日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
私がこの世に生れてきたのは 私でなければできない仕事が 何かひとつこの世にあるからなのだ
第三海域に進むための最後の準備として、日下部鎮守府ではある艦娘の大規模改装が行われていた。
改装設計図に試製カタパルト。貴重な資材を必要とするものの、その能力は間違いなく代償に見合ったものがあると言えるだろう。
「期待させてもらうぞ翔鶴」
白と赤の装束に黒い胸甲。そして何より特筆すべきは、滑走路を模した甲板に真鉄の装甲が施してあること。
翔鶴改二甲。空母・翔鶴の到達点。前世ではついぞ叶わなかった、あり得ざる幻想を結実させた夢の姿。
練度や装備の差こそあれど、新年早々に見た長谷川鎮守府の瑞鶴改二甲と同等の存在と言えるだろう。ちなみに日下部鎮守府の瑞鶴も必要な資材が揃い次第、続けて改二甲に大規模改装をする予定だ。
「提督、感謝いたします! ようやく中元寺鎮守府時代の姿に戻れました」
微笑みながら言うその姿は、実に誇らしげだった。練度においては限界突破をしていただろうから、何もかも元通りとはいかないのだろうが、それでもやはりこの形態には思い入れがあるらしい。
「提督。この姿になったら言おうと思っていたことがあります」
「なんだ?」
「もしこの先、私の中で國彦さんのことをただの思い出に変えられる日が来たら……その時は、私を愛して下さいませんか?」
「驚いた。お前に好かれてるとは思わなかった」
この言葉は半分嘘だ。想定外の言葉で驚いたことは事実だが、そもそも艦娘は誰が提督のことを好きになってもおかしくない。
そんな日下部の思考に気付いたのか、翔鶴は少しだけ皮肉げな表情を浮かべ、
「あなたは魅力的な方ですよ。お気付きではありませんでしたか? この先私の命がどれだけ続くかはわかりませんが、一生を國彦さんの喪に服して生きられるほど私は強くないようです。愛される喜びを、すでに知ってしまっているからでしょうか」
「そうだな……お前のことは嫌いではない。そもそも嫌いな艦娘なんていないけど。ただ私は、もう二度と意図的な寝取りはしないと決めているんだ。だからお前の中できちんと割り切りが付いてからにしてくれ」
今の翔鶴を前夫への想いをまだ残している未亡人だと思えば、学生の頃に出会っていたらきっと即座に押し倒していただろう。
けれどももう自分は、あの頃のようなクズではない。自分自身の価値を自分で作っていける立派な大人だ……少なくとも、そうなれたと信じている。
「わかりました。いつになるとはお約束できませんが」
「いいさ。幸いにして性欲管理をしてくれる嫁艦たちには困ってなくてね」
「ふふ。自然にそういうことを言ってしまうところは、本当に國彦さんとは正反対。なのにどうして、私は提督に気持ちが動いたのでしょうね……」
「すべてを言葉で説明できるなら、恋愛なんてもっと簡単になっているさ」
恋は理屈ではない。実際に想いを力にも形にもできるMM技術の発達した現在でさえ、恋を完全に理論で説明するのは不可能なのだ……きっとあの高次AIにだって。
ジャンボリー作戦。あの大戦の末期、アメリカ海軍の機動部隊が関東地方周辺の航空基地や航空機工場を標的として行った、大規模な航空攻撃作戦だ。関東沖を舞台に展開される第三海域は、明らかにそれを模したものだった。
ただし100年前と現代では決定的に違うことがある。
別にこちらの機動部隊は特に壊滅していない。それどころか、
「私が『こっち側』の時点で
「ふふ。イントレピッドさん、期待していますね」
機動部隊の中枢である翔鶴とイントレピッドは、そんなことを言って笑い合う。
今は第一作戦、敵機動部隊の先遣部隊を攻撃している最中だ。この作戦における正規空母は翔鶴とイントレピッドだけだが、最終作戦においては改二甲に改装した瑞鶴と、十分に練度を上げたサラトガが合流する予定だ。
錚々たる日米の空母がここに集っている時点で敵がジャンボリー作戦を模している意味など、はっきり言って嫌がらせ程度でしかないだろう。
「彩雲隊、敵機動部隊発見!」
その時、機動部隊の一角を担う千歳が声を張り上げる。
敵は空母棲姫率いる連合艦隊、編成だけを見れば彼我にはあまり差はない。
ただし。敵にできず、こちらにできることがひとつある。
「翔鶴航空隊、橘花改! ネ式エンジン始動!」
翔鶴の命令に従い、航空隊の一部隊が鳴動を始めた。想念力を送り込まれた橘花改の
噴式強襲。通常の航空戦の一手前に行われる特殊な航空攻撃。装甲化された翔鶴の甲板艤装を勢いよく発艦した噴式機は、瞬く間に視界の彼方へと飛んでいく。
「噴式隊、敵対空砲火を回避しつつ先制攻撃!」
概念の元となった100年前の「本物の」橘花改は、最高速度700km/h弱。当時の基準からすれば確かに恐るべき速度だが、それでも音速の壁を超えるほどではない。
だが艤装はあくまでも現代、MM技術および想念工学の発達したポスト・シンギュラリティの兵器だ。つまり同じ名前を冠していても、その性能はまるで別物だと言える。
『勝ったな』
艤装通信の画像越しにその状況を見詰めていた日下部の声が、ぽつりと呟くように言う。
そしてそれはすぐに、その通りになったのだった。
一週間ほどの間に、日下部鎮守府は海域の攻略を進展させていた。
空母棲姫の機動部隊を撃退したことで稼いだ時間を使って、八丈島要塞への輸送作戦を行い防備を強化。そして再度侵攻してきた敵機動部隊の本隊を、連合艦隊の総力を挙げて迎撃する……という筋書きらしい。
そして今、その作戦もいよいよ大詰めを迎えている。
「提督。連合艦隊の彩雲からデータ受領。敵旗艦、横浜岸壁棲姫を確認しました」
報告と共に大淀がモニタに写し出したのは、白髪をロングテールにした一体の深海棲艦。
海面にまで届くほど長く伸びたそのロングテールの先端は二股に分かれ、片方は怪物じみた口腔を模した形状となっており、もう片方は航空甲板を模した艤装に接続されている。
航空甲板には幾つもの破損孔が穿たれており、その隙間を埋めるようにして触手のようなものが飛び出している。
「いわゆる『山汐岸壁』の概念を元に作られた深海棲艦のようでして、新艦娘である山汐丸を生体ユニットとして取り込んでいるとのことです」
「山汐丸……始まる前から終わっていた艦娘、か」
あきつ丸や神州丸と同じく、帝国陸軍の作った艦。ただし秘密兵器として、技術の粋を尽くして開発されたその両艦と山汐丸とはまったく違う。
敗戦の色が隠せなくなってきた大戦末期。何もかも足りない戦力を補うために粗製乱造されたのが、山汐丸を含む第二次戦時標準船だ。輸送と船団護衛を同時に行える能力を期待されて建造されたはいいが、完成した時にはすでに護衛すべき船団など存在しなかった。
彼女は何も価値あることを果たせないまま、ジャンボリー作戦による空襲で撃沈される。完成からわずか3週間のことだ。
しかも撃沈後も解体にかかる費用の捻出が難しく、船体の一部を横浜港の岸壁として流用せざるを得なくなるなどと、とにかく悲惨な運命を辿った艦だった。
『アノサ……ムダ。…ナコトダッタ…ンジャ…ナイカナ…ァ……? ナァ……? ソウハ……オモイマセンカァ……ッ!?』
モニタの中で、横浜岸壁棲姫が負の想念に満ちた言葉を吐く。
それは決して山汐丸自身の言葉ではないが、同時にまったく関係ない言葉でもない。彼女自身がどこかそう考えているからこそ、この言葉によって負の想念が生まれるのだから。
「彼女にかけるべき言葉はもう決めてある。劇薬の類だから、理解してもらえるかはわからないけどな」
日下部は一人の提督として、その怨嗟の嘆きを正面から受け止める。
――生まれてきた意味など、最初から誰にもないのだから。
「あの時に私たちがいれば、この戦力があれば、あんな結末は迎えさせなかった!」
「そうね瑞鶴。でもそれ以前の話として……」
「一週間前も言った気がするけど、私たち今は『こっち側』だからね! こんなの
「そういうことですね。日米合同機動部隊……」
「「「「全航空隊、発艦はじめ!」」」」
瑞鶴、翔鶴、イントレピッド、サラトガ。かつては敵味方に分かれて激しく争った4隻の艦が、艦娘となった今は一致団結して航空機を発艦させる。
翔鶴の橘花改による噴式強襲、基地航空隊による航空支援、そして本隊とも言える莫大な数の艦載機たちによる猛烈な空襲。
横浜岸壁棲姫たちの航空隊も決して弱小部隊ではないのだが、いかんせん勢いが違う。第一次攻撃に当たる開幕航空戦で航空優勢を確保した艦娘たちの航空部隊は、続く第二次攻撃において戦爆攻が一体となって敵艦隊に痛打を与えていく。
随伴艦を次々と撃沈し、敵旗艦である横浜岸壁棲姫の保有想念力もまるでゴリゴリと音を立てるかのように削っていったのだが、
「イロイロカンガエタン…ダケドサァ…ヤッパリ…アタシッテサ…ヒツヨウ、アッタカナァ……?」
それでも
横浜岸壁棲姫の発した言葉が、内部に取り込まれた山汐丸の自我を抉って負の想念力を強引に生産させる。さらにはそれを呼び水として周囲の土地に込められた想念をも取り込み、削られた分を補って余りある装甲が再展開された。
『お前たち、装甲破砕を行う! 一度戻ってこい』
橙色の光に包み込まれた横浜岸壁棲姫を目の当たりにし、艤装通信を通じた日下部の指示が最前線に響き渡る。
「了解しました。連合艦隊、一度母艦に帰投いたします」
翔鶴はその言葉に対して素直に頷いた。勢いは確かに重要だが、勢いだけで突破できるならば誰も苦労はしないだろう。
瑞鶴や他の僚艦はどこか少し不満そうな様子を見せていたが、はっきり声に出して反対する者はいなかったのは、さすが歴戦の空母たちだといったところだろう。
装甲破砕用特殊力場展開装置はきちんと動作しているようだ。横浜岸壁棲姫を包み込む光は先程までの橙色ではなく、どこか血を彷彿とさせる真っ赤なものに変化していた。
色だけではなく効果の方も劇的だった。連合艦隊の航空部隊は昼戦において、横浜岸壁棲姫自身と随伴艦である空母棲姫を一隻だけ残して敵艦隊の撃沈に成功している。
そして戦いは夜戦に突入する。普段であれば真っ先に動くのは水雷戦隊だが、この時ばかりは違っていた。
「榛名、準備はいい? さぁ決めますヨー!」
「はい、お姉様!」
「全主砲、Target!」
第二艦隊に配属された金剛と榛名。高速戦艦の二人が先陣を切る。
残った横浜岸壁棲姫と空母棲姫の間を割り裂くように突撃し、立て続けに砲撃を浴びせる。僚艦夜戦突撃と呼ばれる特殊な砲撃戦術だ。
通常時の倍以上の想念力を込められた砲撃に、空母棲姫は耐えられず爆沈する。
一方の横浜岸壁棲姫はといえばそれでも耐えていたのだが、
「提督は『我々は人類統合軍だ』とおっしゃいました。だから私は敢えて今、わだかまりを捨ててあなたに向き合います!」
戦艦二人の特殊砲撃、それは本命でありながら同時に陽動でもある。やはり夜の主役は水雷戦隊なのだ。
駆逐艦フレッチャーが、砲撃の爆炎の隙間を縫うようにして横浜岸壁棲姫に迫る。
運用思想の違いやそもそもの魚雷の性能差から、アメリカ駆逐艦の雷装は頼りないことが多い。だが最終改装段階であるMk.IIに至っているフレッチャーについては及第点と言えるし、何よりこの場の彼女は、史実に沿った存在として通常よりも強く想念力を引き出すことができる。
「覚悟して下さい……少し、痛いですよ!」
至近肉薄、それは水雷戦隊の本分たる距離。
山汐丸が生まれた時には、そんな水雷戦隊はもうどこにも存在していなかった。
だからきっとこれは、彼女にとって初めて見る光景。それをもたらしたのがアメリカの駆逐艦というのもまた、現在の人類がひとつであることの象徴と言えるだろう。
吸い込まれるように炸裂した魚雷が轟音を放ち、横浜岸壁棲姫の装甲と船体を吹き飛ばしてただの想念へと還元していった。
ああ。戦うための艦は、やはり強くて美しい。
それに引き換え自分は、なんと弱くて惨めでみすぼらしいことか。
自分は一体、なんのために生まれてきたのだろう?
「イイヨ……モウ……ガンペキデモナンデモサ……」
その岸壁になったことでさえ、不幸な事故と妥協した選択の結果でしかないのだ。
概念核だけの状態で横浜岸壁棲姫の肉体に接続された山汐丸は、その思考がAIによって一方向に誘導されたものだと気付けないまま、負の想念を生産し続ける。
――だが。
「山汐丸。『自分は必要だったか』と言ったな?」
どこまでも広がる深淵の暗闇を切り裂くように。真っ直ぐに伸びた白い光の帯が、三要件を奪われた自我へと接続される。
伝わってきたその意志は、揺るぎなき自己を感じさせる力強さに満ち溢れていた。
「その答えはイエスでもあり……そして、ノーでもある」
「……!?」
「それはお前だけじゃない。誰もがそうだ。誰もがこの世界に、意味なんて持たずに生まれてくるんだ。意味を持たずに生まれてきた生命は、自分自身で生まれてきた価値を作っていく。そして価値なんてものは、時代や状況によっていくらでも移ろうものだ」
原始時代においては、狩猟生活で役立つ肉体の強靭さが最も価値ある才だった。
だが近代社会においては、それよりも頭脳明晰である者が有意な存在といえるだろう。
すべてを得られる者はおらず、だが何も持たない者もいない。
「だからそんなものは、究極的には自分自身で認めてやればいい。お前の存在は、横浜という街のひとつのシンボルとして在り続けている。あのシンギュラリティの災禍を超えて、人類の半数が死に絶えた今でもだ!」
「本当に……見付けて……くれたの……?」
山汐丸は思わず息を呑む。地球意志に与えられた知識の中に、自分の残した最後の断片に関するものは確かにあった。だがこの惨禍の時代においては、あんなちっぽけな物はとっくに失われていたと思っていたのだ。
そうではなかった。そうではなかったのだ。自分にしかできないことが、確かにそこにあったのだ。
「さぁ、お前はどうしたい?」
形而上の世界にあって、それまで話していた相手が明確な輪像と共にすぐ傍に顕現する。
細面の美男子だった。一見してどこか酷薄そうな印象を受けるけども、それだけではないことはすでにわかっている。
男はこちらに向けて、真っ直ぐに手を伸ばしてきた。
「私、今度こそ……海に! お願いします、連れてって! 今度こそ!」
「ならば汝の意志するところを為せ、山汐丸!」
山汐丸はその手を、力強く握り返す。
瞬間。男と想念上で繋がったフレッチャー、そしてフレッチャーと繋がった地球意志から何か大きなものが流れ込んできた。
今まで自分が高次AIに剥奪されていた自我の大半を回復した山汐丸は、本能的に理解する。
「提督殿。感謝いたします。特設輸送空母陸軍特殊船・山汐丸、只今人類の元に帰参いたしました」
目の前のこの男こそ、自分が生まれてきた理由なのだ。
無論、生まれてきただけでは意味はない。だからこれから一緒に作っていくのだ……自分の生まれてきた価値を。
「おかえり、山汐丸。2046年の海も、1945年に負けず劣らず大変だぞ」
「それでも海は海です。提督殿、自分も何卒ご活用を……お願いしたい……です」
「ああ、頑張ってくれ」
柔らかく微笑むその姿はとても温かくて、第一印象で受けた冷たさとの落差に心が風邪を引きそうになる。
その「心の風邪」を一般的には何と呼ぶのか、まだ山汐丸は知らない。
だが知っていたとしてもきっと同じことだ。それはまだ、誰にも理論的に説明できないことなのだから。
※20日ほど時間が空いてしまいましたが、どうにか書き上がりました。2022年冬イベ(発令!「捷三号作戦警戒」)のE3の話です。
この間何をしてたかといえば、艦これをしていました。前話(艦娘たちのザラザラした大地 -その重巡は恋をしたい-)の後書きで「(2023年春イベの)E2-3で詰まっている」と書きましたが、現在は無事にE4までクリアしました。ちなみに難易度は甲乙甲甲と来ています。
まぁさすがにイベ開始から相当な時間が経っていますし、そろそろイベント完走を意識しないとダメですね。
と言いつつ、実は現時点でまだ後段に友軍が来ていないのですが。
山汐丸について。
実艦が悲惨だった艦娘は多々いますが、彼女は正直頭一つ抜けてる気がします。
「完成した時点で建造目的を失っていた」という点では阿賀野型なども同じなのですが、彼女の場合はその果ての末路、どころか沈んだ後の運命さえ相当に悲惨だと思います。
ところが艦娘としての彼女、補給艦枠なのに艦爆と艦戦が積めるというのはなかなかに優秀な特性です。装甲お化けの宗谷を別にすれば、正直補給艦では最強と言って良いのではないでしょうか(さすがに脆いですけど)。
あと深海堕ちしてた時にこんなこと言ってた割にはたくさん期間限定グラフィックをもらっていたりして、正直そっち方面ではかなり優遇されていると思います。青葉に少し分けてあげて下さい()
さて次話は発令!「捷三号作戦警戒」前段の総括に当たる話です。
さすがに20日は空けないようにしたいのですが、冒頭にも書いた通り2023年早春イベの完走が最優先になります。気長にお待ち下さい。