日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


汝に超人を教えよう 1

神はすでに死んでいる。

――フリードリヒ・ニーチェ

 

 

人類統合軍の本拠地、松代大本営。

この日またひとつ、人類という種が更新された。

 

「ん……」

日下部はゆっくりと目を開く。

視界に飛び込んでくる天井は、アイギス搭載手術の際に見慣れた大本営の医務室のもの。

エジプトはカイロの病院で行われた超人(ポストヒューマン)化手術も含めれば、モーリアックによって肉体を作り変えられるのはもうこれで3回目だった。

 

「おはようマコ。MM機関同化手術は無事完了したぞ」

「ありがとうございます……やらないんですか天丼?」

「やったってキミは塩対応するだろうが」

まぁ確かに。

納得したところで、横たわっていたベッドからぐっと身体を起こす。特にめまいやふらつきもなく、すぐにでも動き回れそうだった。

 

「意識も体調も問題なさそうだね。なら早速、試運転だ。何か出してみてくれ」

「では……」

右手を大きく身体の前に突き出し、手の平を上向けて大きく広げる。

形而上の自我(タマシイ)が生み出した想念を、脳という器質(カラダ)の一部を通じて物質世界に流し込む。

普段であればこの想念を経路(パス)を通じてMM機関に取り込み、よくわからない原理に基づいて物質や物理エネルギーに変換することになる。

だが今や自分自身の肉体こそがそのMM機関だ。想念を血液のように、肉体全体を循環させるようイメージする。途端に全身から熱を感じ、微かに刺すような痛みが走った。

想念はやがて、手の平の上に向かって凝集していく。自我の内側……形而上の世界においてそれはすでに存在しているものだ。その光景を再現するように、物質世界の在り方をほんの少しだけ書き換えていく。

そして手の平の上に、炎を模したような形状の赤い勲章が具現化した。

 

「お、上手く行った」

おそらくMM技術を知らない者が見たら、きっと今の光景は魔法にしか見えないだろう。

MM機関を使った時でさえ、艦娘たちにはそう評された。であれば、見かけ上は生身ひとつで行っている今の行動はなおさらそう映るに違いない。

 

「お見事。で、何を出したんだい?」

覗き込もうとするモーリアックに向けて、左手で勲章を持ち上げてみせる。きちんと触感も重量もあり、それは間違いなく「物質」としてそこに存在していた。

 

「っておい、プロメテウス章じゃないか。実験成功は嬉しいが、それを創られると想念工学協会理事としては困るんだが」

「わかってますよ。お渡しするので次期合格者にでも渡してやって下さい。私自身のプロメテウス章はちゃんと持ち歩いてますから」

日下部は胸元から、たった今物質化したものとそっくりな勲章を取り出してみせる。

プロメテウス章と呼ばれるこの勲章は、所有者が紛れもなく想念工学者として一流であることを示すものだ。

想念工学はわずかこの20年ほどの間に生まれた新しい学問ゆえに、既存の学術大系を重視していない。従来の学位制度に一応は組み込まれているが、それよりも重要視されるのは統括団体である想念工学協会が実施する国際試験だ。

試験は二級、一級、特級の分類があり、特級試験に合格した者に与えられるのがこのプロメテウス章である。

 

「シンギュラリティ到来直前の時点で、想念工学の本場である日本でも持ってる人間は200人に満たなかったからね。世界全土を合わせても600人ほどだ」

「これを持っていればヨシオカだろうがIMCだろうがシュテルンだろうが、世界中どこの大企業でも好きに就職できましたしね」

「企業だけでなく国立機関からも引く手数多だった。文字通り一流の想念工学者の証と言える」

などと言うモーリアックこそが、想念工学という学問が発達する過程においてこの仕組みを作り上げた張本人の一人だったりする。

日下部は四年制大学の卒業後、大学院に進むことなく長谷川悠也の推薦で日本の国立機関である日想研に就職したわけだが、その時点ですでに一級試験までは合格済だった。そしてモーリアックの部下として働いている間に、特級試験に合格し自身の実力を示している。

 

「ところで。改めまして、夕張の想念工学特級試験合格おめでとうございます」

「それは後で本人に言ってやってくれ。二人とも僕の教え子だから、マコはユウの兄弟子みたいなもんだ」

「ユウ、ですか。うん、そんな風に愛称で呼ぶってことは、元帥も夕張を一人の想念工学者として認めたってことですね?」

「あそこまで努力して成果を挙げた者を、認めないわけにはいかないだろう?」

「わかりました。では、半年越しの質問をさせてもらいます。元帥、あなたと夕張は『完全にして矛盾のない回答』に至るつもりはありますか?」

それはかつて日下部自身がTS(性転換)した騒動の時、モーリアックに言われたことの意趣返しとして告げたものだ。

トランスジェンダーの異性愛者であるモーリアックは、肉体は男性だが女性を愛せない。そして女性になりたいと願っている。

想念工学であれば完全なるTSが可能だが、モーリアックは自分が認めるほどの想念工学者で、かつ自分を愛してくれる人にしか自身の肉体を創らせたくない。

想念工学特級試験に合格した大本営の夕張は、モーリアックに対し特別な感情を抱いている。もちろん彼女は艦娘なので現在は女性だ。

この絡み合った糸を解きほぐす唯一の方法、それは夕張が「モーリアックの認めるほどの想念工学者」になること……まさに今、その時が来たのだ。

 

「そうだね。ユウが男性になってくれるのであれば、『彼』になら僕の女体を作ることを任せられる。でも……ユウは艦娘ではなくなった後も僕を愛してくれるだろうか? 僕を愛しているのは、単なる艦娘の本能だったりしないかな?」

「意外と心配性ですねぇ元帥は」

確かに艦娘は、提督と認めた相手に惚れやすい本能を持っている。だがそうだとしても、艦娘を指揮して采配を振るう姿に本能抜きで惚れられるケースは決して少なくないはずだ。

 

「夕張は間近であなたを見てきたんでしょう? なら平賀譲に負けない天才であるあなたへの感情は、ただの本能によるものではないですよ」

「で、でも……」

「元帥。いずれにせよまずは艦娘を辞めてもらわないと、その後の意志確認もできません。だからとりあえず、彼女に対する施術許可を」

モーリアックはまだどこか不安そうな様子ではあったが、それでもこちらの言ってることの正しさを認めたようだ。

 

「わかった、頼むよマコ。もちろんユウ自身が望むなら、だが」

「ええ、それは大前提です。お任せ下さい」

答えながら日下部は、まずもって夕張はこの申し出を断ることはしないだろうと確信していた。

 


 

その日は大事をとってそのまま休み、翌日。日下部は大本営の一角にある、小さな会議室のひとつに足を運ぶ。

モーリアックの話によれば、そこで夕張が待っているとのことだった。

 

「あ、いたいた」

「日下部提督、お疲れ様です」

朗らかに挨拶をしてくる夕張は、技術部員用の白い制服に身を包んでいた。

そういえば先日の9周年の際に、自艦隊の夕張が彼女について「即戦力で技術開発部に所属替え」だと言っていたことを思い出す。

 

「さて夕張……『我ら叡と智の徒は いかなる苦痛を与えられようとも 技術の発展に生涯を捧げ』」

日下部は突然、まるで詩でも朗読するかのように言葉を吟じ始めた。

だが切った箇所は妙に不自然だった……当たり前だ、続きがあるのだから。

 

「……! 『叡智の普及に惜しみなく奉仕することを ここに誓う』です!」

日下部の意図を汲んだ夕張は、淀みなく言葉を続ける。

 

「よし、『プロメテウスの誓い』の暗証も完璧だな」

それは想念工学特級試験の合格者が、プロメテウス章の授与式において必ず宣誓させられる誓い。

ギリシャ神話において人類に「火」を与えたとされる神の名にちなんだそれは、医学者の「ヒポクラテスの誓い」や看護師の「ナイチンゲール誓詞(プレッジ)」と同じく、想念工学者が守るべき職業倫理や規範を短い言葉にまとめた物だ。

 

「夕張、想念工学特級試験合格おめでとう。うちの夕張も同じ夕張として誇らしいとさ」

「ありがとうございます! えへへ、元帥にもたくさん褒めていただきました。あ、日下部提督のことこれから兄弟子様と呼んでいいですか?」

「ん、元帥にもそんな風に言われたから構わないが。さすがにちょっと恥ずかしいな」

そんなことを言いつつ、実はどこかくすぐったくて少し嬉しかったりもするのだが。

 

「夕張、今日来てもらったのはその元帥絡みの話だ。もう気付いていると思うが、あの人は女性を愛することができない」

「はい。気付いて、ます」

日下部でさえはっきり感じ取れるほどに、夕張の表情が陰る。

 

「率直に聞く。夕張は、艦娘ではないモノになるつもりはあるか?」

「どういうこと、ですか……?」

「お前が望むなら、お前に男性の肉体を用意してやることができる。ちなみに知ってると思うが、艦娘としての能力は『娘』でなくなると失われるから、そうした場合艦娘としての活動は以降できなくなる」

攻撃時における想念力の増幅(バフ)と轟沈ストッパー。いずれも艦娘だけが深海棲艦に対抗できる理由だ。

それらがただ失われ、一方でロスト・アドミラルや三重命令(トライオーダー)といった負の特性だけが残ることになる。

 

「であればついでに別の実験の対象になってもらいたい。その結果お前は単なる『男性の肉体をした艦娘』ではなく、少なくとも想念工学的には艦娘とは呼べない存在になる。そしてその上でなお元帥に愛情が残っていたら、今度はお前が元帥に女性の肉体を作ってやって欲しい。……どうする?」

そこで言葉を切り、夕張の琥珀色の瞳を真っ直ぐ見据える。

大切なのは夕張自身の意志だ。強制することはできないし、するような内容ではない。

夕張は長い長い、本当に長い時間を悩み抜き……、

 

「やります」

そして最終的に、日下部の視線を正面から受け止めた。

 

「本当にいいんだな? 艦娘という種族に未練はないか?」

「世界で最初に超人(ポストヒューマン)になった兄弟子様が、それを聞いちゃいます?」

綺麗に混ぜっ返されて、思わず鼻白む。なるほどそれを持ち出されては返す言葉はない。

 

「元々技術部に移籍した時点で、艤装を担いでの戦闘はこの先もうしないと思ってましたから。改二丁まで改装してもらって申し訳ないですけどね。生まれてきた意味なんてもう半分投げ捨ててるようなものですから、だったら違う形で好きな人のために役立ちたいです」

「わかった、お前の意志を尊重しよう」

施術とその後の経過観察には数日かかる。夕張にも準備が必要だろう。

その間にこちらも工廠の手配、そして鎮守府に帰還が遅くなることを連絡しなくてはなるまい。

 


 

日下部は申請を出して、大本営にいくつもある工廠のひとつを借り受けた。

ちなみに条件としてデータの共有を求められたが、これは無理もないだろう。何しろ史上初の施術なのだから。

 

「それで艦娘ではなくなるって、具体的には何をするんですか?」

薄い手術着だけをまとった夕張が、用意された寝台に横たわりながら尋ねてくる。

 

「神に死んでもらう。正確には『神の権威に』だが。これは地球意志とのリンクのことだ。お前はリンクを断たれ、独立した一個の生命となる」

「ああ……なるほど。了解しました」

打てば響く会話は実に楽しい。悦ばしき知識といったところか。

 

「よろしい、ではそろそろ行くぞ。体内MM機関起動、工廠内MM機関と同調……完了。フルドライブ!」

日下部の声に応えるように、ふたつのMM機関が最大出力で稼働する。

 

「汝に超人を教えよう。人間とは超克されるべき者である。超人は大地の意義である。神はすでに死んでいる!」

言葉を吟ずるたび、生産された想念力がMM機関に向かって注ぎ込まれていく。

それは1880年代のドイツにて、一人の哲学者が行った神の権威への死亡宣告。

 

「対神威超克概念『ツァラトゥストラかく語りき』、発動!」

叫び声が轟くと同時、MM機関から眩い光が溢れて工廠内を埋め尽くした。光が夕張の肉体へと収束していくと、彼女は小さなうめき声と共に意識を失う。

MM機関によって具象化した概念は、ひとつの生命の在り方を変貌させる。

やがて静寂を取り戻した工廠内で、日下部は意識を喪失した少女に目を向けた。

 

「かつて艦娘だったものよ。これからは自らの意志で生を歩んで欲しい」

神の教えに盲目的に従うのではなく、自らの意志で自らの人生を歩める者。不条理で無意味な自らの人生を、それでもなお「然り」と笑える者。

それができる者を「超人(ちょうじん)」と呼ぶ。

想念工学で創り出した新しき人類であるポストヒューマンに「超人」の字を当てたのは、まさしく今この時のためだった。

 

「そして願わくば、貴方がこれからも変わらず人類という愚かな種の味方であらんことを」

いざ獅子は来た。

超人たる夕張の人生は、今日この日この瞬間から始まるのだ。




※モーリアックと大本営の夕張の恋にまつわる話です。「(フネ)より生まれ、神と成ったモノ 1」にて日下部がモーリアックに出した「宿題」の答え合わせと言える内容になります。
ちなみに冒頭で日下部がMM機関と同化して、見かけ上は生身で「想念の物質化」を行えるようになりました。本文中にも書きましたが、ここまで来ると本当に魔法にしか見えないかと思います。

冒頭の名言について。
「神は死んだ」という言い方が有名かと思いますが、こちらの場合はフリードリヒ・ニーチェの著作「悦ばしき知識」に出てきた一節になります。意味としては本文に書いた通り、神の(つまりキリスト教の)権威を否定するものです。
そしてこの「悦ばしき知識」を受けて3年後に書かれたのが、「ツァラトゥストラかく語りき」です。この時点までのニーチェ哲学の集大成とも言えるもので、「超人」や「永劫回帰」などパワーワードが満載です。
まぁ本人は自分の言った通りの生き方を全然できていないのが、ニーチェという哲学者の一番の愛すべきポイントだったりするのですが。

艦これ本編、2023年の夏イベ始まりました。前段は日本近海ですが、前段だけで4海域あるのはもう本当に草が生えます。
当艦隊はイベントが始まってすぐに出るわけではないので、しばらくはSS更新を優先します。
次の話は今話の直接の続きなので、できるだけ早めにお出しする予定です。お待ち下さい。
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