日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

136 / 232
※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


(フネ)より生まれ、神と成ったモノ 3

手加減して人を扱うことではなく、人を育て上げることが私の仕事だ。

――スティーブ・ジョブズ

 

 

それは数ヶ月ほど前、去年の秋イベの最中のこと。

 

「Admiral。もう夏も終わったというのに、あんな戯曲の話が必要なの?」

執務室に呼び出されたウォースパイトは、あからさまに訝しげな表情を浮かべた。

それは日下部がたった今伝えた、艦娘としての出撃とはいささか毛色の異なる特殊な任務を依頼したせいだろう。

 

「お前には着任した時に、()()()()()()も頼むと言っておいたはずだろう? 実際、お前の助言のおかげで妖精の運用効率は飛躍的に良くなった。やはり専門家の知識というのは大切だと感じたよ」

「それはね。妖精の本場はやっぱりイギリスだし。でもAdmiral、ガングートに頼んで違うルーツの妖精の概念も取り入れたみたいじゃない」

「そうだな、スラヴはスラヴでまた別系統の神秘(オカルト)の宝庫だった。そして妖精以上に大きな助けになったのが、川内の概念艤装チェルノボグだ」

「概念艤装。艦娘の神としての側面を強め、異なる神を習合する、ね……完成したの?」

「した。つい先日な」

ウォースパイトの質問に、日下部は即答した。

そのチェルノボグが実際に川内によって振るわれるのは、この少し後のことになる。

 

「さて当たり前だが概念艤装はチェルノボグで終わりではない。『次』の開発に早速取り掛かる。順番から言って次は金剛用の概念艤装になるんだが、この助言者(オブザーバー)をお前に頼みたい」

「それはもちろん構わないけど、それでなんであの戯曲が出てくるのよ?」

「シェイクスピアの戯曲だけじゃない。あれ自体は、れっきとしたイギリスの民間伝承に登場する存在だ。まぁ細かい部分は明石が調整するさ。難しく考えないで、お前は劇の朗読でもするつもりでいてくれたらいい」

気軽な調子で日下部は言ったのだが、それを受けたウォースパイトは真剣な表情で考え込む。

 

「ねぇAdmiral。どうせなら金剛じゃなくて、私自身が使うことはできないの?」

「あー。ガングートにも言われたが、あれケッコンして最大練度突破してないと制御できないんだよ。するか、ケッコン? 私は強さのためのケッコンはしないつもりだから、その場合は当然私の恋人の一人として扱うが」

「ごめんなさい。指揮官としてのAdmiralは認めてるけど、男の人はちょっと……」

「ああはいはい。わかった」

ガチレズに本気で惚れて痛い目に遭った経験がある以上、こういうことを言う相手を深追いするつもりは日下部にはなかった。

 

「なら悪いけど、お前用の概念艤装は用意してやれないかな」

「残念ね。でもいいわ、やってあげる。いつになるかわからないけどあの子の番もいずれ来るでしょうから、決して無駄にはならないでしょうしね」

「……?」

この時点では日下部は、自分の嫁艦候補の一人が目の前の彼女と肉体関係を持っていたことをまだ知らない。

だからその言葉の意味は理解できなかったのだが、

 

「まぁいいさ。では明日、明石の工廠に一緒に行くぞ」

深く突っ込んで藪蛇を出すこともあるまいと、それ以上触れずに流す。

その結果、クリスマス・イヴの夜に盛大に驚くことになるのだが……それはまた別の話だ。

 


 

そして数ヶ月の時が流れた。

節分にバレンタイン。2月の季節行事が終わるとほぼ同時に、大本営から大規模な時空震の予兆を検知したと通達が出ていた。つまりまた「イベント」の時期がやってくるのだ。

鎮守府の一角。決して小さくないスペースに専用の建物を占有して、妖精の操る航空機部隊が駐屯している。平常時は南西海域や中部海域、そして何よりイベントにおける期間限定海域にて活躍する「基地航空隊」と呼ばれる一群だった。

その基地航空隊を前に、日下部と数名の艦娘が言葉を交わしている。

 

「ねぇ提督。この『妖精』って提督が発明したのよね、確か?」

そう尋ねたのは、日本神話の専門家であることがつい先日判明した伊勢だ。

 

「まぁ、そうだな」

「見た目は艦娘に似せてあるけど、本質は文字通り西欧の妖精なんでしょ?」

「そうだぞ。基地航空隊の物はシルフをベースに作ってある」

シルフ。西欧に伝わる風の妖精。原型となった伝承の時点で優美な人間の女性に似た姿をしているとされており、艦娘の姿に似せて作られている「妖精」とは実に相性が良い。

 

「それに鎌鼬(かまいたち)の概念を習合させて強化するとか、割と正気の沙汰やないで?」

と、そこで言葉を挟んできたのは陰陽道の専門家、龍驤だ。

鎌鼬。日本の民間伝承に登場する土着の怪異、あるいは妖怪だ。その名の通り動物のイタチに似た姿をしており、つむじ風に乗って現われて人を切りつけるという。

 

「風に関係する民間伝承の存在同士だ。付喪神である川内と、スラヴ神話の夜の神チェルノボグを習合させるよりは遥かにハードルが低いさ」

「……世界の神話宗教伝承に正面から喧嘩売っとるな?」

「ははは。言うのが軽く十数年は遅いな。2025年に起動したロゴスがMM技術を発明した時に激動したのは、唯物論だけじゃない。既存のオカルトからも相当な反発があった。何しろ彼らが『正しい』と信じながら社会に長らく認められなかったものを、科学の一分野が証明してしまったんだからな」

想念工学においては生気(オド)魔素(マナ)霊性(ルーアハ)、龍脈に神通力など古今東西各種のオカルトに登場する「魔術的な形而上の概念」は、人間もしくは地球意志の想念力の一種だと理解されている。ただしMM技術の確立以前においてはそれらを実際の物質やエネルギーに変える手段がなかったため、あくまで形而上の概念としてしか扱われてこなかったという立場だ。

既存のオカルト勢力はこの「科学者たちの暴挙」を何一つ認めなかったが、一方で実際に科学が想念の物質化を成し遂げてしまった以上、現代においてどちらがより説得力を持っているかは論ずるまでもない。

――ただし、何事にも例外はある。

 

「これ、ニューエイジ運動とかも大きく反応したんじゃないですか?」

そんな風に口を挟んできたのは、伊8だった。

彼女はオカルトというよりは哲学の専門家だが、そもそも哲学とオカルトは完全に分離するのが難しいものだ。古代の哲学者プラトンの提唱した思想から、新プラトン主義やグノーシスといったオカルトが誕生したように。

 

「お。詳しいなはち。その通りだ。19世紀の神智学協会の流れを汲んで、20世紀後半に誕生した『新しきオカルト』であるニューエイジ運動は、『想念の物質化』と『輪廻転生による魂のステージ昇華』を軸にした思想だ。彼らはMM技術と修正ガイア理論によって、まるで水を得た魚のようにはしゃいでいた」

「でしょうねぇ。自分たちの唱えていたことがそのまま実現してしまったら、誰だって嬉しくなるでしょう」

「とはいえシンギュラリティ到来で人類そのものが壊滅して、その状況も変わった」

宗教はえてして救済を謳うものだが、本当の存亡においては新興宗教は伝統的な宗教に比べて説得力に欠ける。伝統的な宗教は、「それを信じたので救われた」という人たちが現在まで存続させてきたという「実績」があるからだ。

 

「生き残るという目的で人類はここまで大同団結して来られたが、一年経って状況が落ち着いてきた今、この先も人類はこの統合を保てるのかなぁ」

「どうやろ。万象に陰陽はあるもんやけど、人類の陰気が底を打ったかなんて誰にもわからんからな」

「弱り目に祟り目、なんて言うしね」

やや弱気になった日下部の言葉を、陰陽道と神道の専門家がそれぞれの知識で補足する。

こういう時に気休めを言われないのは、日下部にとってはかえってありがたい。

 

「まぁ、できることをひとつずつ積み上げていくしかないだろうな」

差し当たっては、もう数ヶ月も開発を続けている金剛用の概念艤装だ。中元寺ファイルによると、これが冬イベに間に合うかどうかで歴史の流れが変わるらしい。

とはいえあくまでメインとなる開発者は明石だ。他人の成果をただ待つというのは、これはこれでなかなかやきもきするものだった。

 


 

それからまた少しの時が流れ、ついに海()()を揺るがす巨大地震……時空震が発生した。

今回の時空震は日本本土にほど近い海域を震源地としている。今頃その付近では世界の在り方そのものが歪められ、お馴染みのあの赤い海が展開していることだろう。

時空震の最中は海には一切出られない反面、陸地は1ミリたりとも揺れていない。よって普段は海上交通路(シーレーン)保護の哨戒や深海棲艦との戦いに忙しい艦娘たちも、全員が休暇となって陸に上がっている。

とはいえ、

 

「提督。ご報告が」

執務室にやってきたその艦娘は、そもそも普段から陸にいる時間の方が圧倒的に長かった。

 

「どうした明石。あと少しで時空震空けって時に」

「金剛用の概念艤装が完成しました。ふぅー、疲れたぁ!」

「お、本当か。お疲れ様!」

日下部は思わず拳を握りしめる。中元寺ファイルの記述を満たせたこともあるし、何より完成したこれ自体が胸躍るような性能をしているはずだからだ。

 

「イメージを掴みづらくて結構難航しましたけど、なんとか物になりました。すみませんが後で工廠までご足労願えますか?」

「わかった。金剛を連れてすぐ行く」

もちろん書類仕事なんて中断で構わない。後でいくらでも片付けられる。

幸いにして金剛は自室でのんびりしていた。彼女を伴って日下部は明石の工廠へ足を運ぶ。

そこには明石の他に、助言者(オブザーバー)であるウォースパイトの姿があった。

 

「では、こちらをどうぞ」

「こ、これは……本当に『艤装』デスカー?」

明石が用意したその物体を見た金剛は、開口一番そんなことを言った。

川内が始めてチェルノボグを見た時のリアクションを思い出して、日下部と明石は揃って口元を綻ばせる。

 

「説明したろ。概念艤装の『艤装』は欺瞞名称で、実際は艦の装備とはほぼ関係ないと」

「だとしてもこれ、そもそも『武器』に見えないデース! 川内のチェルノボグはまだナイフですから武器の形をしてマシター!」

なるほど彼女の言うことも一理あった。

緑がかった色をした、半透明の蝶を思わせる羽根。それが大小一対ずつの計4枚。確かにこれは、どこからどう見ても武器には見えない。

 

「象徴としてはむしろわかりやすいと思うんだが。なぁウォースパイト?」

「そうね。あの存在を表す記号は幾つかあるでしょうけど、やはり代表的なのはこの羽根でしょうね」

「結構可愛いのは嬉しいデース。でも効果はちっとも可愛くないデース!」

先だって金剛には仕様書を渡してある。だからこの概念艤装が実際にどういう効果を持つか、彼女はきちんと把握していた……つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということも。

 

「ぶっちゃけチェルノボグ以上に想念力バカ喰いだから、私の承認なしでは絶対使うなよ?」

「Yes。そもそもこんな戦略兵器レベルのモノ、そうそう気軽にぶっ放せマセーン……」

金剛は頬を引きつらせていた。確かに初撃を放つまで時間がかかるのが、この概念艤装最大の欠点だ。

と、そこでウォースパイトが、

 

「Admiral、私からひとつ質問よ。最初に依頼された時から気になってたんだけど、これは神ではないわよね。『艦娘という神に、異なる神の概念を習合させる』のが概念艤装だと理解してたのだけど」

「そうだな。だがこの種族は『元々神だったモノが、とある宗教によって下位存在に貶められたもの』という側面があってな。異なるオカルト大系との習合経験がないわけではないんだ。だからぎりぎり想念工学的に成立した」

開発第二弾にして異端(バリアント)というわけだが、そこは仕方ないだろう。

 

「その話といい、効果といい、拡大解釈もいいところね」

「今更だよ今更。想念工学とはそんなものだ」

ウォースパイトはあまり納得したような表情ではなかったが、実際にできてしまった以上は呑み込むしかないとわかっているのだろう。それ以上喰い下がってはこなかった。

日下部は改めて明石に向き直る。

 

「改めてお疲れ様。今日のところはゆっくり休んでくれ……と言いたいところだが、せっかくだからこのまま『次』の話もしておこうか」

「鬼ー! 悪魔ー! まぁ命令ですから拒否権はないのはむしろ当然なんですけど」

「別に不眠不休でやれとか、死んでから休めばいいなどと言っているわけじゃないぞ。私が何度も工廠に足を運ぶ手間を省きたいだけだ」

日下部鎮守府はブラック鎮守府ではない……資源回収のため酷使される潜水艦を除いては。

 

「冗談ですよ。次は秋雲用の概念艤装の開発ですね?」

「その通りだ。これが計画書になる」

日下部は持参した書類を明石に渡す。

 

「いい加減概念艤装の開発にも慣れてきましたし、ちょっと楽しみになってきましたね。次はどんな……って」

すっかり手慣れた手付きで書類をめくる明石だったが、中に目を通した瞬間にわかりやすく硬直する。恐らくは、そこに書かれている名前を知っていたからだろう。

とはいえ別に有名な神というわけではない。むしろ原典たる神話においては、地味で目立たない存在だと言える。

だが、

 

「提督! この存在って!?」

「何か問題が? れっきとした、ギリシャ神話の女神だぞ? 後付けで他のイメージが重なっているかもしれんがな」

そう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「効果の方は完全にそっちだと思うんですが」

「想念工学で大事なのは、細部の正確性より大まかなイメージの共有だ。その点は完璧だろ? 何しろこいつのことはよーく知っているはずだ」

「なるほど。確かに金剛用よりは楽そうですね。もしかしたら冬イベ中に間に合うかもしれません」

予想外に勇ましい言葉が飛び出して、思わず日下部は目を見開く。

なんだかんだ言っても、この辺明石も立派な技術者ということだろう。

 

「焦る必要はないが、手札が増えて悪いことはないからな。頑張って欲しい」

日下部は日想研時代はモーリアックと二人だけの部署で働いていたから、まともに「部下」を持ったのは提督になってからが初めてだ。

他人に仕事を任せるというのは、確かにやきもきするものだけども……これはこれで意外と楽しいものなのだなと、改めて実感していた。




※金剛の概念艤装開発記をメインとした、神秘(オカルト)回です。
金剛、そして最後に出てきた秋雲の概念艤装は、どちらも実際に使うシーンまで具体的な内容は伏せさせていただきます。金剛の方は多少なりそっち系の知識があればすぐにおわかりかと思うんですが、秋雲の方は神としては多分相当マイナーです(他の神とセットで語られることがほとんどです)。

ちなみに概念艤装ですが、完結までに「最初の六人」の分は全員登場する予定です。阿賀野以降の分は可能であればといったところ。
SS時間軸ではこれから増える嫁艦候補の一人が概念艤装をとても楽しみにしてますので、彼女の分だけは優先的に用意してあげたいところなんですが、助言者(オブザーバー)を務められる艦娘がなかなか着任してくれないのですよね……。

艦これ、バレンタインを経て2月末から次のイベントが始まりそうです。
それまでの間に話数を稼いでおきたいところ。SS時間軸では次から去年の冬イベ(発令!「捷三号作戦警戒」)の話が始まります。紛らわしくて申し訳ないのですが、リアルタイムからは約一年遅れです。
少しずつでも更新していきますので、気長にお付き合い願います。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。