日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
人生の義務は、ただひとつしかない。それは幸福になることだ。
「ふ、ふ、ふ……私まんまと都合の良い女にされるとこだったってわけよ」
怒りに震えながら呟く足柄の姿を、日下部は改めて横目で観察する。
白いカチューシャ、紫色のブラウスにスカートは、妙高型の出撃用制服を意識したものだろうか。
良く言えば彼女らしい姿なのだが、それは普段から艦娘としての姿を見慣れている日下部だからわかることだ。合コンという場で彼女のことをあまりよく知らない相手が見たら、少し暗めの印象を抱くのではないか。
なんとなく足柄が売れ残った理由が想像できて、思わず頭を抱えそうになる。
「ねぇマスター、酷い話だと思わない!」
そんな日下部の内心などお構いなしに、足柄は完全に据わった目で叫んだ。
傍らには半分ほど空いたウィスキーボトルがある。決して少なくない量だが、それだけでこうなるとは思えない。おそらくそれ以前にしこたま呑んでいるはずだ。
「それは災難だったな。男を見る目が養えたと思って次に活かせ」
栗山の口調は、BARのマスターが客に対するものにしてはずいぶんとぞんざいだった。
おそらくそういう口が利けるほどに、足柄はこの店に通い詰めているということだろう。
「なぁにが『去年妻と娘が艦娘に助けられてから艦娘のファンになったんです』よ。それは嬉しいけど、合コンよ合コン。妻帯者が来んなってのよ。この時代に合コンをセッティングするのが、どれだけ大変かわかる!?」
「確かに大変だろうな。正直、正気の沙汰とは思えん」
まぁそれは確かに。いつ深海棲艦が襲撃してきて死ぬかもわからないのに、合コンとはまたお盛んなことだ……と、その会話を横で聞いていた日下部はそんなことを思う。
「こっちは毎日命をかけて戦ってんのよー! だからすごく楽しみにしてたのに! ねぇ、せめて潤いを与えてもらってもいいと思わない!」
「艦娘は自分のところの提督に惚れるもんじゃないのか?」
「提督は……ダメよ。良い男なのは認めるけど、愛が多すぎる。正式に恋人と言える子だけで14人よ!」
うん、他人のことをどうこう言える立場ではなかった。
「それはまたお盛んだな。はは、俺の昔の悪友を思い出す。まぁそいつでもさすがに14股はかけなかったが」
ちらり、と栗山が視線を向けてくる。
よし、頼むからそれ以上余計なことをするな。
「私だけを見てくれる男はどこにいるの? もう、テキーラおかわり!」
「お前、さっきまでダウンしてただろう。もう止めておいた方が良くないか? とりあえず水でも呑んどけ。あとキープしとくからそのボトルを寄越せ」
「うー。わかったわよ」
栗山に諭され、足柄は渋々といった感じでウィスキーボトルを差し出した。
傍で見ているとなんだかBARのマスターと客というよりは腐れ縁の友人といった感じで、なんともむず痒い気分になる。
「あれ、もう付き合っちゃえば良くない……?」
同じようなことを思ったのか、小声でゴーヤが話しかけてくる。
「ダメダメ。自分だけを見て欲しいって言ってる足柄を、あいつに任せられるわけないだろ」
自分の売り方が苦手そうな足柄には、確かにある程度女慣れした男が似合うとは思うのだが、それにしたって限度というものがある。
「昔はどんな感じだったんでちか」
「聞かない方がいいぞ」
話すとなると必然的に自分自身の所業も話さざるを得ないわけだが、その結果ケッコンを前にして恋が冷められても困るというものだ。
このままだと藪蛇になりそうなので話題を変えようとした……まさにその時。
不意に建物の外から、けたたましい音量でサイレンの音が鳴り響く。それは日下部もゴーヤも、とてもよく聞き慣れたものだった。
「……空襲警報!?」
「デートの最中に聞きたくなかったよぉ!」
ゴーヤが思いっきり怨嗟の声を上げるが、その点は日下部もまったくもって同意見だった。
「久しぶりに会ったばかりで悪いが臨時閉店だ。会計はツケとくから、とっとと大地下壕まで避難してくれ」
「まぁこの状況じゃな。ゴーヤ、行くぞ」
「……うん」
栗山の言葉を受けて、日下部は席を立つ。少しだけ不満そうな表情を浮かべながらも、ゴーヤは素直に日下部に従って歩き出した。
そのまま店の入口に向かおうとしたところで、背後から栗山と足柄のやり取りが聞こえてくる。
「ほら、そこの酔女。お前もだ」
「何言ってるの、哨戒網抜けて深海棲艦が来てるんでしょ。そんな時に艦娘が避難してどうするのよ!」
日下部は思わずぎょっとして立ち止まった。そのまま背後を振り返る。
「お前こそ何を言ってる。いつもの武器もなしで何をするつもりだ」
「艤装はあくまで使い慣れた武器というだけよ。深海棲艦と戦う力は、この身体そのものに宿ってるの」
「使い慣れた武器がないなら、今は普段通りの力が出せないってことだろう。いいから避難しろ」
栗山としてはこの店の主として、客の避難を促すのも仕事の内なのだろう。
そしてこの場合は栗山が正しい。去年の春に川内型姉妹が神通の改二祝いでこの横浜人類居住圏に来た時、無手で深海棲艦爆と交戦したと報告を受けているが、逆に言えば改二の軽巡3人がかりで艦爆を1機落とすのがやっとだったということだ。
「あー、足柄。ここは栗山の言う通りだと思うぞ?」
正体がバレないように関わらないつもりだったが、そうも言っていられないようだ。
「誰よあんた。いきなり横から口を挟んできて。引っ込んでなさい」
「おっと」
「日下部、まだいたのか。店を出たら北東方向に地下への入口がある。俺も避難準備を済ませたら行くから、急げ!」
どうやら足柄はまだ正体に気付いてないようなのだが、事情を知らない栗山はお構いなしにこちらの名字を呼んできた。そしてそのまま店の奥へといったん引っ込む。
「日下部……? ねぇ。そっちのゴーヤはうちのゴーヤよね?」
「う、うん」
ごまかせないと思ったか、ゴーヤは素直に自分の所属を明かす。
さすがにバレたか、と日下部は肝を冷やすのだが、
「ははぁん。ゴーヤったらもうすぐケッコンだっていうのに、鎮守府の外の浮気相手と火遊び? しかもバレないように提督と同じ名字の男を選ぶとか、悪い子ねぇ」
「ええぇぇっ!? ……じ、実はそうなんでち。独身最後の思い出づくりでち!」
唐突に告げられた斜め上すぎる発想に、思わず吹き出しそうになる。
咄嗟にこれに合わせたゴーヤは褒めるところだろう。なんとなく釈然としないものがあるが。
「まぁいいわ。そっちのゴーヤの浮気相手さんの言うことも一理あるもの。いいわよ、避難するわ」
とはいえそのおかげで、足柄もおとなしく避難することに同意してくれた。
「くそ、来てるのは1機や2機じゃないぞ!」
店内から出た日下部は、宵闇を見上げながら思わず毒づく。
おそらくは関東沖でイベントが起こっているせいで普段より敵の数が多く、そして同時に艦娘たちの哨戒網の穴が大きくなっているのが原因だろう。
人間たちの防空火器もひっきりなしに打ち上げられてはいるが、当たる当たらない以前にそもそも当たっても牽制程度にしかならない。そして深海棲艦に搭載されているAIは、とっくの昔にその事実を学習していた。
降り注ぐ機銃掃射や爆撃に巻き込まれないように、先行する日下部とゴーヤはオーセンティックから見て北東方向へひた走る。
「前の二人! 2時、上空500m! 建物の陰から艦戦!」
その時。不意に後方を走る足柄が叫び声を上げた。
密集した建造物は、ひとたび鉄火場となれば視界を遮る障害物になる。
「うおっ、機銃掃射! ゴーヤ避けろ!」
「陸だと動きづらいでち!」
なんとか間一髪、機銃掃射の雨がすぐ脇を通り過ぎていく。
提督着任前に訓練は受けたとは言え本質的に戦闘向けではない日下部と、お世辞にも俊敏とはいえない潜水艦のゴーヤは、足柄の警告がなければまともに喰らっていたことだろう。
ほっと息をついた瞬間、
「って、えっ!? 物陰から2機目が……!」
「ちょっと! きっちり分隊で来るとか!」
ゴーヤの悲痛な呟きと、足柄が上げた抗議の叫び声にぎょっとする。とてもではないが今度は避けられない。
しかも現れたのは艦戦ではなく艦爆だった。
眼前で爆弾投下の軌道を描き始める艦爆の姿に、思わず頭の中が真っ白になり……。
耳朶をつんざく轟音と共に、爆弾は自分たちを直撃したはずだった。
だというのに痛みも衝撃も、それどころか身を焦がす熱風すら感じなくて。
「え、痛……く、ない……?」
ゴーヤは思わず閉じていた目を、恐る恐る空ける。
「無事か、ゴーヤ?」
そこで、微笑んでいた。
生まれたことを嘆いていた自分に、生きることの楽しみを教えてくれた男が。
「まこと……? 左腕が、吹っ飛んでる、でちよ……?」
――変わり果てた姿で。
「ああ、さすがに痛いな。心配するな、この身体は日向のデータを元に作ってある。爆弾が一発直撃した程度で
「な、何やってるでちか。ゴーヤ、艦娘だからちょっとくらい傷付いても平気でちよ……?」
逆なら理解できる。提督を守るために艦娘が傷付くのなら。
だが提督に庇われて無傷で済ませる艦娘など、失格どころの話ではないだろう。
「うるさい。私だって男なんだから、好きな女の子の前でぐらい格好つけさせろ」
日下部はレンズが半分以上割れたサングラスを残った右手で直しながら、まるで何事もなかったかのように「提督と艦娘」ではない別の関係性を口にする。
普段はあんなに貧弱で戦いに向かない性格なのに、こういう時にばかり男らしさを発揮するなんて、反則にも程があるではないか。
感情を抑えきれずに、ゴーヤは日下部の身体にぎゅっと縋りつく。
「お、おいゴーヤ。せっかくの服が汚れるぞ」
ピンクのセーターにべったりと血の錆色が付着するが、構うものか。負傷していなかったら、胸板をぽかぽか叩いているところだ。
代わりに、ぼろぼろと涙を零して訴える。
「まこと。艦娘として生きる喜びを教えてくれるって、あの時言ったよね? ならこういうのは二度と止めて。他にどんな楽しいことがあったとしても、まことがいなかったら……ゴーヤはちっとも楽しくないよぉ……」
「……ごめん」
日下部の声は、困ったような音色になっていた。
いっぱい困ればいいと思う。二度とこんなことをしないように。
けれどもなんとなく、この人はきっと同じ機会があったらまた同じことをする気がした。必要なら自分自身をいくらでも道具にできる人だから。
日下部はそのまましばらく、残った右腕でゴーヤの頭を撫で続けていた。
そうしたのは感情的な理由だけではない。艦娘や
吹っ飛んだ左腕の傷口から滴っていた――そもそも最初からして「吹き出していた」ではない――血は、しばらくすればすっかり止まっていた。
それを確認してほっと息を吐き出し、ゴーヤの頭から手を離したところで……物凄い形相でこちらを睨んでいる足柄の存在に気付く。
「バッカじゃないの提督! それで指揮官が死んだらどうするつもりなのよ! 私たちと違って、あなたに轟沈ストッパーはないんだからね!」
「大丈夫だ、
「自分の提督に気付かない艦娘がいるわけないでしょ! 見なかったフリしてあげるつもりだったけど、怒ったからね? なんでここにいるか、後でゆっくり聞かせてもらうからね!」
「あわわ……」
どうやら先程のあれは演技だったらしい。
「あと
「ああ、それは確かに」
「使っときなさい」
足柄が自分のバッグから取り出して渡してきたのは、艦娘用の応急処置キットだった。
損傷を治せるわけではないが、自然止血が間に合わないような重症の際の止血や、今言ったような感染症予防のための消毒を行うことができるものだ。
「合コンにこれ持ってくるって、一体どんな事態を想定してたんだよ」
「うるさいわね。そのおかげで助かったんだからいいじゃない!」
「それは確かに。ありがとうな」
ありがたく好意に甘え、日下部は手早く傷口に対する処置を行う。
「よし、これで大丈夫だ。まだ空襲が終わったわけじゃない、とっとと避難……」
するぞ、と言いかけた時。
今度は日下部の耳にも聞こえた。耳障りな音と共に、新たな敵機が接近してきている。しかも少なくとも2機。
「まこと……」
険しい顔付きで、ゴーヤがぎゅっとしがみついてくる。
今日のデートは、まだ終われそうになかった。
※艦娘マリッジブルーシリーズ、ゴーヤ編の中編です。展開はもうマリッジブルーでもなんでもないですが。
結局文章量の関係で全3回になりました。ちなみにツイッター投稿時からはかなり加筆して展開を変えています。
一応次で終わりますが、次はゴーヤというよりは足柄の話になる予定。
足柄について。
日下部鎮守府の彼女はいわゆる「熟れた狼」系、しかも割と恋愛下手なタイプです。人を選ぶネタだと思いますが、本作自体が人を選ぶ作品なのでその辺はもう気にしないことにしました。
ちなみに実は原作から時報で提督が妙高と一緒にいるのを見て焦ったりしてますので、「ただの戦闘狂」では決してなかったりします。
好きなことに真っ直ぐだけど、その分感情で暴走しやすいタイプだと思いますので(この辺は川内にも言えますが)、提督と恋愛するのは良いかもしれませんが合コンなどでは上手く行かない気がします。
栗山について……は、プロフィール含め次回まで引っ張ります。
艦これ本編、ついに震電改をゲットしました! 8周年の少し前に着任した当方としては入手など当然夢のまた夢だったわけですが、よもや10周年で手に入るとは。
ちなみに次のメンテは下旬らしいので、来週辺りには何かしらアナウンスがあると思われます。
そうなる前に最低でも次話はお届けしたいと思います(何しろ時間軸、まだ去年の冬イベの最中ですし)。