日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
次の一年が、友の笑い、家族の愛、そしてあなたの夢見る人生で満たされますように。
「誕生日おめでとう、足柄」
横浜人類居住圏の辺縁部、BARオーセンティック。
営業が終わった店で、日下部鎮守府の足柄は店主の栗山とささやかに杯を交わしていた。
艦娘は前世の実艦の進水日を誕生日として扱うことになっている。本日4月22日は足柄、ついでに赤城と嵐とシロッコの進水日だ。
「ありがとう智志さん。みんな明日のことで手一杯で、なかなかこっちの誕生日まで気を回してくれないのよね。提督はさすがに赤城が優先だし」
「4月23日か。確か9周年だっけ? ……
「提督からは一応説明されたけど、よくわかんなかったのよね。
栗山と足柄は揃って首を傾げる。体感では確かにそのくらい経ってそうな気がしなくもないのだが、この絶滅戦争が実際に9年も続いているはずがないだろう。
「まぁいい、よくわからない記念日の話は置いておいてだ。提督か……やっぱり日下部はお前たち艦娘にとっては特別な存在か?」
「そりゃそうでしょ。一人しかいない直属の指揮官よ」
「それはそうだろうが。そうじゃなくてだな」
それは普段の栗山からすると、妙に奥歯に物の挟まったような言い方だった。
おそらくヤキモチを妬いてくれているのだろうとは理解できるし、それ自体は嬉しいのだが、こうも言い淀まれるとなんだか不快感を覚えてしまう。
「なに? もしかして私が提督と浮気してるって疑ってる?」
「時々、心配になることはある」
「そこを信じられないなら。正直、私たちってこれ以上無理じゃない? だってどう足掻いたって、日常的に近くにいるのはあなたじゃなくて提督だもの」
「別に俺だって闇雲に言ってるわけじゃない。けれども、こんなものを見せられるとな」
栗山は溜息を軽く吐き出して、傍らに置いてあった開封済みの大型封筒を持ち上げてみせる。
それは先程、足柄自身が栗山に手渡したものだ。鎮守府を出る時に日下部から栗山に渡すよう頼まれたもので、オーセンティックに到着してすぐに手渡した後は存在を半ば忘れていた。
「それあなたに渡すように頼まれてたけど、私は中身は見てないわよ。何が入ってたの?」
「……なら見てみろ」
促されて封筒の中身を取り出す。便箋と写真がそれぞれ一枚ずつ。写真に写っているのは、先日出撃から帰投した際の足柄自身だった。
艦娘の被害状況を記録として残すための撮影は時々あることで、特に不審なものではない。
この時はそれなりの損傷を受けて帰投したのだが、上手く装甲を使って肉体の被害は最低限に抑えられていた。服は盛大に破れたが。
続けて便箋に目を向ける。そこには日下部の手書きで、短いメッセージが書いてあった。
『帰投した足柄があまりに色っぽかったので、お前に進呈する(くれぐれも内密にな)。会えない時のオカズにするといいぞ! by日下部』
「……」
思わず肩をふるふると震わせる足柄に、栗山は努めて感情を込めない声で淡々と、
「正直これNTRビデオレターみたいなもんなんじゃないのかと、割と本気で思ったんだが」
「艦娘が損傷した時に服が破けるのは、これはもう『そういうもの』だから仕方ないの。そっか、提督でもないとその辺は知らないわよね」
戦闘後の艦娘の姿を知らない栗山にしてみれば、「自分の恋人のあられもない写真が、下半身のだらしなさを良く知っている相手から送りつけられてきた」ということになるのだ。
なるほどそれは確かに、あらぬ想像のひとつもしたくなるだろう。
「あ、足柄? とんでもなく朗らかな笑顔だが……もしかして本気で怒ってるか?」
「怒ってないわよ?
栗山の質問に対し即答で返す。
概念核に全身の血が集中しすぎて、なんだかとっても楽しくなってきた。
「智志さん♪ 提督があなたに贈った物であることは理解してるけど、これ私がもらってもいいかしら♪」
「あ、ああ」
若干震えた声と共に、栗山は首が千切れんばかりにがくがくと頷く。
「ありがと♪ 愛してるわ智志さん♪」
了承を得たところで、一片の躊躇もなく写真を引き裂く。
保存用想念加工済の光沢紙が一瞬で紙くずへと変わった。
「ごめんね♪ この埋め合わせに今度また来るから。今日はどうしても可及的速やかにやらないといけないことができたから、帰るね♪」
「わ、わかった。毎度ありがとうございました……」
いよいよもって栗山は完全に怯えた表情を浮かべていたが、ひとまず今はそれどころではない。後でフォローすればきっとわかってもらえるはずだ。
「帰ったら姉さんたちに援軍頼まなくっちゃ。ふふ、ふふふ……!」
日下部はきっと純粋な善意でやったのだろうが、だからと言って許せるものか。
「この妙高、妹達のためにも最後まで戦いぬく覚悟です!」
「足柄、敵は右舷だ! しっかり狙え!」
「姉さん、撃ち方始めて下さーい!」
「10門の主砲は伊達じゃないつってんでしょこのクソ提督がぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ぎゃあああああああああああああーっ!」
妙高型姉妹の総力を挙げた提督私室襲撃戦から一晩明け、4月23日。
「いやもう、死ぬかと思った」
華やかに飾りつけられた食堂の片隅で、日下部は寝不足の目を擦りながら呟く。
「事情聞いたら、完全に自業自得じゃーん。誕生日夜戦を邪魔された赤城さんは気の毒だけど」
隣にいる川内の言葉は、苦笑混じりのものだった。
「まぁ確かに指摘されたら栗山からはそう見えるよなぁと納得できたんで、素直に足柄に謝罪はしておいた。赤城には今度どっかで埋め合わせするさ」
「本当マメだよねー。そのマメさをあたしだけに向けてくれたら最高だったのに」
「ははは。それは諦めろ」
川内の今更すぎる言葉を一笑に付して、改めて食堂内を見渡す。
今回は季節の変わり目に恒例の、艦娘お着替え披露パーティーというだけではない。れっきとした人類統合軍の公式行事であり、このような無礼講が始まる前にはきちんと「お硬い」式典もやっていた。
「去年は鎮守府立ち上げから間もなかったし、式典だけちょろっとやって終わりだったけど。今年は見事にお祝いムードだなぁ。改めて川内、9周年おめでとう」
「おめでとー! ……ってこれ、正確には何のお祝いなんだっけ?」
「おい」
その言葉に思わず半眼になる。きちんと事前に説明したし、先程の式典でもそれに関する演説をしたのだが。
他の艦娘ならともかく、秘書艦がそれでは少し困る。
「4月23日は人類統合軍の創設記念日だ。書類の上では創設9周年ってことになる。なんでも『人類の軍事力統合』に関する一番最初の動議が国連でされたのが、2037年4月23日なんだとさ」
「……それ、全然創設日じゃないよね?」
「まぁな。当時から本気で人類統合軍を考えてた国なんかなかったし、本当の意味で人類の軍事力が統合されたのは高次AIによる虐殺後だから、言ってしまえば身内向けプロパガンダでしかない」
下らないと言えば下らないのかもしれないが、シンギュラリティ到来時の大虐殺で従来の社会秩序が崩壊する中で、人類に新たな共同幻想が必要だったのは間違いない。
「なるほどねー。なんとなくノリで9周年って言っとけばいいと思ってた」
「まぁお前はちゃんと正しい意味を理解しておいて欲しいんだが、それはそれとしていちいち意識する必要はないな」
日下部はぐるりと周囲の艦娘たちを見渡す。
完全に祝賀に特化した格好の曙たち第七駆逐隊を筆頭に、花束を持ったフレッチャー級や夕雲型の姉妹など、この日に合わせて着替えた艦娘も少なからず存在する。
人類が結束のために生み出した共同幻想は、今やその枠を超えて艦娘という異種族との統合をも象徴するものになっているのだ。
と、その時。
「提督? ちょっといいかしら」
一人の艦娘が日下部に対し声をかけてきた。
「おう夕張。どした」
軽巡・夕張。彼女は特に専用のmodeに着替えているわけでもなく、言ってみれば今日のパーティーにおいては脇役的なポジションなのだが、
「実は9周年の他にもうひとつお祝いがあって。って、これ私じゃなくて別の『夕張』の話なんだけど」
「ふむ?」
「大本営直轄艦隊の夕張が、想念工学特級試験に合格したの! 即戦力で技術開発部に所属替えだって!」
夕張はまるで自分のことのように、ぱあっと顔を輝かせて告げてきた。
その言葉を聞いた日下部もまた、驚きに目を見開く。
「マジか、そりゃすげぇ! 艦娘からは初か?」
「そう、初! 正直、明石より先に夕張が合格するとは思ってなかったな。同じ夕張として鼻が高いわ」
「そっか。そっかぁ……」
隣で聞いている川内は不思議そうな表情を浮かべているが、これは仕方ない。夕張の語った「大本営の夕張」の成し遂げたことの意味は、想念工学を志す者でもなければピンと来ないことだろう。
だが同じことを日想研時代に成し遂げている日下部は、それがどれほどの偉業であるかを正しく理解している。
「ああ、これなら『元帥も認めるほどの想念工学者』と言えるんじゃないかな」
それは半年前、日下部がモーリアックに出した宿題。彼……あるいは彼女にとっての「完全にして矛盾のない回答」に至るための鍵。
大本営の夕張の答えによっては、初めての「元艦娘」が誕生することだろう。
「準備をしておく必要があるな。『汝に超人を教えよう。ツァラトゥストラかく語りき』ってな」
自称・世界二位の想念工学者は呆れるほどの上機嫌さで、160年ほど前に書かれた哲学書の一節をすらすらとそらんじた。
人類統合軍の内部では盛大に9周年が祝われていても、銃後の民にとってそれはあまり関係ない。だから栗山にとって、2046年4月23日はいつもと変わらぬ月曜日のはずだった。
だがその日常は、突然の来客により破られることになった。
「ご無沙汰しております。このたびは突然の訪問、申し訳ございません」
今はまだ太陽も高く、BARの開店時間にはまだまだ早い。だから目の前に座っている人間は、別に酒を呑みにきた客というわけではなかった。
自分より2歳年下の26歳。いかにも企業人然としたスーツを身にまとい、知性を感じさせる眼鏡を掛けた女性。
身に付けているものや硬い口調は慣れずとも、その小柄な体格と特徴的な緑髪は忘れようにも忘れられない相手だった。
彼女の背後には黒いトレンチコートとサングラスの男が二人、まるでロボットのように控えている。その挙動は明らかに訓練を受けたものだった……おそらくボディーガードなのだろう。
「率直に申し上げて、驚きました。その、ずいぶんとお変わりになられましたね」
栗山は慎重に言葉を選びながら返す。
「それはお互い様かと。
「……」
なんとか表情こそ崩さずに済んだが、その言葉には思わず額から汗が流れ落ちる。
かつての自分は、この女性に対して殺されても文句の言えないような扱いをしていた。そしてその当時は、彼女がここまで立場のある存在になるなどとは夢にも思ってもいなかったのだ。
とはいえ、別に当時の復讐に来たというわけでもないだろう。もしそうなら自ら来訪などせずとも、今の彼女であれば栗山ひとりくらい
「そろそろご用向きをお聞かせいただけませんか? 今晩の営業の準備もありますので」
「ええ、そうですね。よく考えたらこれでも忙しい身でした。本日伺ったのは、こちらの計画に貴方をお誘いするためです」
女性はビジネス用の大判封筒を手渡してきた。
その様子に昨晩のことを思い出したのは、封筒というアイテムが重なっていたからか。それとも、
「拝見します」
栗山は覚悟を決めて封を切り、中身を取り出す。
幸いにしてそれは写真ではなく、それなりに分厚さのある書類の束だった。その表紙に当たる一枚に大きく書かれた言葉を、声に出して読み上げる。
「新興市街地計画……?」
「この戦時下における新たな日常を司るものです。艦娘のおかげで、人類は明日の存続を疑わずに済む程度に状況は好転しています。ならばそれに応じて、日々の在り方も変化するべきでしょう。我がヨシオカ・コーポレーションのみならず、
女性の語る言葉は、企業人としては実に真っ当な内容だった。
「この店は先代から引き継いだものです。当時からの常連客の方も数名いらっしゃいますので、即答は避けさせていただきたいのですが……真面目に検討させていただきます」
「ええ、ぜひ。もしご参加いただけるなら今月中にご返答下さい。期待してますね、
姓ではなく名に「様」を付けた、社会人として考えるならいささか常識外れの二人称。
それはあの頃、彼女の口から何度も吐き出させた呼び方で……栗山は一瞬、胃の腑がねじ切れるかのような錯覚を覚えた。
※艦これ9周年の話(と、その前日に当たる足柄進水日の話)です。本作の時間軸は、リアルタイムで言うと「去年」に当たりますのでご注意を。
本作においては種の絶滅を掛けた総力戦をやっておりますので、どう考えても戦争を9年も続けられるわけがありません(日下部着任前の艦これの歴史を圧縮して扱っている理由のひとつ)。なので周年記念は無視する予定だったのですが……本作はあくまでプレイ日記を下敷きにしている以上、記念ボイスや七駆の周年modeを完全に無視するのが辛くなりまして、結局こんな設定が生えて参りました。
まぁ力業の後付け設定なので、日下部はああ言ってますが特に覚える必要はないと思います()
そしてその裏で、メインストーリーに当たるものも動き始めました。
大本営の夕張、そしてラストで栗山と話していた女性……この辺りの話は春章のうちに出てくる予定です。
艦これ本編、夏イベが8/8から開始予定です。
当方はすぐに出撃するわけではないので、SSはもう数話このままのペースで投稿できると思います。お待ち下さい。