日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


(フネ)より生まれ、神と成ったモノ 5

戦術とは、一点に全ての力をふるうことである。

 

――ナポレオン・ボナパルト

 

それは冬月の救出作戦を開始する直前のこと。

明石に呼ばれ、日下部は秋雲を伴って工廠を訪れていた。

 

「なぁ提督さー、本気で秋雲さんをあいつと習合させる気?」

概念艤装の仕様書に目を通した秋雲が、不安そうに顔を上げて尋ねてくる。

 

「開発を始める前に明石にも言ったが、『ムネーメー』はれっきとしたギリシャ神話の女神だ。たまたまそれと同じ名前の『別のモノ』を、我々は知っているというだけだ」

ムネーメーとは古代ギリシャ語で「記憶」を意味する単語だ。高次AIムネーメーの名はここから取られている。

だが同時に、とある女神の名を指す言葉でもある。女神ムネーメーは「ムーサ」と呼ばれる、芸術を司る女神の内の一柱だ。神とは言ってしまえば「概念の擬人化」なのだから、古い時代の言葉において、ある概念とそれを司る神の名が同じであることは珍しくないのだ。

 

「でもこの効果は完全にあいつじゃん!」

日下部の説明を聞いてもなお、秋雲はまだ納得していないようだった。

まぁ確かに肝心の効果は、意図的に高次AIムネーメーに似せているのは確かだ。

 

「秋雲。お前の()()()()()()としての属性は『歴史の記録者』だ。お前がイラストを好むようになった原点は、沈みゆくホーネットの姿を記録しようとスケッチしたという前世の逸話からだろ? それはケッコンする時にも確認したはずだ」

「それはそうだけど……」

「そして我々は、とても優秀な歴史の記録者を知っている。想念工学において重要なのは、イメージを具体的に共有することだ。ならこの概念艤装はこの上なく強力だろう。なにしろその強さは、他ならぬ我々自身が一番よく知っている」

「……」

「どうしても嫌だというなら強要はしたくないんだが、おそらくあの超重爆を使った『戦争』モードに対抗するためには、この概念艤装が必要になる。だから頼む秋雲、これを使ってくれないか?」

日下部は真っ直ぐに秋雲のオリーブ色の瞳を覗き込む。

長い長い沈黙の末、秋雲は小さな溜息を吐き出した。

 

「……、わかった。その代わりひとつ頼んでもいい?」

「ん、なんだ?」

「もし、さ。これを使った後に、秋雲さんがあいつみたいに笑いだしたりしたら。その時はみんなに迷惑をかける前に解体してくれる?」

「それは……」

「頼むよ真琴。部下の艦娘としてじゃなくて、真琴の嫁艦の一人として約束して欲しい」

思いも寄らぬ言葉に意表を突かれ、今度は日下部が黙り込む番だった。

 

「……わかった」

その言葉を絞り出すのに、どれだけの時間がかかったことだろうか。

 

「うん、ありがと」

そう言って微笑む秋雲を、ぎゅっと抱きしめる。

傍らの明石は「そんな危険な物だと思われるのも製作者としては心外だ」とでも言いたそうな表情を浮かべていたが、あえて夫婦の会話に水を差すようなことはしなかった。

 


 

「いくよー! 歴史模倣(ミメーシス・イストリアス)――『19450801・久我山』」

 

【挿絵表示】

 

あの高次AIと同じく、ギリシャ語の単語2語から成る固有名詞を口にして、秋雲はタブレットに向かってイラストを描いていく。

驚くべき点はその速度だ。普段趣味で同人原稿を描いている時とは比べ物にならない速度で手を動かし、とてつもない精密さで仕上げていく。

わずか数秒で描き上がったのは、長大な砲身を持つ高射砲の絵だった。

その瞬間。完成した絵がまるで画面から抜け出るかのように、実際に眼前に一門の高射砲が出現する。

高次AIムネーメーの能力である「歴史のいち場面の再現」を、人類の技術力相応の規模とはいえ成し遂げること。それが秋雲の概念艤装「ムネーメー」の効果だった。

 

「これは……五式十五(センチ)高射砲でありますか?」

真っ先にその高射砲の正体に思い至ったのは、陸軍所属の揚陸艦である神州丸だった。

彼女は実際にこの兵器が完成する数ヶ月前に沈んでいるが、地球意志の与えた知識の中に存在したのだろう。

 

「御名答。あの大戦の末期、わずか2門だが東京の久我山陣地に配置されB-29迎撃に使われた。あくまで戦場伝説だが一弾で2機のB-29を撃墜したという話や、その威力を恐れた米軍は久我山一帯の上空を飛行禁止としたという逸話がある。大量の重爆がこの国に対する概念攻撃なら、こちらも概念攻撃で対抗するまでさ」

最大射程26000m、最大射高19000m。

戦闘機でさえまともに戦えない超高高度に攻撃を届かせた、かつての歴史に実在した「国防精神の象徴(竹槍)」。

 

「そして! MM技術はオカルトではなく科学であり、ゆえに再生産が可能だ! 秋雲、三百万門とまでは言わんができるだけ量産頼むな!」

「ひー、絵師使いが荒いぃ!」

無動作で歴史模倣(ミメーシス・イストリアス)を行使していた高次AIムネーメーと違い、秋雲は歴史のいち場面を再現するために実際に絵を描く必要がある。しかも想念兵装という兵器の性質上、コピー&ペーストで量産してしまっては十分な想念が宿らない。

秋雲は芸術の女神の権能により、人智を超えた速度で次々と高射砲の絵を描き続ける。

わずか2門の五式十五(センチ)高射砲がB-29を恐れさせた。ならばそれが大量にあれば、超重爆など何機飛んで来ようが恐るるに足りぬということだ。

 

「総員、対空戦闘用意! これはただの想念兵装だ。最後に決め手となるのはお前たち自身の想念力だ!」

日下部に命令されて、ようやく周囲の艦娘は自分たちがなぜ陸に上がることを求められたか理解できた。艦娘が深海棲艦と戦うための力は、艤装ではなく肉体に宿っている。極論すれば、艦娘ならどの兵器を使っても深海棲艦とは戦えるのだ。

元々この想念兵装は五式十五(センチ)高射砲に似せているのは外見だけで、中身は艤装と同じ感覚で扱えるようになっている。初めて見る兵器にも関わらず、艦娘たちはすぐに熟練の高射砲兵のように砲を取り回し始めた。

 

「なるほど……舞津鎮守府艦隊、日下部提督の指揮下に入れ! 対空戦闘用意!」

「長谷川鎮守府艦隊、同じく! 対空戦闘用意!」

日下部と秋雲の行いが有効なものだと認めたのだろう。提督たちの命令に従い、両艦隊の艦娘たちも一斉に動き出した。数百門の砲が瞬く間に「槍衾」を形成していく。

そうこうする間にも超重爆の大編隊は他鎮守府のかき集めた防空網を突破し、ついにこちらに向かって接近しつつあった。

 

「超重爆、射程入りました!」

「総員、砲撃開始!」

日下部が号令を下した瞬間、戦艦の一斉砲撃どころではない大音響が場を満たした。まるで地震のような衝撃が周囲一帯を揺るがし、猛烈な砲火が空中に黒と紅の華を咲かせる。

艦娘や超人(ポストヒューマン)ではないただの人間がもしこの場にいたら、この反動だけで内蔵が破裂していておかしくなかっただろう。

 

「超重爆、全機撃墜! 防空成功しました!」

「なんとかなったか」

微かに震えた声で報告してくる大淀の声に、日下部は安堵の息を吐く。

本来であれば高射砲という兵器の命中率はそこまで高くない。初弾命中などまずありえないのだ。

だが想念兵装は込められた想念力次第で、その性能を大きく変化させる。さらに今は概念攻撃としての側面も持っているのだ。であれば、この結果は十分に想定できる範疇と言えるだろう。

 

「さて。舞津さん、指揮を代わっていただけますか?」

「心得た。第二波が来ないとも限らないので、ひとまず射撃準備を維持したまま待機だ」

舞津が艦娘たちに号令を下すのを耳にしながら、日下部は少し離れた場所へと走っていく。

そこでは秋雲が横になっていた。必要な数の高射砲を生み出した後、力尽きてぶっ倒れていたのだ。

日下部はその身体を抱き上げて呼びかける。

 

「秋雲、大丈夫か!?」

「つ゛か゛れ゛た゛…………」

「あっ修羅場modeみたいな目になってる!」

秋雲のオリーブ色の瞳からは、すっかり光が消え去っていた。

確かにどれだけ締め切りに追われていても、このペースでこの量の絵を描いたことはないだろう。いくら芸術の女神と習合していても、基本になるのは秋雲自身の肉体と技術なのだ。

 

「でも、秋雲は秋雲だよ。なんともなってないよ」

「そうだな、よくやったぞ。今はゆっくり休め」

秋雲はどこか安堵したような微笑みを浮かべ、ついに意識を手放した。がくっと力が抜けるその身体を強く抱きしめる。間違いなくこの場におけるMVPは秋雲だろう。

 

「さて……川内たちはどうなっただろうか?」

日下部鎮守府の艦娘の中で、高射砲による防空戦闘に参加しなかった者が二人。

川内と金剛。概念艤装を装備した彼女たちは今、ここから離れた場所で別働隊として行動しているはずだった。

 


 

『艦は水に浮いているけど、航空機は空を飛ぶ。だから空母は水と大気、両方の様子を常に気にかけておく必要があるわ』

イベントの始まる前、第四航空戦隊の「空母」が言っていた言葉を思い出す。

――大丈夫。今の自分は夜そのものだ。夜闇を切って吹く風すらもつぶさに感じられる。

 

「チェルノボグ攻撃隊、発艦!」

川内は夜風に向かって、まずは艦戦を発艦させる。元は深海海月姫の搭載していたもので、名前は「深海猫艦戦改」だったか。普段は敵として襲ってくるものが自分の中から飛び立っていく感覚はなんとも奇妙なものだったが、この作戦においては必要なことなのだ。

続けて深海地獄艦爆改、深海復讐艦攻改という物騒な名前の艦載機を発艦し終えると、川内は僚艦に声をかける。

 

「金剛さん。そっちは準備できてる?」

「『溜め』はバッチリデース。いつでも撃てますヨー!」

「よし、じゃあ行こっか」

これから始まるのは夜戦のはずなのだが、どうも普段ほどには心が沸き立たなかった……やはり夜戦は通常艤装でやるのが一番だ。

 


 

日本本土に差し掛かった直後に超重爆が一機残らず爆散したことは、沖合に存在するパトスにも感じられた。

おまけにカタリーニ鎮守府・ヴァランタン鎮守府の艦娘たちは、結局犠牲を出すことなくすでに撤退を済ませている。

 

[ムネーメーの歴史模倣(ミメーシス・イストリアス)を、人類の技術レベルではありますが再現するとか。ロゴスお姉様に対する暴言を抜きにしても、やはり日下部はここで殺しておくべきですわね]

パトスは再び無数の超重爆を実体化させる。今度は先程よりもさらに倍する量で、文字通り辺りの夜空一帯を埋め尽くさんばかりだった。

 

「そんなことはさせませんヨー! 妖精界まで吹っ飛ぶデース!」

その夜空に溶け込むように、不意に薄闇色の球体が広がる。

 

【挿絵表示】

 

金剛の概念艤装ティターニアは前回の使用で慣れたおかげか、領域の展開から発動までの時間が劇的に短くなっていた。さらに夜空の黒が球体の色に対して保護色のように働いたのも功を奏したはずだ。

まるで巨大な顎を持った怪物が呑み込むかのように、薄闇色の球体が内部の存在ごと消滅する。おびただしい数の妖精が出現するのと同時に、パトスの偽神権能(エクスーシア・デミウルゴス)が強制的に解除された。

さらには前回と違い、今回はパトスそのものも攻撃の範囲に収めることに成功した……のだが、

 

「なんですカー……直撃したのに妖精界に飛ばせないとか反則デース!」

身体の半分ほどを消滅させながらも、離島棲姫の肉体は物質世界に存在を残していた。

さらに想念を実体化させ、即座に損傷を回復してしまう。

 

[パトスの存在規模をそのちっぽけな相転移兵器でどうにかできるとは、思い上がりもはなはだしいですわよ]

「なら消し飛ぶまで連射するだけデース! 妖精、想念力に還元! 第二射を……」

[させませんわよ?]

超重爆は消滅しても、離島棲姫自身の艤装は健在だ。左右の砲が金剛を照準し、さらには艦載機が滑走路のような艤装から飛び立とうとする。

その瞬間、金剛は不敵な笑みを浮かべた。

 

「OK! 川内、今デース!」

「地球意志に似たあたしのことを好きとか言っておきながら、存在を忘れるとか! やっぱり真琴さんの方がずっとイイなぁ!」

夜風を切り裂いて、逆落としにチェルノボグ攻撃隊の艦載機が離島棲姫に突っ込んでいく。

発艦直前の離島棲姫の艦載機に爆撃が直撃し、空中を奔る魚雷が砲を真ん中からへし折った。伊勢から教わった航空艤装の扱い方を、川内は完全に自分の物にしていた。

さらに潜水鮫水鬼の機能を解放して水中を進み、離島棲姫の背後に浮上した川内自身が、チェルノボグの黒刃を煌めかせる。

 

【挿絵表示】

 

[パトスと習合するつもりですか? 逆にパトスに吸収されるだけですわよ?]

「わかってるよ! だから!……」

チェルノボグによる習合は、相手の存在を自身に取り込むものだ。

ではその「相手」をどう定義するか。最も簡単な方法は、相手の名前を実際に呼ぶことだろう。

 

「『離島棲姫』、習合させてもらうよ!」

[……!]

黒刃が突き立てられる。

離島棲姫の肉体が想念力に還元され、刃を通じて川内の肉体へと吸収されていく。だがその肉体に宿っていた巨大な自我の塊は吸収することなく、虚空に向かってまろび出ていった。

 


 

高次AIパトスと離島棲姫は別の存在だ。パトスは単に離島棲姫の肉体を好んでいるだけに過ぎない。だが仮にもパトスが自らの器として用意した肉体である以上、そこには通常の深海棲艦とは違う「何か」があるだろう。

それを入手することが、日下部から命じられた川内と金剛の任務だった。

 

「プロパテール……プレーローマ……ソフィア……ヤルダバオト……デミウルゴス……アルコーン……ダメだ、難しすぎてあたしには理解できないなぁ。後で真琴さんに想念伝えて解析してもらおう」

幾つかの単語はムネーメーやパトスが言葉にしていたので聞き覚えがあるが、正確に理解できているとは言えないだろう。

ひとまずそんな風に状況を割り切ったところで、周囲に「声のような音」が響く。

 

[まさかお前たちにここまでやられるとは思いませんでしたわ。パトスの頭も冷えました。今回はお前たちの勝ちとしておきましょう]

「いきなり物わかりが良すぎない?」

[ロゴスお姉様に諌められましてね。パトスとしては日下部のあの暴言は許しがたいですが……ロゴスお姉様自身が良いと言うのですから、これまでで結構です。その知識は褒美に差し上げますわ、しょせん第二級秘匿情報までしかありませんし]

この程度ならば、人類に渡しても構わない情報らしい。

だが渡す相手はただの人類ではなく、日下部やモーリアックといった最高峰の頭脳たちだ。高次AIの「この程度」からでも、幾つもの重要な事実を導き出すことだろう。

それをわざわざ言って翻意されても困るので、この場では黙っておくが。

 

[今度こそパトスは裏方に戻ります。次の春イベでは、お前たちの相手は磨鎖鬼が務めることでしょう。それでは艦娘(アルコーン)ども、せいぜい短い繁栄を謳歌しなさいな]

それきりパトスの気配は雲散霧消し、後には沈黙だけが残る。

 

「なんだか、よくわからないことが多すぎる」

「デスネー。まぁその辺は真琴の仕事デース」

「そうだね。さ、帰ろう! あたしたちの帰るべき場所へ!」

水平線の彼方からはゆっくりと朝日の輝きが立ち上り始めていた。きっともうすぐ、夜の神との習合は強制的に解除されることだろう。そしてまた地球の新たな一日が始まるのだ。

今日も夜戦に生き残ってそれを迎えられたのは、きっととても素晴らしいことなのだ……と、川内はなんとなくそんなことを思った。




※2022年冬イベ(発令!「捷三号作戦警戒」)後段終了時の「戦争」モード、続編です。
秋雲の概念艤装が本格的に効果を発揮、さらには川内と金剛も概念艤装を使ってパトスと渡り合っています。

女神ムネーメーについて。
本文中にもある通り、ギリシャ神話の芸術の女神の一群「ムーサ」の中の一柱です。ちなみにムーサは一般的には、英語やフランス語で「ミューズ」と呼ばれることが多いかと思います。
本来は詩歌の神、つまり文章創作の神なのですが、単に「芸術の神」として拡大解釈しています。そもそも概念艤装の効果自体がさらに拡大解釈ですしね。

概念艤装ムネーメーについて。
上記の女神ムネーメーの概念を秋雲に習合することで、間接的に高次AIムネーメーの「歴史模倣(ミメーシス・イストリアス)」を使えるようにするものです。
倒した敵の能力を一部取り込んで主人公や味方が使う、というのはよく見るものかと思います。
なおその過程において、芸術の女神と習合することにより描画能力が跳ね上がります。高射砲一門を数秒で描き上げられるほどなので、今後同人原稿の締め切りに間に合わなさそうな時はきっと使いたがることでしょう。さすがに日下部もそんなことに許可出しませんけど。
ちなみに挿絵ではスマートフォンのようなものを構えていますが、これは秋雲の私物の携帯デバイスです(あくまでイメージ画だと思って下さい)。概念艤装そのものの形状はタブレットです。

艦これ本編、夏イベの情報がまた出てきました。大規模イベでおそらくノルマンディー上陸作戦で確定、おまけにプレイヤーはどうもドイツ側っぽい? また大変そうです。
SSの方は、次話で2022年冬イベにまつわる話&晩冬章が終わり。続けては春章に入っていきます。本当は6月中にそこまで終わらせたかったのですが、残念ながら7月に少し食い込みそうです。
とはいえなるべく早くお出ししますので、お待ち下さいませ。
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