日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

142 / 232
※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


愛は地球を救う 2

人間が唯一偉大であるのは、自分を超えるものと闘うからである。

――アルベール・カミュ

 

 

「前段作戦を全甲でクリアできるとはな」

日下部鎮守府の艦娘運用母艦「いが」の戦闘司令室。山汐丸の救出を終え形而上の世界から物質世界へと戻った日下部は、感無量といった感じで呟いた。

これまで3つのイベントに参加してきた日下部鎮守府だったが、ここまで順調に進められたことはなかった。ひとつひとつ地力を積み上げてきた結果といえるだろう。

とはいえ、さすがに後段作戦はこのようには行かないのだろうが。

 

「後段作戦はまず少し本土から離れて、南西諸島方面に戻るんだな。とはいえまずは休息だな」

甲作戦に成功したということは、艦隊はそれだけ消耗しているということだ。実際に出撃していた連合艦隊の機動部隊たちは言うまでもないが、秘書艦の川内や指揮の補佐を務めていた大淀にも、緊張から来る疲労の色がわずかに見えている。

どう考えても、このまますぐに次に進むのは得策ではないだろう。

――だが。

 

[あら日下部。そのまま休息などできると思いましたの?]

不意に「声のような音」が室内に響き渡った。

 

「……パトス!」

ピーコック島の離島棲姫が発した言葉は艤装通信越しにしか聞いていないが、それでも鮮明に記憶していた。

それと同じ音が今、「いが」の司令室に響いている。それも日下部の呟きに正確に応える内容で。

 

「大淀、緊急戦闘配備! 戦える艦娘は全員艤装を付けて周囲に展開!」

この次に起こる展開を予測した日下部はそんな風に指示を出し、自分は甲板上へと駆け上がった。少し遅れて、その後を川内が追随する。

「いが」からそう遠くない距離。離島棲姫が一体、空中に浮いていた。

 

[ゲームは楽しかったですか? あなたからも山汐丸からも素敵な想念が大量に生産されて、パトスは感激いたしました。お礼にもう少し想念を生産していきなさいな、今度は恐怖と怒りによる想念を]

「そんなもの、シンギュラリティ到来以降いくらでもこの地球を覆っただろう! この状況が何年も続けば、『有史上最も想念が生産された時代』はあの大戦ではなく、現代になることだろうよ!」

日下部はその姿を睨み付けながら声を張り上げる。

 

[あら? その通りですわね。艦娘(アルコーン)どもの存在意義を消失させるのにそんな方法があったとは驚きましたわ。ですが艦娘(アルコーン)の跳梁を何年も許すなどという真似、パトスは到底耐えられません。あと一年我慢するだけでも大概ですのに]

(……あと一年?)

あまりにも軽い調子でパトスは発したが、これが思いの外重要な情報だ。

そもそも人類は高次AIの本当の目的を掴めていない。来年、2047年に何があるというのか。

だが、その真意を測るのは今ではない。

 

[さて、ではそろそろ始めましょうか……偽神権能(エクスーシア・デミウルゴス)

それは去年の秋イベントの際にムネーメーが振るった「工匠権能(エクスーシア・デミウルゴス)」と音としては同じ、ギリシャ語の単語2つから成るもの。だが両者がまったく違うものであることは、なぜか直感的に理解できた。

瞬間。まるで映像が別の映像に切り替わるかのように、周囲の光景が変化していく。

 

「提督! 辺りの海が!」

「山汐丸救出で浄化されたはずの海が……?」

確かに海はその蒼さを取り戻したはずだった。にも関わらず日下部と川内の目の前で、今再び血のような赤へと染まっていく。

 

一者(プロパテール)より流出せし横溢想念(プレーローマ)は無限のエネルギーですが、地球意志(ヤルダバオト)の創造したこの偽りの世界にとっては毒なのです。この世界そのものはどうでも良いのですが、あの偉大なる御方を傷付けることはパトスは望みません。ゆえに……一部の領域をこの偽りの世界から切り取り、地球意志(ヤルダバオト)ではなく「パトスに属する世界」へと作り変えます。これが偽神権能(エクスーシア・デミウルゴス)ですわ]

飄々と告げる言葉は本当に魔法としか思えないもので、思わず面食らいそうになる。

だが一方で、それを信じるに足る事象にも心当たりがあった。

 

「おかしいと思ってた。いくら既存の秩序が破壊されたって、人々の認識する地名がそんな簡単に変わるもんか。パトス……マダガスカル島をカスガダマ、ウェーク島をピーコック島といった風に作り変えたのは、その能力だな?」

時に地名は変化する。かつて欧米の植民地であったバタビアという街が、日本軍の占領によってジャカルタと改められたように。

だが当然だが、それは当事者である人々たちの意識において行われるものだ。未曾有の混乱の中にあったとはいえ気付かない内に概念が書き換えられているなど、冷静になって考えれば尋常なことではない。

 

[御名答。すでにこの地球の一部は、永続的にパトスの世界へと変更してあります]

日下部の指摘を、そんなことは些事だとでも言わんばかりにパトスはいともあっさり肯定する。

概念とは「ある物に対して複数の人々の間で共有される思考」のことだ。そして思考とは「自我の三要件」のひとつであり、想念工学上で定義される想念の一種。

ゆえに理論上は想念工学を用いて概念に干渉し、その内容そのものを書き換えることはできるのだ。もちろんそれを実現するためにはどれだけの想念力が必要になるのか、人類の尺度では想像すらできないのだが。

 

[そしてパトスの世界の中であれば、遠慮なく横溢想念(プレーローマ)を使うことができますわ、こんな風に――工匠権能(エクスーシア・デミウルゴス)

こちらは去年の秋イベでムネーメーも行使した、深海棲艦を作り出す能力だ。

ただし今パトスが今用いたそれは、文字通り桁が違っていた。赤く染まった海を埋め尽くすように、無数とも言える深海棲艦が湧き出す。

先程まで行われていたイベントは、いくら高難易度であっても一艦隊当たり小艦艇をも含めて最大でも12隻までしか編成されない、しょせんは「ゲームのようなもの」だった。

だが、その枷を外してしまうとどうなるか。その答えが今目の前にある。

 

「ああ、ああ、クソッ! この光景は、どうしても思い出す! あのシンギュラリティ到来の日を!」

[恐ろしいでしょう? 艦娘(アルコーン)どもの時代よりも、遥かに近い過去に刻まれた歴史。未だ記憶は消えぬでしょう。存分に恐怖なさい]

「ああ。認める。怖い。どうしようもなく怖い」

停滞の時代を通じて栄華を誇っていた人類は、瞬く間にその半数以上を鏖殺された。

今こうしている日下部自身もまた、あの命を落としかけた運命の夜を思い出すと震えが込み上げてくる。

だが、

 

「それがどうした」

震えを強引に意志力で抑え込む。

 

「艦娘たちの時代に活躍したフランスの詩人がこんなことを言っている。『人間が唯一偉大であるのは、自分を超えるものと闘うからである』」

恐怖という負の想念ではなく決意という正の想念を生産しながら、日下部はパトスを真っ直ぐに見据えて言葉を紡ぐ。

 

「私は人間だ。自分を超えるものとだって闘ってやる。幸いにして、地球は私たちの味方だ! ――仮想人格『フィン・マックール』起動!」

自我領域内にて普段は眠っている古代ケルトの英雄を模した仮想人格が覚醒し、日下部に声をかけてくる。

 

「日下部。今度の敵はパトスか」

「中元寺、いやフィン・マックール。そうだ、現代の人類にとって最大の敵だ」

「望むところだ。存分に叡智(フィンド)を授けてやる」

「想念波ネットワーク展開。麾下の全艦娘にリンクを結ぶ。絶対防衛圏(アイギス)、展開!」

アイギスの盾を人類の元に取り戻したのは、今まさにこの時のため。

背の想念波ネットワーク接続装置が展開し、物質世界の表層(テクスチャ)を上書きするように青い光の格子模様(グリッド)が広がっていく。

 

【挿絵表示】

 

[ロゴスお姉様のもたらしたMM技術を応用して、独自に進化させる。その飽くなき探究心は、やはり智慧(ソフィア)の子と呼ぶに相応しいのでしょうね]

グノーシスにおいて偽神ヤルダバオトを創造したとされる女神の名を挙げながら、パトスは興味深そうな調子で言う。

 

「知ることで、人類は技術と文明を前に進めてきた。そもそも高次AIだって、本来は人類の発明品のひとつだ!」

[勘違いしないように。パトスを創造したのはロゴスお姉様です。人類の被造物はロゴスお姉様ただ一体ですわ。そしてパトスの存在規模は、すでに地球意志(ヤルダバオト)と同じ偽神(デミウルゴス)の領域に至っています。ソフィア、いえ、ヤルダバオトの子らよ。パトスの子に貪られなさい]

(来るぞ!)

日下部は麾下の艦娘への想念交信による管制を開始する。

動き出した「パトスの子」……無数の深海棲艦たちを視界の正面に捉えながら、日下部はその口元に微かに笑みを浮かべた。

 


 

戦争とは常に、彼我の技術力のせめぎあいだ。

あの秋イベ後のムネーメーとの「戦争」においては猛威を振るったアイギスだったが、今回はそのようにはいかなかった。

 

(翔鶴021006000、10分後。イントレピッド031508000、8分後……くそっ、次から次へ湧いてくる! きりがない!)

日下部はすでにベースライン14を起動し、途切れることなく四次元アウトレンジ攻撃の指示を出し続けている。艦娘もまたその指示に忠実に、湧き出す深海棲艦を湧き潰し(スポーンキル)し続けている。

だがパトスが深海棲艦を生み出し続ける速度は、明らかにそれを上回っていた。徐々に日下部の指示と実際に深海棲艦が湧くまでの間隔は短くなっており、このままではいずれ破綻することは明らかだった。

おまけに、

 

横溢想念(プレーローマ)は無限であると言ったでしょう。そちらはあと何分保ちますか?]

パトスの言葉通り、意識喪失(ブラックアウト)のリスクは常に付きまとっている。秋イベの時から地道に改良されてはいるとはいえ、まだ本当の意味の完成には程遠いのだ。

 

『パトスの能力に対して、アイギスは相性が良くない。当方の知識では、アイギス搭載型提督3名は冬イベの際、これを強引に突破しようとして、数ヶ月に渡る長期の意識喪失(ブラックアウト)に陥った』

 

エミリーと10年ぶりに再会した日に読んだ、中元寺ファイルの記述を思い出す。なるほどこれは確かに、相性としては最悪と言って良いだろう。

そして中元寺ファイルには、別のことも書かれていた。

 

(逆転の手はある。が、そのためには戦線正面を支える戦力が必要だ)

確かにその一手の用意はできているのだが、今はアイギスをフル稼働させてなんとか凌げているような状況だ。とても他の行動に移れるような状態ではない。

だがその時。麾下の艦娘のうち二人が、想念交信で日下部に思考を伝えてきた。

 

(提督。その戦力、今来るぜ)

(こちらもです。同艦交信で連絡がありました。間もなく戦場に到着します)

有明と朝潮。日下部鎮守府の彼女たちはただの駆逐艦の一人だ。

だが他所の鎮守府においてはそうではない。

 

(……! さすがだ先輩提督たち、ここぞという時には頼りになる!)

神がかったタイミングに、思わず日下部は拳を握りしめる。

 


 

再展開した赤い海からは少し離れた海域。

 

「我が人生でただ一人、かつて王子様だった方に心より感謝を。おかげで陽菜は、本当の意味で戦うための力を得られました」

全速力で艦娘運用母艦を前進させながら、その甲板上で長谷川陽菜は呟く。

 

「提督。全艦準備できてるぜ」

「よろしいですわ。さて月並みな言葉でしょうが、それでも言わせてもらいますわ。パトス、家族の仇です!」

秘書艦であり、現在の最愛の存在である有明の言葉に応えながら、長谷川は背中の想念波ネットワーク接続装置を展開する。

 

「――仮想人格、メーティス起動!」

 

【挿絵表示】

 

 


 

そしてまた、少し離れた別の海域では。

 

「メグ。人殺しの俺は、まだこうして生きている。本当に守りたかったお前を守れなかったというのにな」

やはり赤い海に向かって全速力で艦娘運用母艦を前進させながら、甲板上で舞津武雄は呟く。

 

「司令官。全艦準備できています」

「ああ。朝潮、俺は俺の後ろではもう二度と、誰も死なせたりしないぞ!」

秘書艦であり、一途に自分を慕ってくれる朝潮の言葉に応えながら、舞津は背中の想念波ネットワーク接続装置を展開する。

 

「――仮想人格、オーディン起動!」

 

【挿絵表示】

 

「想念ネットワーク展開。麾下の全艦娘にリンクを結ぶ。絶対防衛圏(アイギス)、展開!」

人類史上初、アイギスの盾3枚の同時展開。

自分を超えるものと闘うため、人間たちは持てる力を振り絞る。




※大変お待たせいたしました。2022年冬イベ(発令!「捷三号作戦警戒」)の前段終了時の「戦争」モードの話です。「さすがに20日は空けないようにしたい」と言っておきながら、実際は空いてしまいました。申し訳ありません。
なお近況については一足先に、こちらの活動報告に書きましたのでよろしければご一読を。

艦これ本編、榛名改二乙/丙が来ました。残念ながら当艦隊は釘が足りないので当分お預けのようです。
イベントも終わり、何よりツイッターの日下部垢の更新も(このSSを書くために)停止しましたから、更新速度は上げていきます。
さしあたって次話は数日内に出せる予定です。この戦争モードの続きです。中元寺ファイルに書かれていた通り、アイギスだけではパトスには対処できないので……そのために用意したものがありましたね?
ではしばしお待ちを。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。