日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
汝の意志することを行え。それが法の全てとなろう。
「――提督。今の、青葉さんだよね」
入渠施設から戻ってきた川内が、怪訝そうに尋ねてくる。
「……もしかして、今日の出撃の時のこと?」
「ああ、そうだよ」
青葉の行動に違和感を覚えていたこと、そしてそれを尋ねたことを話す。
川内は、神妙な顔でそれを聞いていた。
「提督、言ってること自体は間違ってないけど……」
「間違ってないだろ?」
「うん。でもね、もう少し気を遣ってあげても……ああ、そっか。提督に察しろってのは、無理かもなぁ」
難しい顔をした川内は、不意にこちらに尋ねてきた。
「提督、提督が怒ったのは、危ない目に遭ったのがあたしだったから?」
「……まったく無いとは言わないけど、別にお前じゃなくても同じことだよ」
「そっか。なら、あたしも秘書艦として答えるね」
不意に真面目な表情を浮かべ、
「今日、被害に遭ったのは吹雪だったよね」
「ああ、そうだな」
「じゃあ前世で、吹雪が沈んだのは?」
「そりゃサボ島沖海戦……あっ」
頭の中で、パズルのピースがカチリと嵌まる。
「青葉さん、提督が思うよりずっと繊細な人なんだよ。それこそ、あたしなんかよりね」
前世で三水戦の麾下として可愛がっていた吹雪が大破しても、確かに川内は冷静に指揮を続けていた。
「他人の感情に気付くのが苦手だし、まだまだ経験も足りない提督に言うには、厳しいかもしれないけど。でも、それでも提督はすぐに気付くべきだった。気づいて、正しいことを言うにしろ、もう少し気を遣ってあげるべきだったと思う。……あたしたち艦娘を指揮するって、そういうことだよ?」
「そうか、そうだな……」
川内は私の背中を、言葉で蹴っ飛ばす。
「わかったら、とっとと追いかける! 金剛さんの時、あたしにやった失敗を繰り返すな!」
ああ、うちの秘書艦はなんと頼もしいのだろう。
「――ああ、ありがとな川内!」
私は青葉の姿を求めて、鎮守府を走り始めた。
「青葉……?」
青葉は、港の波止場にいた。
船を繋ぐ際に使う係船柱に腰掛け、所在なげに水面を見ている。
「司令官……」
「なぁ青葉。さっきは言い過ぎた。もうちょっと言い方を考えるべきだったよ」
「いえ……青葉が調子に乗ってたのは、事実ですから」
目を伏せて言う青葉に、私は言葉を返す。
「それだけじゃないだろ?」
「え……?」
「あの時、吹雪が大破して、お前は前世のことを思い出したんじゃないのか?」
サボ島沖海戦。「日本海軍が初めて負けた夜戦」と言われる戦い。
この時、重巡・青葉は敵米艦隊を味方と誤認し、敵味方識別の発光信号を放ってしまう。
これにより青葉は敵の先制攻撃を受けることとなり、その青葉を逃がすため重巡・古鷹と、そして駆逐艦・吹雪が敵艦隊によって撃沈されることとなったのだ。
青葉はしばらく黙って俯いていたが、やがて観念したように首を縦に振った。
「全然状況は違いますけど、それでも……吹雪ちゃんが沈みそうになって。何かしないといけないと、と思ったんです」
「前世のことはともかく、今回は別にお前のせいじゃ無いじゃないか」
「それでも、です」
「それで囮作戦を思い付いて、実行する行動力はなかなか凄いけどなぁ……」
呟いた私の顔を、青葉の青い瞳が見上げる。
「司令官、青葉はどうして、こんな性格で生まれたんでしょう」
うるんだ瞳が、夜風を浴びて微かに揺れる。
「前世からそうです。青葉はいつも、よく考える前に行動しちゃうんです。本当はいけないってわかってることでも……」
きっと青葉という艦娘にも、いろんなタイプがいて。
中には、こんなことを微塵も気にしない個体もいるのだろう。
けれど、うちの青葉はそうではなかった。
これはきっと、そういうものなのだろう。
私はその言葉に答えるかわりに、
「汝の意志することを行え。それが法の全てとなろう」
「え……?」
「私の尊敬する……は違うな。生き方の参考にしている人物の言葉だよ」
自分の本当にやりたいことをやって生きろ。
既存の倫理道徳や法などクソ喰らえだ。
細かい規範やニュアンスを抜きにして、ざっくり言うとそんな意味になる。
「まぁ紹介しておいてなんだが、後半部分についてはあまり真に受けない方がいい。倫理道徳や法は、程度にもよるがなんだかんだ守っておいた方が自分にとって有利だ。これを言った本人も好き放題した挙句、法に勝てずに生まれた国を追放されたりしてるしな」
私はゆっくりと青葉に歩み寄ると、その薄桃色の髪をくしゃくしゃに撫でる。
嫌がるかと思ったが、青葉は特に何も言わなかった。
「だが前半については、最高の言葉だと思っている」
青葉の髪から手を離し、その頬を両手で挟み込む。
腰をかがめ、至近距離から青葉の顔を覗き込んだ。
夜の波止場。単調に繰り返す波音の中、まるで世界に2人だけが存在しているかのような光景で。
「いいんだよ、青葉。自分の生きたいように生きても。もちろんやりすぎた時は責任を取るべきだが、それでも……自分自身を、自分の『そういうもの』を、恥じる必要は無いんだ」
「司令官……」
「私だって、昔は相当なクズだったんだぞ? 今だって人間の半分以上が死んだ世界で、艦娘が好きだからって理由で提督になったような、不届き者だ。けれどもな、それでも私は、自分の意志するところを行っている。それでいいんだよ、青葉。私もお前も、自分を嫌う必要は無いんだ」
ああ、そうだな。今なら長谷川の言ってたことがわかる。
『提督など、まともな人間には務まらない』
――ならば私には、提督たる資格は十分だろう。
「司令官。でも……やっぱり青葉は、そう簡単にそんな風に思えません」
生まれ持った自分の「そういうもの」に振り回される姿は、かつての自分自身のようで。
「そうか。でもな、お前が自分を嫌っていたとしても。
……私は、お前が好きだよ」
私は遠慮なく、青葉の唇を奪った。
驚きに目を見開く青葉を、強く抱きしめる。
「司令官……」
「嫌だと言っても、離してやらないからな。私は、意志するところを行うぞ。
一晩かけて、お前がどれだけ可愛くて素敵な子か、じっくり教えてやる」
強い意志を込めて、青葉の耳元で宣言する。
しばらく呆然としていた青葉だったが、その意味に気付いて真っ赤になって……
けれども。
「……はい」
確かに自分の意志で、頷いたのだった。
「確かにあの時、追いかけろって言ったけどさぁ……! こんなの聞いてないー!」
「や、あのね、川内。なんか青葉、気付いたらこうなっててね?」
「Hey提督ぅ、さすがに私も予想外デース! もしかして、他にも口説くつもりデスカー?」
「うん? 別に手当り次第ってつもりは無いけど、気に入った子がいたら口説くぞ?」
「うわぁ、この人しれっと言った!」
「いいだろ川内。何人増えようとも、一番はお前だし」
「……う、ズルい」
真っ赤になって俯く川内。
「金剛には悪いが、川内以外は全員2番だ。ハーレム運営は『No.1以外はみんな平等』が重要だからな」
「Wow……なんでそんなこと言えちゃうデース!?」
「え、やったことあるから」
「What!?」
まぁ、10年以上前のガキの頃の話だけどな。
「心配しなくても、全員とちゃんとケッコンカッコカリするよ。強さとか状況とか色んな要素があるから、同時にとはいかないけど。だからお前たち、全員私の嫁艦……候補な」
嫁艦と言い切ってしまうと、どっかのクソレズにネチネチ言われそうなので、実際にケッコンするまではその呼び名は控えておこう。
「司令官、青葉は……」
「まだ嫁に行けなくは、なってないだろ?」
言いかけた言葉を遮って、にこっと笑いかける。
恥ずかしそうな青葉の表情が可愛くて、ついついこちらの顔も綻んでしまう。
――新しい季節が、うちの鎮守府にもやって来ようとしていた。
※青葉について。
トリックスター的な描かれ方をすることが多いですが、季節ボイスなどでカメラ奪われて自分を撮られようとすると必死に拒否する辺り、実は自己肯定感は低い子なのかな……と作者は解釈しました。
もちろん、裏表なしの明るい青葉も好きです。
ちなみに艦これ9年目で、これだけ捻りの無いサボ島沖海戦ネタを持ってくるのはさすがにちょっと抵抗感がありましたが(古参の皆さんにとっては今更ですよね)、作劇上必要なので覚悟を決めてやりました。
作中で日下部が言及している人物について。
魔術とかオカルトが出てくる話ではお馴染み、アレイスター・クロウリーです。冒頭の名言引用部にも書いてますが。
最近の作品だと、「とある魔術の禁書目録」の重要キャラクターの一人ですね。
割とリアルのこの方、結構過激なことを言ったりやったりしてるのですが、一方で抱いていた理念そのものはとても素敵なものだと思っています。日下部の言う通り、是々非々で付き合うくらいがちょうど良いかと。
なお、今後もこの方に関連する概念は、この作品にしばしば出てくる予定です。ご興味のある方は「セレマ」辺りで検索をどうぞ。