日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


カノジョのフタツナ 2

今日の自分をつくり上げるためにできた傷は、その人の魅力を引き出す個性になる。

――喜多川泰

 

 

「ちょっと伊勢さん、なんで無理やり呑みに連れてこられたんですかー?」

青葉の部屋を飛び出してすぐ、衣笠は伊勢に捕まっていた。

鎮守府内に軽空母・鳳翔が構える居酒屋鳳翔は、多くの艦娘にとって手軽に飲酒のできる場として重宝されている。

 

「ごめん、あなたと青葉の話が聞こえてね。あなた、青葉のために提督への恋を諦めたんですって?」

「聞こえてたんだったら、あんまりほじくり返さないでくれますかー?」

衣笠は唇を尖らせて抗議するが、

 

「ごめんね。でも、私は今のあなたの気持ちを理解できると思うから」

伊勢の口から飛び出した言葉が意外で、思わず目を丸くする。

今の自分の気持ちを理解できる。つまり、

 

「えっ、じゃあ伊勢さんも提督さんのことを? 夏の頃に『あんなのに惚れる日向や赤城の気持ちなんか理解できない』って言ってたらしいじゃないですか」

「誰から聞いたの? まったく」

伊勢は溜息を吐くが、そもそも艦娘とはおしゃべりな物だ。口に戸を建てられるはずもない。

 

「そうね。最初はそう思ってたはずなんだけどね。いつから好きになったんだろ。でもあれだけ愛の多い人の傍に姉妹でいたら、きっと最後はどっちかが泣くことになる。だから日向を泣かせるくらいなら……私が諦めることにした。後から好きになったのは私の方だしね」

「伊勢さん……」

なるほどそれは、確かに今の自分の気持ちを理解できるはずだ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()と夜戦で鍛えられた勘は言っていたが、そんなのはこの際些細なことだろう。

 

「わかりました、今晩は盛大に呑みましょう!」

今は、この胸の傷を舐め合える相手がいるというだけでありがたい。

 

「倒れない程度にね。一応ほら私、四航戦の空母だから。鳳翔さんに迷惑かけるのもまずいのよ」

「……堂々と自分を空母って言えるのは、相変わらずすごいですね」

 


 

そして一週間ほど。

普段は鉄と硝煙の臭いがする鎮守府も、この日ばかりはまったく違う臭いに包まれる。

 

「お、この甘い香り。懐かしいなぁ」

そう、2月14日はバレンタインデーだ。日下部は思わずしみじみとした口調で呟いた。

去年は提督になるため、長谷川に放り込まれた嘉手納ブートキャンプでダンクレー軍曹に泣いたり笑ったりできなくされていた時期だし、その前の5年ほどは恋愛に対して枯れていて女日照りだったから、

 

「実はまともにチョコもらうの、久しぶりかもしれない」

「でも真琴さんの場合その前がヤバかったよね?」

ケッコンの時にこちらの記憶を見ている川内が、言葉を挟んできた。

 

「まぁ学生時代はな。もらったチョコ食べきるの辛かった……」

「そういうこと言うと敵増やすよ?」

「食べないで捨てる方が増えると思うが」

義理チョコはまだしも、ハーレムの恋人たちはもちろん全員が趣向を凝らして色とりどりの本命チョコを渡してくる。それをひとつ残らず食べた上、全員に順番に下半身でお礼をするのも忘れなかったのは我ながら偉いと思う。

 

「あとこれについてはお前に言われたくない。私もお前の記憶見てるが、なんだ長谷川鎮守府でのアレは」

「あー。駆逐の子から貰ったチョコ、食べきるの辛かった」

遠い目をして川内は呟く。

学生時代の自分に負けないくらい、長谷川鎮守府時代の川内は駆逐艦たちにモテまくっていた。提督である長谷川の次にチョコを多く集めていたのは彼女ではないだろうか?

 

「まぁなんだ、昔のモテ自慢なんて虚しいだけだ。大事なのは今どうであるかだろう」

「それはまぁ……もらうよりあげる側になる日が来るとは思わなかったけど」

「なんだ。お前のファーストキスも処女ももらえなかったけど、初チョコは私の物か」

「初ケッコンあげたじゃーん! ……まぁ、チョコもあげるけど」

最後の方を恥ずかしそうな細い声で口にした川内の頭を、日下部はわしゃわしゃと撫でた。

 


 

バレンタインには専用の艦娘用制服、通称バレンタインmodeも存在する。

日下部鎮守府恒例のお披露目パーティーの席上で、案の定日下部はいくつものチョコを受け取っていた。

義理チョコだと思っているうちのいくつかは、もしかしたら贈る側は本命のつもりかもしれないが、そこは深く掘り下げない方がきっと良いだろう。

 

「あ、お前もくれるんだな」

日下部は目の前にやって来た艦娘に目を向ける。

セーラー服に似た通常の制服の上から黄色のパーカーを羽織った姿は、ごく普通の女子学生にしか見えないが……それは衣笠改二だった。彼女にもバレンタインmodeが用意されているのだ。

これに限らず、衣笠は割と「着替える」方の艦娘だ。改二は無理でも、せめてその衣装の豊富さを少しは姉の青葉に分けてやれ、などと日下部は無邪気に考える。

 

「衣笠さん特製のハートチョコレートよ。でもたまたま型がそれだっただけで、深い意味は……、ないよ」

「そっか。ありがとな」

バレンタインで使うチョコ型において、ハート型はごくありふれたものだ。

だから形状に深い意味がないと本人が言うのなら、ないのだろう。きっと。

 

「本当は青葉のチョコの方が欲しかったんじゃない?」

「まぁ、な。あいつはくれるのかなぁ」

「どうだろね。さすがに今日動かなかったら衣笠さん、本気になっちゃうぞ」

「……本気?」

ぽつりという感じで衣笠の口から漏れた言葉が気になって、つい尋ね返す。

 

「あ、な、なんでもない! こっちの話!」

「んー、そっか。まぁ今日一日は待ってみるさ」

なんのかんの言いつつもそれを期待している自分に気付いて、少し寂しげな声が出た。

そして青葉のことで頭がいっぱいだったから、それ以上衣笠の内心に思考を割く余裕はなかった。

 


 

ある程度落ち着いたとはいえ、喧騒から抜け出すのは一苦労だった。

いっぱいにチョコを詰め込まれた紙袋を片手にぶら下げながら、どうにか会場の片隅の椅子で一息ついていると、

 

「お疲れ様、真琴さん」

日下部ほどではないが、やはりチョコの詰まった紙袋を下げた川内が傍に寄ってきた。

 

「おう、お疲れ。なんだ、結局お前もたくさんもらってるんだな」

「って言っても長谷川鎮守府時代の半分くらいだけどね。それにさすがに義理ばっかりだよ、真琴さんと戦う覚悟であたしにガチ告白してくる子はいないみたい。吹雪も江風も天霧も別の子が好きみたいだし……あとまぁ知っての通り瑞鶴も」

「そうか、それは私としては一安心だな。で、お前はくれないの?」

「焦らないの」

川内は苦笑しながら、大事に丁寧に包装(ラッピング)したチョコを取り出す。

 

「正直あげる側って初めてで慣れないんだけど。はい真琴さん、生まれて初めての川内お手製チョコ、味わって食べてよね!」

「ありがとう。遠慮なくいただくぞ」

日下部は丁寧に包装紙を剥がし、シンプルな箱を開封する。

中身は一口サイズのチョコがいくつか並んでいるものだった。カカオの匂いに混じって蒸留酒特有の酒香が鼻孔に流れ込んでくる。おそらく中身入りのチョコ、いわゆるボンボン・ショコラなのだろう。

日下部はひとつを摘んで口の中に運ぶ。

 

「ど、どうかな?」

「夜の味がする。外側(クーベルチュール)はカカオの風味たっぷりのビターチョコ。で、この中身(センター)のアルコールは……なんだろ。ウィスキーかと思ったら甘い。けどブランデーじゃない」

「さてなーんだ」

こちらの反応がよほど嬉しかったのか、川内はいたずらっぽい笑みを浮かべた。

日下部は酒呑みと呼ぶほどではないが、それでも学生時代には結構な量を呑んできている。当時つるんでいた悪友がBAR勤めだったこともあって、自然とある程度詳しくなったものだ。その頃の知識を総動員して考える。

 

「ブランデーよりも優しい甘さで、どこか和風な……。これ、芋焼酎か!?」

「おっ、やるなぁ! 正解!」

そもそも洋酒ではない、という大胆な発想の転換で導き出した答えはどうやら正解だったようだ。

にっと笑みを浮かべた川内は、実に得意げな顔だった。

 

「芋焼酎入りチョコ、どう? あたし意外と女子力高いよね?」

「高すぎるわ! 生まれて初めて作った手作りチョコでこれって、本当すごいなお前!」

「喜んでもらえて嬉しいな。じゃあ今夜は夜戦しよう?」

「する。むしろチョコに関係なくするつもりだったが、これはもう絶対する!」

「やったぁ待ちに待った夜戦だぁー!」

日下部の言葉に川内は歓声を上げるのだが、それは一瞬だけだった。

すぐに顔を引き締めて、

 

「ちなみに金剛さんにチョコ作り教わったんだけどさ。実は生徒はもう一人いたんだよね」

「ほう?」

「第一夫人として今晩は譲らないよ? でも夜までちゃんと待つね。それまでの間にきっとあの人は真琴さんのところに来るから、きちんと話しなよ」

「……ん」

川内の言っているのが誰のことかは、大体想像がついた。

この気の回し方は、まったくもってできた嫁と言うしかない。

 


 

お披露目パーティがお開きとなり、後片付けを終えてから日下部は自室に戻っていた。

しばらくしてドアがノックされる。どこか遠慮がちな叩き方で誰か特定できる程度には、彼女もまたこの部屋に通い慣れていた。

 

「司令官……」

「よう青葉。人のプロポーズ袖にしといて、今更何の用だ? 今日のパーティーでも見かけなかったよな?」

思わずきつい言葉が口をついて出た。

心底怒っているわけでもないが、嫌味のひとつも言いたくなるのは無理からぬことだろう。

 

「それについてはごめんなさい。青葉、自信を取り戻すのにこれだけ時間をかけてしまいました」

言葉を濁すでもなく、明瞭な態度で素直に謝意を示す姿は、どこかこれまでの彼女とは違ったものを感じさせた。おそらく何かきっかけがあったのだろう。

興味が湧いてきたこともあり、日下部は青葉を室内に招き入れる。

 

「そもそもさ、お前普段からグイグイ前に出る方じゃん? お前との馴れ初めだって、無茶するお前を諌めたことがきっかけだったし」

「そうですね。懐かしいです」

「あれでお前を肯定してやったら、その後の南方第三海域攻略作戦でしっかり同じことやったのは忘れんぞ」

「てへっ☆」

ぺろっと舌を出す青葉はまるで「普段通り」の……自分と二人きりではなく、皆の前にいる時の彼女だった。

ほとんどの艦娘がこんな感じの青葉を青葉だと思っている。本当の彼女を知っている者は、日下部を含めてもごくわずかだ。

 

「なぁ。なんでお前は恋に関してだけ、あんなに流されっぱなしで『自分』を持てずにいたんだ?」

「自信がなかったんですよ。青葉は本当に司令官のお嫁さんに相応しいのかって。だって青葉、改二もなければ着替えもないんですよ!?」

「それは青葉のせいじゃないだろ?」

「青葉のせいではないですけど。それでも他の子と並んだ時に、いつか司令官に愛想を尽かされるんじゃないかって怖かったんです。それで少しずつ、胸の棘が大きくなっていきました」

「そっか。見えないところでお前は傷付いていたのか」

「そうです。被害者ぶるつもりではないですけどね」

青葉の気持ちは理解できないでもない。心というのは時に無情にも変わるものだ。自分の両親もそうだし、日下部自身も学生時代に、下半身でその認識の正しさを証明し続けた。

とはいえ、現時点では青葉の考えは杞憂以外の何物でもない。率直に言って日下部にどうにかできる領域の話ではないのだ。だから彼女には、自分の脚で立ち上がってもらうしかない。

 

「でも先日、ジャーヴィスと話していて思い出しました。青葉は『ソロモンの狼』なんです」

「そういやお前の前世、そんな二つ名を持ってたな。夕立の『ソロモンの悪夢』とか綾波の『ソロモンの鬼神』とか、結構大仰な二つ名ついた艦は多いよなぁ」

「ですね。ソロモンと言えばそのお二人が有名です。自らの命も省みずに大戦果を挙げたそのお二人は、本当の英雄だと思います」

太平洋戦争中期、ソロモン諸島を巡る戦いは文字通りの激戦だった。

三次まで行われたこの海戦において、日本の重巡や水雷戦隊は縦横無尽の死闘を繰り広げた。戦争初期のスラバヤ沖海戦・バタビア沖海戦で見せた、敢闘精神に欠ける姿はすでになく……結果としてガダルカナル島の北に位置する海峡には、鉄底海峡(アイアンボトム・サウンド)などと呼ばれるほど多くの艦が沈むこととなったのだ。

 

「でも青葉は……『ソロモンの狼』は、違います」

どこかふざけた態度の一切を消し、しかし自信なさげな様子でもなく。

ただ事実を述べているだけというように、青葉は淡々と自らの二つ名について解説する。

 

「ソロモンの狼は、沈まなかった。不沈艦としていただいた二つ名なんです。もちろん雪風やジャーヴィスのような本物の幸運艦とは違います。何度も傷つきました。けれどもそのたびに立ち上がって戦線復帰したから、青葉は『ソロモンの狼』なんです」

重巡・青葉はその生涯において、四度の大破と二度の着底を経験している。通常の艦なら沈んでもおかしくないような損傷だと言えるだろう。

 

「司令官。青葉はもう傷付くことを怖れないと決めました。実戦でも、恋でも。いつか悲しい思いをすることになったとしても。それでも青葉は……ソロモンの狼は、何度でも立ち上がってみせます。前世でそうしたように」

倒れる覚悟ではなく。草を食み、泥を啜ってでも生き続ける覚悟。

青葉の蒼色の眼光が真っ直ぐ日下部を射抜く。

 

「私が一番愛しているのは川内で、そこは変えられないぞ。お前は何人もいる二番の一人だ。本当に、それでいいか?」

「それこそ今更ですよ。そんな方を愛してしまったのですから、青葉の負けで結構です。これからも小さな傷は増えていくと思いますが、もうそんな物には負けません」

ああ、それは間違いなく……艦娘という種族に魅了された、日下部という男の恋心を想起させるにふさわしい意志の在り方だった。

 

「司令官……いえ、真琴さん。青葉のチョコ、差し上げます!」

飾り気のない白い包装(ラッピング)の箱。中身はいかにもお菓子作りに慣れてない子が一生懸命作ってきた、少し形の崩れた手作りチョコだった。

日下部はハート型をしたそれにぱきっと齧りつく。

 

「どれ。うん、シンプルだけど力強い味だ。ありがとう、美味しいよ」

「えへへ……恐縮です」

青葉は照れたようにはにかんでいるが、決して世辞や嘘ではない。

川内のチョコと比べてどうかなど、言うどころか考えるだけ野暮だ。どちらも愛情がたっぷり詰まっていて、とびきり美味いに決まっている。

 

「真琴さん。愛してます。青葉とケッコンして下さい」

「ありがとう青葉。改めて……ケッコンしよう。とはいえ残念だが今晩の私は、川内の奴にくれてやる約束になってる。だからケッコンは明日にしよう。それでいいか?」

「はい、お願いします!」

幸いにして青葉は、そこでごねたりしなかった。

あるいは立場を自覚してわきまえているつもりなのかもしれない。

 

「ん。じゃあ今日のところは、お世話になった人にお礼でも言っとけよ」

「そう、ですね。まずはガサに……ですね」

真っ先に妹の名前を挙げる青葉を、日下部はぎゅっと抱きしめる。

いつか気持ちが変わってしまう日が来るとしても、今この時は。死が二人を分かつまで、共に在りたいと本気で願う。

――「ソロモンの狼」は不沈艦だから。きっとそれは、ずっとずっと先になることだろう。




※艦娘マリッジブルーシリーズ、青葉編の後編です。
2月といえば艦これ的には節分とバレンタインですね。ゲーム本編だと青葉はしれっとチョコ渡してくるのですが、あれは義理じゃないかと思ってます。本命を渡すなら、きっと彼女はこのくらい一生懸命作ってくれるはずです(そして残念ながらあまり上手なイメージがない……)。
一方、日下部鎮守府の川内は女子力がゲーム本編より2倍くらいありますので、こんな感じにしてみました。ちなみに芋焼酎ボンボン、実在してます(ネットで買えます)。

「ソロモンの狼」について。
というわけで青葉の二つ名なのですが、個人的にはどうも不思議な印象を受けます。青葉が不沈艦なのは事実ですが、それを称える二つ名に「狼」はどうなのでしょう? 攻撃力が高いとか、強そうとか、大戦果を上げたとかならわかるのですが。
たとえばもうひとりの「狼」こと足柄は、居住性を捨ててまで戦闘力に特化した作りが(航続力を重視したイギリスの巡洋艦と対比して)「飢えた狼」と称されたわけで、これは理解できます。
どうも詳しい人によるとこの二つ名、「戦後になって」「(日本ではなく)アメリカ側の関係者から」呼ばれるようになったものなのだとか(作者が自分でソースに当たったわけではないことは明記しておきます)。まぁ後付けであれ何であれ、この二つ名も立派に今の青葉の一部なのですけどね。
ちなみに本文中に書いた「二度の着底」のうちの一回、座礁した青葉を必死に曳航して救出したのは、他ならぬ川内だったりします(本当はこの辺りも話に入れたかったのですが、話が逸れるので断念しました)。

艦これ、次のイベントは2月下旬とアナウンスが出ました。途中で今年のバレンタインがあるとはいえ、もう少し時間はありそうです。
SS時間軸は次の話(金剛の概念艤装に関するものです)を挟んで、いよいよ去年の冬イベ(発令!「捷三号作戦警戒」)に突入です。お待ち下さい。
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