日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
他山の石、以て玉を
今日も今日とて大規模改装を終えた艦娘が、報告のため執務室にやって来た。
ちなみに本日は報告を受ける日下部の隣の席で、川内が書類仕事を片付けている。
「防空巡
ピンクの髪を大きくツインテールにし、どこか気怠けな表情を浮かべた彼女は、全艦娘で最高の対空能力を誇る軽巡洋艦だ。
日下部にとっては新年早々のアイギス戦において、長谷川鎮守府所属のアトランタに味方機動部隊の航空機を片っ端から叩き落された記憶が強い。
「おめでとう。お前の対空能力はよく知ってる、今後の活躍に期待させてもらうぞ」
「ま、いいんじゃない対空戦なら。夜戦はパスだけど」
「いやパスって……」
我の強い態度は嫌いではないのだが、さすがに夜戦が戦術的に必要な場面で抗命されるのは困る。
「別にお前、夜戦火力低くないじゃん。高いとも言えないのは確かだけど、大淀とかホノルル・ヘレナ辺りよりはずっと水雷能力あるし、だいぶマシだぞ?」
「能力じゃない、気持ちの問題。艦歴は見たんでしょ?」
「……まぁ」
前世におけるアトランタの最期は、かの大戦の転換点のひとつに数えられる第三次ソロモン海戦だ。最終的に連合軍の勝利で終わったこの海戦は、しかしそうなるまでの間において両軍ともに大きな被害を出している。
「第三次ソロモン海戦は、暁の探照灯がお前さんを照らしたことが始まりみたいだからな。そして夕立の突撃によって乱戦に引きずり込まれ、比叡がお前に命中弾を与えた」
「ついでに味方にも誤射された。夜なんか嫌い」
心底うんざりといった様子だった。
暁も夕立も比叡もこの戦いの犠牲となっているのだから、彼女だけが特別に悲惨だと言うつもりはない。だがこの表情を浮かべた彼女に対して「勝者は敗者の前では胸を張れ」と言うのも、さすがにはばかられるものがあった。
そんな日下部の内心を知ってか知らずか、
「なんで神様は夜なんて作ったんだろ」
アトランタは絞り出すようにぽつりと呟いた。
――瞬間。日下部のすぐ隣で、ガタッという音が鳴り響く。
「ちょぉーっと待った! さすがにそれは聞き捨てならない!」
それは言うまでもなく川内だった。
勢いよく椅子から立ち上がるや否や、びしっと指を突きつけて、
「別に夜戦が嫌いなら嫌いでいいけど、夜そのものを否定するのは許さない! 周囲を包み込む帳に、静けさに満ちた波の音……」
普段から夜戦夜戦騒がしくて、周囲から苦情出しまくってる奴が何を言ってやがる。
などと思っても実際に口にはしないのは、提督として、そして夫としての器量というものだろう。
「それって何が潜んでるかわからないってことでしょ。怖いよ。大体あんただって沈んだの夜戦なのに、なんでそんな夜を楽しめるのさ」
「あたしたちは前世だって今だって戦うために生まれたんだから、負けて沈むのはある意味仕方ないじゃん。夜っていう自然現象に対してそれだけ当たるなら、実際に存在している暁や夕立に対してはもっときつい態度取るんじゃないの!?」
「そんなこと……!」
「言ったな? 言質取ったからね。絶対に仲良くしなよ」
売り言葉に買い言葉。完全にむきになったアトランタに対し、川内は清々しいまでのドヤ顔と共に言い放った。
瞬間、アトランタの顔が見る見る内に真っ赤になっていく。
「……っ、なにさ!
一方的にそう言い残すと、アトランタは足音荒く執務室を出ていった。
口を挟む余裕もないままその背中を見送ったところで、日下部は溜息を吐き出す。
「川内、あれはちょっと」
「ごめん。こっちもつい興奮しちゃった」
「まぁ自分の趣味を押し付けたんじゃなくて、暁や夕立を気遣ってのことなのは理解できたから怒らないけど」
前世の記憶をほぼ意に介さない艦娘もいれば、アトランタのように強く縛られる艦娘もいる。
人類統合軍・艦娘運用部隊としてはどこかで釘を刺す必要があるのは確かで、川内がそれをやってくれたこと自体は大いに感謝すべきだろう。
もう少し良い言い方ややり方があったような気がしないでもないが、自分だってノーザや大井、あるいは雲鷹に対しては盛大に失敗しているのだから、ここで川内を強く責めるわけにもいかないだろう。
「とはいえ根本的解決じゃないからな。仕方ない、なんとかするさ。これも提督の仕事だ」
「……アトランタと夜戦(意味深)したら? 嫁艦候補増えるのはちょっと嫌だけど」
「あいつに対して特に恋愛感情はないんでな。そりゃ好きになろうと思えばできなくはないけど、仕事上の理由で無理にそうしたくはない。あとそれで強引に解決すると、後々面倒なことになるのを時雨の時に学んだからなぁ」
昔は情が冷めた女は捨て……もとい別れれば良かっただけだが、艦娘に対してそうするわけにはいかないだろう。
「正攻法でなんとかするしかないなぁ。他人の心に寄り添うとか苦手なんだけど、仕方ない」
幸いと言っていいかはわからないが、頼れそうな相手は一人思い付いていた。
「というわけで助けてよオワえもーん」
「
日下部が助力を乞いに部屋を訪ねたのは、やはり先の冬イベで着任したアメリカの戦艦・
「いやまぁ、米艦のことは米艦の女王に相談しようかと」
「Meが
「違う? いかにも
イントレピッドの時のように、なぜアメリカのスクールカーストに詳しいのか突っ込まれるかもしれないと思ったのだが、
「そ、そそそそうね。Meはクイーンビー! OK!」
「……?」
アイオワの反応は、なぜか慌てて自分に言い聞かせるかのようなものだった。
「とは言ってもね。Meも自我を持ってからまだ大して経ってないし……」
「そうだよなぁ。体感で6年くらい前から着任してて、真珠湾救援にも参加したとかいう古参提督のアイオワとは一緒にできないよな」
「ま、そういう古株のアイオワに聞いてあげるわよ。
「お、頼れる」
艦娘にはこれがある。目の前のアイオワのようにごく最近自我を得た個体であっても、同艦交信で先に着任していた同名の艦娘から知識を共有することで、経験不足をある程度補うことができるのだ。
「Hi,Iowa!
「……古株のアイオワはなんだって?」
日下部は興味を惹かれて、交信終了と同時に勢い込んで尋ねる。
どうも他の艦娘について話していたようだが、誰のことだろう。漏れ聞こえた発言からするに、前世の武勲と艦娘としての性格が一致しない艦娘のようだが。
アイオワは特にもったいぶることもなく、
「Admiral。
あっさりとその名前を告げる。
ガンビア・ベイ。「週刊護衛空母」の異名で知られるカサブランカ級空母の19番艦であり、その前世の最期の戦いにおいて凄まじい敢闘精神を見せたことで知られている。
カサブランカ級で唯一艦娘となっている彼女は、偶然にも今この時期においては、南西海域第三海域に当たるペナン島沖で邂逅できることが報告されていた。
「彼女がどういう艦娘かは、説明が必要?」
「あ、いや。資料で大体知ってる」
「そう、なら話は早いわね。『
「ふむ。ありがとう、良いアドバイスかもしれない」
日下部は膝を打つ。実際にガンビア・ベイと邂逅できるかは運次第だが、アトランタの件抜きでも探してみる価値はあるだろう。アイオワに相談して本当に良かった。
「何かお礼をしないとな。欲しい物はあるか?」
「……携帯デバイス。できればスタンドアロンじゃなくて、ネットに繋げるのがいいわね」
アイオワの口から飛び出してきたのは予想外の代物で、思わず面食らう。
「お、おう。使えるの?」
「そ、そうね。一応
「ほー、勉強熱心だな。わかった、近日中に用意する」
日下部はデバイスを使う上での注意事項を軽く説明する。アイオワは妙にきらきらとした目でそれを聞いていた。はっきり言って、「趣味じゃないけど後学のため欲しい」という態度ではないだろう。
そのことに気付いた日下部の脳裏に、ひとつの疑問が浮かぶ。
――お前、クイーンビーのフリしてるけど実は
イベントで枯渇した資源が回復しきってないのでどうなるか心配だったが、どうやら幸運に恵まれたようだ。
この日執務室には、待ち望んでいた艦娘が着任の挨拶に訪れていた。
「My name is Gambier Bay……ふわぁ! う、撃たないで!」
「いや誰が撃つか」
「ふぅ……よ、よかった!」
金髪をアトランタよりも大きくツインテールにまとめ、迷彩柄の入った軍用制服を身に着けた艦娘。ガンビア・ベイの実物は、聞きしに勝る小心者のようだった。
こんな彼女だが前世の最期においてはサマール沖海戦にて、ジョンストンや他の僚艦らと共に日本の主力艦隊である栗田艦隊に対し偶発的な死闘を演じている。アメリカ海軍第7艦隊第77任務部隊第4群第3集団・通称タフィ3の戦いといえば、現代に至るまでアメリカ海軍の士官学校では必ず学ぶ内容だ。
紛れもなく伝説の艦の生まれ変わりのはずなのだが……。
「オワえもーん。あれ本当に大丈夫なの?」
着任の挨拶を終えてガンビア・ベイが退室した後、日下部は待機してもらっていたアイオワがいる控室へとやって来た……のだが、
「
彼女は本来の目的そっちのけで、携帯デバイスでゲームに夢中だった。
「おーいナードっぽいことしてないで。相談に乗ってくれよクイーンビーのアイオワさん」
「……! そう、Meはクイーンビー! で、なに?」
とりあえず自分がなぜここにいるかくらいは即座に思い出していただきたい。
「いやお前の勧めに従ってガンビーを探してみたけど、実物は資料で見る以上にアレだなぁと。自分に自信がなくて挙動不審になるのは神鷹で慣れたけど、開口一番一人で怯えて一人で安堵しだしたのはさすがに予想外だった」
「日本人が初めて神通や羽黒を見た時の気持ちは少し理解できたけどね。大丈夫よ、アトランタだってガンビー自身だってアメリカの艦娘だもの。
「ははは、わかった。後はなるようになれ、だな。ガンビーが改まで育ったらアトランタと一種に出撃させる。できれば夜戦を経験できる海域にな」
一部の特殊な艦娘やそれ専用の装備を除き、空母は夜戦でまともに行動できない。そしてそれ以上にガンビア・ベイのあの性格であれば、いくらアトランタが夜戦嫌いだとしても彼女を守って戦わざるを得ないだろう。
トラウマのど真ん中を刺激して真正面から乗り越えさせるのは必ずしも良い手段ではないかもしれないが、手段を選ぶ余裕がないのも確かだ。自分たちは戦争をしているのだから。
「OK! じゃあ納得したところでAdmiral、さっきの敵倒すの手伝ってくれない?」
言うや否や日下部の苦悩や覚悟などどこ吹く風といった感じで、アイオワは再び携帯デバイスのロックを解除する。
それにしても完全に想念だけでデバイスを操作できているのは、いくらなんでもこの短期間で順応しすぎだろう。秋雲でさえ操作には音声を併用しているというのに。
「執務中なんですがこっちは。仕事終わった後ならいいぞ」
「Thanks! じゃあそれまでレベリングしておくわね」
「……ナードなの隠せよ少しは」
つい本音が口をついて出たが、幸いにしてゲームに夢中になっているアイオワの耳までは届かなかったようだ。
※「捷三号作戦警戒」着任組の物語、続けてはアトランタとアイオワです。そしてちょうどこの時期、期間限定邂逅できたガンビア・ベイも物語に絡んできます(これを書いている2023/7/27現在もまだ邂逅できるようですが……)。
アトランタについて。
とても優秀な対空性能と秀逸なキャラデザのおかげで、非常に人気の高い艦娘です。
元深海堕ち勢というだけでなく、艦娘としてもかなり前世のことがトラウマになっているようです。
きっとどこの鎮守府でもそれぞれ手段や経緯は異なれど、彼女のトラウマに向きあって乗り越えたことでしょう。そこには提督(艦これプレイヤー)の数だけ物語があるはずです。
アイオワについて。
原作では実にテンプレートなアメリカ女性という感じですね。
ですがそんな彼女だからこそ「実は
性能については、この時期においては間違いなく最強の高速戦艦でした。ええ、このほんの2ヶ月後にあの艦があんな化け方をするなんて、想像できた人はいなかったことでしょう。
ガンビア・ベイについて。
日下部とアイオワも突っ込んでますが、前世の武勲と性格が一致しない艦娘の最たるものこそ彼女でしょう。
ちなみに世間一般的にはガンビア・ベイの方が先に実装されたようですが、日下部鎮守府に先に着任したのは神鷹の方なので、日下部は「神鷹で慣れてたけどそれ以上だった」という感想になるわけです。
彼女は今話では本当に一言しか喋ってません。本格的に彼女の物語が動き出すのは今後になります。
さて、次話はもう一話「艦娘たちのザラザラした大地」です。
7月中にお届けできると思いますので、しばしお待ちを。