日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


艦娘たちのザラザラした大地 -その重巡は恋をしたい-

恋愛の真の本質は自由である。

――パーシー・ビッシュ・シェリー

 

 

日下部鎮守府が次に挑むべき第三海域は、なんと関東沖合らしい。

元となっている捷三号作戦の防衛計画に組み込まれている以上、それ自体は特に不自然でもないのだが、日下部鎮守府にとっては去年の秋イベに続き目と鼻の先の海域に出撃することになる。

それでいて要救助艦娘が存在するので艦娘運用母艦を動かすことは必須という、なんともちぐはぐした状況だった。

 

「とはいえ、おかげで焦ることなく準備できるな。多少は演習に時間を割いても問題はないだろう」

見知った横須賀およびショートランド人工島の沖合の海で演習が行えるのは、気持ちの上でも非常に楽だった。

先日着任した矢矧もめきめきと練度を上げ、最初の大規模改装を迎えていたが……今日に限っては、主役となるのは彼女ではない。

日下部の言葉を受けて、改二への大規模改装の報告に執務室を訪れていた艦娘が言葉を返す。

 

「私としては早く出撃したいのよね。改二になった以上はしばらく演習部隊からも外れるわけでしょ?」

紫を基調としたジャケットに黒のタイトスカート。手には白い手袋を嵌めた、すらりとした長身と豊かな胸を併せ持つ妙齢の美女。

妙高型重巡の3番艦、足柄だった。

 

「演習部隊から外れてもらうのはそうだな。次は那智に改二になってもらう」

「順調よね、あと那智姉さんで私たち姉妹全員改二だし」

妙高型重巡の四姉妹のうち、1番艦の妙高と4番艦の羽黒はすでに改二になっている。真ん中二人がやや遅れている状況だ。

 

「まぁ限定海域にはまだ出ないが、定期任務で出撃してもらうさ」

「それはいいわね。みなぎってきたわ!」

とても素直に自らの感情を表明する姿に、日下部は思わず顔を綻ばせる。

足柄という艦娘の特徴として、大変な戦闘狂という点がある。伊達に前世において、居住性を犠牲にしてまで戦闘力に全振りしたその構造をイギリス人から「飢えた狼」と評された重巡ではないのだ。

とはいえ彼女は実艦ではなく艦娘だ。つまり、

 

「ところで提督? 第三海域を突破した後でいいから、姉妹全員で休暇取って横浜の街に繰り出したいんだけど。構わないかしら?」

「お? ちゃんと休暇届と外出届出してくれるなら、艦娘の移動は制限されてないから構わんぞ。去年川内型姉妹もやったことだしな」

こういうオンオフの切り替えがきっちりできるところも、日下部にとっては好ましい点だった。

 

「そういやお前はうちの艦娘の中でも、割と外出頻度多いよなぁ。なに、もしかして鎮守府の外に男でもいんの?」

「特定の人がいるわけじゃないわよ。でもやっぱり私、恋をするなら男の人がいいのよね」

日下部としてはほんの軽口のつもりだったが、思ったより正鵠を射ていたようだ。

 

「男ならここにもいるが?」

足柄の言葉に対し、つい反射的に言葉が出る。

別に日下部は、すべての艦娘を手籠めにするタイプの提督ではない。ただし自分の感情にとても素直な足柄は……率直に言ってとても好みのタイプだ。

日下部の言葉に、足柄はひとつ小さな溜息をつくと、

 

「あのね、複数恋愛(ポリアモリー)を受け入れられる子ばっかりだと思わないで」

「うわ参った。ぐうの音も出ねぇ正論だ」

「私はやっぱり、私だけを見てくれる人と付き合いたいの。提督は顔も頭もいいし女慣れしてるしお金も持ってるし、物件として良いのは認めるけどね。その一点だけで恋愛対象外よ。遊びではっちゃける分にはありだけど、逆にそれは提督が嫌でしょ?」

「よく私を理解してくれてて助かる」

足柄の回答は完璧に日下部真琴という人間を理解したもので、思わず舌を巻く。

うーん惜しい、遊びでもいいから一回寝とくか? ……などと魔が差しそうになるのをぐっと堪え、

 

「まぁ好きにしてくれ。ただし自己責任でな」

どうにか矜持を優先して突き放す。

 

「……わかってるわよ」

「特に今回に関しては、羽黒を連れてくなら尚更だ。あいつ、男に免疫ないだろ?」

「まぁ『実は清楚系ビッチです』ってオチもないわよ。将来はどうなるかわからないけど、今はまだ見た目通りの性格。ただ、あの子連れてくと男受けがいいのは事実なのよね」

「おーい姉。妹をダシにするのも程々にな」

したたかというか、大変場馴れした発言に思わず苦笑する。

ちなみに足柄という艦娘であれば戦闘狂であって当然だが、それに加えて少なくない割合が、恋愛に対して非常にアグレッシブな肉食系女子だったりする。

日下部鎮守府の足柄は、間違いなくその二つ名にふさわしい「飢えた狼」であるようだ。

 


 

妙高型姉妹はすでにある程度育っていたこともあり、ほんの数日で那智も改二の大規模改装が可能な練度に到達していた。

執務室に報告に訪れた那智に、日下部は声をかける。

 

「改二おめでとう。これで妙高型が全員改二になった」

「ありがたいな。今夜ばかりは飲ませてもらおう」

「お前そう言って毎晩飲んでるじゃん!」

足柄という艦娘が戦闘に飢えているとすれば、那智という艦娘は間違いなく酒に飢えている。艦娘の中で酒豪は誰かと問えば、千歳や隼鷹、あるいはポーラと並んで必ず名前が挙がるほどだ。

 

「毎晩活躍しているからな。良いだろう、それだけの武功は挙げているつもりでいるぞ」

日下部鎮守府の那智も例外ではないようで、謹厳実直そうな表情を崩すことなくしれっと言い放つ。

 

「そういや足柄から聞いたんだが、姉妹4人で街に繰り出す計画があるんだって?」

「そうだ。正直ああいう催しは個人的にはどうかと思わなくもないんだが、足柄が一から十まで段取りを組んだんだから文句を言うものでもあるまい」

「……ん?」

那智の反応が何やら予想外で、日下部は思わず眉根を寄せる。

 

「姉妹で仲良く飲みに行くだけだろ? お前、姉妹ではあんまり飲みたくないの?」

「あ、いや……足柄はそう言ったのか。そうだな、横浜には足柄の行きつけの店があるらしいし、そこは少し楽しみにしている」

「ふむ……?」

何やらあからさまに不自然な態度だが、強引に聞き出すのもためらわれた。

なので日下部は話題を変える。

 

「横浜か。私も学生時代にはよく行ったもんだ。当時の悪友がBAR勤めでな、つるんで色々やった」

「ほう。今は?」

「大学卒業してから会ってないよ。あいつとバカやるのは楽しかったが、いつまでも一緒にいたら二人してクズのままだと思ったんでな。恩人に更生させてもらった時に縁切りして、それきりだ。それに今は、提督は自由に鎮守府の外に出歩けないからな」

シンギュラリティ到来時に死んだのか、それともあの惨禍を生き延びたのかすらわからない。

とはいえこうして話題に出すと、懐かしさが胸の奥からこみ上げてくる。立派になった今の姿を、あいつに見せてやりたいと思う……滅多なことでそれは叶うことはないのだろうが。

 

「提督とは大変なものだな。すまんが貴様の分まで楽しませてもらうさ。自分たちが何のために戦っているか確認するのも、たまには悪くない」

「ふむ。自分との付き合い方を知ってるのはなかなか素敵だ」

この辺り、足柄もそうだが非常に好感が持てる。

 

「おっと、口説くなよ? 妙高型は全員男好き(ストレート)だが、全員貴様のハーレムに入る気はないことで一致してるんだ。まぁ私個人に関しては、そもそも恋愛自体にあまり興味がないのだが」

「あらら。まぁ仕方ないな。そういう艦娘だっているだろうさ」

基本的に人間の男にとって都合良くできている艦娘にしては、彼女たちは割と珍しい部類だろう。

だが多様性があるのは悪いことではない。彼女たちはゲームのキャラクターではなく、日下部と同じ世界に生きているひとつの生命なのだから。

 

「まぁいいさ。本業を疎かにしないなら、私生活で誰と付き合おうが文句を言う筋合いでもない。ただ足柄にも言ったけど、申請書はきちんと提出してくれよ?」

「承知した。書類作成は苦手ではない」

「ですよね」

那智はその生真面目な見た目通り、艤装の仕様書をすらすら読める艦娘だ。姉妹4人分の書類の用意は、彼女に任せておけば何も問題はないだろう。

 


 

「おい足柄。提督に本当のことを言わなくていいのか?」

改二になったその日の夜。

那智は自室にいた足柄を訪ね、そんな風に詰問していた。

 

「本当のことって何よ。姉妹全員で休暇を取って横浜の街に遊びに行きたい、ちゃんと話して許可は取ってあるわよ?」

「嘘ではないが本質でもないだろう」

足柄の言い分に、那智は思わず呆れたような表情を浮かべる。

 

「我々がやろうとしているのは、女性4人と男性4人での飲み会……()()()()()()()()()()!」

「ぷっ。那智姉さんの真面目顔で合コンとか言われると、なんだか妙な感じがするわね」

「混ぜっ返すな」

艦娘は現代までの知識を地球意志に与えられて生まれてくるのだから、合同コンパという概念くらいは当然知っているのだ。

 

「別にいいでしょ? 艦娘が合コンしたって」

「することが悪いとは言ってない。それを提督に報告しておかなくていいのか、と言ってるんだ」

「あの人のハーレムに入らないことを宣言した時に、自己責任であれば他所の男と恋愛してもいいって言われてるわよ。だからこういったことにいちいち提督の許可を取る必要はないと思うけど。それとも那智姉さん、やっぱり艦娘らしく提督のこと好きになった?」

「いや……そういうわけではない」

那智はあっさり首を振る。

 

「私が気にしているのは、万が一何かのトラブルに巻き込まれたらどうするのかという話だ。艦娘である我々が、そこらの男にどうこうされるとも思えんが……逆に弾みで人間に危害を加えてしまったりしたら、提督が責任に問われることになるのではないか?」

「まぁそれはそうなんだけど、そこはあっちを信用してもらうしかないわね。大丈夫、悪い男たちじゃないわよ」

「なぜそんなあっさり言い切れる?」

那智が尋ねると、足柄は困ったように小さく溜息をつく。

 

「うーん、当日のサプライズにしたかったんだけど、仕方ないわね。あっちの4人ね、横浜居住圏の自警団員なのよ」

深海棲艦の脅威により、人類に許された居住圏はきわめて限られたものとなった。20世紀のアジア諸都市を思わせるような猥雑な生活様式で日々を送っていると、さまざまなトラブルが発生するものだ……いくら「お行儀が良い」ことに世界的な定評のある日本人といえども、だ。

人類統合軍には治安維持を司る憲兵隊が存在しているが、その手も限られている。よって本格的な犯罪ではない小さなトラブル程度は、銃後の民自身で解決することが求められるようになった。

そうして誕生したのが自警団だ。今では限定的ながら捜査権と逮捕権を与えられている、立派な治安維持機構の一環となっている。

 

「100年前で言うところの『警防団』みたいなものね。つまりしっかりした立場の人たちよ。そこは信用してあげて欲しいわね。まぁこんな生きるか死ぬか瀬戸際の世界で合コンなんてしようとしてるんだから、お硬いだけの人間じゃないのは確かだけど、そこは私たちも同類よね」

「ふむ、そうか。それなら大丈夫か……?」

合コンに参加するような人間というからもっとチャラチャラした遊び人を勝手に想起していたのだが、思いの外しっかりした連中だったようだ。

 

「いいな、興味が湧いてきた。やっぱり恋というものはよくわからないんだが、一緒に酒を呷って盛り上がれる男と出会えたら楽しいかもしれないな」

「ああ、一人すごい酒豪がいるみたいよ。姉さんとは話が合うかも」

「……なぁ足柄。そもそもの話、お前はどうやってその4人と知り合ったんだ?」

ふと馴れ初めに興味が湧いて尋ねたところ、足柄はどこかいたずらっぽい表情を浮かべて、

 

「前に言ったでしょ。横浜の街に行きつけのBARがあるって。4人の内の一人がそこの常連なのよ。客同士知り合って、身内がお互い4人だって知って、今回の話になったのよ」

「ほう。なんという店だ?」

「オーセンティック。マスターが若い男でね、ちょうどうちの提督と同じくらいの歳じゃないかしら。合コンは別の店でやるけど、もし上手く行かなかったらそこで一杯やって帰りましょ」

まるで鎮守府内で艦娘の鳳翔が経営している「居酒屋鳳翔」並の気安さだった。どうやら本当に、足柄はよくその店に行っているらしい。

 

「そのマスターは、合コンに参加したりしないのか?」 

「ちょっと、ダメよ。あのマスターは」

「なぜだ?」

自分で酒店を経営しているなら、さぞかし酒に詳しいだろう。それは割と那智にとっては興味を惹かれる存在なのだが、

 

「だってあのマスター、昔は相当な数の女を泣かしてきたワルらしいわよ。それこそうちの提督に負けてないんじゃないの?」

「む、それは……」

日下部を引き合いに出すほどなのであれば、それは確かに相当なのだろう。

さすがに多くの「女」の一人にされるのは御免だと……実物を目にする前から、一人の男が那智の恋愛対象からフェードアウトされていったのだった。




※艦娘たちの日常を描く「ザラザラした大地」、矢矧着任編に続き妙高型改二編です。
彼女たちは着任そのものは早かったのですが(レアな艦娘ではないですしね)、育成は割と遅れました。重巡は青葉型と鳥海・摩耶を優先していたからというのが主な理由です。他はともかく、妙高はもっと早く育てておくとイベントで楽だった気はするのですけどね。
なおサブタイトルの「その重巡」は足柄のつもりでしたが、この話だけ見ると那智にしか見えませんね。まぁ両方ということにしておきます。

艦娘の(提督以外の)彼氏について。
非常に受けの悪い要素ではあるかと思います。それは理解してますが、それでも本作は艦娘を「自由意志をもった一人のキャラクター」として描くことを優先しています。自由意志があるなら、当然主人公以外に惚れることだってあるわけです。
そういった次第ですので、あらかじめご了承下さい。

艦これ本編、早春イベント進行中です。
E2-3には進みましたが、ここで詰まっています。難易度は最初から乙なのですが、乙ですら厳しい状況です。とはいえ一応時間をかければ必要なものは揃うので、準備をしつつあと少しだけ待機です。
一方、SSは次はいよいよ2022年冬イベ(発令!「捷三号作戦警戒」)のE3の話です。約一年前ですがもう懐かしいですね。

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