日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
提督たちのザラザラした大地 2
我々の犯すひとつの大きな誤謬は、原因を常に結果の間近にあり、と考えることにある。
どこか良い店を知らないか……とママンに相談された時、脳裏に浮かんだのは一箇所だけだった。
「へぇ、中華風のBARがこんなところにあるのね。面白いわ」
「平和だった頃は周りから盛大に浮いてたよ。今はそうでもないけど」
オーセンティックを初めて見た人は、大抵同じことを思うんじゃないだろうか。
なんでこんなところにあるんだろうかと昔から不思議だったのだが、
「ほぉ、
栗山の前のオーセンティック
ちなみに
「ん……カタリーニ提督、
「そうか。まぁそういうこともあるか」
カタリーニ提督は私や栗山と違って、あっさりあの人の死を受け入れたようだった。
この辺は住んできた世界の違い、なのだろうか。
「マコトにロドリゴくん? 思い出話も結構だけど、そろそろ中に入りましょうよ」
「あ、そうだな」
足柄に頼んで予約は入れてある。
提督5名による市井の店での飲み会。実は艦娘運用体制始まって以来の画期的な出来事なんだが、さすがに栗山はそんなことまで知らないだろう。
まぁ、単なる5名様扱いでも構わない……今日はあいつと話しに来たわけじゃないし、出てくる酒が美味ければ文句はないさ。
オーセンティックは小さな店だが、にも関わらず店の奥には密談ができる個室が6年前から存在している。
「お前たちが酒のノリでうっかり軍事機密を話したりして、たまたまそれを聞いた俺が憲兵に拘束されるとかは御免だからな。耳の良さには自信があるが、今日ばかりは塞いでおく」
というのが、個室に案内された時の栗山の言葉だった。
腰を下ろしたところで、改めて自分も含めて皆の様子をぐるりと見渡す。
普段は制服姿しか見ないから、こうして私服姿で集まってみると新鮮だな。私も今日は堂々と出かけられるから、サングラスはしなくて良いわけだし。
「改めてカタリーニ提督。今回は世話になった」
「おう、貸し1な」
「うっわぁ。あんたみたいのに借り作るとか、本気で怖いんだけど」
「相変わらず信用ねぇなぁ。善良なるいち提督だぞこっちは?」
「まぁ、深海棲艦に対する憎悪は信じてるよ」
「おう。よろしく頼むぜ。あと艦娘に対する愛情も信じてくれよ、兄弟」
こちらの内心とは裏腹に、あちらはどこまでも飄々とした態度を崩さなかった。
「ところで今更だけど。提督5人に対して同時に外出許可を出させるとか、どんな魔法使ったんだよママン」
「ジャンくんに昔のよしみでお願いしただけよ~? ついでに20年ぶりにシようって誘ったら、それはきっぱり断られたけど。あの子が女の子になりたいと思ってるんだったら、そういう風にシてあげるのに。要は挿れさせるんじゃなくて、挿れてあげればいいんでしょ?」
「おい自重しろ熟女バイセクシャルどビッチ経産婦!」
あんなでもあの人、大本営の事実上のトップだぞ!? 怖いもの知らずというかなんというか。
「……」
「お、どうしたクソレズ。難しい顔して?」
「いえ。シルヴァお姉さまとシたら、有明は悲しむかどうかを考えていまして。提督同士は別腹ではないかと」
「おいクソレズ、お前も自重!」
ねぇ母親と穴「きょうだい」なこと思い出させないで本当!
「……」
「舞津さんもさっきから難しい顔で黙ったままですね? なんか嫌な予感がしますが、どうされました?」
「朝潮、そのまま指をゆっくり挿れろ。そうだ、俺の指だと思うんだ。ぐちゃぐちゃいやらしく音を立てて掻き回……」
「おいこらガチペド! また想念交信でエロいことしてんな!? 声に漏れてますよ!」
うん、なんか一人でシリアスやってるのがバカらしくなってきた。
「なぁ。提督というのはみんなこんな感じなのか?」
ちょうどファーストドリンクを運んできていた栗山が、呆れたように尋ねてくる。
耳は塞いでおくと言っていたが、さすがにこれはツッコミを入れざるを得なかったんだろう。
「すまん栗山。とてもとても否定したいところなんだが、残念ながらみんなこんな感じだ」
「俺たちの生活の防衛、本当にお前たちに任せていいんだろうな……?」
「まぁこんな感じでも、戦場に立てばみんな頼れるんだこれが。私はこの中では飛び抜けてぺーぺーだからな。というか、お前も提督目指したら? ぶっちゃけ向いてると思うぞ?」
正直、私なんかよりずっと軍人に向いてると思うんだけどなこいつ。
「艦娘は基本的に異動できないんだろう? 俺が提督になったら、お前のところの足柄とは自由に会えないじゃないか」
「ああ確かに。そうだな、その辛さはわかるし無理にとは言わないさ」
長谷川鎮守府を脱走して入れ替わり……なんて無茶をしてくれなかったら、私とあの夜に出会った川内が結ばれることはなかったわけだからな。
オーセンティックは店構えに反して、用意してある酒は国籍に無頓着だ。もちろん紹興酒だの
皆も気に入ってくれたようで、室内にはすっかり温まった空気が広がっている。
そうなると世間話だけではなく、栗山の警戒するような話も出てくるわけで。
「なぁ兄弟。俺やシルヴァの姐さんがアイギス搭載できるのはいつになるんだ?」
「うちの伊勢から先日、貴重な知見を得られた。その方式が完成したらおそらく量産に入れる」
あれは正直、目から鱗だった。気付いてみればこんなに身近に……といったところなんだが、あいつの知識がなかったら気付けなかっただろう。
「ただ『長時間使用したら
「高次AIの目的って、本当のところは何なのかしらね。シンギュラリティ到来時に言ってた『この地球に人類はもう不要だから抹殺する』ってのが嘘ってのはわかるんだけど、こんなゲームじみた真似をして何をしたいのかしら」
頬に手を当てて首を傾げながら、ママンがそんなことを口にする。
それについては……ああ、ママンにも話しておいた方がいいかもしれない。
「なぁママン。あいつらが暴走した理由に父さんの願いが関係しているかもしれないと言ったら、どうする?」
「あの人の願いって……」
「口癖のように言ってた。『高次AIは世界から戦争をなくす』って」
「そう。昔から変わらないのね、そこは」
戦争をなくすために作られた高次AIが、地球の歴史上最悪と言っていい大戦争を引き起こした。
やっぱり言葉にすると暴走してるとしか思えない話だが、あの時のパトスの態度から判断するならば、
「あなたのお父様。日本におけるAI研究の第一人者、日下部博士ですわね?」
長谷川もさすがに父さんのことは知っているらしい。
そりゃそうか。あの頃は有名人だったもんなぁ。
「ああそうだ。SF小説が大好きで、小説に出てきたものを真面目に実現しようとするタイプの『頭のいいバカ』だった」
「日下部博士は、確か……」
舞津さんは言葉を選ぶような調子で言い淀んだ。さすがに直言するのは気が引けた、というところだろうか。
だからふっと笑って、私自身がその後を続ける。
「はい。今から10年前の2036年、反高次AI派のテロリストに誘拐されて死にました」
っとに「幼年期の終わり」が好きなら、ストルムグレンみたく生きて帰ってこいよ。
「なぁ兄弟。そのテロリストとやらはどうなった?」
興味を覚えたのか、カタリーニ提督が口を挟んできた。
「当時の公安と海自特警隊によって軒並み逮捕されたんだが、大して裏のない小規模組織だったみたいで。正直、不運だったとしか言いようがないんだよな」
「……臭うな?」
「えっ?」
眉根を寄せながらそんなことを言われ、思わず間の抜けた声が出た。
「当時は停滞の時代の真っ最中だ。ロゴスの奴が兄弟のやらかしをきっかけにして世界の支配者になる前ではあるが、それでもMM技術によって地球の資源問題を解決した後だ。当然、その重要性は世界中の注目の的だ。そんな中でロゴスの生みの親を、そんな三下が誘拐とかできるもんかね?」
「当時の日本の治安機構が間抜けだったってだけでは? テロってやつにも慣れてなかっただろうし」
「アホか。いいか、この国がテロに慣れてないってことは、それだけ未然に防いでるってことだよ。この国の治安機構は優秀なんだ。現にお前が商売相手に切り捨てられそうになった時も、特警隊が駆け付けて防いだんだろ?」
おいコラ。どの口が……と、一瞬言いそうになるのをぐっと堪える。そこは今本題じゃない。
「なぁ兄弟。俺の勘だがお前の親父の件、何か途方もない裏があるぞ」
「今更そんなこと言われてもなぁ。もう10年も前の話だぞ?」
「まぁそうだな。正直簡単じゃないだろうが……いいぜ、貸し2だ。昔のツテを使って調べてやる」
率直に言って、掘り返して欲しくない気持ちもある。父さんは偉大な科学者だったけど、不運にも命を落とした。私の中では一度それで飲み込んだ話だ。
ああ、だが……高次AIの目的に繋がっているかもしれないんだ。なら向き合わずに逃げていい話じゃない。
「わかった、お願いする」
正直に言ってこの男に借りを増やすのには恐怖しか感じないんだが、それでもこの件は頼むしかないだろう。
「ねぇマコト。私も何か力になれることはないかしら?」
私とカタリーニ提督の会話を聞いていたママンは、不意にそんなことを言い出した。
「あの人を裏切って後ろ足で砂を掛けて出ていった立場とはいえ、あの人を嫌いになったわけではないもの。私も何かしたいわ。もちろん、別のことでも構わない」
どの口が……とは、思わなかった。それを言う権利があるのは父さんであって私じゃない。
ただ正直いきなり言われてもぱっと思い付きは……あっ!
「ママン。父さんとは関係ないけど、欧州に戻ったら探して欲しい資料がある」
「資料?」
「ああ。欧州に帰ったら、『カタリ派』に関する資料を探して欲しい。古文書でも遺物でも研究論文でもいい」
「カタリ派……アルビジョア十字軍で弾圧された異端派、だったかしら?」
「いくらフランス人でもよく知ってたな!」
ママンの口から出てきた言葉に、思わず目を見開く。
カタリ派……グノーシス主義の影響を受け、中世の一時期に欧州で勢力を持ったキリスト教系のオカルトだ。
「南仏にはカルカソンヌとか、カタリ派由来の観光地がいくつかあるのよ。そういうところで説明されてるくらいのことなら知ってるわ。でもさすがにその程度であって、オカルトには詳しくないけど……ミーネちゃんに協力してもらえば何とかなるかしら」
「ああ、『トゥーレの魔女』か。うん、いいんじゃないか」
去年の夏に出会った顔を思い出す。
だが、そう言った瞬間。ママンは険しい顔付きをこちらに向けてきた。
「マコト、わかってると思うけど本人にその名前言っちゃダメよ。冗談抜きに殺されてもおかしくないからね?」
「はいはい、わかってるよ。ヴィルヘルミーネ・シュナイダー提督ね」
改めて本名を言い直す。
あいつがその二つ名を心底嫌っていることも、わざとその名前で呼んできたイギリスのレナード提督と壮絶な殺し合いを繰り広げたことも、去年の慰労パーティーの記憶として脳裏に焼き付いている。
ただ、あいつのオカルトの知識は本物だ。私のような付け焼き刃じゃない。あいつとは艦娘トークよりアレイスター・クロウリーの話で盛り上がったけども、私の知らなかったことを幾つも知っていた。
「わかった、引き受けるわ。でもなんでそんな物を?」
ママンは不思議そうな表情で首を傾げる。その疑問はもっともだろう。
「ああ。ちょっとプラトニック・ラブについて、本格的に学ぶ必要性が出てきたんでね」
パトスの肉体であった離島棲姫から川内が持ち帰った情報からは、興味深い事実が判明した。
世界中のオカルトが神々の指紋であり、事実を断片的に伝えてきたのは周知の通りだが……中でもグノーシスとそれに連なる大系は、やはり世界の実相にかなり近いところにあるようだ。この辺りは一度、元帥と本格的に話し合う必要があるだろう。
――というところまでは詳しく話せないので、ごまかしも兼ねて小洒落た感じで言ったつもりだったんだが。
「……!?」
瞬間、室内の空気が凍りついた。
ママンだけではなく、周囲で別の話に興じていた他の3人も自分たちの話を止め、私に視線を集めてくる。
「日下部、まさかEDか?」
「嫁艦たちに絞られすぎて……」
「兄弟、昔のツテ使って想念勃起薬でも用立ててやろうか?」
「マコト、あなたをそんな情けない男に育てた覚えはありません!」
そして4人は口々に言いたいことを言ってきた。
「よし、一般的な理解だとそんな反応ってことがわかったんでこれはこれで良し! 私の夜戦事情は相変わらず元気だよ」
純潔的な意味のプラトニック・ラブと、カタリ派はとても遠い。真逆に近いと言ってもいい。建前である教義と本音の折り合いの付け方が上手すぎて、本当にそこは現代カルトっぽいと思う。
あと長谷川、お前については「どの口が」だぞ。実際に昔、それに近い状態に私を追い込んだのはお前だからな。まぁさすがに今それを言うのはどうかと思うので呑み込んでおくが。
「まぁ提督の場合、艦娘の性欲を満たすのも仕事の一環だものね。そのためにわざわざ
「そういうことだな」
「艦娘の性欲、ねぇ……」
私とママン、長谷川と舞津さんを順番に眺めて呟くカタリーニ提督の目は、明らかに「どの口が」と告げていた。
※春章最初の話は、2045年の夏イベ(増援輸送作戦!地中海の戦い)直後にもあった提督サイドの話です。提督たちも私服modeに着替えてお出かけです。
ちなみに久しぶりに日下部の一人称でお送りしています。
「アイギスの新方式」や「日下部の父親の死」「カタリ派」など、色々と次の展開に繋がる話も出てきていますね。この辺りはまだ書けないことが多いので、次話以降をお楽しみに。
あと新キャラの名前が出ていますが、実はカタリーニ同様「提督たちのザラザラした大地 1」で名前だけは出てたりします。
艦これ本編、梅雨任務が終わって天津風改二が実装されました。任務の報酬が美味いので早速改装する予定です。
そしてやはり7月末には今年の夏イベが始まりそうな予感。それまでに話数を稼いでおかないとですね。
さて、以下に保留していたカタリーニ提督のプロフィールを掲載します。
【ロドリゴ・カタリーニ】
性別:男性
年齢:32歳
職業:マフィア「コルレオーネ・ファミリー」
一人称:俺
ローマ鎮守府所属の提督。
シンギュラリティ到来前は、想念工学の登場後に台頭してきた新興マフィアの一角「コルレオーネ・ファミリー」にて相談役を務めていた。
元々孤児だったところをファミリーの
だが人類そのものが滅亡の危機に瀕しているポスト・シンギュラリティの時代にあっては裏稼業もないということで、提督として深海棲艦と戦う日々を送っている。
同じ名前の艦娘の着任を認めない、いわゆる「単艦教」という育成方針を持つ。
この方針を取る提督はカタリーニだけではないのだが、(本作世界においては)現に同じ艦の概念から生まれた艦娘が同時に複数存在する以上、非効率なこだわりでしかない。だがこういった信念は時に大きな想念力を生むことがあるため、大本営並びに欧州提督会は黙認している。
また眼鏡を掛けた艦娘をこよなく愛している。最初から眼鏡を掛けている艦娘はもちろん、自身に対して好意を抱く艦娘には積極的に眼鏡を掛けさせている。この辺りの趣味は初恋の女性に由来しているというが、本人は黙して多くを語らない。
日下部は過去の「ある理由」から、彼を全面的には信用していない。