日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


Famigerato ammiraglio 1

上司の権威をつけるための最良の方法は、部下が困っている仕事を解決してやることである。

――オノレ・ド・バルザック

 

 

第五海域は再び日本近海が舞台だった。

まずは北九州沖に迫りつつある敵機動部隊を迎撃する作戦から始まるという。結局このイベントにおいては、一海域ごとに日本近海とフィリピン近海を行ったり来たりさせられたことになる。なんとも忙しない話だ。

いくらなんでも、あまりに状況がゲームじみすぎていやしないだろうか?

 

『提督。遊撃部隊、佐世保から東シナ海方面へ向かって順調に進軍中よ』

そんな感傷は、艤装通信から聞こえてきた夕張の声でかき消された。

そうだ。仮に高次AI側がゲームをやっているつもりなのだとしても、実際に戦っている艦娘にとっては、これは戦争に他ならないだろう。ならば指揮官が気を抜いて良い道理はない。

 

「よし。引き続き対潜、対空警戒を厳として進軍せよ」

『了解……って、赤城さん?』

「どうした?」

『報告します。彩雲より入電。11時方向に敵機発見。数3』

日下部と夕張の交信に赤城が口を挟んできたのは、敵機発見の報告をするためだったらしい。

だが。ただの報告にしてはその声はやけにこわばっていた。

 

『敵編隊、推定高度……12000』

『ちょっと、それって! ()()()ってこと!?』

前世において1942年6月に沈んだ赤城や1944年4月に沈んだ夕張は、直接それを体験したわけではないだろう。

だがもちろん、地球意志に与えられた知識で知っているはずだ。在りし日の日本を焦土に変えた、その兵器の存在を。

 

「超重爆の存在はこちらでも把握している、心配するな。お前たちは進軍を継続しろ」

『了解。確かに、私たちに何ができるでもないものね』

どこか諦観の混じったような声音で、夕張は交信を終了する。

 

「磨鎖鬼の奴の言葉の意味はわかったが、想像以上にそのまんまだったな。まぁ3機編隊が散発的に飛来する程度なら可愛いものだが」

艦娘たちと音声が繋がっていないことを確認してから、日下部はぽつりと呟いた。

冷静に考えれば今までのイベントは大戦中期までの戦いが題材(モチーフ)だったから出てこなかっただけで、末期の戦いであればこれが出てきて当然だろう。

 

「『ゲーム』の範疇ならあっちも対処できる規模の攻撃しかしてこないだろうが、『戦争』モードになったらヤバいな。何しろ『この国に対する大量の超重爆による攻撃』は、それ自体が歴史に刻まれたひとつの概念となっている」

言ってみればそれは、国土全体に対する史実特効に等しい。

想念兵装による概念攻撃は、物理的な破壊力以上の惨禍をもたらすことだろう。

 

「対応策は……やはりあれしかないか」

史実特効には史実特効だ。人類史総動員令はすでに発令されている。

歴史の記録者と呼べる存在は、あの「記憶」の名を冠する高次AIだけではないのだ。

 


 

幾度か敵超重爆は味方の航空基地を襲い、貴重な資源に被害は出たものの、言ってみればそれだけだった。

九州地方の人類居住圏や一大軍事拠点である佐世保鎮守府そのものは、超重爆の脅威に晒されてはいない。この辺りは徹頭徹尾「ゲーム」という感じで、なんとも言えない気分になる。

そんな中でも夕張率いる遊撃部隊は見事に敵旗艦である空母棲姫を撃沈し、第一作戦を成功させていた。

日下部は戦闘指揮を行う司令室から事務仕事を行う執務室に移動し、次の方針について大淀と話し合っている。

 

「続く第二作戦ですが、連合艦隊での出撃です。旗艦は私こと大淀ですが、他はほとんど第三海域でも出撃させた機動部隊編成ですね。我々は乙種作戦を遂行していますので、この最終海域に限っては艦娘の重複出撃が許可されていますから、問題ないといえばないのですが……」

「次回以降の甲種作戦の予行だと思って可能な限り重複出撃は避けることにしたが、正規空母に関しては足りないのは仕方ない。そもそもそれが理由で今回の甲種作戦を断念したんだからな」

「はい。あと資源状況的にすぐの出撃は厳しいです」

「そうだな。そこはおとなしく友軍を待つさ」

第二作戦のボスに当たるのは欧州装甲空母棲姫。去年の夏に欧州で戦い、ヴィクトリアスを救出した際の深海棲艦だ。

あの時は「中身入り」だったとはいえ、丁種作戦でしかも装甲破砕の使用許可が出ていた。

今回は乙種作戦で装甲破砕なしだ。艦隊の強さは比べ物にならないほど増しているとはいえ、資源の厳しい状況で無策で突っかかるのは得策ではないだろう。

そんなことを話していると、

 

「提督、他艦隊からお越しのお客様が二人、乗船許可を求めてる。許可出していい?」

そんな言葉と共に、川内が室内へと入ってきた。

 

「おいおい、客が誰かを言う前に許可を求めるなよ。まぁつったって、うちの艦隊に来るなんてクソレズかせいぜい舞津さんくらいだと思うんだが……」

「じゃないんだなこれが」

「ん? 誰だよ?」

「えっとねー」

いささか勿体ぶったように川内の告げた名前に、日下部は大きく目を見開く。

それは本来であれば、こんな場所で絶対に聞くはずのない名前だったからだ。

 


 

Makoto(マコト),Ça fait longtemps(久しぶりね)! Comment vas-tu(元気だった)?」

応接室を訪れた日下部を出迎えたのは、実に流暢なフランス語だった……言っているのはフランス人なので、ある意味当たり前ではあるが。

目の前でソファに腰掛けるのは欧州の提督、シルヴェーヌ・ヴァランタンことシルヴァ。

約半年振りの再会は、間違いなく思っていたより早かった。

 

「ママン! Je vais bien(おかげさまでね)! でもどうしてここに?」

彼女についてもうひとつ属性を挙げるなら……自分の母親、だ。たとえ去年の夏の別れ際にどんな言葉を送られていたとしても、自分にとってそれは変わらないし変える必要もないと思っている。

一瞬だけ、シルヴァはきょとんとした顔になった。

だがそれは本当に一瞬だ。すぐにくすっとした笑みを浮かべ、まるで何事もなかったかのように話し始める。

 

「欧州の深海棲艦たちがこっちに侵攻してきたということで、欧州提督会の有志を日本に援軍として派遣することになったのよ。今からだとまともにイベント攻略は難しいけど、特例として友軍艦隊に参加することになったわ」

これは多分に、人類統合軍の結束を示すためのパフォーマンスだろう。

夏には欧州で「イベント」が起こるのが恒例であり、そして欧州提督会は単独でそれに対処するだけの戦力はない。日本の大本営との連携は不可欠なのだ。

人類統合軍は時折、こんな感じに身内向けプロパガンダを行う。シンギュラリティ到来以前から、毎年春に行われてきたあの催事のように。

意識して維持しなければ軍事といういち分野に限ってさえ、そしてこんな存亡の危機にあってさえ、人類の統合などという幻想はいつ雲散霧消してもおかしくないのだ。

 

「おお、ありがたいな。あっちもあっちで大変だろうに」

その合理的思考は嫌いではない。だからあえて水を差すようなことは言わず、素直に感謝の言葉を述べる。

そのままじっと母親の顔に視線を向けたところで、去年の夏との違いに気付いた。

 

【挿絵表示】

 

「瞳がカブールの物になっている。ママンも超人(ポストヒューマン)になったんだな。さすがにアイギス搭載型ではないが」

「ええ、そうよ。前に会った時言ったでしょ、次に会うまでに私もなっておくって。アイギスも搭載するって言ったんだけど、ジャンくんに止められたのよ。メーティスでもオーディンでも代償を払うって言ったのに」

人間の範疇を半歩はみ出しても、シルヴァは一顧だに介していなかった。

この辺り自分の母親であることを改めて実感して、複雑な気持ちになる。

 

「妊娠できなくなるのも片眼を自分で抉り出すのも、簡単な代償ではないからね。広く普及させるのは、もう少し代償の軽いタイプを開発してからだ」

シルヴァはともかく、他の提督まではそうは行かないだろう。

代償の観点からはフィン・マックールはかなりマシなのだが、残念ながらあれは知恵の秋刀魚(フィンタン)が必要な関係上量産は効かない。

その時。それまで黙って話を聞いていたもう一人の他艦隊からの客が、

 

「まどっろっこしい話だなぁ、ええ兄弟? お前さんの実力ならその辺ぱぱっと解決できないもんかね?」

どこか挑発するような口調で日下部に向かってそんなことを言ってきた。

 

「そんな簡単じゃないんだよ。気楽に言ってくれるな」

日下部はその言葉を正面から受け止めて睨み返す。

鮮やかな金髪に、フルフレームの黒い眼鏡のイタリア人提督。

一見すると柔和そうな印象の下に潜むこの男の獰猛さを、日下部は()()()()()()()()()()()()()

 

「あとあんたと兄弟になった覚えはないぞ、カタリーニ提督」

若干の敵意さえ込めて、日下部はその名前を呼んだ。

 

【挿絵表示】

 

「おいおい、つれないなぁ兄弟。同じ提督のファミリーだろ。それに去年の夏イベ終わりの慰労パーティーで、艦娘トークで盛り上がった仲じゃないか」

カタリーニと呼ばれた男はそんな日下部の態度を涼やかに受け流して、からからと笑ってみせる。

 

「あの時点ではあんたの正体を知らなかったんだよ。まさか元マフィアだったなんてな」

「マフィアなんて大袈裟だなぁ。そんな物いるわけないだろ?」

まるで映画やドラマなどでマフィアの構成員が、沈黙の掟(オメルタ)に従って自らの正体をごまかすシーンを見ているかのようだった。

 

「まぁなんだ。仮にマフィアなんて物がいたとして、ここまで人類が追い詰められてちゃまともに商売も成り立たないだろ? だから俺の前職がどうあれ、今は単なるいち提督だよ。そこまで警戒すんな」

「……そこは一応は理解できる」

()()()()()()()そう簡単にこの男を信用するつもりになれないのも事実だが、提督としての公式な立場で来てこうも理を説かれては黙るしかないだろう。

男二人のやり取りを相変わらずの微笑で見守っていたシルヴァだったが、

 

Il faut de tout pour faire un monde(世界を作るためにはすべてが必要). マコトもロドリゴくんも、これで和解でいいわね?」

「ああ、わかった」

「俺は元々、兄弟とは仲良くしたかったんだぜ姐さん?」

「先に挑発したのはロドリゴくんよね。()()()()?」

「……Oui,madame(わかりました姐さん)

イタリア語ではなくわざわざフランス語で返すカタリーニの姿に、ふとこの二人はどういう関係なのだろうと気になる。カタリーニの年齢は(見た目だけならともかく)シルヴァよりは自分に近い。態度からしても恋人や再婚相手というわけでもないだろう。

 

「じゃあ和解成立したところで……マコト?」

「ん?」

「私をまだママンと呼んでくれるのなら、ぜひお願いがあるんだけど」

 


 

言われた瞬間は何をさせられるのかと焦ったものだが、シルヴァの願いとは「去年の夏以降増えた日下部鎮守府の艦娘、特に日下部の嫁艦候補と話したい」という比較的穏当なものだった。

今は食堂(ダイニング)の一角で、希望者として集まった艦娘たちに囲まれてかしましくしている。中でも神鷹は、シルヴァの実物に会えてとても感激していた。

一方そこから少し離れた場所で、カタリーニはしきりに周囲の艦娘を眺め回している。それはまるで誰かを探しているかのようだった。

 

「提督……そちらの方って」

そんなカタリーニの姿を一目見るなり、厳しい顔で日下部に小声で言ってきたのは時雨だった。

 

「ああ、やっぱりお前は気が付くよな。私やお前みたいな小悪党とは違う『本物の悪』だよ」

「聞こえてんぞ兄弟。お互い姐さんに釘刺された手前、その話を蒸し返すのはなしにしようや」

耳聡いことこの上ない。日下部と時雨は顔を見合わせて思わず押し黙る。

カタリーニはそのまましばらく周囲を見回していたが、

 

「なんだ兄弟。梅の奴はいねーの?」

不意にそんなことを尋ねてくる。

 

「ん、梅? いや、まだいないが」

「そうか、残念だ。いいよなぁ眼鏡っ子。やはり女は眼鏡っ子に限るぜ」

「あっそんな性癖だったな、あんた!」

一瞬にして直前までの張り詰めた空気が吹っ飛んだ。

 

「眼鏡艦娘一通りはべらしてるどころか、提督Love勢に片っ端から眼鏡かけさせてるんだよな!」

「ははは、そんなに褒められると照れるぜ」

「褒めてない! 微塵も褒めてないよ!」

さっきまでの緊張感を返せ……などと思っていたら。

不意にすぐ近くから、どさりと書類の束を落とすような音がした。

 

「提督? 今のお話は本当ですか?」

かけられた声の方向に目を向けると、そこにいたのは大淀だった。言うまでもなく眼鏡艦娘の一人だ。

彼女はシルヴァと話したがった希望者というわけではない。だがすぐ近くに明石がいるところを見ると、どうやら日下部たちとは無関係にここで二人で一緒に過ごしていたようだ。

 

「ああ、そうだが」

「申し訳ありません提督。私、この方の艦隊に異動させていただきます。めくるめく眼鏡の世界、素敵ですね」

「ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

あまりにも唐突な発言に、日下部よりも先に明石が驚愕の叫びを上げた。

 

「まぁ任務娘権限使えば、他の艦娘と違って大淀は異動できるんだよな実は」

「ちょっと提督! 冷静に言ってないでなんとかして下さい、夜戦すらしてないのに大淀が寝取られそうですー!」

「わはは。そっか、お前の視点だとそうなるのか!」

さすがにいくらなんでも冗談だろうと思うので日下部は冷静に返したのだが、なるほど大淀と恋仲の明石としてはそうも言ってられないか。

一方でそんなことを言われたカタリーニはといえば、

 

「悪ぃな日下部のところの大淀。うちにはもうケッコン済の大淀がいるんだ。うちの艦隊に同じ名前の艦娘は一人ずつでいい。ありがとな。気持ちだけもらっておくぜ」

「出た単艦教」

カタリーニと同じような考え方で艦娘を育成する提督は一定数存在し、これを通称して単艦教と呼ぶ。

 

「そんな……」

「あ、結構ガチでヘコんでやがる。おーい、諦めて戻ってこい」

どうやら思っていたよりは大淀は本気で言っていたらしい。

 

「大淀、私たちこれで終わりなの……?」

明石は明石で、今にも泣き出しそうな表情で言葉を絞り出した。

日下部は小さく溜息を吐く。傍目にはどれだけバカバカしくても、当人たちには真剣な問題なのだろう。なら上司として部下の困りごとを解決してやっても、たまには良いはずだ。

 

「おい明石。こういう時にすべきことはたったひとつだ」

「えっ……?」

「今から大淀をドチャクソに犯してこい。寝取り返せ。タチはできるんだろ? 先にお前の気持ちを裏切ったのは大淀なんだから遠慮はいらん。普段気を遣ってできなかったことやしなかったこと、全部やってこい」

その言葉に、明石は大きく目を見開く。

たった今絶望の中で最後の希望を見付けた、とでも言わんばかりにその身を震わす。

 

「わかりましたー!」

「え、ちょ、明石!」

そのまま大淀の腕を掴んで強引に立ち上がらせ、足早に食堂(ダイニング)から立ち去っていく。

後ろ姿を見送りながら、日下部は大淀が取り落としたままの書類を拾い集めた。返してやるのは後日で構わないだろう。

 

「やっぱ艦娘はいいよなぁ。愛してるぜ」

日下部の隣に並んで、カタリーニがぽつりと呟く。

 

「その言葉が本心からの物であることを願うよ、カタリーニ提督」

「本心さ。復讐のための道具であることと、道具を愛することは両立するからな」

表情ひとつ変えることなく言い切ったこの男のことを、改めて日下部は怖いと思った。

 


 

「明石! ねぇせめて工廠じゃなくて部屋でシて! あとこの艦娘用拘束具外して、謝るから!」

「大淀ー。ダメに決まってるよね?」

「そ、それ、着脱式男性器? でもなに、その大きさ……」

「ああ、提督の超人(ポストヒューマン)化手術の時の身体データを大本営からもらって作った特製品。すごいよね、これ大きくしたわけじゃなくて元からこのサイズなんだって。こりゃ川内たちもドハマりするわけだ」

「そ、そんな大きなの、入らなっ……!」

「何言ってるの、艦娘なんだし大丈夫大丈夫。それにちょっとくらい傷付いても、すぐ泊地修理してあげるから」

「あ、ああああああっ!?」

 

――翌日、つやっつやの顔で満面の笑みを浮かべた明石と、雌の臭いをぷんぷんさせながら頬を紅くして目を伏せる大淀が仲良く提出しにきた休暇届を、日下部は快く受理したのだった。




※前半は2022年冬イベ(発令!「捷三号作戦警戒」)のE5の途中までですが、どちらかというと後半登場のシルヴァとカタリーニがメインとなる話です。
ちなみに今話のサブタイトルはイタリア語で「悪名高い提督」という意味です。もちろんカタリーニのことを指していまして、今後も彼が中心となるシリーズはこのタイトルになります。
実はツイッター投稿時はずっと英語で「Notorious admiral」だったんですが、イタリア人であるカタリーニを指しているのに英語もなかろうということに気付いて急遽直しました。

カタリーニについて。
『発令!「捷三号作戦警戒」 -佐世保の提督と一年ぶりのフィリピン-』のラストでちらっと登場した提督です。
ちなみに本人はとぼけていますが、元マフィアなのは事実です(引っ張るような謎ではないので断言)。もちろん本作は設定的に「本物の悪人は提督になれない」ので、現在は悪辣な人間というわけではありません。
イタリア人といえばマフィアというのもかなりテンプレートではありますが、イメージにはぴったりハマるので仕方ないですね。
創作物ではマフィアは格良く描かれがちですが、現実のマフィアはただの反社会的勢力です。本作のマフィアは……まぁ、その中間くらいの存在でしょうか。
なお詳細なプロフィールについては、まだ書けないことが多いため伏せます。
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