日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
事情が変われば己も変わるような愛、相手が心を移せば己も心を移そうとする愛、そんな愛は愛ではない。
先の冬イベの反省から、日下部鎮守府では新規着任の正規空母を優先して育成していた。
まず最初にその成果として結実したのは、
「
ドイツ空母、グラーフ・ツェッペリン。日本の赤城を参考に建造されるも、戦局の変化によって建造中止となった幻のドイツ空母。
艦娘としての彼女は一見儚げな印象を与える色白の美女なのだが、豊かな胸部装甲を見ると一瞬でその印象は吹っ飛んだりする。
そういえば去年の夏に出会った、ドイツのシュナイダー提督の秘書艦はグラーフだった……なんてことを日下部は思い出す。
「きちんと海の上で戦えるだけでも望外の幸福なのに、それだけでなくこうやって大規模改装まで至れたのは本当に感謝しかない。
「どういたしまして。なんだ、ずいぶん生真面目だな」
「どういう意味だ? 自分で言うのもなんだが、グラーフ・ツェッペリンという艦娘はこんなものではないか?」
その反応が意外だったのか、グラーフは目を見開く。
「いやな、他艦隊のグラーフって、その……めちゃくちゃ艦娘生活に順応しててな」
「ああ、なるほど。それは確かに同艦交信で他のグラーフと話していて痛感した。なんだ、もっとあんな風に砕けた方が好みだったか?」
「逆になんでお硬い方が好みだと思ったのか知りたい」
堂々とハーレムを作っている重婚提督に、硬派と思われる要素などひとつもないだろう。
と、自分ではそんな風に思っていたのだが、
「私も自我を得てから短いのであまり多くは知らないのだが、世の中には片っ端から麾下の艦娘を手籠めにしたり、真っ昼間から執務室で不埒な行為を始めるような提督もいると聞くぞ。それと比べればAdmiralは規律をしっかり守っている方だと思うが」
「……ソ、ソウデスネ」
グラーフの発言に吹き出しそうになるのを必死に抑え、かろうじて棒読みで返答する。
確かにそんなことはシてない。普段は。この間のあれは例外中の例外だ。
「まぁ了解だ。なら私も気楽にさせてもらう。せっかくこの身体で生まれてきたんだ、『そういうこと』に興味がないわけでもない」
「おっと、今度はまたえらく逆方向に振り切れたな?」
「艦娘とはそういうものだ。人類に少しでも愛されるように、そのような設計になっているのだろう。人類を救うために派遣されたのに、その人類に疎まれて排斥されるのは本末転倒だからな」
「あー。なるほどな」
艦娘という種族は提督と認めた存在に対してやたら惚れやすかったり、そうでなくとも性的行為に対する順応性が非常に高い……まぁわかりやすく言うとドスケベなのだが、そういう理由だと言われれば大いに納得だった。
もっとも、そういう種族なのだからそういう風に振る舞う……というのは、やっぱり真面目だと思うのだが。
そして同時に、そう言われたならばひとつ思い出すことがある。
「私の着任前にはそういう連中もいたらしいぞ」
反艦娘派。
艦娘抜きでこの絶滅戦争を戦おうとした
「ほう。その連中は、今は?」
「首謀者である桜井中将を中心に、それなりに大きな勢力になってたらしいが……私が着任するよりも早く、モーリアック元帥率いる大本営直轄艦隊を中心とする艦娘たちによって壊滅させられたそうだ」
――人類には、艦娘を愛するしか選択肢は残されていない。
――提督など、まともな人間には務まらない。
――かくしてやることと言えば、艦娘のご機嫌取りを全力で行うだけの、「立派な軍隊」の出来上がりだ。
着任間もない去年の春、プロの軍人の生き残りである長谷川や舞津が口にした言葉。
二人は軍人の矜持をそんな風に割り切れたから、艦娘を率いて戦っている。そうできなかった者は、とっくに地球意志へと還っているのだ。
「艦娘に、人類を殺させたのか?」
「いけないか? 艦娘という種族の生存権そのものが脅かされていたんだ。人類を愛するのがお前たちの天命だからって、唯々諾々と殺される必要なんかない。私はその時まだ提督ではなかったが、もしその場にいたら喜んで命令に従うとも」
「Admiral……」
人類が今も存続しているのは艦娘のおかげだ。それは誰がどう考えても揺るぎない現実だった。
その恩を忘れて艦娘に牙を剥こうという者に対し人道的配慮をするなど、存亡の危機にある人類には到底許されていない贅沢なのだ。
「どんな生命にだって生きる権利はある。もちろんこの物質世界で生きるということは他の生命を殺すことでもあるから、闘争は決してなくならないだろう。だが、ただ黙って殺されることが正解なんてことは絶対にありえない。それだけは言っておく」
「わかった。ああ……Admiralも……なかなか、いい」
グラーフの瞳が、少しだけ潤んでいるのに気付く。
赤城との約束は完了させている。今の日下部は、どの艦娘を口説こうが浮気と咎められる筋合いはない立場だった。
「それで? 口説かれて提督のハーレムに入ったの?」
食堂の片隅。
グラーフが先の顛末を雑談のつもりで同期着任の空母に話したところ、そんな質問が飛んできた。
「いや、断った」
「意外ね。貴方いかにもチョロそうなのに」
「チョロ……それはお前に言われたくないんだが。
グラーフは眼前のアメリカ正規空母の名前を呼ぶ。
すらりとした高身長の、プラチナブロンドの美女。白いワイシャツの上から青いフライトジャケットを羽織った独特の服装は、いかにも「できる女」という印象を与える。そしてそういうタイプこそ恋や性に弱いのは、えてしてお約束というものだろう。
「まぁいい。正直落とされかけたのは否定できないが、神鷹のことを思い出してな。彼女がAdmiralを好きなのは一目瞭然だろう?」
ビスマルクもプリンツ・オイゲンも未着任の日下部鎮守府において、グラーフに鎮守府生活のあれこれを教えたのは神鷹だった。
「恋も戦いとは言うが、戦いにも守るべき道理はある。私がハーレムに入ったら、それは本来神鷹が座るべき席を奪ってしまうことになるだろうからな」
「貴方本当に真面目ね。まぁ確かにあの提督、いかにも遊んでそうな割に恋愛は真剣よね。半端な気持ちで関わるべきじゃないのはわかるわ」
「そこは本当にな」
隙を見せたらすかさず口説いてきた辺り、最初に抱いた印象よりずっと好色なのは間違いないようだが、それでも恋愛感情抜きの肉体関係は持たないときっぱり言われたのは印象的だった。
「というかホーネット、そんな他人事で良いのか?」
「私? 私は別に提督に恋愛感情があるわけじゃないわよ」
「いや、そうではなく。以前、秋雲のことが気になっていると言っていなかったか?」
「そうね、まだ何もアプローチできていないけど。なかなか機会がなくてね……え、それが提督とどう関係があるの?」
きょとんとした表情でホーネットは尋ね返してきた。
その反応に違和感を覚える。普通に考えて、関係がないわけがないだろう。
「周りの空母でも他の艦でも、聞いてないのか。まさか気を遣って話してないのか? だとしたら私が教えていいものか」
「何がよ。そこまで言って呑み込むのはナシよ」
どうやら本当に知らないらしい。すっかり怪訝そうな表情を浮かべたホーネットは、適当にあしらったりしたら本気で怒り出しそうな雰囲気があった。
仕方ない、意を決する。ここから先は彼女自身の問題だ。
「わかった。秋雲はな……」
話す前からホーネットがどんな表情を浮かべるかは想像が付いていたが、実際にそんな表情を浮かべられると、さすがに溜息のひとつも吐きたくなった。
グラーフ・ツェッペリンの大規模改装から数日。
その日執務室に大規模改装の報告に訪れたのは、他ならぬホーネットだった。
「おめでとう。お前は十分に主力部隊の一環として起用できる能力があるからな、期待しているぞ」
「ありがとう。補強増設まで用意してもらって、そこは感謝するわ」
微笑と共に礼を述べるホーネットの声が、妙に硬いことに日下部は気付く。
今更自分に対して緊張するようなタイプではないはずだが……と訝しんだ瞬間、
「ねぇ、提督……」
室内にいきなり爆音が轟く。
「あの、ホーネットさん? なんで艦爆を発艦させてます? 私、曳航の練習とか言ってお触りしたりしてないよね?」
「そんなことするつもりだったの? まぁそれはそれとして、着任時に言った秋雲のこと。彼女、貴方の第三夫人らしいじゃない」
「そうだが?」
「ねぇ。部下の艦娘が真剣な気持ちを語ったのに、それを馬鹿にするのって楽しかった? ノーザをあんな理由で振ったからこそ、恋愛に関しては真剣な人だと思ってたのに」
きっと睨みつけてくる視線には、生まれつき他者の感情に共感できない日下部でさえはっきり理解できるほどの怒りが込められていた。
「正直、艤装の非殺傷設定外して攻撃してもいいかって思ってる。元より相討ち覚悟よ」
その発言にはさすがにぎょっとする。それは川内に艤装で撃たれたり、瑞鶴に爆撃されるような「いつものおふざけ」とは訳が違う。
本当にやってしまったら、冗談では済まされない。仮にこの場を生き延びても、ホーネットを反逆罪で解体しなくてはならなくなる。
そして逆に、日下部に何かあった場合は……ホーネット自身も含めてロスト・アドミラルで艦隊全滅だ。相討ちどころの話ではない。
「待て待て! 私は馬鹿にしたつもりなんてないぞ」
だから慌てて叫ぶ。
「自分の嫁艦の一人が口説かれようとしてるのにその事実を黙ってるなんて、馬鹿にしてるんじゃなければ何よ?」
「別に。本気で心の底から、お前と秋雲の問題であって私が介入する筋じゃないと思ってるだけだが」
「……
「ん、お前は日本語達者な方だと思ってたが、難しかったか?」
日下部としては真剣に確認したつもりだったのだが、ホーネットはなぜか気勢を削がれたようで、
「そうじゃなくて。貴方、本気で言ってるの? 秋雲取っちゃうわよ?」
「本気だが。私だって14股かけてるのに、嫁の一人が他の誰かとちょっとくらいナニしようが気にしないよ。まぁ取れるもんなら取ってみろとは思うが」
その言葉を聞いたホーネットの表情が変化する。それがどういうものか、日下部には推し量るのは難しかったが……少なくとも怒りではないはずだ。
なぜならホーネットは艦爆をボウガンの矢に戻し、ぱしっと回収したからだ。
「ずいぶん自信家なのね。わかった、なら遠慮なくアプローチすることにする」
そう宣言するホーネットの表情は真剣そのもので、そういえばフィン・マックールも一度はディルムッドとグラーニアの仲を許したのだったな……なんてことを思い出す。
まぁ秋雲もホーネットも女性なので、この場合どちらがディルムッドでどちらがグラーニアかわからないわけだが。
「わかってもらえたようで何よりだ。あと、別にお前に秋雲を譲るわけじゃないからな? 私は私であいつとスることはスるぞ」
「それは仕方ないわね。後から来たのはこちらだもの」
「それと万が一秋雲の一番がお前になったとしても、駆け落ちしたりはするな。ちゃんと祝福してやるから」
フィン・マックールが晩年になって致命傷を負ったディルムッドを救わなかったことは、取り返しのつかない汚点になった。栄光のフィアナ騎士団が壊滅した理由は、この一件でフィンと臣下の間に溝が生まれていたことが大きい。
そんな轍は絶対に踏むまい、と思う。
「クレイジーね、貴方」
「すまんなこういう性分で」
痴情のもつれでいきなり提督を殺そうとするホーネットも大概だと思うのだが、それを口にするとまた面倒臭くなりそうなので呑み込んでおく。
艦娘の指揮もこれで案外大変なんだぞと、もし反艦娘派の連中が目の前にいたら言ってやりたいところだった。
――そんな風に考えたところで、首謀者の桜井中将に関してはそれを十分知っているはずだと気付く。
なぜ世界で初めて提督になった「始まりの提督」が、よりにもよって艦娘の敵になったのだろう?
艦娘の指揮に疲れたから……などという理由ではないことを、現役の提督である日下部としては願うばかりだった。
※「捷三号作戦警戒」着任組の物語、まずはグラーフとホーネットです。
空母の恋愛の話なので「その比翼に連理はあるか」シリーズが妥当なのかもしれませんが、他と合わせるために「艦娘たちのザラザラした大地」シリーズになりました。
ちなみに反艦娘派のくだり、これまでに何度か「人類統合軍はナチスも真っ青な全体主義組織だ」と書いてきましたが、実際に必要ならこのくらいのことはやってのけます。でないと人類そのものが滅んでしまう瀬戸際でしたので。
グラーフ・ツェッペリンについて。
原作だと生真面目な(ドイツ人らしい)艦娘ですが、二次創作だとめちゃくちゃチョロい女になってることが多いですよね。
本作ではグラーフどうこうよりも艦娘という種族自体が全体的にチョロインかつドスケベ揃いなので、相対的に真面目なキャラになりました。
ホーネットについて。
原作では22時と23時の時報で秋雲に描かれそうになって全力で拒否してる彼女ですが、本作の彼女はむしろ自分から描かれたがってるのは既出の通りです。この辺、露出狂的な変態に近いかもしれません。
ちなみに(お触りしようとして)機嫌を損ねると艦爆を飛ばしてくるのは原作通りです。瑞鶴といい、お前ら提督をなんだと思っているのだ。
艦これ本編、夏イベは来月上旬だと発表がありました。ということは今月いっぱいは本作に注力できるというわけです。
「艦娘たちのザラザラした大地」をあと2話やってから、その次の話に行く予定です。しばしお待ちを。