日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
その比翼に連理はあるか 8
恋人を選ぶ……なんてウソ。いきなりわが身に降りかかってくるものだ。
あの夏の日。無神経な発言で妹を泣かせたのを見て、一発ぶん殴ってやろうと思ったのは確かだ。
けれども実際にそれを許すどころか、非殺傷設定を外した主砲で砲撃をさせられた時、この男は本気で頭のネジがぶっ飛んでると思った。
こんな男と恋愛ができるのは、妹も含めてやっぱりどこか真っ当じゃない艦娘ばかりだろう。
そう思った。間違いなく。
その時は、本当の本当にそう思ったのだ。
けれども。
艦娘たちを的確に指揮し、艦隊を強化し続け。
アイギスなんて物を完成させて、ルール無用の殲滅戦を展開できるに至った。
妙な経緯で艦隊に転がり込んできたサラトガの問題も、周りの手も借りながらどうにか解決してみせた。
そんなことをやってのけたこの男は、ただ単に頭のネジがぶっ飛んでるだけじゃなくて……きっとすごい男なのだろう。
その事実を改めて認識した時、今の自分がこの男をどう思ってるかに気付いて思わず溜息を吐き出す。
――どうやら自分は自分で思っていたより、「真っ当じゃない艦娘」だったようだ。
とにかく慌ただしかったサラトガの一件が片付いて、日下部鎮守府には日常の艦隊業務が戻ってきていた。
となれば提督にとってやるべきことはひとつ。艦娘の育成である。
そろそろ2月になろうかというこの日。一人の艦娘が改二へと大規模改装を終え、報告のため執務室を訪れていた。
「結構ばっちりじゃない、コレってば!」
航空戦艦・伊勢。秋イベで先に改二になった日向の姉だ。
日向と違って対潜能力が高いわけではないが、その分航空戦艦としてわかりやすい能力を持っている。つまり主砲火力と航空機搭載数の両立だ。
「喜んでもらえたなら何よりだ。今後の活躍に期待しているぞ」
彼女の改装には、少なくない手持ちの資材を費やしている。
使った分は働いてもらいたいというつもりのねぎらいの言葉だったが、どうにも彼女のお気には召さなかったらしい。
「長射程艦爆を持参するし、必要な資材は日向よりは少ないし、普通は先にあたしを改装するもんじゃないの?」
「まぁ普通はな。いいんだよ、好きな子は贔屓するんだ私は」
「そう……」
日下部としては素直に思ったところを口にしたのだが、なぜか彼女はどこか落胆したような顔付きになってぽつんと呟いた。
「大規模改装したんだから、もっと喜んでくれよ」
「う、嬉しいわよ。もちろん」
慌てたように手を振る様子を見ていたら、ふと前々から彼女に聞きたいことがあったのを思い出す。
もちろん素直に聞いても構わないのだが……まぁ、いきなり試してみるのも一興だろう。
「なぁ伊勢」
「なに、提督?」
首を傾げる伊勢に向かい、日下部は椅子から立ち上がっておもむろに近づく。
怪訝そうな表情を浮かべる彼女に向かって……腰を深く折って頭を下げる。それも二度。
これはいわゆる「拝礼」と呼ばれる動作だ。そしてそのまま、謳い上げるように言葉を紡ぐ。
「
「待って提督! なんでいきなり
伊勢は驚いたように叫んだ。それはそうだろう、いきなり何の前触れもなくこんな真似をすれば普通は驚くはずだ。
だが一方で彼女は、日下部が唱えた一連の言葉の名称を正しく呼んだ。
天津祝詞。「神道」と呼ばれる日本のオカルトにおいて重要なものとして位置づけられている、神々を称える祈りの言葉。
「あたしはそんなものを奏上されるような大層な神じゃない。少なくとも、絶対に天津の天孫ではないわよ」
「……ということは、祝詞の意味は理解してるな。去年の夏に
そんな風に言うと、ここでようやく伊勢は我に返ったようだ。自分が何を口走ったかに気付き、観念したように溜息を吐き出す。
「そうね。あたしたち艦娘が『本物の神』かどうかはともかく、あたしの頭の中にはそういう知識がある。日向に護衛艦ひゅうがの知識があるようにね。どうせならそこは日向と同じ、護衛艦いせの知識の方が良かったけど」
「ならば御身に伏して願い奉る」
「……似合わない。というか提督なんだから、いつもみたく命令すればいいじゃん」
曲がりなりにも神の一種である艦娘に対し、素人なりに儀礼を尽くして願いを奉ろうとしたら、当の神があっさりそんなことを言ってきた。
「いや、艦娘としての仕事とは意味が違うかな、と」
「一緒よ。航空戦隊だろうと水上打撃部隊だろうとあたしの仕事なのと同じ。必要ならやるわよ。というか神扱いはやめて……あたしはあなたの部下の、艦娘よ」
気分を害したとか不服があるというか、そういうのとは少し違う……なんというか切羽詰まったような口調で、必死になって伊勢は言う。
そんな態度を取られる理由にまったく心当たりはないのだが、当の本人がそう言うのならそうすべきだろう。
「なら遠慮なく。その神道に関する知識を貸して欲しい」
「いいんじゃない?」
「ノリ軽っ! まぁ助かる」
何か思うところがありそうではあるのだが、断られるよりはいいだろうと思うことにした。
日下部はきりっと表情を引き締め、日向や伊8にも告げた言葉を放つ。
「――ようこそ、形而上学が完全勝利した時代へ」
「それとか『汝の意志するところを為せ』とかもそうだけど、よく真顔で言えるね。恥ずかしくないの?」
「辛辣ぅ! でも全然恥ずかしくないんだな、これが」
自分の人生の最大の恥は広く晒されて、その気になれば全提督が知ることができるようになっているのだ。ならば今さら格好つけた台詞のひとつふたつ、何を恥じることがあるだろうか。
伊勢の改二への改装から数日後。
2月3日、節分。
人類統合軍においては季節ごとの行事は、できるだけ盛大に行う方針となっている。正月に始まりクリスマスに至るまで、およそ軍隊とは思えないほど毎度派手に騒ぐわけだが、これは娯楽のほぼ喪失された現代にあって貴重な艦娘たちの息抜きの機会という意味合いが大きい。
そんなわけで日下部鎮守府もまた節分の豆まきを楽しんでいるのだが、
「鬼役買って出たのはいいが……明石ぃ! MM機関で『投擲に最適な豆』を物質化させるのは止めろ! ちょ、これ艦娘の腕力で投げられたら冗談抜きに小口径砲程度の威力はあるぞ!」
「いいじゃないですか、そんなヤワな身体じゃないでしょ! 鬼役みんなで揃って討ち死にしましょうよ!」
飛んでくる豆の想定外の威力の高さに本気で逃げ回りながら、日下部は明石に抗議する。想念工学者としては実に興味深いものではあるが、さすがに自分が投げられる立場ではそうとばかりは言っていられない。
大淀に鬼役を押し付けられたからといって、これは暴挙が過ぎるのではないか。
「我々戦艦はこういう時は、無駄に頑丈で楽だな」
「ああ、いくらでも鬼役は買って出るぜ」
などと頼もしいことを言ったのは長門と武蔵。大和のまだ着任していない日下部鎮守府においては、この二人が戦艦のトップ2と言えるだろう。
もっとも、
「『戦艦』で括るの止めて欲しいデース……あのレベルのマッチョと一緒にされたらたまらないデース」
同じ戦艦でも、この金剛型のような反応の者も多い。たとえば長門の妹である陸奥も似たような感じで、鬼役を引き受けたはいいが、豆の想定外の威力に明らかに辟易している様子だった。
苦笑しながら日下部が逃げ回っていると、ふと進行方向にいた伊勢と目が合う。
「伊勢、いいところに! お前も戦艦なら鬼役を手伝え!」
「改装航空母艦、伊勢。全通飛行甲板で参ります!」
「あっズルい!」
堂々と。あまりにも堂々と彼女は、自分を空母だと言ってのけた。そのままあかんべーと舌を出して、いずこへともなく姿を消す。
日下部は追いかけるか一瞬悩むのだが、
「……っと!」
物陰に潜んでいた川内が放った豆を、紙一重で回避する。
節分の豆を鬼が回避するなど本末転倒だが、この威力ではそれもやむなしだろう。
「へぇ。気配で気付くとか、提督もなかなかやるじゃん」
「お前とは想念交信で繋がってるからな。思考を隠しきれてなかった……ぞ……」
呟きながら、日下部は気付く。
曲がりなりにも歴戦の艦娘である川内が、そんな初歩的なミスをするか?
「気付いた? そう、あたしは囮! 夜戦戦力は水雷戦隊だけじゃないんだよ!」
「節分戦深度に浮上、てーとく発見! お豆1番から4番まで、てーっ!」
二重の
「……ぐはっ! いてぇ」
潜水艦隊の鬼役は潜水母艦の大鯨が努めているはずなのだが、
「ま、まぁこの威力を大鯨にぶつけるのはさすがに可哀想だからな、……がくっ」
「ゴーヤ、ちゃんと頑張ったでしょ!」
「チャンプルーにして喰うぞコラ」
「あ、結構余裕ありそう」
まぁ本当に死にはしない。
死んだふりをしながら日下部は、先程の伊勢の言葉を脳裏に思い出していた。
――自分を堂々と空母だと主張するなら、あいつには空母として仕事を割り振ってやろうじゃないか。
「お前、昨日はよくも堂々と空母だって言い切りやがったな」
節分の狂騒が明けて翌日。
執務室に呼び出した伊勢に、日下部は口元だけ笑わせながら声をかけた。
「こっちはれっきとした第四航空戦隊所属の空母ですー。嘘は言ってないわよ」
「先日私の強心臓をどうこう言ってたけど、お前だって大概じゃん!」
「うじうじしてるより、そういう子の方が提督的には好みなんでしょ?」
「それはそう」
「じゃあいいじゃない」
なぜか微かに目を逸らしながら言われた。
まぁそういう性質の方が好ましいと思っているのは確かだ。なので日下部はそれ以上追及せず、代わりに頼み事を申し出る。
「なら空母であるお前を見込んで、概念艤装の開発とは別にひとつ頼みたい。こっちは艦娘としての仕事の範疇だが」
「なに? 出撃?」
「いや、演習。私の嫁艦の潜水航空軽巡に、航空艤装の使い方を教えてやってくれ」
先日のサラの一件において深海海月姫を習合したのは良いが、当たり前だが川内は航空艤装など使ったことがない。潜水鮫水鬼の潜水能力は感覚的なものだけで使いこなせているが、航空艤装に関してはやはり基礎を学ばないと一切使い方がわからないとのことだ。
「まぁあれ『深海棲艦の艤装のコピー』だし、そもそもその特性上夜間航空機としてしか運用できないから少し勝手が違うかもしれんが、基本は通じるだろ」
「権能の習合ねぇ……神話大系を挙げてそれを繰り返してきた日本神話の専門家としては、少し複雑」
伊勢の言う通り、日本神話はとにかく他のオカルトの神格を無節操に取り込んできた。
例えば民間信仰として人気のある「七福神」という存在がある。文字通り七人の福の神なのだが、日本土着の神はその中でたった一柱だけだ。他はすべてインド発祥の仏教や、中国の道教に登場する神格が元になっている。
「まぁそう言わんでくれよ。そういうことができて、実際に有用なのだから使わない手はないさ」
「というか、あたし用の概念艤装はないの?」
思わず苦笑する。この辺はガングートにもウォースパイトにも言われた。確かに他人の武器のために知恵を出すなら、自分でも使いたくなる気持ちは理解できなくはない。
だが概念艤装というものは、
「あれ、ケッコンして最大練度突破してないと制御できないんだよ」
本来の自分とは違うものをその身に宿すのだから、使い手側にも相応の能力を求められるのだ。
「じゃあケッコンすればいいじゃない」
「私は好きな子以外とはケッコンしたくないんだよ。強さのためのケッコンはしない方針なんだが、知らなかったか?」
「前に聞いた気がするけど、最近無節操に増やしてるみたいだから方針変えたのかと思って」
「変えてない。私は嫁艦と嫁艦候補を全員愛している」
「……」
素直に答えたら、一瞬にして伊勢の表情が蔑んだものに変わった。
「本当、川内も赤城も金剛も、日向も。よくこんなのを好きになるわね」
「ご挨拶だなー」
まぁ、この辺は好きな相手にだけ理解されれば良い。別に伊勢に対して恋愛感情があるわけではないし。
そんな風に考える日下部は、伊勢の心中については察しようとさえ思わなかった。
まったく愛の多い男でつい溜息が出そうになるが、それでも好きになってしまったのだから仕方ない。
それに、愛の多さについては自分も大きな口は叩けない。さすがに二桁なんてことはないが、
この恋に比翼を求めるのは正しいのか、正しいとしてもその相手は誰なのか。
まだ答えの見付からない想いを胸に抱いて。
「川内に深く関わるとさすがに気付かれそうだけど……まぁいいよ。やったげるわ」
伊勢は日下部に、とびきりの笑顔を献上した。
※2023年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
さてリアル時間は2023年になりましたが、本話の時間軸は2046年(リアル2022年)の2月初頭です。話中に節分の話が出てきてますね。
冬イベ(発令!「捷三号作戦警戒」)さえ始まってませんのでご注意下さい。
伊勢について。
正直に言って日向の恋の話を書いた辺りでは、伊勢は日下部にそういう感情はないつもりでした(日本神話の専門家役は彼女に決めてたので、その辺の伏線は張ってありましたが)。
ところが改二に改装した辺りから、なんか勝手に日下部の言動に一喜一憂してるんですよね。いわゆる「勝手にキャラが動く」という現象で、本作でも過去に何度か起きてるのですが、伊勢に起こるとは想定外でした。
ただし本人も言ってる通り、彼女の抱いている感情は少し複雑です。日下部のハーレムに入って終わり、という単純なものではないのでご容赦下さい。
艦これ本編は正月任務中。今年の冬イベはまだ足音が聞こえてきませんね。
一方でツイッターのリアルタイム投稿は大きな山を超えました(SS遅れてる最大の理由)。色々と本作の根幹に関わる情報が次々出てきていて、順調に終わりに向かっています。
春(10周年の頃)を目処にツイッターでの更新停止、SS時間軸をそこまで追い付かせた上で完結編はSSで……というスケジュールを考えています。
そこまでおそらく今年いっぱいはかかる気もしますが、どうぞ気長にお付き合い下さい。