日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


艦娘たちのザラザラした大地 -今は涼しい冬じゃない-

恋は炎であると同時に光でなければならない。

――ヘンリー・デイヴィッド・ソロー

 

 

「もう時空震の兆候が観測されたのか?」

先のイベントが終了してからまだ半月ほどしか経ってないのに、もう高次AIたちは次のイベントの準備を進めているらしい。

執務室にて日下部が大淀から渡された資料は、いかにも急ごしらえといった感じだった。

ただし雑なのは作りだけだ。それに反するかのように、分量については十分すぎるほどのものがあった。

 

「提督もご存知かと思いますが、イベントのモチーフとなるであろうこの海戦は、かつての日本海軍にとって重要なもののひとつです。なので急な話であっても資料は十分にありました」

「重要、ね……」

「何か思うところがありそうですね?」

「嫌いなんだよあの作戦。ふざけんな、なにが『一億総特攻の(さきがけ)』だ。勝つために必要な戦いに命を懸けるのは当然だし、そのための手段として命を道具にすることまでは飲み込めなくもない。だがやる前から失敗するとわかってる特攻なんて、論外に決まってるだろう!」

古代ギリシャのペルシア戦争において、テルモピュライの戦いで自らの命を犠牲に幾万の大軍を食い止めようとした300人のスパルタ兵。その犠牲が生み出した時間があればこそ、ギリシャはサラミスの海戦において勝利できた。そしてそれはペルシア戦争全体の勝利へと繋がっていく……彼らは決して無駄死にではなかったのだ。

あの作戦はそれとは違う。それどころか、同時期に行われ実際に一定の戦果を挙げていた航空特攻とさえ違う。失敗して華々しく散るための作戦などあってはいけないものだ。いかにそこに二次的な意味があろうとも、だ。

 

「提督のお考えは理解いたしました。私個人としての考えを差し挟むことはいたしませんが……どうか実際にあの海戦に参加した艦娘たちに対しては、お気遣いいただければと存じます」

「ああ、あいつらにはあいつらの物語(ナラティブ)があるのはわかるし、そもそも悪いのはあいつらじゃない。だから今のはここだけの話にしておく」

「ありがとうございます。良かった」

「しかし、参ったな……うちにはあの作戦の主役がいないよなぁ」

ぺらぺらと資料をめくる。そこにはもちろん、イベントのモチーフであろう作戦に参加した艦の一覧が載っていた。

その一番最初に最も大きく書かれている戦艦が、日下部鎮守府には着任していない。

 

「矢矧と駆逐艦を中心に編成するしかないでしょうね。まだ実際にイベントが始まるまでは間があるでしょうし、この機会に対象の艦娘の育成に着手してはいかがでしょう?」

「そうだな。霞や初霜は改二まで育てれば、今後も一線を張れる戦力になるだろう。あとは……」

資料のさらに後ろの方に目を向ける。そこには、

 

「ああ……そうか。冬イベで着任したあの二人も、この作戦の参加艦か」

まさか高次AIもここまで考えて先のイベントを起こしたわけではないだろうが、偶然と呼ぶにしてはあまりにできすぎているような気がした。

 


 

冬イベ着任組も、戦力として数えられるほどに育成が進んできた。

どうしても大型艦の方が育つのは早いのだが、そろそろ駆逐艦についても大規模改装が完了し始める時期だった。

 

「提督。冬月、大規模改装終了した。これなら帰ってこれそうだ」

報告に訪れた冬月の言葉は、力強さに満ち溢れていた。

 

「まずはおめでとう冬月。だが先日伝えたように、次のイベントではお前の出番があるはずだ。だからこのままもう少し優先育成対象だ」

「ああ、了解だ。あの時は驚いたが、きっと私はこのために艦娘になったんだ。提督、艦隊防空は任せろ。大切な物を共に護ろう」

「ああ、涼月も一緒にな」

日下部は彼女の相棒とも言える姉妹の名を挙げながら、力強く頷く。

だが、

 

「涼、か……」

なぜか当の冬月はその名前を聞いた瞬間、眉根を寄せてぽつりと呟いた。

その微妙な態度に、そういえば涼月が着任した時もこんな感じだったなと思い出す。

 

「良い機会だから提督、聞いておきたい。提督は艦娘を何人でも同時に愛せる人間だと聞いた」

「何人でもは言い過ぎだが、愛が多いことは否定しないぞ」

「そうか。なら聞くが、提督は涼のことを……愛しているか?」

髪の色とよく似た銀の瞳。ぎらりとした眼光が、鋭くこちらを射抜いてくる。

 

「なぜまたそんな質問を」

「涼の着任の時。この執務室で提督は、涼のことを激しく抱きしめていたじゃないか」

「なんだ、お前あれ見てたのか」

「なぁ提督、正直に答えてくれ。提督は涼をハーレムの一員に加えるつもりか?」

その質問は茶化したり誤魔化したりしてはいけない類の物だ、というのはさすがに理解できた。

だから嘘偽りなく正直に答える。

 

「あの時は感極まってあんなことをしたが、あの後自問自答してみて気付いた。あれはただの執着心だったよ。涼月そのものが欲しいのではなく、単に過去に果たせなかったことを成し遂げたかっただけだった」

「そうか……」

「だから私に遠慮する必要はないぞ、冬月。涼月が好きならガンガン行くといい」

「ああ、やっぱりそう思われてたんだな。そういう意味でも涼は正しかったか」

冬月は微かに唇の端を吊り上げるような表情を浮かべた。それは一般的には「苦笑」と呼ぶべきものだろう。

そして、

 

「提督。私は、私を艦娘に戻してくれた貴方が好き()()()

「……!?」

「気付いていなかっただろう。そうじゃないかとは思っていたんだ」

冬月の口から告げられた言葉は本当に予想だにしなかったもので、日下部は思わず大きく目を見開いた。

 


 

大規模改装の日から遡ること数日。

冬月は自室を訪ねてきた涼月と二人、穏やかな夜の時間を過ごしていた。

 

「お冬さん。驚きましたね、提督のお話」

「そうだな」

この日の昼に日下部から告げられたのは、次のイベントが「あの海戦」に関するものになると思われるという告知だった。

 

「とはいえ提督の言う通り、必要以上に前世の記憶に縛られる必要はないだろう」

「ええ。何しろイントレピッドさんが味方におりますものね」

「その内マサチューセッツやラングレーも艦娘として味方になったりしてな」

あの戦いにおいて圧倒的戦力で自分たちを……何より旗艦であるあの戦艦を叩き潰したアメリカ艦隊も、味方だと思えば心強いことこの上ない。

何よりそれ以前に、前世ではとっくの昔に失われていた日本の機動部隊が全員健在だ。

いくら形式が似通っていても、あらゆる意味でそれはあの戦いそのものではないはずだ。

 

「それでも、どこか不安は拭えないものだな」

このために艦娘になったという想いに偽りはない。

だがあの戦いはあまりにも強い記憶として、与えられたこの自我の奥底に焼き付いている。生きて帰った自分がそうなのだから、沈んだ矢矧や霞は尚更だろう。

 

「だから涼、今のうちに思い出を作ろう。今度も生きて帰ってこられるように。せっかくこんな肉の身体で生まれてきたんだ。使えるものを使って少しくらい楽しんだって、バチは当たらないさ」

言いながら冬月は涼月の身体を抱き寄せる。

そのまま流れるようにベッドに押し倒そうとして、

 

「ダメですよ、お冬さん」

だが想定外に強い力で押しのけられて、思わず目を剥く。

 

「す、すまない。てっきりお前は、私のことを好きなんだと思ってた」

「……そんな雑な言葉は聞きたくありません」

「もしかして、他に好きな人がいるのか? その……提督とか」

恐る恐るといった様子で尋ねる。

だが涼月は質問に答えるかわりに、その口から盛大な溜息を吐き出した。

 

「それはお冬さんの方ですよね? 私、お冬さんのことをいつも見てますから。気付かないわけがないですよね」

「涼……」

涼月の言葉は正確無比なる対空射撃にも似て、心の奥底に秘めた想いを的確に貫いていく。

 

「お冬さんの言う通りです。いくら次のイベントがあの戦いそのものではないとはいえ、戦いである以上はいつ何が起こるかわかりません。だから……後悔のないように、ちゃんと想いは伝えるべきですよ」

そう言って涼月は、何も言えずにいる冬月を差し置いて立ち上がる。

 

「もうこれで帰りますね。明日からは来ませんから」

そんな言葉を残して、涼月は部屋を去っていった。

その表情は最後まで……先天性の共感性欠如(サイコパス)でもなければ誰でも気付けるような、強がりで無理やり浮かべた笑顔だった。

 


 

「提督も自問自答してみたというが、私も涼に突き放された後に自分自身に向き合ってみたんだ。提督のことは好きだが、取り巻きの一人になるのは私には荷が重いと思った。その……提督は以前この執務室で、嫁や恋人の皆と交わっていたことがあっただろう?」

「うわあああっ、あれも聞かれてたのかよ!? ちっ違う、あれは例外中の例外だ! 普段は公私の別はちゃんと付ける!」

「落ち着け提督。本題はそこじゃない」

話の腰を折ってしまったようで、冬月の声には少しだけ苛立ちが混じっていた。

 

「私は、私だけを見てくれる相手がやっぱりいいと思ったんだ。そしてそういう相手はちゃんといたのに、私自身が違う方向を向いたまま、その気持ちを粗雑に扱って傷付けてしまった。だからまずはきちんと筋を通す」

冬月は軽く目を閉じる。

そして、

 

「提督。さっきの助言、ありがたく聞かせてもらう」

どこかすっきりした表情で、彼女は今ひとつの恋を自分自身の手で終わらせた。

 

「そっか。うん、わかった。振られた身でおこがましいかもしれんが、恋だって戦いだからな。頑張れよ」

「すまない。本当にありがとう」

そんな冬月の姿を日下部は、紛れもなく美しいと思った。

 


 

「お冬さんのことですか? はい、愛してます」

後日。自身も大規模改装を終えた涼月に冬月への気持ちを確認してみたら、特に恥じらいもなくあっさりとそんな言葉が返ってきた。

 

「お、おう。涼月という艦娘は冬月Love勢で当たり前のようだから、それ自体には驚かないんだが。その割には一度冬月のことを突き放したみたいじゃないか」

「そうですね……自我を得てから実際に長い間お冬さんを待っていた他所の涼月と違って、結局のところ私のお冬さんへの気持ちは、生まれた時に与えられた本能のようなものですから。少しは冷静に、自分の気持ちと向き合う余裕があったのかもしれません」

普段のおっとりとした口調と比べ、実に理路整然と涼月は自分自身の気持ちについて語る。

 

「でも無理をして突き放してみて、すごく思い知らされました。仮にこの気持ちが地球意志に創られたものなんだとしても、それでも私はお冬さんのことが好きなんだって」

きっとその夜の涼月の目元には、涙の跡がくっきり残っていたことだろう。

だが今目の前で微笑む彼女の目元には、特に変わったところはない。そのことを本当に良かったと思う。

 

「そうだな。恋の始まり方なんてどうだっていい。生まれた恋をどう育むかの方が大切だ。せっかく肉の身体で生まれたんだ、今生を存分に楽しんでくれ」

「はい! ……と申し上げたいのですが」

「んっ?」

綺麗にまとまったと思いきや、続く涼月の言葉にどこか不穏な気配があった。

 

「なんだ。相談に乗れることなら乗るぞ」

「お冬さんが大規模改装した日の夜。提督への気持ちに決着を付けたことを告げられて、改めて告白されたのはとても嬉しかったのですが……あれからお冬さん、ちっとも手を出してくれないんですよね」

「……おい」

「きちんと恋人同士になったのですから、私はいつでも構わないのですけど」

よし、一瞬とはいえ真剣に心配して損した。

などという本音は伏せて、日下部は日下部なりのアドバイスを贈る。

 

「どうあれ冬月は一度夜戦を誘って断られてるわけだから、そこでもう一度誘うのに抵抗感があるんだろうさ。それに不満があるんだったら、お前の方から押し倒せ。自分で動かずに上手くいく恋なんてものはないぞ」

恋について語った、19世紀アメリカの作家の言葉を思い出す。

激しく燃え盛る炎だけでも、冷たく輝く光だけでもダメだ。恋というのは、その両方の性質を兼ね備えていなければ上手くいかないものなのだ。

 

「りょ、了解です。ありがとうございます!」

「頑張れよ」

たった今産声を上げた肉食女子の行く末に大いなる祝福があらんことを、日下部は心から願うのだった。




※「捷三号作戦警戒」着任組の物語、ラストは冬月と涼月です。
ちなみに次イベの話が出てきましたが、あえてモチーフの海戦名は現段階では伏せています。

冬月と涼月について。
冬月がイベ最後の話で意味ありげな態度を取っていたのはこういう理由です。割と感情がしっちゃかめっちゃかになりましたが、なんだかんだで収まるところに収まったと思います。
世間一般の涼月は冬月の着任を本当に首を長くして待っていたと思うのですが、冬月より後に着任した当艦隊の涼月は、きっとその熱量を共有することはできないのでしょう。
ですがそんなことに関係なく、ここからこの二人の恋は大きく育っていくはずです。

艦これ本編、夏イベ開始は8/8と明言がありました。
前イベ(小笠原)で初の甲種勲章を取ったとはいえ、まだまだ先行勢を張るには程遠い当艦隊なので、すぐには出撃せず8月半ば頃までは様子見の予定です(後段来る前に前段は終わらせたいところですけどれも)。
それまでは通常通りSS更新を続けますので、どうぞお楽しみに。
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