日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
みずから苦しむか、もしくは他人を苦しませるか、そのいずれかなしには恋愛というものは存在しない。
艦娘は戦いを重ねることで明確に成長する生物だ。
だがその方法で強くなれる度合いには限度というものがある。節目としての大規模改装が可能となる練度を経て、やがてその限度に到達した艦娘だけが、ケッコンカッコカリによって上限を突破することが可能となるのだ。
次が自分の番だ、ということは重々承知している。
あの人は気も多ければ愛も多い。けれどもそれを尽きさせることなく、多数の恋人に惜しみなく注いでくれることは間違いなく美徳だろう。だから特に何の問題もなく、自分は練度上限に到達するはずだ。
だが……自分はあの人に、本当にふさわしいのだろうか?
はっきり言って、自分はカテゴリ内では弱い艦娘だ。おまけに戦闘能力が飛躍的に向上する改二もない。
それどころかまるで地球意志に見捨てられたかのように、季節ごとの色とりどりの着替えすらない。私服は自由に着られても、出撃用の「制服」は地球意志が用意しない限りは着替えられないのが艦娘だ。
――そんな自分は、あの人の嫁艦に本当にふさわしいのだろうか?
自分ではどうしようもできない現実。それでも今日も、命令に従って出撃を繰り返す。
心に小さな傷を、無数に作りながら。
2月上旬のある日。日下部の嫁艦候補の一人が、練度上限に到達していた。
「練度上限到達おめでとう、青葉」
執務室に報告に訪れたその艦娘に、日下部は優しく声をかける。
第五夫人候補、青葉。
自分自身を嫌いだと言った彼女に、半ば無理やりその魅力を教え込んだあの夜から一年弱。長かったのか短かったのかはわからないが、ともあれこれで彼女との関係を前に進めることができる。
「青葉、私とケッコンしてくれるか?」
これでもう5回目となるプロポーズ。慣れたといえば慣れたが、それでも高揚する気分だけは止められない。きっと止める必要もないのだろう。
日下部の言葉を、少しうつむいて青葉は聞いていた。てっきり照れているのだろうと思っていたら、
「司令官。青葉、ずっと考えてまして。司令官との関係、流されっぱなしでここまで来たのはあまり良くないな、と」
「待ってそれ今更言う?」
川内も金剛も秋雲も赤城も、いざケッコンとなると何かしら問題が持ち上がった。
だから青葉も何かしらあること自体は覚悟していたのだが、それにしたってこの段階に至ってから、こんな初歩的なことを言われるとはさすがに予想できなかった。
「お前普段はマスコミしたりトリッキーなことしたりするくせに、肝心な時には自己評価低いもんだから、お前の言うこと真に受けると後で一人で落ち込むじゃん。だからいつも、私が強引に引っ張ってるんだぞ?」
「や、そこはありがたいですけど、なんというかそればかりでは良くないというか……」
煮え切らない態度、というのはこのことを言うのではないだろうか。
いっそ何が問題かすぱっと言ってくれたら対応のしようもあるのだが、そんな細かな機微を察しろと言われても困る。大きな悪事こそ成さないが、伊達に
「はっきりしろ。ケッコンオコトワリなのか?」
言葉の端からは、苛々の棘が飛び出していただろう。
だから青葉がびくっと身体を震わせたのも無理はないと思うのだが、
「オコトワリじゃないんですけど、青葉が決心できるまで、もう少し待って欲しいんです」
「まぁ今までの嫁艦たちもそんな感じでプロポーズしてから色々あったんで、別に待つのはいいんだが。いつまでだよ、それは?」
「う……」
「そういうとこだぞ」
だからと言ってこれはないんじゃないか、と思う。
「いいよわかったよ。ああちくしょう、今日の艦隊運営終わり!」
ケッコンを前に高揚していたのが自分だけだと思い知らされて、さすがの日下部もこれ以上紳士的に振る舞えなかった。
立ち尽くす青葉を執務室に置き去りにして、勝手に部屋を後にする。
「赤城ー、どこだー? スるぞー! ちょっとイライラしてるから手荒く使ってやる」
わざと青葉に聞こえるように言いながら、赤城の姿を探して執務室から遠ざかっていく。
背後で青葉が何かを呟いたような気がしたが、その声はあまりにか細くて、日下部に向けたものなのか独り言なのかさえ判別は付かなかった。
青葉が日下部のケッコンに即応しなかったことは、すぐに艦隊内での噂になった。
まぁ青葉が練度上限に達したその日に、青葉ではなく赤城の姿を探して鎮守府内を練り歩く日下部の姿が目撃されれば、艦娘たちの興味をどうしたって引くというものだ。
青葉本人と、日下部の抱いた不満を(喜んで)性的にぶつけられている赤城を除いた、4人の嫁艦たちが食堂の一角に集まっている。
「あの人、なんでマスコミや戦闘してる時のノリを恋に持ち込めないんだろ」
「そこは人それぞれデスヨー」
川内がしみじみと呟くと、金剛が答えて言った。
「とっとと青葉がケッコンしてくれないと、ゴーヤの番が永遠に来ないんだけど。まったくなんでみんなケッコン前になると憂鬱になるんでち?」
「そういうものなんだよ。ゴーヤも自分の番が来ればわかる」
一方でまだプロポーズされていないゴーヤは勇ましいもので、思わず苦笑しそうになる。
「そういうものでちか。でもみんなよく、提督のおっきな魚雷に勝ってるでちね? 普通は『勝てなかったよ……』ってなるもんじゃないでち?」
「それはね。あの人、ガチの調教は今んとこ時雨にしかしてないから。ベッドの上でどんだけ隷属させても、終わったら絶対に理性回復させるし」
確かに日下部はエロ漫画の竿役かと言わんばかりの凶悪なモノを持ってはいるのだが、基本的には下半身に物を言わせて無理やり言うことを聞かせたりはしないのだ。
「その気になったらあの人、冗談抜きに全艦娘を手篭めにできるんじゃないかな。艦娘同士の可愛らしい恋心なんか、快楽だけで塗りつぶせる身体性能と技術持ってるし。あたし、あの人に『神通や那珂を堕とすから協力しろ』って命令されたら、多分逆らえない」
「ああ、わかる気はしマース」
どん引かれても仕方ないかなと思ったが、意外にも金剛には賛同された。
ということは彼女も想像したことがあるのだろうか? 姉妹並んで日下部に犯される光景を。
正直に言って少し、ほんの少しだけ、そんな風にされたら頭がおかしくなるほど気持ちが良いのだろうなという意識もあるのだが、
「まぁそうは言っても実際はまずやらないけどね。自由意志を何より尊重してくれる人だし。だから変な話だけどそんな命令されたら、誰かにマインドハックされてることを疑った方がいいかも」
「確かに。そういうところは真琴、一貫してるよなぁ」
秋雲が感心したように頷く。
矛盾してるようだが、これも偽らざる本音だった。
「ね。だから正直青葉さんが、どこに引っ掛かってるのかあたしもわからない……あの竿には勝てないし勝つ必要もないことは、あの人だってわかってるはずなんだけどなぁ」
勘の良さには自信があるのだが、それでもわからないことはある。
「Hmm……そこは、もう少ししたら時間が解決してくれるかもデスネー」
「というと?」
「現代には一年に一回、女の子にとって魔法みたいな
「ほへ? えっと……ああなるほど」
金剛と秋雲が口々に言う。地球意志に与えられた知識の中には、確かにそんな風習があった。
あの大戦の数十年後に生まれた日本独自の後付けの風習らしいが、2046年の現代にあってはすでに定着して70年近い。そこにはすでに「歴史」が生まれているのだ。
「ああ、なるほどあれかぁ。陽菜さんのところにいた時は、あたしは駆逐の子から貰う側だったなぁ。あれ、なにげにあげる側って初?」
この中ではただ一人そのイベントを実際に経験したことのある川内もまた、違った切り口で想いを口にする。
「OK、なら川内。一緒に楽しむデース!」
「うん、なんか楽しみになってきた! まぁ主役は青葉さんだとしても、こっちだって楽しまなくっちゃもったいないよね!」
「Yes! 本番に向けて頑張るデース!」
そのイベントまでは一週間ほど。
川内以外は初めての経験だということを差し引いても、今から準備すれば十分に間に合うだろう。
一方、自室でぼんやりと膝を抱えていた青葉は、
「ちょっと青葉! なんで提督さんのプロポーズ断ったのよ!」
おそらく噂を聞き付けたのだろう、突然訪ねてきた妹の衣笠に物凄い剣幕で詰め寄られていた。
「断ってはいないよ。ただ、もうちょっと自分に自身を持てるようになるまで待って欲しいというか」
「そんなふわふわしたこと言ったって、具体的に何か考えてるわけじゃないんでしょ? そんなのとりあえずキープしてるだけと何が違うっての!」
「そ、そんなつもりじゃ……」
「青葉がどんなつもりであっても、提督さんがそう受け取ったら一緒だよ。言葉ってどんなつもりで言ったかじゃなくて、聞いた人がどう受け取ったかの方が重要なんだから」
衣笠の口調は糾弾的で容赦がなかった。
思わず言葉に詰まる青葉の目の前で、衣笠は表情を変える。悔恨の混じった悲しみの蒼に。
「夏の時、私に『提督さんとそういう関係になっちゃダメ』って言ってたのはなんだったの! こんなことなら……遠慮しないで青葉の席、取っちゃえばよかった」
「ガサ。あれ本気だったの?」
「ちょっとはね。でも本当に青葉から提督さん取っちゃうのは嫌だったから、諦めたんだよ?」
肩も唇も震えていることに気付く。
つまり、本気で衣笠は怒ってるし悲しんでいるということだ。
「……ごめん、気付かなくて」
「謝んな、バカ! 別に気付いて欲しかったわけじゃない!」
言葉というのは発言者の意図ではなく、聞いた者がどう捉えたかが大事だ……と、たった今そう言ったのは他ならぬ衣笠だ。彼女の態度は首尾一貫していた。
「ねぇ、『勝者は敗者の前では胸を張れ』がこの艦隊の流儀でしょ。提督さん、いつもそう言ってるじゃない」
衣笠は両の拳を握りしめ、振り下ろすようにして青葉の胸に向かって叩きつける。
「衣笠さんは敗者でいいって思ったんだから、ちゃんと負けさせてよ! 青葉!」
瞳から零れ落ちる涙が尾を引いて、床に数滴の染みを作る。
それでも何も言えずにいる青葉をきっと睨みつけると、彼女は荒い足取りで青葉の部屋を飛び出していった。
「……ガサ。青葉は、どうしたらいいんでしょうか」
衣笠にあんな想いをさせてもなお、青葉はまだ勇気を持てなかった。
彼女にはなかなか優秀な改二がある。可愛らしい水着modeや美しい晴着modeもある。いっそ本当に席を譲った方が日下部にふさわしいのではないか……なんて、そんな考えまで頭に浮かぶ。
だが同時に、実際には絶対にそんなことをしたくないという本音にも気付く。
自分の浅ましさと卑しさが嫌になって、ぐるぐると負の想念が渦を巻く。あまり良くないと理解していながらも、どうしてもそこから抜け出せずにいたら……不意に、声がかけられた。
「アオバー? ごめんね、ドア空いてたからお邪魔しちゃった」
「あ、ジャーヴィス」
青葉は部屋の入口から入ってきた小柄な体躯に目を向ける。
鼻息荒く出ていった衣笠が、きちんと閉めなかったのだろう。気付く余裕もなかったが、確かにドアは半開きになっていた。
「ねぇ。アオバはさ、ちゃんと
去年の秋、地中海から日本に帰還して程ない頃。
大規模改装を終えたジャーヴィスの腋の臭いを嗅いでいた日下部を制止したのは、他ならぬ青葉だった。
「そう、ですね。青葉、やっぱり司令官のこと好きです」
「想いは言葉にしないと伝わらないよー? 想念波で交信できるのって、まだDarlingがアイギス起動した時だけだし?」
天真爛漫な子供にしか見えない彼女だが、その言葉は見た目に似合わず鋭利な切り口をしていた。
「わかってます、わかってますけど……」
「けど?」
「青葉ってあまり強い艦娘じゃないですし。改二も来てませんし」
「改二はあたしにもないけどねー。あと改二があるとはいえ、No.1がセンダイな人にそんなの関係ないでしょ。ねぇアオバ、自分に言い訳してても何も始まらないよー?」
ジャーヴィスの言葉は、衣笠とは違った意味で容赦がなかった。
言い訳をして逃げる青葉との距離を、一瞬にして詰めてくる。それは日本の駆逐艦にも負けないような、見事な至近肉薄っぷりだった。
「強いですね、ジャーヴィスは」
「クリスマスの時に言ったと思うけど、あたしDarlingを好きって気付いた時にレディとの関係を終わりにしてるからね。臆病になってる余裕はないかなー」
ラッキー・ジャーヴィスと呼ばれる彼女は、決して弱い艦娘ではない。
だが戦闘力がどうこう以前に……彼女の自我の在り方は超然としていて、思わず眩しくなる。
「ねぇ、アオバに足りない物ってはっきりしてるんじゃない?」
「えっ……?」
自分の迷いを一刀両断するかのようなことを言われて、思わず間の抜けた声が出た。
そんな青葉を真っ直ぐ見据えて、
「覚悟。あたしたちは戦いの世界に生きてるんだから、明日にでも恋は終わっちゃうかもしれないんだよ。そう思えば、今日の勇気なんていくらでも出せるはずよ? 日本の艦娘ってみんな、そういうの強いと思ってたんだけど」
前世において数多の戦いに参加しながら、その乗組員に一人の死者も出さなかった奇跡の駆逐艦。そんな彼女でさえ、これだけの覚悟を持って日々を生きていたのだ。
だが。翻って自分はどうだろうか?
「……ああ、なるほど。それは確かに青葉にはないかもですね」
青葉の口から、ジャーヴィスを否定する言葉が漏れる。
だがその口調は、一瞬前までの自嘲に満ちたものではなく。
「『ソロモンの狼』は、死ぬことを誉とした艦じゃないんです」
「アオバ……?」
明らかに様子が変わったからだろうか。それとも、その二つ名に聞き覚えがなかったからだろうか?
怪訝そうに名前を呼ぶジャーヴィスを、今度は青葉の眼光が射抜く。
「ありがとうございます。青葉、自分が何者か少しは思い出せました。青葉は青葉らしいやり方で、恋も戦ってみせますよ」
それまで腰掛けていた椅子から、青葉は自らの脚で立ち上がる。
苛烈さを体現したような衣笠、切れ味の鋭さを見せたジャーヴィスと比べれば、その姿はどこか鈍く。けれどもどっしりとした、決して折れぬ堅牢さに満ちあふれていた。
「
そんな青葉を見たジャーヴィスは、小柄な見た目相応の朗らかな笑みを浮かべる。
「早くケッコンして、私まで番回してね! クリスマスのDarlingとの夜戦、すごかったし☆」
「嫁艦増えると青葉たちの割り当て時間、減るんですよね……」
「むー! 最初の六人だけでDarlingを独占してるの、本っ当にズルいよね!」
ぷくーっと膨れるジャーヴィスの頭を軽く撫でながら、青葉は考える。
戦う覚悟を決めたと言っても、戦況はきわめて劣後している。自分で招いたこととはいえ、状況を変えるには何かきっかけが必要だろう。
――そういえばもうすぐ、戦後の人類が始めたという恋の行事の時期だ。
「上手くやれば、逆転の一手になりますかね……」
こういうのに詳しそうな衣笠を先程怒らせてしまったのは痛恨の極みだが、頼れる艦娘は他にもいる。
差し当たっては、日下部の他の嫁艦たちに相談してみるのがいいかもしれない。
※艦娘マリッジブルーシリーズ、青葉編の前編です。次の後編で終わります。
彼女の二つ名。実は青葉には「ソロモンの狼」なんて二つ名があるようです。が、正直艦歴を見るとなぜこんな二つ名なのかよくわからなかったりします。
これについては本話の肝となる部分なので、次回まで伏せておきます。
本文中に書きましたが、青葉は改二もなければ季節グラフィックもない、なかなか不遇な艦娘です。この辺について調べた感じゲーム外で色々と事情があるようなのですが、何分私の着任前の話なので詳しく触れるのは控えます。
ゲームのキャラなら「大人の事情」で済ませられますが、自我を持ったひとつの生命として考えたらさぞかし悲しい思いをしているのだろうな……というところから、この話は生まれました。
まぁ実は潜水艦のゴーヤの方がこの方面では冷遇されてたりするのですが、彼女はそんなところに悩まないので。
艦これ本編、節分任務及び7-5海域実装という大きな動きがありました。
7-5行ってみましたが、小さなイベントみたいですね。難易度は高くないのですが(5-5や6-5と比べれば)、とにかく面倒。1回やる分には楽しいですけども、毎月となるとなかなか億劫そうです。