日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


(フネ)より生まれ、神と成ったモノ 4

天と地の間にはお前の哲学では思いも寄らない出来事がまだまだあるぞ。

――ハムレット(戯曲「ハムレット」より)

 

 

張り詰めた空気を切り裂きながら。

長谷川と舞津、両提督の艦隊の艦載機がパトスの世界に躍り込む。

 

[これは……アイギスの盾が3枚に?]

途端に戦場の密度が濃さを増すが、アイギスによる管制を受けた編隊は同士討ちどころか互いの戦闘行動の邪魔をすることすらなく、一糸乱れぬ連携で深海棲艦を撃沈していく。

 

「往時の空母打撃群3個艦隊を超える戦力だ」

[上等ですわ。かつてパトスたちと深海棲艦は、それ以上の戦力を叩き潰したのですから]

それでもパトスは怯むことはなかった。

敵が3倍になったのならこちらも3倍にすればいい……とでも言わんばかりに、深海棲艦の湧き速度を増して対処してくる。どうやらまだまだその能力の底には程遠いようだ。

 

「そうだな。だから私たちも別に、アイギスの盾だけに頼ったりはしないさ」

そしてそれは日下部にとっても、十分に予想の範疇だった。

先任提督両名の艦隊本隊が戦場海域に到達したのを確認し、日下部は自艦隊の艦娘を自らの元に呼び戻す。そしてそれまで展開していたアイギスを、突如として解除した。

怪訝そうな表情を浮かべたパトスを無視して、日下部は想念波ではなく声を張り上げる。

 

「金剛、準備は!」

「『溜め』に徹してたおかげで、バッチリデース!」

先程までの戦いにおいて、唯一攻撃に参加させなかったのが金剛だった。

 

「よし。有明、朝潮、長谷川・舞津鎮守府の秘書艦に同艦交信。『パトスの前方20kmの空間には絶対に入るな』!」

「了解!」

日下部の指示を受け、交戦を続けながらも艦娘たちが巧みに位置取りを変えていく。

すぐにパトスの前方20kmの空間から艦娘の姿はなくなり、深海棲艦だけが無数にひしめく状態となった。

 

「空間が空いた! 金剛、概念艤装使用承認!」

「了解! 概念艤装『ティターニア』起動デース……異神、習合!」

瞬間、金剛の身に着けている導想念性の衣装に想念力が通り、その容姿を変化させる。

穏やかなリーフグリーンのドレスに、白のブラウス。西洋の姫を思わせるような格好だが、同時に明らかに異質なのは、その背中に展開する透き通った蝶のような羽根。

それはまるで、妖精――日下部の発明品である想念工学製の代替労働力(ロボット)ではなく、その原典たる欧州の自然要素の擬人化――を思わせる姿だった。

 

【挿絵表示】

 

「絶対ズルい。金剛さんにあの妖精の羽根、誰がどう見たってかわいいに決まってる……」

「効果はちっともかわいくないけどネー!」

やっかんだような川内の言葉に、少しだけ眉根を寄せながら金剛が返す。

ティターニアはシェイクスピアの戯曲「夏の夜の夢」に登場する妖精の女王だ。人間の子供を妖精界に連れ去り、代わりに妖精を人間界に送りこむ「取り換え子(チェンジリング)」という行為を行うことで知られている。

 

「領域定義開始」

金剛が呟いた瞬間。パトスの前方20kmほどの空間の中央部に、まるで深い森の奥を思わせるような薄闇色の球体が出現する。

球体は瞬く間にその体積を広げ、空間そのものを覆い尽くしていく。

 

[……!]

さすがにパトスはその危険性を一瞬で見抜いたのか。見るからに鈍重な離島棲姫の肉体だが、浮いていれば関係ないとばかりに空中を意外なほどに素早く飛翔し、その場から離脱する。

だが金剛はそれを横目に見ながらも、動じることなくなおも球体を大きくしていく。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「領域定義完了。妖精界まで吹っ飛ぶデース!」

球体は瞬く間にその体積を広げ空間そのものを覆い尽くしたかと思うと、まるで最初から何もなかったかのようにふっとかき消える……その内側に無数に存在した深海棲艦ごと。

空間そのものをまったく異なる場所へ送り込む、言うなれば相転移兵器。それが金剛の概念偽装「ティターニア」の正体だ。

 

「妖精界なんて物、実在するの?」

金剛の言葉に疑問を持った川内は、傍らの日下部に対し質問をぶつけるのだが、

 

「さぁ?」

日下部から返ってきたのは、肯定でも否定でもない実に曖昧な回答だった。

 

「さぁ、って……」

「『ここではないどこか』へ行く。兵器としてはそれで十分だろう? そして」

「あっ」

川内は驚いたような声を上げる。

なぜなら薄闇色の球体が最初に発生した地点を中心に、小さな影が無数に湧き出してきたからだ。

 

「深海棲艦のかわりに、いつもの妖精さんたちが現れた!」

「あの妖精を発明したのはこの私だからな。金剛が妖精の女王(ティターニア)なら、私が妖精王(オベロン)だ。つまりこれは取り換え子(チェンジリング)というわけだ」

日下部は艦娘たちに命じ、妖精が海で溺れないように回収させていく。

さすがに人類の技術力基準なので想念力換算では大幅に目減りしているのだが、それでもまともに生産しようとすれば何イデアかかるかわからないほどの数だった。

パトスは戦闘開始前、深海棲艦を自らの子と言い放った。

日下部は最初、生まれたばかりの深海棲艦を「パトスの子」と強引に定義付けるつもりだったのだが、それ以前にパトス自身がそれを勝手に認知してくれた。おかげで高次AI相手に心理戦をする手間が省けたのは、僥倖だったと言えるだろう。

 

「だが、あくまでこの取り換え子(チェンジリング)は『攻撃の副産物』でしかない。ティターニアの真の攻撃目標は……」

[やって、くれましたわね]

忌々しさを隠そうともせず、パトスは言葉を放つ。

空中に浮遊する離島棲姫の足元の海は、もはや血のような赤い色をしてはおらず。地球の7割を占める、ごく普通の青さを取り戻していた。

 

[パトスの世界そのものを消し飛ばすことで地球意志(ヤルダバオト)の影響力を取り戻し、偽神権能(エクスーシア・デミウルゴス)を無効化するなどと!]

「お前は事前準備なしで横溢想念(プレーローマ)とやらを使いたくないんだろ?」

たった一度無断で横溢想念(プレーローマ)を使っただけのムネーメーを、有無を言わさず粛清したくらいだ。

そのことを思えば、自分自身でその方針を違えるとはあまり思えない。

 

「一方でこっちは妖精を想念力に還元して、ティターニアの再充填が可能だ。どうする? まだ続けるか?」

ティターニアはその効果の大きさから、初撃を放つまでに時間がかかるのが欠点ではある。だがこのように一度戦果を挙げられれば、そこからは連続発射が可能なのだ。

ティターニアの攻撃範囲から逃れた深海棲艦ももちろん多数残っているが、それらは長谷川・舞津両鎮守府の艦娘がアイギスによる管制を受けて掃討しつつある。そうすれば次はパトス自身が攻撃目標となることだろう。

 

[……]

ぎろりと射抜くような眼光を向けながら、しかしパトスは続く言葉を何も吐き出そうとはしなかった。

日下部はその視線を堂々と受け止める。間違いなく今この場で主導権を握っているのは自分たちの側だ。パトスが動かないなら動かないで、それはこちらの不利とはならないのだから。

――そんな風に考えていたから、ひとつ可能性を見落としていた。

 

「深海の女王よ。今回はここまでにしておいたらいかがかな?」

長谷川・舞津鎮守府の艦隊が駆け付けてくれたように、パトスの側にも援軍が現れるという可能性を。

 


 

淡桃がかった白髪、赤い瞳、左側頭部から伸びた角。

奇術師(マジシャン)を思わせる洋装とシルクハットは紫色に統一されており、あちらこちらに牙を思わせる意匠が施されている。

その姿は過去に一度見たことがあった。去年の終わり、あの昭南本土航路において。

 

「お前は……ラシャヴェラク!」

SF小説「幼年期の終わり」の登場人物の名は明らかに偽名だろうが、今のところこの男を示す名を他に知らない以上そう呼ぶしかない。

 

「申し訳ないが介入させていただこう。深海の女王よ、あなたは本来の役回りに戻られてはいかがか?」

ラシャヴェラクはパトスに向かって声をかける。

 

[いち深海棲艦が、パトスに指図しますか]

「指図のつもりはない。が、このような提案ができる時点で、私が『いち深海棲艦』ではないことはご理解いただけるかと」

ラシャヴェラクが深海棲艦であるのは間違いないのだが、日下部には彼がAIで動いているとはどうしても思えなかった。高次AIであるムネーメーやパトスと比較しても、彼からはなんというかまったく異質な……そう、「人間味」のようなものを感じるのだ。

 

[……いいでしょう。あなたの提案に応じて差し上げます。求められていた重爆たちは用意しておきましたので、好きに使いなさい]

「感謝を」

大仰な仕草で深々と頭を下げるその仕草はとても芝居がかっていて、まるでその姿に相応しいサーカスの奇術師(マジシャン)のようだった。

日下部はそこに対し口を挟み込む。

 

「逃がすと思うか? 川内のチェルノボグならパトスであろうと一撃で消滅させられる。存在の習合だから、パトスが他に肉体をいくつ持っていようと関係ない」

せっかく握った主導権をみすみす手放すことはない、といった様子の自信満々な態度を崩さずに声をかけるのだが、

 

「ああ、安いハッタリはやめておくといい。深海の女王ほどの存在規模を習合して、彼女が自我を保てるわけがないだろう。それがわからないほど凡庸な想念工学者ではないはずだ、君は」

「……」

こうも完璧な切り返しをされては黙り込むしかなかった。

パトスやラシャヴェラク自身のこと、あるいはたった今聞こえた「重爆」なる興味深い言葉。人類はあまりにも何も知らなすぎる。少しでも情報を引き出すための駆け引きのつもりだったのだが。

 

「交渉成立のようだな。では女王、ここからはこの私が舞台を引き継がせてもらうよ」

[結構。では失礼いたしますわ]

離島棲姫の肉体が想念力に還元され、虚空へと消滅する。同時に圧倒的な存在感を放っていたパトスの気配もまた、跡形もなく消え失せていた。

憮然としてそれを見送るしかない日下部に対し、ラシャヴェラクはどこかたしなめるような表情を浮かべて向き直る。

 

「日下部提督。約束だ、君に私の真の名前を教えよう」

「ほう。律儀だな」

「鬼や悪魔は約束を守るものさ。人間と違ってね」

そしてまるで舞台演劇の一幕でも演じるかのようにラシャヴェラクは……そう名乗っていた深海棲艦は、自らの真の名を名乗る。

 

「私は磨鎖鬼(マサキ)、深海磨鎖鬼。(フネ)の鎖を磨く鬼」

「深海、磨鎖鬼……」

初めて聞く名前のはずなのに、その名はどこか芝居がかった彼の仕草にとても似合っている気がした。少なくとも、ラシャヴェラクなどという名前よりはよほど。

 

「過去と今、そして未来は繋がっている。そして過去も未来もひとつではない。君も深海の女王も、それぞれの種族において知性の最高峰に近いが……それでも世界のすべてを知ったとは思わない方がいい」

まるで詩でも吟ずるような朗々とした語り口は、あの昭南本土航路の時と同じ。

きっと彼は、このような物言いにとても慣れている。きっとそれが深海磨鎖鬼という存在の本質なのだろう。

 

「ここからは私が、この『イベント』を取り仕切らせてもらう。なに、そちらがゲームのルールを守るならこちらも守る。君たちは、望む未来へ続く鎖を手繰り寄せられるかな?」

見た目は奇術師(マジシャン)であっても、その物言いはまるで道化(ピエロ)のようだった。

 

「お前は味方なのか。敵なのか」

「その二つに分けるのなら、敵で構わない。あくまで深海棲艦だからな。では後段作戦も頑張ってくれたまえ」

日下部の言葉にあっさりと敵対を宣言すると、パトスと同じように深海磨鎖鬼もまた、その姿を大気に溶けるようにかき消して行く。

やがて辺りには、潮騒と海風の香りだけが戻ってきた。

 

「……、ふぅ。行ったか」

日下部は張り詰めていた緊張の糸をほぐし、大きく息を吐き出す。

磨鎖鬼自身は敵とは言っていたが、雲鷹を救出した時の態度からするとそう単純な話ではなさそうではある。だが信用するに値するかと言われると、それも違う気がした。

要するに名前がわかったところで、結局何もわかっていないに等しいのだ。

 

「っと、いかん」

肩の力が抜けた瞬間、これまで意志力で抑えてきたものが不意に襲ってきた。

すなわちアイギスを使用したことによる自我への負荷。途中から解除したとはいえ、それで帳消しになるわけではない。単純にここまで耐えていただけだ。

思わずぐらり、と片膝を着きそうになるが、

 

「真琴さん!」

隣にいた川内が、慌てたように身体を支えてくれた。

おそらく長谷川と舞津、両提督も似たようなことになっているだろう。あるいはより長くアイギスを展開し続けていた分、すでに意識喪失(ブラックアウト)していてもおかしくない。

それでも数ヶ月昏倒、などという結果にはなっていないだろう。歴史の分水嶺をまたひとつ超えることに成功したはずだ。

 

「すまん。大淀に指揮を引き継いで、艦隊帰投だ」

そう命令を下してから、日下部は川内、ティターニアを展開した金剛、そして周囲の他の艦娘たちに目を向ける。

彼女たちは100年前の軍艦の概念から、人類の守護者となるためだけに地球意志に生み出された神の一種だ。

実際に彼女たちが現れるまでは、地球がこんなに人類に対して優しいなどと想像した者は誰もいなかった。

 

――いくら人類が無知であっても、この信を裏切るほどに愚かではないさ。

日下部が内心に抱いたその思いは、特に言葉にすることも誰かに聞かせることもなかったから……今この時は、誰にも届くことなく虚空に消えていくのみだった。




※2022年冬イベ(発令!「捷三号作戦警戒」)の前段終了時の「戦争」モードの続きです。
引っ張っていた金剛の概念艤装、そしてあいつが正体を明かす(まぁバレバレでしたが)と割と盛りだくさんな内容です。

冒頭の名言について。
本当はティターニアの出る「夏の夜の夢」から引用したかったのですが、シチュエーションにハマる物が今ひとつなかったので、せめて同じシェイクスピアの戯曲から持ってきました。

概念艤装「ティターニア」について。
SFではお馴染み、相転移兵器です。と言っても昨今では「空間を転移させるほどのエネルギーを生みだせるなら、そのエネルギーを直接敵にぶつけた方が早い」ということが読者にバレているので、こういうワープ兵器は珍しいと思います。本作は物理学とは違うロジックが支配する作品であることと、古典SFのガジェットを意図的に盛り込んでいるので、このような感じになりました。
「艦娘という神を異なる神と習合させる」のが概念艤装ですが、いきなり神以外と習合させているのはご愛嬌です。まぁ妖精は元々キリスト教に取り込まれるに当たって矮小化された土着の神だったりするので(この辺「(フネ)より生まれ、神と成ったモノ 3」でも書きました)、実はそこまで原則から外れている話ではなかったりします。
ところで妖精の羽根を生やした金剛、可愛いですよね?

深海磨鎖鬼について。
これまでラシャヴェラクと名乗っていた彼ですが、ついに本名を明かしました。まぁご存知だった方にはバレバレだったと思います。
元は2019年のリアルイベント「深海大サーカス」に登場した、京本政樹氏の演じるキャラクターだそうです。伝聞系なのは、作者はこの頃まだ艦これにノータッチだったからです(2022年の新春にももう一度登場機会があったそうですが、リアルイベント系はノータッチなのでそちらも結局見ていません)。
さてこれまで何度も書いていますが、深海磨鎖鬼が平行世界に干渉できるというのは本作の独自設定です。おそらく公式の深海磨鎖鬼にそんな能力はありませんし、あったとしても公表はされていないので現段階ではただの作者の妄想です。ご注意下さい。
深海大サーカスの台詞を拡大解釈して持たせた能力ですがとても便利なものになりましたので、これからしばらくはイベントのゲームマスター的立ち位置をやってもらうことになります。

艦これ本編、深雪改二も榛名改二乙/丙もノータッチなこと以外は順調です。震電改も取れそうです。
5月下旬までは大きな動きはなさそうなので、この間にSSを進めていきたいと思います。
次は後段作戦……に入る前に、違う話が2話ほど挟まる予定です。本作のこの先においてものすごく重要な人物が初登場する話です。お楽しみに。
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