭載型超人(ポストヒューマン)は、生得の自我とシステム制御用の仮想人格、ふたつの自我を備えている。こんな感じに落ち着けさせればいい」

日下部の場合は先に中元寺國彦の人格が同居しており、その中元寺と古代ケルトの英雄フィン・マックールが融合したため、いささか特殊な状態とはなっている。だが舞津や長谷川の方式であっても、仮想人格は宿している。

ひとつの肉体にふたつの自我というのは、決してサラだけの話ではないのだ。

 

「自分がサラ・ローレンスになりたいか、サラトガになりたいかは。あいつ自身が決めればいいさ」

汝の意志するところを為せ。それが法のすべてとならん。

信条とするアレイスター・クロウリーの言葉を脳裏に浮かべながら、日下部は噛みしめるように呟いた。




※月初で色々忙しくて間が空きましたが、サラ編の続きです。今話を含めてあと3話で終了の予定です。
正直この辺、めちゃくちゃ独自設定を重ねていて難解だとは思います。ちなみに別に読むに当たって事細かに理解する必要はありません() ふわっと「サラ・ローレンスという人間の身体にサラトガの人格が宿っている」とだけご理解いただければ十分です。
ちなみにサラ本来の人格は、次話で登場予定です。

艦これ本編、秋刀魚祭りが終わってクリスマスmodeに入りました。鳳翔改二も来ましたね。
12月は本編には大きな動きはなさそうですが、本作はツイッターでの投稿でまた大きく動く予定です(いよいよ物語の核心が明かされます)。
合間を見てSSも更新していきたいと思います……もうそろそろタイムラグ1年になりそうですしね。
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