日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
人々は理解できぬことを低く見積もる。
イベントは普段出会えない艦娘と邂逅する貴重な機会でもある。
フィリピン方面での作戦を終え佐世保近郊に戻ってきた日下部鎮守府は、攻略済である南西諸島方面で深海棲艦の掃討を行っていた。その最中にとある未着任艦娘との新規邂逅を果たしたのである。
「お前は……」
概念核を受肉させ、一人の艦娘として活動できるようになった報告に現れたその艦娘の姿を見た日下部は、驚きに目を見張る。
その艦娘の姿には間違いなく見覚えがあった。それは2ヶ月ほど前、2046年早々に起きたあのアイギス同士の戦いの最中のこと。
「提督、何でそんなに驚いた顔をしているのかしら?」
怪訝そうな顔で尋ね返してくるのは、長い黒髪をポニーテールに結った軽巡の少女。
「あ、いや。こちらの事情だ」
「そう、まぁいいわ。改めて軽巡矢矧、着任したわ。提督、最後まで頑張っていきましょう」
見た目のイメージそのままの凛々しい声音だった。
あの日見た矢矧は恐るべき存在だったが、こうして味方になったのであれば心強いことこの上ない。
「お前は、阿賀野型3番艦だったな。そして神通の率いた二水戦の最後の旗艦」
「そうね。ついでに言うと、大和の水上特攻に随伴した天一号作戦の参加艦でもある。提督、この艦隊にはその辺りの面々はいるかしら?」
「阿賀野型なら阿賀野と能代はいる。残念ながら酒匂はいないんだがな。あと大和も」
「……そう。大和にもいつか会いたいものね。彼女はどんな艦娘なのかしら」
矢矧はぽつりと呟くが、日下部もまったくもって同感だ。
無論資料で容姿は知っているし、一般的な大和の性格についても把握している。だが艦娘は個体によっては結構な性格の差異がある。自分たちがこの先大和と出会うことがあるとして、彼女がどんな艦娘であるかは何もわからないに等しいのだ。
「大和がいないのは残念だけど、阿賀野姉ぇと能代姉ぇがいるのなら会いたいわ。提督、構わないかしら?」
「ああ、いいぞ。あとお前は間違いなく強いからな、優先育成対象だ。明日から早速演習部隊に参加してもらう。そのつもりでな」
「了解よ。私たち艦娘は、人類を守るという天命を得て生まれてきた種族。早く戦えるようになるのは望むところよ」
口から飛び出してきた勇ましい言葉はなかなかに頼もしいもので、将来的な活躍に大いに期待できそうなものだった。
だが同時に、気を張りすぎるのもあまり望ましいことではないとも思う。人生など適度に気を抜いて生きるくらいでちょうど良いのだ。その方が結局、頑張るべき時に頑張れるのだから。
幸いにして阿賀野と能代なら、その辺りのことをきちんと彼女に教えてくれることだろう。この方面で日下部があまり口を出す必要はなさそうだった。
「阿賀野姉ぇ、能代姉ぇ。矢矧、本日当艦隊に着任したわ。よろしくね」
「矢矧……! 会えて良かった」
「本当にね。矢矧、期待してるからね」
矢矧が阿賀野の部屋を訪ねたところ、幸いなことに能代もちょうどそこにいた。
玄関口で姉妹三人はぎゅっと抱擁を交わす。
前世ではお互いにこんな姿ではなかったが、そんな溝は一瞬で埋まった。艦娘という自分たちでもよくわからない生命体として生まれたけれども、肉の身体で生まれたからこうして抱き合えるのだ。
「とりあえず矢矧、入って。ちょうど能代とお茶してたところよ」
阿賀野に促されて、矢矧は室内へと上がり込む。
腰を下ろした矢矧の前に置かれたカップに、手慣れた手付きで能代はお茶を注いだ。
「能代特製カモミールティーよ。イタリア重巡のお二人に淹れ方を教えてもらったから、きっと矢矧の口にも合うはず」
赤みがかった液体は麦茶や緑茶と比べるとあまり馴染みのない色をしていたが、鼻孔を突き抜ける芳香のかぐわしさが、矢矧の警戒心を溶かしていく。
そのまま一口飲み込めば、
「うん、美味しい」
甘い香りとは裏腹に、口に含んだ瞬間に若干の渋みがあるのがカモミールティーだ。だがそれが逆にアクセントとなって、引き締まった味に感じられた。
確かに麦茶や緑茶とは違う味なのだが、そもそも麦茶や緑茶だって実際に飲んだことがあるわけではない。地球意志に与えられた知識の中にあるだけだ。
「こういうものを味わえるのって、艦娘に生まれた特権かもね」
「良かった。阿賀野姉ぇは約束しても平気で忘れたりするけど、これからは矢矧を誘えばいいわね」
「あーん能代、意地悪言わないで! お昼寝の誘惑にはなかなか勝てないのよー!」
姉二人のやり取りに、矢矧は思わずくすくすと声を上げて笑ってしまう。
前世では厳しい戦局の中で進水し、就役した頃には水雷戦隊の時代は終わっていた阿賀野型だが、同じかそれ以上に逼迫した現代にあってもこうして穏やかな時間を過ごすことができている。
「ねぇ。阿賀野姉ぇと能代姉ぇの普段の生活の話を聞きたいわ。この艦隊ってどんなところ?」
矢矧の質問に、姉たちは顔を見合わせる。
日常を言葉にして語れと言われても、確かに咄嗟には戸惑うだろう。だが二人にとっては当たり前の日々であっても、矢矧にとっては初めて知ることだ。
「ええと、阿賀野姉ぇは……提督のお嫁さん候補、ですよね」
「えっ能代、いきなりその話しちゃう!?」
「そうなんですか?」
矢矧は先程まで顔を合わせていた日下部の顔を思い出す。
確かに整っていた、とは思う。軍人としては威厳に欠けると言えなくもないが、そもそも前世の提督たちを基準に考えるとあり得ないほどに若いわけで、一概に比較できるものでもないだろう。
「まぁ阿賀野は7番目なんだけどね。おまけに6番目のゴーヤちゃんまでで提督さんと夜戦する権利を独占してて、ずるいったらないのよねー」
提督との夜戦。幸か不幸か、その言葉の意味を矢矧は理解できた。
地球意志はこんな
「あ、でももうすぐ提督さんとゴーヤちゃん、ケッコンなのよね。そしたらいよいよ提督さんとの夜戦解禁ね。待ってたんだから♪」
とても嬉しそうな表情と声色で言う阿賀野に対して、
「ハメるのは構いませんけど、ハメを外しすぎないようにして下さいね阿賀野姉ぇ」
「!?」
能代が返した言葉に驚いて、思わず矢矧は目を見開く。先程までの印象では、能代はこんなことを言うタイプには見えなかったのだが……?
「能代もずいぶんくだけた感じになったわねぇ。ザラちゃんたちの影響かしら。いいのか悪いのか」
「能代を最初にこんな風にしたのは阿賀野姉ぇじゃないですか! そりゃザラさんたち、というかポーラさんの影響もありますけど!」
そういえば能代は先程、カモミールティーの淹れ方はイタリア重巡に教えてもらったと言っていた。しかしイタリア重巡の二人と能代にどんな接点があるのだろう。
「あはは。でもあれからは、阿賀野は能代には手を出してないじゃない。そうだ、いいこと思い付いた! あの時のお礼に、ゴーヤちゃんも誘って3人で夜戦ってのもいいかも」
どこかうっとりとした表情で呟いた阿賀野の言葉に、矢矧はまたもぎょっとする。今度は目を見開くだけでは済まなかった。
「阿賀野姉! 恋愛をするなとは言わないけど、それはいくらなんでも不健全すぎるんじゃ!」
「えっ」
「えっ」
「……なんで能代姉ぇまで驚いた顔してるのよ」
矢矧としては、真っ当なことを言っているはずなのになぜそんな表情を向けられないといけないのだろうと思うのだが、
「あれ、矢矧まだ知らなかった? 能代、ザラちゃんとポーラちゃんと3人で付き合ってるのよ」
「なっ……」
しれっととんでもないことを言い出した阿賀野に思わず絶句する。
「ザラさんがどうしても選べないと言うんだもの。それに最初はポーラさんのこと恨みに思ったけど、シてみるとさすがに……すごく上手くて。ポーラさんが横浜にある素敵なBARを紹介してくれると言うから、今度休暇を合わせて取れたら3人でお泊りデートしようって約束もしてるし」
赤く染まった頬に両手を当てながら、能代はその言葉を肯定した。してしまった。
思わず矢矧はわなわなと身を震わせる。
「もう、矢矧硬いなぁ。そんなだと『阿賀野型は女子力を捨てて戦闘力に回してる』とか言われちゃうわよ? せっかく肉の身体に生まれたんだから、楽しまないともったいないって提督さんも言ってるよ?」
「限度はあるけど、そこは私も阿賀野姉ぇに同意よ」
「その限度を超えてるから問題なの! 私たちは人類を救うために生まれたんだから、その本分を忘れるのは良くないわ! あとまだ着任してないけど酒匂の教育にも良くないと思う! 恋愛も夜戦もスるなとは言わないけど、二人ともせめて3Pは控えて!」
鼻息を荒くして絶叫するのだが、言われた姉二人はといえば、
「えーっ。つまんなーい。矢矧みたいな方が浮いちゃうと思うんだけどなぁこの艦隊」
「矢矧こそ何人も殿方を侍らせて『私を沈めたい(意味深)なら、魚雷(意味深)5~6本くらいは撃ち込まないとダメよ!』とか言いそうなのに……」
「風評被害がひどい! とにかく、節度を持って!」
今一つ納得してない様子の姉二人を後目に、矢矧は肩を怒らせながら立ち上がった。
「今日はもうこれで失礼するわ! カモミールティーは美味しかった、それは本当よ。でも悪いけど、今はこれ以上話したくない!」
くるりと背を向けると、足音荒く阿賀野の部屋を辞去する。
背後で二人がどんな顔をしているか、今は見たいとも思わなかった。
「やっちゃったわ。なんで私、あんなこと言っちゃったんだろう」
一目散に自分に割り当てられた部屋に向かい、そこに置かれていたベッドに顔を埋めながら、矢矧は震える声で呟いた。
頭が冷えたら、自分がどれだけ失礼な態度を取ったか理解できた。
冷静に考えれば、阿賀野や能代が誰と何人で行為に及ぼうが自分には関係ないことのはずなのだ。だというのに、なぜあんなに頭に血が上ったのか。
「もしかして私、阿賀野姉ぇと能代姉ぇがもう他の人といい関係になってるのが気に入らなかったのかな」
だとしたら、それはなんと幼稚な感傷であることか。
矢矧が今まで着任できなかったのは阿賀野や能代のせいではないし、自分が来るまでの間にだって二人には二人の日常があった。そんなのは当たり前のことだ。
「恋……か。どんなものなのかしら」
日下部の顔を思い浮かべる。自分がもしあの提督にそういうことを求められたら?
想像してみてもピンと来ない、というのが率直な感想だった。
というより、
「私はどっちかというと能代姉ぇ側かな。男の人より、艦娘の方が好きかもしれない」
自我を得てから同艦交信で何人かの他の矢矧と会話をしてみたが、どうも標準的な矢矧という艦娘は真面目一辺倒の武人気質かと思いきや、意外なほどに肉食な一面があるらしい。提督の不埒なお触りに対し、自分からも仕掛けていいのかと返す程度には。
だが自分自身はそういう気にはどうしてもなれなかった。
「二人に謝らないと。でも、ちゃんと謝れるかな」
恋という感情をまだ知らない軽巡の少女は、枕に顔を埋めて深く沈み込む。
こんなことで生まれてきたことを後悔なんてしないよう、なるべく早く小さな笑い話のひとつにしてしまわなければならないだろう。
翌日。矢矧は演習部隊の一員として、他鎮守府の艦娘運用母艦の下へ出発しようとしていた。
このまま他艦隊を5ヶ所ほど回り、演習標的艦と呼ばれる役割の艦娘と交戦して鍛錬を積むのだ。
「矢矧、演習艦隊。進発します」
艤装を一式身に着けて、母港から海上へと滑り出す。
実際に行うのは初めてだが、基本的な知識は地球意志に与えられているし、口頭で改めて説明も受けている。それでもわからないことがあれば、他の艦娘に聞けばいいだろう。
微速前進で進んでいくと、埠頭の先端に佇む二人の艦娘が視界に飛び込んできた。
「あれは、阿賀野姉ぇに能代姉ぇ?」
昨日の自分の態度を思い出して、思わず目を反らしそうになるのだが……そんな自分に対して二人の姉は、大きく手を振って見送ってくれた。
その表情は満面の笑みで、まるで昨日の一件に何のわだかまりも残していないかのようで。
「ありがとう……!」
あの二人の妹としてこの日下部鎮守府に着任できて、本当に良かったと改めて思う。
もちろんその寛容さに甘えてばかりいないで、きちんと自分の言葉で謝らないといけないとは思うけども。
そんな風に決意を新たにする矢矧の頭上からは、晩冬というよりはすでに早春の太陽の光が降り注ぎ、暖かな空気が姉妹たちを優しく包み込んでいた。
※前話から少し間が空いてしまいましたが、艦娘たちの日常を描く「ザラザラした大地」、まずは矢矧着任編です。
ちなみにこのサブタイトルは、次話と対になっていたりします。
矢矧について。
ご存知、現在進行形で文句なしの艦これ最強軽巡です。着任したらとりあえず育てて、イベントでは何人もの矢矧を投入している提督も多いのではないでしょうか。
日下部鎮守府的には、新年早々のアイギス戦で見た「長谷川鎮守府の強艦娘たち」の一員という意味もあります。
キャラクターとしての彼女は、本文にも書きましたが割と肉食系ですよね。ですが本作の艦娘はそもそもほぼ全員肉食系なので、ちょっと違った味付けをしてみました。
ちなみに話が進むと普通の矢矧に近付いていく予定です(まぁレズなんですけど)。
艦これ本編、2023年早春イベ(絶対防衛線!「小笠原兵団」救援 )のE1を甲でクリアし、E2の途中で待機しています。装甲破砕ギミックを甲でクリアできないことが判明したので乙なんですが、ちょっとした艦隊運用の手違いでE2-3に進めずにおり、ここまで待ったのなら後段を待とうという状態になっています。
SSはイベ攻略を本格的に再開する前に、次話をなるべく早く出したいところ。頑張ります。