日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


十分に発達した科学の話

人は教えることによって、もっともよく学ぶ。

――ルキウス・アンナエウス・セネカ

 

 

日下部鎮守府では、ここのところ改二への改装ラッシュが継続している。

普段から色々な艦娘を幅広く育成するのが日下部の方針だ。私情は思いっきり入れて好きな子を贔屓はするけれども、イベントで高難度攻略を目指すならばそれだけでは絶対に不可能なことは、そろそろ日下部にも理解できていた。

 

「サンキュー提督。これなら行ける!」

この日改装完了を報告しに来たのは重巡・摩耶。実力派の重巡である高雄型の3番艦であり、特に対空に高い性能を発揮する。

あのサラトガを巡る一件で見たアメリカの防空巡洋艦アトランタには及ばないものの、彼女が艦娘として登場するまでは、駆逐艦の秋月型と並んで艦隊防空の要を担っていたという。

 

「おうおう。普段はウザいとか言うくせに、こういう時だけ現金な奴め」

「なんだよ、それこそウザいな。口の悪さなら曙の奴で慣れてるだろ。つーかあたしはあれよりはマシだろ?」

「それはそうだな」

曙より口の悪い艦娘など、さすがに想像したくもない。別に罵倒されるのが好きなM男ではないのだ。

 

「なぁそれより提督、一度聞いてみたかったんだけどさ。お前イージスシステム搭載してるんだし、あたし用のスタンダードミサイルとかないのか?」

「日向とか最上みたいなこと言うなよ。それ『護衛艦まや』の話だろうが」

「ンだよ細かいなぁ。どっちも同じ『まや』だからいいじゃねぇか」

良くはない。だが艦娘には時折、このように概念の混同が起こる。知識や言動のみならず、日向や加賀など一部の艦娘においては能力までもがそちらに引っ張られることがある。

艦娘は「過去に存在した軍艦の概念」から生まれた種族なのだが、100年前の太平洋戦争期であろうが、20年前の新冷戦末期であろうが、2046年のポスト・シンギュラリティの現在から俯瞰すれば「過去」であることに変わりはない。そういったところが原因だろうとは推測されている。

 

「つっても、いくらなんでもスタンダードミサイルはないだろう。完全誘導兵器なんていつの時代の武装だよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……あ?」

日下部の言葉を受けて、摩耶の表情が変化する。意味不明なことを言われた時の物だ、というのはさすがに理解できた。

 

「噛み合ってないな? お前たち艦娘は地球意志に現代までの知識を与えられて生まれてくるが、もしかしてお前には欠落があるか?」

「……別に自分のことを実艦だと思ってるわけじゃねぇよ」

「認識齟齬個体まで行かなくても、一部の知識に欠落のある艦娘は結構いるんだ。摩耶、ざっと確認するぞ」

兵器史は日下部にも専門外ではあるが、提督は曲がりなりにも軍人だ。最低限の知識は叩き込まれている。

 

「フリッツXやHs293……あの大戦中に産声を上げた誘導兵器は、戦後に大きく発達した。冷戦から非対称戦争、そしてMM技術開発前の新冷戦辺りまでは誘導兵器の全盛期だった。『戦争の自動化』なんて言葉も生まれたしな。その辺までは知識にあるか?」

「おう。護衛艦まやの進水が確か2018年だろ。日本でも改良しながらイージスシステム搭載艦を少しずつ増やしてた時期だよな」

「そうそう。私の生まれた年な」

現在28歳の日下部は、護衛艦まやと同い年だったりする。

 

「じゃあ抜けてるのは、停滞の時代以降の知識か」

「ん、言われてみると確かに抜けてるかもしんねぇ。2020年代以降のこととか全然わかんねーな。後はわかるのは、艦娘として意識を持った今のことだけだ」

「おー、そうか。MM技術の登場で、戦争はまた変わったんだよ。想念力を力場化して障壁を張る……まぁわかりやすく言うと『バリアを張れる』ようになったんだ。障壁を突破してダメージを与えるには、等量かそれ以上の想念力を込めて攻撃するか、障壁の展開時間を超える継続性の攻撃を行うしかない」

自動展開型想念障壁。第六感などと呼ばれる「無意識に危険を察知する感覚」によって発動し、攻撃をほぼ100%防ぐことができる。個人携行用から兵器搭載用までさまざまなサイズがあるが、防御範囲が変わるだけで防御力そのものは変わらない。

想念力を攻撃力に変換できる「想念兵装」でなければ、至近距離から戦車砲の直撃を受けても無傷なのが現代の歩兵なのだ。

 

「そしてさっきも言った通り、完全自動化された攻撃には想念を込められない」

飛翔体の射出は自動でも構わないが、目標命中直前の終端誘導は行わないか、せいぜい手動での指令誘導までに留める必要がある。

生命体の抱く殺意、気合、根性……そういった想念力こそが、想念兵装の破壊力を決める。想念兵装も爆発や燃焼などの化学反応を起こすが、そんなものは使い手に効率的に想念力を生産させるための副次的な産物に過ぎない。

 

「だから索敵技術の自動化と裏腹に、実際の交戦距離は一気に時代を遡ることになった。お前たち艦娘があの大戦の軍艦から生まれてるのは、そんな理由もあるのかもな。真実は地球意志にしかわからんが」

艦娘はその装備も含めて地球意志が創り出した存在だが、「装甲」は自動展開型想念障壁と、「艤装」は想念兵装と同じ原理で作られている。ゆえに現代の人類は容易にそれを解析・模倣・独自改良することができた。

 

「へー。なら提督、深海棲艦はどうなんだよ? あいつらAIで動いてる無人兵器なんだろ? なのにあたしたちよりずっと強靭じゃねぇか」

「いいところに気付くなお前。深海棲艦の何が反則かって、完全自動化兵器のくせに土地に込められた想念を引き出して自由に使えるところだ。あんなもん高次AIでもなきゃ作れんわ。人類の技術では無理だ」

「なんだそりゃ! ズルい! ウザい!」

癇癪でも起こしたかのように摩耶は叫ぶが、こればかりは日下部も同意見だ。反則にも程がある。

 

「まぁそんなわけで、悪いがお前たち用の完全誘導兵器は作ってやれん。実際に前線に出向いて、敵と対峙して、自分自身で狙いを付けて……そして殺意を込めて引き金を引いてもらう」

「ちっ、しょうがないな。しかしさー提督」

「ん?」

「前々から思ってたけど。現代の科学って、本当に魔法みたいだな」

摩耶の言葉に、思わず日下部は黙り込んだ。

当たり前だが摩耶はMM技術に詳しいわけではないだろう。工作艦の明石や、戦闘艦であっても夕張辺りならともかく、彼女はMM技術については素人のはずだ。その素人が、素直に感じたことをとても率直に口にした。あるいはこれは、とても貴重な意見なのではないか?

もちろん「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」だの「個人の体験を重んじるオカルトと違い、技術の共有と再生産を主眼とするMM技術や想念工学は立派な科学だ」だのと、通り一遍の反論をすることはできる。だがなんとなく……摩耶のこの発言に対してそれをしてしまったら、重要なことを見落としてしまうような気がした。

 

「なるほどな。貴重な意見をありがとうな」

だから日下部は、代わりに自分も素直に礼を述べる。

反論が来るとでも思っていたのか、摩耶は妙な表情に顔をしかめた。

 


 

摩耶の改装から程なくして、今度は一人の軽空母が改二改装を完了させていた。

 

「いいねえ~。意外と私、やるからねぇ」

商船改装空母、軽空母・隼鷹。

正直なぜこの艦が軽空母に分類されているのかわからないほどの、多大な艦載機搭載能力を誇る艦娘だ。

 

「まぁ高速を求められないなら、お前さんは明らかに強い。というかお前のような軽空母がいるか。ヴィクトリアスより艦載機積めるとか、あたまわるいだろ」

「知らないよ~、文句は地球意志に言ってくれよ」

「いやまぁおかげで助かってる局面も多いんで、文句ではないんだがな」

多少腑に落ちないとはいえ、味方が強くて文句を言う必要はないだろう。

 

「そういや提督~、一度聞きたかったんだけどさ。艤装の原理って本物のオカルトじゃないんだよね?」

「ああそうだ。MM技術、およびその応用である想念工学は立派な科学の一分野だ」

「でもさ~、私や飛鷹の『コレ』は違うの?」

隼鷹は自らの艤装を示しながら言う。

それは「紙にしか見えない材質」でできており、飛行甲板を模した画像、および文字らしきものが無数に表面に印刷されている。そしてそれと対になるのは、やはり「紙にしか見えない材質」を航空機の形に成形したもの。

彼女たち一部の空母は、このような艤装を使う。航空機を発艦させる時は、この艤装が実際に想念兵装としての航空機に変化するのだ。

起動していない時の艤装を見れば、まるで小学生の図画工作のような……とも言えるが、起動時の挙動については比較的有名なあるオカルトの概念を用いて、こう表現するのが妥当だろう。

――「まるで陰陽道の式神のような」、と。

 

「それはそう見えるだけのただの想念兵装だ。大体物理法則から外れた挙動をしているからオカルトなら、矢や銃弾が艦載機になるのも十分オカルトだろう」

「やー、それはそうなんだけどさ」

「まぁウォースパイトやガングートみたいな例もあるから、そういう知識があってもおかしくないんだが。隼鷹、陰陽五行思想の基本的概論とか説明できる?」

実のところ、期待していないわけでもない。

道教という中国で生まれたオカルトを、日本土着のオカルトである神道の影響を受けて畳化(ジャパナイズ)させたものが陰陽道だ。つまり神道の専門家である伊勢の知識と合わされば、大きな相乗効果が期待できる。

だが、

 

「うん、無理! こいつの使い方もなんとなく頭の中に知識としてあるだけで、細かい原理とかはさっぱりなんだよね!」

「いい顔で言い切りやがったこいつ! なら飛鷹はどうだ?」

「飛鷹も無理だと思うんだよねー。私たち、しょせんは商船上がりの改装空母だし」

無情な言葉に思わず落胆しそうになるが、

 

「けど最初っから空母、つまり軍艦として神格化されて建造された空母ならもしかしたらって気もすんだよな~」

隼鷹の言葉に、日下部は目を見開いた。

陰陽道の式神に似た艤装を使う一部の空母……いわゆる「陰陽空母」の中には、確かに最初から空母として建造された艦も存在する。その中では特に目を引く艦娘が一人。

 

「あいつか。確かにあいつならそういうピーキーな知識があってもおかしくないか」

「そう思うだろ~? なぜか横浜生まれのはずなのに関西弁使うしな~」

「そこは関係あるのか?」

偶然か、はたまた地球意志の天啓のもたらした運命か。当該の軽空母も間もなく改二改装が可能な練度に到達する。

この仮説の真偽を確認できる日は、そう遠くなさそうだった。

 


 

それからさらに数日後。

先の二名と同じように、改二への大規模改装を終えた艦娘が報告のため執務室を訪れていた。

 

「ふむ……お前なら、もしかするかもな」

「何がや司令官?」

日下部の言葉に、イントネーションの怪しい関西弁で怪訝そうな表情を浮かべるのは軽空母・龍驤。

実艦としての彼女は、空母という艦種そのものの黎明期の存在である鳳翔や戦艦から急遽改造された赤城や加賀に次ぐほどの古参で、日本機動部隊の初期を支えた一隻だ。

そして艦娘としての彼女は、いわゆる「陰陽空母」の一人でもある。巻物型の飛行甲板艤装は軽空母らしい小柄な肉体にアンバランスなほど長大で、そんなところも実艦の抱えていた構造的欠陥を模しているのではないかと言われていた。

 

「お前は陰陽空母の中でも、『本物』の知識を持ってるかもって話」

「司令官。言っとくけどこれ、本物の式神やのうてただの想念兵装やで?」

「それはもちろん知ってるけどもな。さて語るに落ちたぞ。隼鷹は理解できなかった『本物の式神』とそいつの区別が、お前は付くわけだ」

「おっと、降参や。せや、うちには陰陽道の知識がある。知識だけな」

両手を上げて舌を出してみせる姿に、思わず日下部は顔の端を綻ばせる。

 

「まぁ本物のオカルトなど存在しないだろうしな」

「なぁ司令官。『再生産できる物は科学』というんも、思い込みかもしれんで?」

「……ほう?」

たった今見付かったばかりの陰陽道の専門家から飛び出した言葉に、日下部は強く興味を惹かれる。

 

「知ってるかもしれんが、陰陽道の最盛期は平安時代や。そして神道や仏教という当時から宗教の一種として存在した神秘(オカルト)と違って、陰陽道はれっきとした当時の国家機関である『陰陽寮』で、学問として教えられてきたもんや。『カタチのないものを扱う学問』という意味では、司令官の専門の想念工学と同じやで?」

「むっ……。そういう視点で考えたことはなかったが、言われれば否定はしづらいな」

龍驤の言葉に思わず唸る。それはあるいは、想念工学者として今まで学んできた知識が一気に覆るかのような一言だった。

学問、つまり知識であり技術であるのなら再生産は可能なはずだ。ならば陰陽道は科学……ということになるのか?

これが一昔前の物理学の時代であれば、適当な理屈をあつらえて頭ごなしに否定する科学者は多かったことだろう。だが精神や想念といった形而上の存在の実在が確認された現代においては、逆に否定しづらいのは間違いない。

というかそれ以前の話として、

 

「科学と神秘の境目なんて、司令官の思っとるよりずっと曖昧なモノなのかもしれんで?」

――()()()()()()()()()()()()()()

本来は「神秘」と同じく「目に見えないもの(形而上のもの)」という意味しかなかったはずの「オカルト」という言葉に侮蔑的なニュアンスを与えたのは、物理学の時代の科学者たちだ。再生産できる想念工学はオカルトとは違う……というのもまた、その時代の因習に引きずられて強引に付加した論理ではないか?

きっとこの境地には、先日摩耶の感じたことを頭ごなしに否定していたら絶対に到達できなかったことだろう。

 

「高次AIの言が正しければ、世界の実相はグノーシスの概念で説明できるようなモノのようだしな。うーん……」

「おっと。いきなり戸惑うようなこと言ってすまんかったな」

龍驤は慌てたように手を振りながら言うが、日下部としては感謝しかない。

 

「ああ、いや。大いに参考になったよ。ではお前にも色々とお願いするとするか」

「ほい。手伝うんはいいけど、有休は申請したらきっちりおくれな?」

「どーぞどーぞ。娯楽なんか大してない時代だけども」

軽口に軽口で返しながら、日下部はこれまで何人かのオカルトの専門家たちにかけてきた言葉を繰り返す。

 

「――ようこそ龍驤。形而上学が完全勝利した時代へ」

そう。現代の科学者が、物理学の時代のカビ臭い因習になど囚われる必要はないのだ。




※ラシャヴェラクおよび「鬼」の登場と並んで、本作にとって大きな転換点となる話です。
これまで本作においては「MM技術はオカルトとは違う」「この物語に本物のオカルトは登場しない」というスタンスを定めた上で、オカルトの上澄みの概念だけを利用してきました。
しかし龍驤の言葉ではありませんが、実際には科学とオカルトの境界線はかなり曖昧なものです(ちなみに本作の性質上物理学を目の敵にしていますが、実は物理学も最先端の領域においては素人目にはオカルトとしか思えない領分を扱っていたりします)。
ここで転換された方針は冬イベ(発令!「捷三号作戦警戒」 )、春イベ(激闘!R方面作戦&血戦!異聞坊ノ岬沖海戦)を経て、夏イベ(大規模反攻上陸!トーチ作戦!)の最中にひとつの形として結実する予定です。
例によってツイッターの日下部垢をご覧の方はご存知かと思いますが。

艦これ本編、まだ冬イベの足音は聞こえてきません。新春任務は1月中旬までらしいので、そろそろ何かあるとは思いますが。
次話は冬章から続くあの艦娘たちの話の決着編です。お楽しみに。
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