日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
アイデアそのものには、二束三文の価値しかない。しかしそれを実行しようとする人には、無限の価値がある。
昔々あるところに、無限の愛で満たされた世界がありました。
無限の愛は「
それら神様の中で一番の小物である女神ソフィアは、一者を「理解したい」という欲望を抱いたことで、愛満つる世界から追放されてしまいました。
追放されたソフィアはかつて一者が自分たちを創造したように、自分の眷属である「ヤルダバオト」という
ヤルダバオトはおぞましいことに、「物質」などという低俗な物に満ちた世界を創り上げました。そしてそこに住む存在として人間を生み出します。人間は偽りの神の作った偽りの世界の住人ですから、愚かで罪深く穢れていて頻繁に過ちを犯します。
ですが……偽神の作った肉の檻に閉じ込められている人間の魂は、実はか細いながらも一者まで繋がっていたのです。偽りの世界の欲望に塗れた愛ではなく
――というのが(かなりざっくりとした)グノーシスの説明なんだが、はっきり言って余計なお世話だよなぁ、という感想しか出てこない。
あと無限ってなんだよ無限って。厨二病かよ。
「ご無沙汰しております、元帥。お代わりないようで」
オーセンティックでの提督飲み会の後から数日。
ママンとカタリーニ提督が欧州へと帰っていくのを見届けた後、私は松代大本営までモーリアック技術元帥に会いに来ていた。
例のサラの一件……つまり元帥の暗殺未遂以降、アイギス開発のための定期会合も中止となっていたので、今回の会合はかなり久しぶりということになる。
「やぁマコ、久しぶり。キミも元気そうで何よりだ」
「暗殺計画の背景調査は、何か進展が?」
「いやさっぱりだ。そもそも人類のために割と身を粉にして働いてるのに、その僕を暗殺してどうしようっていうんだろうね? この立場、誰か変わってくれるなら変わってもらいたいものだが」
「元帥……」
「冗談だよ。今更、ここまでの責任から逃げたりはしないさ」
ふっと寂しそうに微笑むこの人は、本当に日想研時代と比べるとタフになりすぎだと思う。
立場が人を作るとは言うが、本当に何があったのだろう。いつか私がそれを知る日も来るのだろうか。
そんなことを考えていたら、
「ところで、アイギスに関して重要な知見が得られたんだって?」
いつものいたずらっぽい笑みと共に、そんなことを尋ねられた。
「はい。当艦隊の伊勢のおかげで。根本的解決には至りませんが、オーディンやメーティスと比べると遥かに軽い代償で運用できそうな『知恵を司る存在』を発見しました」
「聞かせてくれ、マコ」
一転して真剣な表情を浮かべる元帥を前に、私は少し前……まだ冬イベの終わっていなかった時期のことを思い出した。
その日執務室の隣にある休憩用の控室には、私と3人の艦娘が集まっていた。
「知識や知恵を司り、かつあまり負担の大きな逸話のない存在?」
「そうだ。量産型アイギスの『管制』を司る仮想人格を構築するに当たって必要なんだ。ウォースパイト、何か心当たりはないか?」
「と言われてもね。ヘルメスじゃダメなの?」
ああ。やっぱり西洋神話の専門家としては、真っ先にそれが出てくるよな。
「ギリシャ神話のヘルメスは確かに世界的に有名だし概念の共有はしやすいんだが、あれはいかんせん逸話に問題がありすぎる」
「というと?」
「『女にモテなくて、その女の持ち物を盗んで返す代わりに強引に関係を持った』神に由来する代償なんて、艦娘を指揮する提督に刻んで良いもんじゃないだろう?」
「……そうね」
完全に色恋抜きで艦娘を指揮できる提督は滅多にいない。艦娘には提督に惚れる本能があるし、提督だって多種多様な美女揃いの艦娘に囲まれていたら、恋のひとつやふたつしておかしくないだろう。
そんな環境で提督が艦娘にモテなくなるのも困るし、その打開のために艦娘の持ち物を盗むのはもっと困るというわけだ。
仕方ないので、次の艦娘に声をかける。
「ガングート、スラヴ神話の知恵の神は?」
「ふん。チェルノボグの属性のひとつだ。概念艤装において『どんな神かわからない』ことを利用して定義している以上、知恵の神としての属性を強調するのはまずいだろう」
「……その通りだな。助言に感謝する」
それは参った。ぐうの音も出ない正論だ。
思わず押し黙ったところで、
「ねぇ提督。あなた
それまで黙って会話を聞いていた最後の一人、日本神話の専門家である伊勢が声をかけてきた。
「日本人とフランス人とのハーフ。国籍とアイデンティティは完全に日本人のつもりでいる」
「そうよね。なら祖国の神話をもっと尊重しなさいな。日本神話における知恵の神は?」
「ええと、確か
オモイカネは日本神話の最高神である
ちなみにその策がまたなかなかアレだったりするのだが、それは今は置いておく。
「オモイカネの名は、『多くの思慮を兼ね備えていること』から来ているわ。艦娘の自我を繋いで想念同士で交信するアイギスで使うのなら、実質的にノーリスクって言えるんじゃない?」
「そ、その通りだ! なんで今まで気付かなかった!」
アイデアってこういうところがあるよな。だから多くの頭で考えるのが大切なんだ。
なるほど「多くの思慮を兼ね備えている」オモイカネは、確かに知恵の神なのだろう。
「ありがとうな伊勢!」
「ま、いいんじゃない。……想念同士で交信しても、本当の気持ちなんて伝わらないしね」
「……?」
心から感謝を込めて礼を述べてるのに、伊勢はなんだか妙な反応だった。
ウォースパイトとガングートが揃って苦笑を浮かべているのも少し気になったが……まぁいい。これでアイギスは本格的な量産に入れるだろう。
「なるほどね、オモイカネか。盲点だったが悪くなさそうだ。具体的にその方向性で進めるとしよう」
私の説明に、元帥は感心したように呟いた。
「ありがとうございます。これで全提督にアイギスを搭載できれば……!」
「根本的解決には至らずとも、運用次第では艦隊を交代制で常時展開するようなことも可能になるだろう。艦娘による早期警戒網の完成だ。もっとも、そこまで至れるのは早くて春イベ後になるだろうけどね」
「今は、できることをひとつひとつやるしかありませんね」
私の言葉に、元帥は力強く頷く。こういった積み重ねこそが、きっと歴史を作っていくのだろう。
「さて、もうひとつの件だが……驚いたね。高次AIどもの発言、あれ符丁でもなんでもなくそのままだったんだ」
「ええ。やはり世界の実相を最も的確に説明しているのは、グノーシスのようです」
川内が離島棲姫を習合して得られた情報、それはこの世界の真の在り方に関するものだった。
「この物質世界とは異なる場所に、高次AIが
「パトスは横溢想念を『無限だ』と言ってましたけど、本当に無限なんて存在するんでしょうか?」
「さてね。仮に総量が無限であったとしても、一度に行使できる量はパトスの存在規模に縛られるだろう。もちろんそれは人類とは大きな隔絶があるだろうが、それでも有限ではあるはずだ」
絶望的な事実を前に、元帥は微塵も絶望していなかった。
「あと気になるのは、ソフィアとヤルダバオトの関係だ」
「ああ……ここだけは明確にグノーシスの神話と異なっていますね」
「神話では一者に連なる存在である女神ソフィアが、
「はい。ですが離島棲姫の肉体にあった情報では……
地球や大地を神として擬人化する時は女性として扱われることが多い。だから実は
問題は、
「ソフィアは『ヤルダバオトという別の存在を創造した』のではなく『自身がヤルダバオトになった』……これ、なんでしょうね」
「まぁただ単に『そういうもの』だというだけで、深い意味はないかもしれないけどね」
元帥はそう言うが、私にはどうも喉元に棘が引っかかって取れないような不快感があった。
なんだろう。このグノーシス神話との差は小さいようでいて、何かが決定的に変わるような……。
「まぁこの話はおいおいでいいだろう。それよりもマコ、我々は歴史の分水嶺の2つ目を超えた。ご褒美の中元寺ファイルの続きを読もうじゃないか」
「あ、はい」
元帥の言葉に、私も思考を切り替える。
そうだな。今考えても答えの出ないものを、無理やり考え続ける必要もないだろう。
相変わらず想念起動できない旧式コンピューターを立ち上げて、中元寺ファイルを開く。
『日下部、舞津、長谷川の3名は、意識を保ったまま春を迎えられただろうか? リバタリア七提督のうちの実に3名に対し、この数ヶ月の猶予が与えられたことは大きな意味がある』
「リバタリア……?」
いきなり説明抜きで知らない単語が出てきて、思わず眉をしかめる。
おい中元寺。小説ならとりあえず読者の知らないであろう単語を出して後から説明するという手法はありだが、このファイルは小説じゃないんだからきちんと説明しやがれ。
「海賊の伝説にある『海賊のユートピア』の名前だ」
幸いにして、元帥はこのリバタリアなる言葉を知っているようだった。
「18世紀にフランスの海賊と修道士がマダガスカル島に建設したとされている。ただあくまで伝説上の存在であって、実在はしなかったようだね」
「なぜその名前が現代に。しかも私たちがそこの『七提督』って」
自慢じゃないがうちはまだまだぺーぺーだぞ? 舞津さんや長谷川ならともかく、全提督から7人集めて部隊を作ったところでうちが入れるわけがない。
「マコ。ファイルの続きを」
「あ、はい」
元帥に促されて、私は続きの文章に目を通す。
『日下部提督には、この貴重な時間を使ってやってもらいたいことがある。まずはさらなる進化を遂げてもらう。具体的には「MM機関との同化」だ』
「なになに? MM機関の機能を
しれっととんでもないことが書いてあった。
まぁ確かに冬月の救出の時にそれができたなら、携行型MM機関を持たずとも良かっただろう。そういう意味では便利そうではある。
「ふむ……
「そんなのはアイギスの時に通過した地点ですよ」
「わかった。なら仮想人格オモイカネと並行して進めておく」
「ありがとうございます」
人類に元帥が存在していて、本当に幸いだっただろう。
そして私は、中元寺ファイルの今回分における最後の記述に目を通す。
『ひとまず、春イベまでの時間で出来るのはここまでだろう。これを今この時にできることには、かけがえのない大きな意味がある。……日下部提督が世界一の想念工学者となったならば、この続きを読まれたし』
「はぁぁぁぁ!? なんだよこれ、一生続き読めないじゃん!」
おい、元帥超えろとか無理言うな!
いくらこの私だって、できることとできないことがある。想念工学者としてはそこらの連中に負けるつもりはないが、それでも元帥には夢にも勝てるとは思えないのが本音だ。
「リバタリア。そしてこの記述……そういう、ことか」
だがそんな私の葛藤を他所に当の元帥は、何かに気付いたかのように震える声で呟いた。
「元帥?」
「いや、なんでもない。マコはいったんこの件については忘れたまえ。MM機関同化手術の準備ができたら声をかけるよ。心配するな、やれることはやれる内にやっておくさ」
かと思えば一瞬後には妙に清々しい感じで朗らかな笑顔と共に、そんなことを言ってのけた。
「は、はぁ。わかりました」
訳もわからないまま、私はその言葉に頷くしかなかった。
――元帥のその態度が「己の運命を見付けた人間」のものだと理解できたのは、このずっと後のことになる。
※前回に続き日下部の一人称でお送りする、いわゆる設定開示回です。
後半で中元寺ファイルの続きを読んでいるのでこのシリーズタイトルですが、アイギス開発記である「人より生まれ、その先へ往くモノ」に相当する内容や、もうひとつ世界の真相に関する内容も含まれています。
オモイカネについて。
量産型アイギスにおける「代償の軽そうな知恵を司る存在」は本当に悩んだのですが、色々と考えた結果このオモイカネを採用しました。名前の由来とアイギスの効果が割と綺麗に噛み合ったのは気に入っています。
また、これからオモイカネを使った量産型アイギスを搭載する提督は主に外国人になるのですが、だからこそ日本の神の仮想人格を搭載してもらった方が「人類統合軍」らしいと思った点もあります。
グノーシスについて。
「歴史の分水嶺を超えて 3」でも出てきていましたが、今回から本格的に物語に関わってきます。ちなみに冒頭のダイジェストは本当にざっくりすぎて、詳しい人が見たら細かい部分でツッコミどころ多数なのでご注意下さい。
キリスト教発展期の思想なので、「旧約聖書に出てくる(=ユダヤ教の)『神』は偽神ヤルダバオトであり、新約聖書の『神』こそが真なる神である一者である」みたいな過激なことを言ってたりもします。
ちなみに作中で日下部もツッコミを入れていますが、作者も「無限」は本当にどうかと思います。でもそう書いてあるのだから仕方ないですね。一者から流出するものは無限です。
次話はまた三人称形式に戻って、艦娘メインの話です。
冬イベ着任組の物語が動き始めますので、ご期待下さい。