日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


ふたりのサラ 6

指輪や宝石は贈り物ではない。唯一の贈り物は、汝自身の一部を贈ることだ。

――ラルフ・ワルド・エマーソン

 

 

無事に鎮守府に戻ってきた日下部は、サラトガと共に工廠を訪れていた。

本来のここの主は明石だが、今ばかりは日下部にその座を譲って助手に専念している。超人(ポストヒューマン)化手術の執刀は、さすがに彼女にはまだ荷が重いからだ。

 

「サラ、本当に良いんだな?」

「くどい。何度も言わせないで。日本人の男ってみんなそうなの? きっとお姉ちゃんのこと堕としたファッキン野郎も、あんたみたいにしつこく付きまとって無理やりシたに決まってんだ」

「いやあいつ結構すぐに堕……じゃなくて。わかった、その意志を尊重するよ」

資料からはわからなかった口の悪さに少しだけ苦笑する。

 

「他所のサラトガから抽出した肉体のデータを元に、お前を超人(ポストヒューマン)化する。アイギスの搭載を考えなくて良い分、元になったサラトガに限りなく近い物が用意できる。それこそ、99.99%までサラトガそのものの肉体だ。将来的には大規模改装にも対応できるぞ」

「望むところよ。それにアタシは消えるんじゃない。サラにカラダを貸してあげるだけ。普段はココロの奥で眠ってるし、呼ばれれば出てくるわ。言っとくけどサラのこと泣かせたりしたら殺すからね。ハルゼー提督ばりの勢いで」

「おお怖い。注意するよ」

かつての大戦でアメリカの指揮官として戦ったウィリアム・ハルゼー大将の掲げた標語は、その過激さで知られている。さすがにその内容通りにされるのは、いくら日下部でも御免被るといったところだ。

 

「じゃあおやすみ、サラ・ローレンス。また会う日まで」

日下部がそう言って微笑むと、サラは静かに目を閉じる。

……のだが、

 

「あの。サラからもお願いがひとつあります」

直後にぱちっと目を開いて、おずおずと今度はサラトガがそんなことを言った。

 

「自我が混淆してた時には思い出せませんでしたが。今のサラには、轟沈する前の記憶があります。かつて『提督』と呼んだ方の記憶、一緒に戦った鎮守府の仲間たち……」

もちろん資料には、その辺りのことも載っていた。

サラトガ轟沈の責を問われ大本営から厳しく糾弾されてもなお、その提督は決して折れなかった。教化隊による再教育を完遂し、再び提督業に戻って自分の艦隊を再建して、今ではひとかどの中堅提督としてそこそこ有名な存在となっている。

日下部も名前だけなら知っていた。この件に関わらなければ、そんな過去があったなど知らずじまいだっただろう。

 

「ん……私じゃなくて、あの提督の下に再び配属されたいか?」

「いえ、逆です。私から、『提督』やかつての仲間たちの記憶を消して下さい。何のためらいもなく、あなたを提督と呼べるように」

サラトガの言葉に、日下部は思わず目を見開く。

 

「私としては願ったり叶ったりではあるが。本当に構わないのか?」

「はい。私はあの方の物語の中では終わった存在です。新しい物語を始めて、そして私の知らない仲間たちと共に今は在るのでしたら、私にはそれを邪魔する権利はないと思うんです」

サラトガの轟沈からは、確かにずいぶん長い時間が経っている。

もしかしたらかの提督の下には、もう新しい別のサラトガが着任しているかもしれない。

 

「それに私のために戦って下さったこの鎮守府のみんなも、良い方たちばかりですから。お願いします提督、サラを本当の意味でこの鎮守府のサラトガにして下さい」

「……わかった」

少しだけ、翔鶴と中元寺提督のことを思い出す。あちらは死んだのは提督の方で、そして翔鶴は記憶を失うことを認められなかった。

どちらが幸せか、などというのは考えるだけ野暮だろう。

完全に好きなように在れないのは人間も艦娘も変わらない。与えられた選択肢の中で、せめて意志するところを為すしかない。己の意志を「法のすべて」にできるのは社会不適合者だけだ。

 

「では、そろそろ始めるぞ」

サラの肉体に全身麻酔をかけ、同時にサラトガの概念核にマインドハックを開始する。

世界初の超人(ポストヒューマン)であっても、他人をそう作り変えるのは初めてだ。ここからは並外れた集中力が求められることだろう。

 


 

改めてモーリアック元帥は天才だと思った。

自分は彼の用意したマニュアルによって手順を頭に叩き込んだ上で実施したが、それでも神経が悲鳴を上げるほどに疲弊していた。

いわんや彼の場合、世界初の施術である以上マニュアルも何もなかったわけで……つくづく、世界一の想念工学者の技術に敬意を覚える。

 

「サラトガの肉体を持ち、艤装を扱うことができ、海の上を歩け、そしてサラトガのココロを持つ。お前はこれで名実ともに艦娘だ、サラ」

「Hello! 航空母艦、Saratoga(サラトガ)です。提督、これからもご一緒に、頑張りましょう!」

「ああ、よろしく頼むよ」

艤装を身に着けてどこか恥ずかしそうに微笑むサラトガは、もはやどこからどう見ても単なる艦娘、アメリカの正規空母であるサラトガにしか見えなかった。

声も変わっていた。サラ・ローレンスの声は少し低めで迫力のある声だったが、今はどこか透き通ったような艦娘サラトガ標準の声になっている。

その当たり前を得るまでの苦労を思い、自然と日下部の口元にほころびが生じた……その時。

 

「提督、もう大丈夫?」

工廠を訪ねてきたのは川内だった。名前ではなく肩書を呼ばれたから、おそらく秘書艦の業務としてやって来たのだろう。

 

「ん、どうした川内?」

「お客様が見えてる……その、会う?」

「ああ、安静にしてればもうサラも大丈夫のはずだ。会おう。平気か、サラ?」

「はい、平気ですよ」

日下部はサラトガの容態を気遣って確認したのだが、

 

「あー、そういう意味じゃなくて……まぁいっか」

「ん……?」

川内の見せた奇妙な反応が気になって、思わず首を傾げた。

 


 

サラトガには艤装を外して医務室で安静にしていることを、明石にはその付き添いを命じて、日下部は川内と共に応接室に向かう。

そこで待っていた来客の姿を見た瞬間、川内の妙な態度の意味を日下部は完全に理解した。

 

「あ、そ、その。日下部提督。先日ははしたないところを見せたね……」

「い、いや。うん」

来客というのはエミリーだったのだ。もちろん、あの松代での一件から顔は合わせていない。

気まずい空気に、しばしお互い言葉を失う……だが、やがてエミリーは意を決したように顔を上げ、ゆっくりと心中を話し始めた。

 

「あれから少しは、気持ちに整理は付けられた。無理やり始めて無理やり終わらせて、本当に勝手な人だと思うけど、私が好きになったのはそんな勝手なマコトだったもの。だから仕方ないよね」

「……すまん」

「いいのよ。よし、じゃあこの話は終わりね」

そう言って笑う彼女の内心は、きっと表情ほどには割り切れていないのだろう。

先天性の共感性欠如(サイコパス)であっても、そのくらいはなんとなくわかる。

それでも彼女は立ち上がって前を向くことを選んだのだ。その強い意志はかつて愛した彼女のままで、日下部はなんとなく嬉しくなる。

 

「サラの件、解決したって聞いたけど?」

「ああ。本人の意志を尊重する形で対応した。会うか?」

「もちろん。覚悟はしてある」

何の覚悟だろう、とは思ったが口には出さなかった。

きっと自分とエミリーの間に物語(ナラティブ)があるように、姉妹の間にだってあるのだろう。他人の物語(ナラティブ)には、生半可な覚悟で立ち入るべきではないはずだ。

 


 

「サラ!」

「あなたは……。そう、あなたがサラのお姉さんだったんですね。自我が混淆してた頃の記憶は曖昧ですけど、親身になって世話を焼いてくれたことは覚えています」

「妹だもの。当たり前じゃない!」

「そうですよね、うん」

エミリーは医務室のベッドで上体だけを起こしていたサラを、ぎゅっと抱きしめる。

サラトガは少しだけ目を細めて、おとなしくされるがままになっていた。

 

「ほらサラ、自分で挨拶しませんか? ……って、え? もう、Awkward cuss(ひねくれもの)なんだから」

傍目には一人芝居にしか見えないやり取りだが、日下部に事前に説明されていたこともあり、エミリーは特に混乱することもなかった。

 

「サラはなんて?」

「『アタシはカラダの繋がりだけで愛情を判断してたから、お姉ちゃんに合わせる顔がない』ですって。まったく仕方のない子」

サラトガは盛大に溜息をつく。

 

「サラとシなくなったのは事実だもの。寂しい思いをさせてたのね。ごめんなさい、サラ」

エミリーは少しだけ眉根を寄せながら呟く。

留学期間が終わって故郷に帰ってからも日下部の"Big magnum"が忘れられなくて、一時期男を漁っていた時期がある。

だが女とは……特にサラとはまったくシなくなった。自分はレズビアンだと思っていたらそうではないと日下部に強引に気付かされて、どこかサラに対して後ろめたい感情を抱いたのは否定できない。

 

「ふふ。本当はお姉さん大好きなのにね。時間はあるから、サラトガからも言い聞かせておきます」

「はは、私よりもずっとサラのお姉さんしてる。サラトガ、サラのことお願いね」

「はい! ふふ、サラトガもレックスのこと思い出しました。レックスも艦娘になったら、エミリーさんみたいなのかな?」

レックスとはサラの姉に当たるLexington(レキシントン)級ネームシップのことだ。残念ながら、未だ艦娘にはなっていない。

 

「どうかな。私としては、似てない方がいい。良い姉じゃないからね」

屈託のない笑みを浮かべるサラトガに対し、エミリーは静かに首を振る。

 

「じゃあ私はそろそろ行くね。何かあったらいつでも呼んで。駆けつけるから」

「はい!」

良い姉じゃないとうそぶく彼女の言葉を否定すべきかと一瞬迷ったが、結局サラトガは何も言わずに彼女を見送る。

きっとこの姉妹にはもう少し時間が必要だ。今、結論を焦るべきではないだろう。

 


 

「もういいのか、ローレンス少佐?」

医務室の外で待機していた日下部は、室内から出てきたエミリーに声をかける。

彼女の表情がどこか晴れがましいものになっているように見えるのは、気のせいでないと良いのだが。

 

「ええ。必要ならいつでも会えるしね」

エミリーは日下部に向き直った。だが視線は日下部を射抜かず、床に向けられる。

どこか言いづらそうに、絞り出すような口調で言葉を吐き出す。

 

「ねぇ日下部提督。図らずもあの約束を叶えることになりそうだけど、私の分までサラを可愛がってあげてね?」

「おいちょっと待て。絶対お前、なんか勘違いしてる」

「え、だってサラは艦娘と言えるでしょ!?」

エミリーは本気で驚いているようで、目を大きく見開いていた。

 

「私は『艦娘以外と恋をする気はない』とは言ったけど、『全艦娘と恋をする』つもりもないぞ? 実際うちの艦隊でも、ノーザだの大井だの恋にならなかった子はいる」

「ノーザはわかる。ミナコに似てるもんね、あの子。見てて辛いってのは理解できるよ」

エミリーもそう言うからには、やはりあの艦娘が初恋の人に似ているというのは自分だけの感傷ではないのだろう。あの恋の終わりを知る者の口から客観的に言われると、微かに胸がちくりと痛む。

 

「でも、大井とはなんで?」

「いや、大井と北上が好き合うのって標準的だろ?」

「そうだけど。え、そういうのを無理やりスるの、マコト大好きだよね? アサギのこと楽しそうに堕としてたし」

「……」

昔の恋人から若い頃の所業を客観的に口にされると、さすがにどう反応して良いか戸惑う。

まぁ、確かにした。同級生の少女を表ではそれまで通り恋人と付き合わせながら、裏でその肉体を好き放題貪った。恋人に純愛を囁いていた口が自分の前では下品な喘ぎ声を吐く姿に、下卑た欲望を燃え盛らせていたのは間違いない。

 

「むしろ大井と北上両方まとめて食べちゃいそうとしか思えないんだけど」

「あー、エミリー。笑いたければ笑え。私はな、二度と寝取りはしないと決めてるんだ。サラとサラトガ、あれどう見てもお互いを大切に想いあってるからな」

Really(ほんとうに)!? マコトが!? あーーーーはっはっはっはっは! 21世紀で一番笑ったわ!」

「こ、こいつ……笑っていいとは言ったがそこまで笑うか」

笑いたければ笑えと言って本当に爆笑されると、案外むっとするということを初めて知った。

まぁ完全に自業自得なので仕方ないのだが。

 

Sorry(ごめん)、本当に昔のマコトじゃないのね」

憮然とした表情に気付いたのか、エミリーは表情を引き締めて居住まいを正す。

 

「うん、わかった。なら言い方を変える。サラトガはアメリカの誇りたる空母よ。その艦娘であるあの子のことを、大切に運用してあげて」

「ああ、それならば。人類統合軍・艦娘運用部隊、ショートランド泊地所属、提督識別符号(アドミラル・コード)A20210223。日下部提督の名にかけて、お約束いたします。ローレンス憲兵少佐殿」

敬礼と共に日下部は宣言する。

自分は古代ケルトの戦士ではないが、この誓約(ゲッシュ)を違えることは決してないだろう。

 


 

新年早々に起きた一連の出来事は、こうして終わりを告げた。

日下部鎮守府にはイントレピッドに続き、2人目のアメリカ空母が着任した。きっと他のアメリカ艦娘も、これから少しずつ増えていくことだろう。

季節は冬の最盛を過ぎ、晩冬へと向かっている。吹きすさぶ風の冷たさも徐々にほころんでいく中、そう遠くない内に次の「イベント」があるはずだ。

2046年。この激動の一年に何が待ち受けているかを、日下部も人類も――まだ知らずにいた。




※サラ編、これにて完結です。
SS時間軸ではようやく1月が終わろうというところですが、リアルタイムではすでに12月末となっています。その差11ヶ月。ツイッターをご覧いただいている方はご存知かと思いますが、この11ヶ月で本当に日下部鎮守府世界は激動しています。
SSは少しずつ進めていきますが、きっと結構な時間がかかると思います。気長にお付き合い下さい。

サラ編について。
結局この話は何だったかというと「2021年の秋イベで神威が着任したので、サラトガ狙いで大型艦建造を回したら、正月早々に見事着任した」というものです。
設定上、日下部鎮守府における「建造」とは「大本営に資源を納入することで未整理の概念核を受領し、それを受肉させる」というものなので、大型艦建造についてもその延長線上で設定を考える必要がありました。
なんだかんだ言って、ローレンス姉妹は良いキャラになったと思っています。
ちなみにサラ・ローレンスという大学がアメリカに実在するようです(まったく知りませんでした)。元々この大学の名前自体が人名から取られているようなのでそんなに不自然ではないのですが、一応サラは実在のサラ・ローレンス大学とは一切関係ないことはここに明言しておきます。

本話にて「日下部鎮守府の冬」章は終わり、次回からは「46億年と2046年/晩冬」章が始まります。
何やらスケール感の大きな数字が入ってますが、ちゃんと意味があります(ツイッターをご覧いただいている方はご存知かと思いますが)。
艦これ本編は12月27日でクリスマス任務が終わるようです。去年はここから7-4こと昭南本土航路が実装されてびっくりしましたが、さて今年はどうなることでしょうか。


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