日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


カノジョのタノシミ 1

楽しみは理性を備えたあらゆる生き物の目的であり、義務であり、目標である。

――ヴォルテール

 

 

それは日下部鎮守府が、一週間ほどかけて第三海域の攻略を進めていた時期のこと。

 

「ゴーヤ、最高練度到達おめでとう」

「えへへ、ありがとう。嬉しいでち」

執務室に報告に訪れた伊58ことゴーヤが、日下部の言葉に照れたような表情を浮かべる。

嫁艦候補が最高練度に到達するということは、「候補」ではなくなるということだ。それがわかっているからこそのこの態度だろう。

いよいよ「最初の六人」の嫁艦候補が全員嫁艦になるわけで、これは日下部にとってもひとつの大きな節目だった。

 

「ゴーヤ、私とケッコンしてくれるか?」

日下部は用意した指輪を見せながらプロポーズする。

初めて抱いたあの夜から、彼女が自分に夢中なことはわかっている。かなり性に奔放にはなったようだが、それでも断られるなどとは微塵も思ってはいなかった。

だから、

 

「てーとく。あの、あのね」

「うん?」

「ケッコンしたくないとは言わないけど、その前に一度くらいは、てーとくと……デートがしたいでち!」

「お、おう?」

即答しないゴーヤの態度に驚いて、思わず目を見開く。

 

「鎮守府と海だけの生活。嫌じゃないけど、一回くらい現代の街を見てみたいでち」

「行っていいぞ? 申請書さえ出してくれれば」

「てーとくとご一緒したいんでち!」

「んー、それはちょっと難しい。提督は基本、特別な用事がない場合は自分の鎮守府に縛られてるんだ」

ロスト・アドミラルのリスクを可能な限り低減するためだが、さすがにそこまではゴーヤには言えない。

 

「てーとくはしょっちゅう松代大本営に行ってるよね?」

「あれは特別な用事。この戦争に勝つための技術開発で、お偉いさん直々の命令だから例外なの」

そういう意味では日下部は他の提督より恵まれている。偶発的かつほんのわずかとはいえ、松代の街でデートらしきものを川内とすることができたのだから。

 

「人生の墓場に入る前に、独身時代最後の思い出が欲しいんでちよ」

「どこでそんな言葉覚えてくるんだお前」

「うー……」

唇を尖らせるゴーヤの姿に、そういえば嫁艦候補としての彼女との交流はほとんど肉体関係ばかりだったなと思い返す。

セフレではなく恋人のつもりなのだから、そこは確かに少し反省するべき点ではあるだろう。

 

「わかったわかった。じゃあするかデート」

「えっ、いいの!?」

「良くはない。ので、こっそりとな。第三海域を攻略できたら、どさくさに紛れて一日くらい横浜に繰り出してもなんとかなるだろ。艦娘の要望にはなるべく応じるべし、ってのが提督の基本原則だからな」

汝の意志するところを為せ。それが法のすべてとならん。

アイギスの開発協力に中元寺鎮守府の探索にサラの問題の解決、過去に懲罰任務を複数回課せられている身としては……もう一回くらい増えてもなんとかなるだろうと無理やり割り切るしかない。

 

「うわぁ悪いてーとくだー。でも、ありがと! 楽しみでち!」

満面の笑みを浮かべたゴーヤがあまりに可愛かったから。

日下部はここが執務室だということをつい忘れて、真っ昼間から強引に抱き寄せて唇を奪った。

 


 

それから数日。

第三海域攻略後に発生したパトスとの交戦についての報告を提出したところ、参加した三提督の艦隊にはアイギス使用による負荷が回復しきるまで、数日間の出撃待機が命じられた。

イベントの最中の数日間なので影響は小さくないのだが、逆に言えば先日のゴーヤとの約束を果たすにはまたとない機会だと言えた。

 

「てーとくが何か変な感じでち……」

かつては「みなとみらい21」と呼ばれていた土地の一角で、ゴーヤは呆れたように呟いた。

だが、それも無理はないだろう。日下部はよく見慣れた人類統合軍の軍装ではなく、私服を身に着けていたからだ。

気楽(ラフ)な黒いパーカーに紺色のジーンズ。そして最も特徴的なのは、目元を色の濃いサングラスで隠していることだろう。

 

【挿絵表示】

 

「こら提督と呼ぶな。前も言ったが、提督は鎮守府の外に好き勝手出歩いちゃいけないの」

「辺り誰もいないのに?」

「それでも。この後は人のいる一角に行くんだから、そこでうっかり呼ばれたら困る。今から真琴と呼んで慣れておけ」

慣れ親しんだ習慣はそう簡単に変えられない。だからこそ意識してコントロールするしかないのだ。

 

「ま、まこと……? うっ、恥ずかしいです……」

「キャラ崩れてんぞー? まぁ新鮮だからいっか」

もう何度も「もっと恥ずかしいこと」をしているのに、こんな反応がまだ出てくるのはとても愛おしい。

そんなことを思いながら、改めて目の前のゴーヤの姿に目を通す。

 

「新鮮と言えば、水着を着てないお前もなかなか新鮮だな」

当然だがゴーヤも、あのスクール水着に似た出撃用の制服姿ではない。

髪色に合わせたピンクのセーター。胸元にはアクセントとして機能する小ぶりのリボンをあしらい、腰から下には花びらの模様の入ったスカートが広がっている。

全体的に甘めな、可愛らしさを押し出した服装だった。

 

【挿絵表示】

 

「足元がスースーするよぉ。ゴーヤにこんな格好させるとか、へ、変態でち……」

解せぬ。

 

「お前がいつも横着して、鎮守府でも水着一枚で過ごしてるからだろ。出撃時はともかく陸では普段から着ていいのに。何ならおねだりしてくれたら、それ以外にも2、3着くらい買ってやるぞ?」

「おしゃれとかよくわからなくて」

「なら少しずつでいいから慣れていってくれよ。私は可愛い格好してるお前が大好きだぞ?」

「うん……頑張るでち」

そこは少しヨナを見習え、と思う。潜水艦・伊47は潜水艦の中では出撃用制服のバリエーションが飛び抜けて豊かなのだが、その影響か普段から色とりどりのコーディネイトを楽しんでいる。

娯楽に乏しい時代だからこそ、自分で工夫して日常を楽しむべきなのだ。

 

「ところでまこと。話は変わるけど、これが山汐丸の錨でち?」

シンギュラリティ到来時に深海棲艦の攻撃で崩壊したビル群が周囲に広がる中で、この一角だけがぽっかりと被害の空白地になっている。

その中央に、ぽつんと赤錆びた金属の塊が鎮座していた。

 

「そう。回りのセンタービルとかが吹っ飛んでる中で、これだけがなぜか綺麗に残ったんだ」

彼女を救出する時、自分自身の価値は自分で作れと告げた。もちろんその言葉に嘘偽りはないが、同時に彼女にもせっかくだから楽しんで生きて欲しいと思う。まぁさすがにゴーヤと同じことはもうできないだろうが。

 

「いつか山汐丸も連れてまた来たいでちね」

「そうだな」

それは少なくとも、今の艦娘運用体制のままでは不可能だ。ゴーヤとこうしてここにいることでさえ、本来は禁じられたことなのだから。

けれども艦娘が人類の前に出現してから、もはや結構な時間が経っている。明日も世界が続くことを無邪気に信じられる程度には、戦況が好転していることも事実だ。きっと遠からぬ内に、現行の艦娘運用体制には見直しが入ることだろう。

もちろんそれでここに山汐丸と来られるようになるかは、また別の話だが。

 


 

関内、山下公園、元町、山手町。

みなとみらい21だけでなく、平和だった時代のデートスポットはどこも廃墟と化していた。

だがそれでも人類居住圏を築けただけ、横浜はまだマシな方だ。隣接する東京をはじめとして、完全に灰燼に帰した都市は世界中にいくらでも存在する。

 

「なんか日本っぽくないでちね」

横浜人類居住圏を初めて目にしたゴーヤの第一声はそんな感じだった。

ちなみに去年の初夏に休暇でここを訪れた川内型三姉妹も、似たようなことを言ったらしい。

 

「まぁ狭い範囲に無理やり固まって生活するとなると、どうしても猥雑にならざるを得ないもんさ。でも以前川内たちから聞いた話と比べると、もっとずっと活気があるな。この辺のエネルギッシュな感じは、良い意味で日本っぽくないかもしれない」

シンギュラリティから一年以上を生き延び、少しずつ日常を取り戻そうと頑張っているのは銃後の民も同じということだろう。

 

「さて、そろそろ日が暮れる。デートらしいデートをするのにいい感じの時間だ」

「デートらしいデートって? 遊ぶところなんかないよね?」

疑問の声を上げるゴーヤに、日下部は軽く笑いながら首を振る。

 

「どれだけ文明が崩壊しても、原始的(プリミティブ)な娯楽はなくならないものさ。つまり酒と夜戦だな。というわけで呑みに行くぞ」

「ゴーヤ、見た目で怒られたりしないでち?」

「艦娘証明書は持ってきてるだろ?」

「ちゃんとあるよ」

ゴーヤは自分の写真が添付されたプラスチックカードを、ホルダーごと取り出してみせる。

 

「見た目で察してくれるかもしんないけど、何か言われたらそれ見せろ」

「りょーかいでち。ところで呑みに行くのはいいけど、当てはあるの?」

「んー、一箇所行ってみたいところがある。昔よく行ってた店だ。今も残ってるかどうかはわからないから、無駄足になったらどこか別の店を適当に探そう」

「どうせゴーヤにとってはどこも初めてだし、お任せするでち!」

快諾を得て、現存する人類居住圏としては辺縁に近い辺りに歩を進めていく。

果たして、

 

「……あった、すげぇ! 残ってて良かった!」

BARオーセンティック。

中華風の店構えと内装は、かつては周囲の風景からは明らかに浮いていた……元町の中華街付近にあれば自然だったのだろうが。

そんな特異な店が、記憶と寸分違わぬ姿で目の前にある。むしろ現在の周囲の街並みが変化したことで、この店はようやく風景の一部に溶け込んだ感があった。

逸る気持ちを抑え、ゴーヤをエスコートしながらドアを開ける。

 

「いらっしゃいませ」

店内に入ると、すぐに奥から声がかけられた。

何年経ってもすぐにわかる。あの頃毎日のようにつるんでバカをやった、どことなく凛々しさのある中域男声(バリトン)

中華風の武道着に似た黒い制服は、この店特有の物だ。鍛え上げられた分厚い胸板は、この男がかつて用心棒(バウンサー)も兼任していたことを考えれば特に不思議なことではないだろう。

だがひとつだけ記憶と違うのは、その声がかけられた位置だ。あの頃ならその声の持ち主はもっと店の入口付近にいて、直接来客を出迎える役目だった。

だが今はカウンターの奥から、足を動かすことなく視線だけをこちらに向けてきている。いわゆるバーテンダーだが、小さなこの店では店主(マスター)が自らバーテンダーを務めるのが習わしだった。

 

「栗山……なに、お前ここのマスターになったの?」

素性を隠していることも忘れ、思わずその男の名前を呼びながら尋ねる。

 

【挿絵表示】

 

「その声。日下部か?」

「そうだよ、よくわかったな!」

「耳には自信があるからな」

相手の男もまた日下部と同じく、何年も会っていない当時の悪友の声を的確に覚えていたようだ。

 

「お知り合いでちか?」

いきなり訪れた店の主と気安く話し始めたことに戸惑ったのか、おずおずとゴーヤが尋ねてくる。

 

「ああすまん、その通りだ。こいつは栗山(くりやま)智志(さとし)。昔はここの下っ端兼用心棒(バウンサー)だったんだが、歳が近いこともあって個人的に仲良くなったんだ」

「綺麗な言い方をするな。あの頃はお互いクズだったろう」

「まぁそうだな。若気の至りじゃ済ませられないこともいっぱいしたな」

眉一つ動かさずに訂正してくる栗山の言葉に思わず苦笑する。

確かにかつてクズだったことは一切否定できない。できないのだが、

 

「けど最後に来た時に言っただろ。私は更生したよ。少なくとも自分ではそう思ってる」

「あの時は驚いたな。まぁおかげで俺も、お前を見習おうと思えたわけだが。かれこれ6年ぶりか、懐かしい」

「それでマスターになってるんだから、大したもんだ」

「別にめでたくはない。姐姐(ジェジェ)から正式に店を引き継いだわけじゃないからな……」

中国語の「親しい年上の女性を呼ぶ時の愛称」を口にして目を伏せる栗山の姿に、日下部は違和感を覚える。

 

「お前、姐さんにここ任されてるんじゃないの? じゃあ姐さんは今どうしてるんだよ」

「……40億分の1になった」

それはすなわち、シンギュラリティ到来時に深海棲艦によって殺されたということ。

 

「!? す、すまん」

「いいさ。今の時代珍しくもない。まぁ姐姐(ジェジェ)が死ぬとは思っていなかったが」

「それは本当にな。つーか、あの人も死ぬんだな……」

しみじみと呟いたら、ふっと栗山は表情を緩めた。もしかしたら、感傷を共有できる相手が見付かったことが嬉しいのかもしれない。

 

「お前は? 今は何をしてるんだ? 艦娘の伊58と一緒とか、かなり訳ありなんじゃないのか?」

艦娘証明書を出すまでもなく日下部の連れが艦娘だと気付いたのは、客商売を生業としている者としては褒めるべきところだろう。

 

「おお、悪友殿は察しがいいねぇ。じゃあついでに商売人として、客のことは詮索しない方向で頼む」

「いいだろう。ならとりあえず席にどうぞ」

栗山の言葉に、日下部はゴーヤを促してカウンター席に腰を下ろす。BARとはたとえ他に客がいなくとも、空いていればカウンター席に座るべきものなのだ。

実際は一人だけだが他に客がいた。日下部とゴーヤが座った場所とはカウンターテーブルの反対側で、両腕で作った輪に顔を埋めて突っ伏している女性。どうやらすでにしこたま呑んでいるようで、傍らには半分ほど空いたウィスキーのボトルと、すっかり乾いたグラスが置かれている。

 

「って、あ、あれ? 艦娘の足柄だよな」

「足柄でちね……」

後ろ姿と体型だけでもわかる。日下部もゴーヤもとてもよく見慣れた姿だった。

もちろん日下部鎮守府の足柄とは限らない。横須賀、および横須賀沖のショートランド人工島に存在する鎮守府の足柄であれば、誰がここにいてもおかしくはないだろう。

ただしひとつ気になることがある。日下部鎮守府の足柄は第三海域を突破したら、姉妹揃って遊びに行くと外出許可証を提出していた。ちょうどその日が今日だったはずだ。

とはいえこの場には妙高、那智、羽黒といった他の姉妹はいない。

やはり別人か……と思った時、それまで突っ伏していた足柄が不意に顔を上げて、

 

「ねぇマスター。4対4の合コンだったのに、一番下の妹が早々にお持ち帰りされて、『恋に興味はありません』って顔してた二番目の姉が相手といい感じになって、一番上の姉がいつの間にか男と姿を消していて、残った一人が口説いてきたと思ったら実は妻帯者だったと判明した私は、どうしたらいいと思う!?」

据わった目でそんなことを、叫ぶように吐き捨てた。

 

「ゴ、ゴーヤ。あれどう考えてもうちの足柄だ」

ただの飲み会ではなく合コンだというのは聞いていないが、たまたま同じ日に別の鎮守府の妙高型姉妹が揃って合コンを開催したと考えるよりはよほど自然だろう。

 

「私がここにいるのバレると、色々面倒なことになりそうだ」

「そうでちね……気付かれる前に、お酒飲んで早々においとまするでち」

足柄に聞こえないよう、小声でゴーヤと会話を交わす。

先程栗山は自分の名字を呼んだが、足柄は半分眠っていたようなものなのだから、聞こえていなかったに違いない。そうであることを願う。

どちらにせよ、能天気にデートなどと言っていられる事態でなくなったことだけは間違いなさそうだった。




※艦娘マリッジブルーシリーズ、ゴーヤ編の前編です。ちなみにツイッターで初出した時とはタイトルを変えてあります(この方がしっくり来る気がしました)。
次話で終わる予定ですが、文章量が増えたら3話になるかもしれません。
今回横浜人類居住圏が大きくクローズアップされていますが、現代の地名で言うと横浜駅西口の一帯に存在するという想定です。多くの方は横浜というとおしゃれなイメージがあるかと思いますが、実はこの辺り、ちょっと駅周辺を離れると現代でも十分に猥雑だったりします()

ゴーヤについて。
日下部鎮守府のゴーヤは最初「艦娘として生まれてきたくなかった」と思っていただけあって(「そういうもの 9・10」辺りをご参照)、どうにも楽しんで生きることに不器用なタイプです。日下部が夜戦(意味深)を教えこんだら艦隊有数の性豪になったというのも、実は他に娯楽をあまり知らないからのめり込んだという面があります。
そんなゴーヤが日下部とのケッコンをきっかけに、(性以外の)楽しみに目覚めていくという話です。

まぁそこに別軸の話が交差してきて大変なことになるわけですが。
おわかりかと思いますが、本話は「艦娘たちのザラザラした大地 -その重巡は恋をしたい-」の続きでもあります。
ちなみに本作はエロ漫画ではありませんので、合コンは別に乱交パーティーだったりはしません() 妙高型姉妹はごく普通に合コンをして、ごく普通にカップリング成立しました……足柄以外は。

栗山については、次話の後書きに書きます。

艦これ本編はのんびり時間継続中。まだ震電改は取れてませんが、あと少しといったところです。
次話も数日内に出せると思いますので、お待ち下さい。
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