日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
間違いは常に、急ぐことから起こる。
それはかつての大戦における話。
マリアナ沖海戦の敗北により絶対国防圏構想が崩壊した日本は、次なる防衛計画を練る必要があった。しかし広い太平洋において制空権・制海権を握っているアメリカは、日本の領域に対しどこから侵攻してくるかわからなかった。
よって大本営は敵侵攻経路を大きく四つ想定し、それぞれに対して一から四の数字を振った別々の作戦計画を立てた。これが「捷号作戦」だ。
実際の歴史においてはアメリカはフィリピン方面から来襲し、それに伴って捷一号作戦が発令されることとなる。その結果として発生することになったのが、かの「史上最大の海戦」ことレイテ沖海戦だ。
発令されることのなかった捷二号作戦では台湾・南西諸島方面からの、捷三号作戦では本州・四国・九州方面からの、捷四号作戦では北海道方面からの来襲に対応することになっていた。
実現しなかった架空の本土防衛計画、捷三号作戦。今、深海棲艦たちはそれを模した「イベント」を発生させたようだ。
あり得ざる作戦。歴史の知恵という大きな助けの存在しないまま、艦娘たちは日本本土を守らなければならない。
「南西諸島方面の要塞化に協力しろって、明らかにこんな泥縄でやる任務じゃないよな」
「普段は人類は限られた生存圏を確保するのが精一杯で、離島とか僻地は到底人が住める場所ではないというのは提督もご存知でしょう? 後手後手ではありますけど、状況に合わせて対応するしかないんです」
日下部の愚痴に対し、律儀に大淀がツッコミを入れる。
二人はショートランド人工島の日下部鎮守府にいる。戦闘指揮を行う司令室で、モニターを通じて艦娘たちの戦闘を見ている状況だ。場所が日本近海ということもあり、まだ艦娘運用母艦を動かす必要はなさそうだった。
着任当初は前線で指揮をしなくて良いのかと思ったものだ。だがロスト・アドミラルについて知った今では、確かに迂闊に提督は出撃させられないだろうと納得している。
「やらないといけないのは理解できるが、まぁそれにしても長い」
佐世保鎮守府で必要な資材を拝領し、その後は奄美大島、那覇、石垣島、台北。
当然ながら途中で敵の水上打撃部隊や潜水艦部隊を排除する必要もある。
ひとつひとつの手順はそう困難でもないのだが、とにかく任務上の
『もう。前線で身体張ってる阿賀野たちより先に、提督さんが音を上げてどうするのよ』
『そうだぞ。まぁ確かに面倒だが、ワシはこういう地味な作業でも誰にも負けないさ』
艤装に仕込まれた通信装置を通じて、出撃部隊に参加している阿賀野とカブールが声を届けてくる。
指揮しているだけの日下部が辟易しているのだから、彼女たちはそれ以上だろう……と思っていたら、なかなかどうして士気が高いことのはありがたい。
「ああ、すまん。お前たちの言う通りだ。っと、最後の指定ポイント、コレは何だ。何もない海域としか思えないんだが……」
『司令官、彩雲が見つけよったで! 敵機動部隊接近中や!』
出撃部隊で唯一の空母である龍驤が、切羽詰まったような声を上げる。
別に索敵に最適な地点を指定されたわけでもなく偶然なのだろうが、だとしても出来すぎというものだろう。
「了解。いよいよお出ましか。長かったな。阿賀野、一度母艦まで戻ってこい。艦隊と基地航空隊の編成を練る」
『了解よ。旗艦・阿賀野、これより帰投しまーす』
地味な作業と命を賭けた艦隊決戦、さてどちらがマシなのだろう。
結局は戦争である以上、やらずに済めばそれが一番なのは間違いないのだが……そんな幸福は、現代の人類には許されていない。
空母ヲ級。深海棲艦の鬼や姫ではない空母の中では標準的とも言える艦級だ。
世界中の海どこにでも湧くその物量は、かの大戦における隔月正規空母エセックス級を彷彿とさせるが、幸いと言うべきか単艦の戦闘力はそこまでではない。
ただし道中で敵潜水艦や水上艦を蹴散らしながらようやく到達したこちらの艦隊を、多数の随伴艦を引き連れてこちらの倍の数で待ち構えているとなると、少し話は変わってくる。
『提督さん! こっち6人であっち12隻は明らかに反則よね!』
「言いたいことはわかるが、これが初めてのケースってわけでもない。大丈夫だ阿賀野、そのための準備はしてある……そろそろシルフ隊が到達するはずだ!」
日下部の言葉通り、二式大艇により航続距離を延長した基地航空隊の陸戦と陸攻が、阿賀野たち南西方面艦隊の頭上を追い越していく。
そのまま敵機の迎撃を突破し、幾隻かの敵艦に対して痛打を与える。基地航空隊を強化しておいたのは、まさしくこのためだった。
加えて長門率いる別働隊が、長距離から砲撃支援を放つべく回り込んでいる。
『提督よ、武蔵を出さなくて良かったのか? 出番がないと拗ねていたぞ』
「この程度の敵にあいつはいらんよ。正直お前たちでもオーバーなくらいだ」
『おっと、藪蛇だったか。ではせいぜい出番がある内に仕事をさせてもらおう。主砲、撃てぇーっ!』
複数の電探を装備して命中率の底上げを行っていることもあり、砲撃支援は長距離からの攻撃の割になかなか良い命中率を叩き出した。
基地航空隊と砲撃支援。二重の露払いによって混乱に陥った敵艦隊に向かって、今度こそ阿賀野率いる南西方面艦隊が突入する。
こうなってしまえば、敵がこちらの倍いようが関係ない。そこはすでに単に戦果を上げるための「狩り場」でしかなかった。
『第一、第二主砲! いい? ……撃て!』
敵艦隊へのとどめとなったのは、夜戦突入後のカブールの主砲による連撃だった。
モニタの中で爆煙と共に海底に還っていく空母ヲ級の姿に、思わず日下部は拳を握りしめる。
「いいぞカブール! 愛してる!」
『にゃにゃにゃ!? それ嫁艦とか候補のみんなが言われてるの時々聞くけど、自分が言われると恥ずかしいわねっ!』
「おっ、かわいい反応」
クリスマスの時に彼女を抱いたことを思い出す。基本的にゴーヤまでとしか夜戦はできない約束だが、ちょっとだけ味見してはダメだろうか?
『ちょっと、阿賀野も頑張ったんだからね!』
「おっと、そうだな。というか龍驤も天津風もフレッチャーもジェーナスもお疲れ様。気を付けて帰ってこい」
『了解。南西方面艦隊、鎮守府に帰投しまーす』
まだ最初の海域ということもあり主力と呼べる艦娘は温存しているのだが、それでも甲種作戦を余裕を持って完遂できた。日下部鎮守府は着実に力を付けてきていると言えるだろう。
明らかな手応えを感じた日下部は、おもむろに提督用の椅子から立ち上がる。
「さて大淀。南西方面艦隊が帰投して報告を受けるまで、指揮代行を頼む」
「はい、了解しました。……彼女の件ですね」
日下部の命令を受けて、大淀は少しだけ硬い声音で言葉を返す。
「その通りだ。ちょうどそろそろ大規模改装が終わる時間のはずだ」
「演習でも実戦でも、彼女はきちんと艦娘としての業務をこなしています。私には杞憂としか思えないのですが」
「杞憂なら杞憂でいいんだ。私だって心から彼女を信用したい。だからそのためにも、この件ははっきりさせる必要がある」
きっぱりと大淀に告げて、日下部は執務室に移動する。
今明石の工廠で行っている大規模改装が終われば、その艦娘が報告に訪れるはずだった。
「改装お疲れ様だ、雲鷹。空母なのに上陸用舟艇を装備できるのは面白い性能をしてるな」
執務室に現れたのは、去年の終わりに昭南本土航路で深海堕ちから救出した軽空母、雲鷹だった。
「ありがとう。でもまだ改よ。もう一段階上があるわ」
そう言いながらも、彼女は笑顔を隠せない様子だった。やはり大規模改装は艦娘にとっては大きな喜びということなのだろう。
「このまま改二練度は目指すが、悪いけど神鷹を優先させてもらう。私は好きな子は贔屓する主義だ」
「清々しいまでの公私混同ね。でもいいわ、やれるだけのことはやってみせる。そうしたら次は私にも目をかけてもらえるかもしれないもの」
「お、前向きで素晴らしいな、うん」
やはり少しだけ不満はありそうだが、そこで腐らずに前を向けるのは間違いなく美徳だろう。
それだけに……ああ。やはり確認しなくてはなるまい。日下部は意を決して口を開く。
「なぁ雲鷹、ひとつ聞きたいんだが。お前、深海堕ちしてた時の記憶は残っているか?」
「……、なんでそんなことを聞くの?」
直前までの会話からはあまりに飛躍していたからか、雲鷹の眉根が怪訝そうに寄せられる。それは本当に、なぜそんなことを聞かれるのかわからないといった様子だった。
だが、ここで怯むわけにはいかない。
「お前の、というかヒ船団棲姫の挙動が、我々の知る深海棲艦と違いすぎたんでな」
日下部は舌鋒鋭く核心に向かって切り込む。
「深海棲艦は高次AIどもの作った兵器だ。その一部に、自我を剥奪した艦娘を生体ユニットとして組み込む個体がいる。だがそれはあくまで想念力を生み出す動力機関であって、行動の制御そのものは組み込まれたAIが行っている。このAIはあくまで通常の物なので、基本的に定型文しか喋らない」
怨嗟の嘆き、恐怖の扇動、前世の記憶の想起……そういった深海棲艦は、そんな定型文を延々と繰り返す。
その目的は単純明快だ。相対する艦娘たちや遠隔地でその様子を観察している提督。あるいは、内に取り込んだ艦娘に対して、負の想念の生産を煽ること。それ以上の意図はなく、ゆえにその言葉自体には本質的には意味がない。
「現にお前が救出された後のヒ船団棲姫、要するに
「何が言いたいの、提督?」
雲鷹の声はすっかり強張っていた。
それでもなお、日下部は容赦なく続きを口にする。
「――雲鷹。お前は、本当に艦娘か?」
重苦しい沈黙が執務室内を包み込む。
心機一転、これからの活躍に思いを馳せるつもりで大規模改装の報告に来たらこんな糾弾をされるなど、確かにショックは大きいだろう。それは理解できる。だがそれでもこの点はどうしてもはっきりさせておくべきだ、と判断したのだ。
長い長い沈黙の果て。雲鷹はどうにか絞り出すように、
「自分が艦娘であるかを証明しろと言われても、難しいわね。でもあの時の記憶があるかと言われたら、答えは『はい』よ」
「……!?」
その答えは日下部にとっても予想外だった。
机の陰で握り込んでいた拳の内側が、べっとりと汗で濡れる。
「と言っても、そこまではっきり覚えているわけじゃないけどね。なんとなくだけど、あれは深海堕ちした『私じゃない雲鷹』の記憶を、どこかから引っ張ってきて私に繋げたものだったと思う」
「ほう、興味深い。『今まで』と『あの時』の最大の相違点と言えば……そう、ラシャヴェラクと名乗っていた、あの男の深海棲艦の存在だ。お前がそんな特殊な状態になったのは、あのラシャヴェラクの仕業ということか?」
「今思い出した。なんとなく覚えている光景……これは、鎖? そのラシャヴェラクかどうかはわからないけど、誰かが『ここにある今』と『ここではない過去』を鎖で繋いだ。だから、私はあんなことになった」
「……鎖。
彼女がヒ船団棲姫に取り込まれる……あるいは、ヒ船団棲姫「になる」前に、何があったか日下部は知りようがない。だからひとまずこの言葉は、そのまま受け止めるしかないだろう。
あの男は「次に会った時は敵だ」、とも言っていた。ならばこの冬イベに姿を現すのだろうか?
日下部はふっと息を吐き出した。雲鷹の言葉はひとまず信じても良いだろう。
「ああ、雲鷹。すまなかった。十分に納得できた。疑って悪かったな」
「疑いは晴れた、ということ? 私が嘘をついているとは思わないのね?」
「ラシャヴェラクの関与という原因らしきものもわかったし、何より
「いいわ。今すぐ客船に戻せ、なんて言わないわよ」
返ってきた言葉はさすがに刺々しいものだった。この部屋で最初に交わした会話との温度差を考えると風邪を引きそうになるが、まぁこれについては無理もあるまい。
「艦娘にこれ向けるの、絶対に嫌だって言ったじゃん!」
雲鷹が辞去した後。執務室の隣にある休憩用の控室で待機していた川内が、食って掛かるように言ってきた。
その手には概念艤装チェルノボグの漆黒の刀身が、抜身で握られている。
「いきなり想念交信で『チェルノボグの準備をして控室で待機しろ』とか、本気で驚いたよ!」
「だから『雲鷹が深海棲艦だと判断したら、部屋に踏み込んできて習合しろ』って言ったんだよ。お前の勘は信頼してるよ?」
川内の抗議を、日下部は涼やかに受け流す。
「で、あいつは信用していいんだな?」
「うん。嘘は言ってないはず。普通に一人の艦娘だと思う」
「そっか。それは何よりだ」
彼女がそう言うなら安心だろう。疑惑が杞憂に終わったことに胸を撫で下ろすのだが、
「それで済ませるの、本当に人の心なさすぎだよ?」
「なんだよいきなり」
「あのさ。形はどうあれ、雲鷹は真琴さんが深海堕ちから救った艦娘だよ。つまり真琴さんのことを好きになっておかしくない。そしてそのフラグが、今ばっきばきに折れたんだけど」
「……お、おおう」
それは完全に盲点だった。だが言われてみれば最初に救出した時の反応とか、先程神鷹を贔屓すると公言した時の言葉とか、思い当たる節がなくもない。
つまり彼女は好意を抱いた相手から敵の内通者だと疑われ、厳しく糾弾されたのだ。それはさぞかし傷付いたことだろう。
「追及するにしても、もっと言い方とかやり方があったんじゃない?」
「そうだな。お前の言う通りだ」
提督として反省すべき点だろう。もっとも反省したところで「次」に活かせるだけで、雲鷹本人に対してどうこうできるわけではない。
かと言って謝罪するのも違う。あの追及をしたこと自体は間違いではないからだ。
「参ったな」
具体的にどうすることもできず、日下部はただぽつりと呟いた。
※前半は2022年冬イベ(発令!「捷三号作戦警戒」)、そのE1の話です。
もう1年前になりますが、このE1はとにかくギミックが面倒でした。文章だとしれっと書いてますが、ここ突破するのに数日かけています。
一方でボスはしょせんは空母ヲ級なので(flagshipとはいえ)、出てしまえばあっさりクリアでした。本文中にも書きましたが、難易度は甲です。
後半は雲鷹の疑惑に関する話です。むしろ今回の話はこっちが本編かも。
艦これ原作では「深海棲艦が艦娘になる」「艦娘が深海棲艦になる」のはほぼ公然の設定と化していますが、本作の設定ではそのケースに相当するのはこの雲鷹が史上初めての例なのです。であれば、こういう疑惑も当然出て来ようというもの。
もちろん我々はそれが杞憂でしかないことはよく知っていますが、作中人物の日下部はそうではありません。
さて更新が遅れている間に、艦これ本編ではバレンタイン任務どころか次のイベント(新春イベらしいですね)の日程まで出ました。
あと1週間を切っていますが、なんとかもう1話更新したいところです。