日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


汝に超人を教えよう 2

男性は相手を自分の存在に取り込もうとするが、自分の全存在をもって相手にのめりこもうとはしない。

――シモーヌ・ド・ボーヴォワール

 

 

「ん……」

小さなうめき声が聞こえてきて、日下部は座っていた椅子の上でそちらに目を向ける。

 

「お、気が付いたか」

声をかけると、ベッドに横たわっていた夕張がゆっくり目を開いていく。ほんの一日前は自分こそがその立場だったと考えると、なんだか皮肉めいたものを感じなくもない。

ここは大本営に存在する医務室のひとつ。夕張に対して「ツァラトゥストラかく語りき」を発動させた工廠の近くにある。

ちなみに無数のベッドが並んでいるような部屋ではなく、大きな部屋を壁で区切っていくつかの個室に変えた構造をしている。だから室内にいるのは日下部と夕張の二人だけだった。

 

「兄弟子様……おはようございます」

「おはよう夕張。気分はどうだ?」

「え、と。頭はすっきりしてるんですが、その……なんだか変な感じです。下半身が」

もぞ、と恥ずかしそうに身をよじる姿に、思わず苦笑が浮かぶ。

 

「まぁ、股間に今までなかったモノがついてるわけだしなぁ」

「というかこれ大きすぎませんか? 着脱式男性器と比べてもずいぶんサイズが違うような」

「ああ、多分日本人の標準よりはかなりでかい。私自身のモノを参考にしたからな。まぁ股間ばっかり気にしてないで……姿見を用意したが、見るか?」

「あ、はい。ぜひ!」

夕張の言葉に頷いて、部屋の片隅に置いてあったキャスター付きの姿見をベッドの前まで運ぶ。

 

「自分で起き上がれるか?」

「はい、大丈夫です」

ベッドから立ち上がった夕張は、枕元に置いてあった私物の眼鏡をかけて、食い入るように姿見に目を向ける。

 

【挿絵表示】

 

「どうだ?」

「あの、前とあまり変わらなくないですか? そこまで筋肉質ではないですし」

「元々艦娘は女性でも適度に筋肉がついてて、理想的な肉体をしてるだろう? そこを下手に崩す必要はないさ」

「なるほどねー。やー、しかしこれが私。んー」

「ははは、気持ちは分かる」

日下部自身も去年の秋に女子力強化ジュースの影響でTS(性転換)した時は、変貌した自分自身に思わず見入ったものだ。夕張の場合は日下部とは性別変化が逆方向だが、今までと違う性別になったら誰でもこういう反応をすることだろう。

結局夕張が我に返ったのは、たっぷり10分以上は経ってからのことだった。

 

「すみません兄弟子様。すっかり夢中になってしまいました」

「落ち着いたか? なら座ってくれ。質問したいことがある」

「あ、はい」

夕張は先程まで寝ていたベッドに腰掛ける。

日下部もまた、夕張が目覚めるまで座っていた椅子をベッドの近くまで運び、腰を下ろした。

 

「聞きたいことは『艦娘でなくなったお前は、今後も人類のために力を貸してくれるか?』『艦娘の本能から解き放たれたお前は、まだ元帥に女性の身体を用意してあげるつもりがあるか?』……このふたつだ」

「一つ目の質問に対する答えは決まってます。もちろん今後も人類統合軍で働きます」

即答だった。文字通り、一瞬たりとも悩んだ素振りはなかった。

 

「ふむ。一応『なぜ?』と聞いていいか?」

「艦娘じゃなくなったと言ったって、深海棲艦になったわけじゃないですし。人類側にいる以上は自分にできることをやります。それに私、『プロメテウスの誓い』を宣誓しましたから。技術の発展に生涯を捧げ、叡智の普及に惜しみなく奉仕するのは当然のことじゃないですか」

「真面目だなぁ。私なんか超適当に宣誓したんだが。ぶっちゃけ私と私の知り合い以外の人類どうでもいいし」

「わぁ……兄弟子様の聞きたくない本音を聞いちゃいました」

そんなことを言われても、こういう性分なのだから仕方ない。

 

「それはそれとして、二つ目の質問については?」

「答える前に確認させて下さい。私は艦娘ではなくなったってことですが、今は超人(ポストヒューマン)ですか?」

「そうなる。軽巡・夕張をモデルにした超人(ポストヒューマン)だ。ちなみに艦娘じゃなくなったことで概念核は機能停止しかけてたから除去して、脳も心臓も新しく作った」

「心臓はまだしも、脳もですか? 通常の超人(ポストヒューマン)化手術では脳までは弄りませんよね?」

怪訝そうな声で夕張は尋ねてくるが、これは無理もない。想念工学では人体部位の創造が可能だが、脳だけはその例外だったからだ。

脳という器質(カラダ)形而上の自我(タマシイ)に直接繋がっている。同じ機能を持った部位を作ること自体は技術的には可能なのだが、それを形而上の自我に繋ぐ技術が確立していない。

だからこそサラ・ローレンスの両親は、脳死状態の娘を救うために艦娘化実験などというものに手を出さなければならなかったのだ。

 

「ああ、うちのサラトガの時に貴重なデータが得られた。元々あった脳は器質としての機能を停止していたが、形而上の自我との接続自体は残ってたんだ。そして後から移植した概念核も形而上の自我と接続していた。まぁ自意識を持って動けてたんだから当たり前だが。つまり生物にとって形而上の自我と器質の接続点は、ひとつでなくとも構わないんだ」

「ってことは私の概念核が完全に機能停止する前に、先に脳を作って……」

「そうだ。それで形而上の自我と脳が勝手に接続してくれた。そうしたら概念核の方の接続は断っても構わないわけだから、心臓を作って入れ替えればいい」

艦娘を超人(ポストヒューマン)にする場合だけ可能な裏技だろうが、ある種の技術的ブレイクスルーだったことは間違いない。

 

「すごいじゃないですか兄弟子様!」

「ははは。もっと褒めていいぞ夕張」

「あ、ユウって呼んで下さい! 元帥以外には呼ばせないつもりでしたけど、兄弟子様にだったら呼ばれてもいいです!」

「お、おう」

きらきらした尊敬の眼差しで見られるのは悪くないのだが、できればそういう懐き方は男性になる前にして欲しかった。

 

「で、ユウ。そろそろ二つ目の質問の答えを聞かせて欲しい」

「はい。ですがすみません、保留します。私が艦娘の夕張として生まれ持った肉体は全部なくなりましたけど、形而上の自我は私自身の物だと確認できました。私が私なのであれば、先に元帥に聞きたいことがあるんです」

「ふむ……」

思わず顎に手を当てる。

まぁどのみち療養に丸一日以上は必要なのだ。こういうデリケートな問題を急がせる必要も焦らせる必要もあるまい。

 

「わかった。ならそっちから質問がないなら少し休むといい。今はもう夜中だしな」

「はい、そうします」

「先に言っとくが、一人になった途端に竿しごいたりすんなよ? 興味はあるかもしれんが」

「し、ししししししませんって!?」

あからさまに動揺した素振りで、顔を真っ赤にしながら夕張はその言葉を否定した。

……止めなかったらするつもりだったんかい。

 


 

純医学的処置による手術と異なり、超人(ポストヒューマン)化手術における療養は形而上の自我と器質を馴染ませるためという意味合いが強い。

だから患者は施術の翌日からすぐ日常生活を送ることができるし、そうすることが推奨される。さすがに激しい運動や労働は禁止だが、たとえば食事などは普通に取ることが可能だ。

とは言うものの、

 

「兄弟子様。私、いつも朝食は重油と鋼鉄なんですけど。もう食べられませんよね……」

朝一番に医務室を訪ねたら夕張がベッドの上でそんな風にしょぼくれているというのは、さすがに想像していなかった。

 

「残念だがその通りだな。人間や超人(ポストヒューマン)にはそういったものを消化する能力はない。あれは艦娘が艦の概念を有しているからできることだ。まぁ実際に口にする前に気付けて良かったよ」

「ええ。でも、代わりに何を食べたらいいかわからなくなっちゃいまして……お昼は天ぷら蕎麦にするつもりだったんですけど」

「うーん。食べたことないからわからないんだけど、朝から重油と鋼鉄って重くない?」

「軽くはないですが、その分しっかり力が湧いてきて一日頑張ろうって気になれるんです」

艦娘という種族は総じて健啖な傾向がある。大型艦は言うまでもないが、夕張くらいの軽巡であってもこの辺はさすがというべきだろうか。

 

「よし、ならフル・ブレックファストだ。イギリス系の食堂に行けば出してもらえるだろ」

重めの朝食を取るのは、別に艦娘の専売特許ではない。

イギリスの伝統的朝食であるフル・ブレックファストは(ポリッジ)魚のカレー風炒飯(ケジャリー)、ベイクドビーンズ、マッシュルーム、卵料理、ソーセージにベーコンにブラックプディングなどの肉料理、それに加えてパンだのスコーンだのといったボリューミーな分量で知られている。

近代以降は省略して一部のメニューだけを出すことも多いのだが、その「一部」であっても日本人の感覚からすると大変に重い。

 

「せっかくだから奢ってやるよ。ほらユウ、着替えろ。行くぞ」

そう言って促すのだが、夕張はどこか戸惑ったような表情で、

 

「あ、あの。兄弟子様。もうひとつ問題がありまして。あ、あの。起きた時からアレが、その……勃ちっぱなしで」

「ああ、はいはい。それは男の生理現象です。早く慣れろ」

「なんか下着の中で盛り上がると窮屈じゃないですか?」

「ブラジャーの方がよっぽど窮屈そうなんだけどなぁ、28年男をやってる身の感想としては」

とりあえず収まるまでしばらく待ってやってから、身支度を整えさせる。

それにしても男と二人で出かけるなどいつ以来だろう……もしかしたら、日想研時代にモーリアックに色々な店に連れていってもらった時以来かもしれない。

 


 

町のイギリス系食堂で朝からフル・ブレックファストを平らげた日下部と夕張は、再び大本営の建物まで戻ってきた。

モーリアックに夕張のことを報告しに来たのだが、

 

「マコとユウ、二人でデートしてきたんだ。ふーん」

嫉妬混じりの声でそんなことを言われて、思わず半眼になる。

 

「デートと言わんで下さい、もうユウは男なんですし。日想研時代の元帥が、私に食の楽しみを教えてくれたのと同じことをしただけですよ」

「これはまたずいぶん懐かしい話を持ち出してきたな。そう言われてしまうと仕方ないか」

モーリアックは少しだけ遠い目をしてそんなことを言うと、続けて夕張の方へと向き直った。

 

「改めてユウ。僕のために大きな決断をしてくれて本当にありがとう。心から感謝するよ」

「ありがとうございます。ところで元帥、お聞きしたいことがひとつあるのですが」

夕張の声音と表情は至って真剣で、恋と呼ぶにはあまりに硬く冷たかった。まさか本当に、モーリアックへの感情は艦娘の本能だけだったとでも言うのか?

思わず不安になる日下部を他所に、夕張は淡々と言葉を続ける。

 

「去年の春イベが終わった頃、兄弟子様と一緒にいらっしゃる時。元帥は私を使って何か実験をしましたよね? あの時の私、明らかにおかしかったですし。あれは何ですか?」

それはモーリアックが三重命令(トライオーダー)を説明する際に、夕張を使って行った簡単な実証実験だった。

艦娘でなくなった夕張は、その時のことを客観的に認識できるようになったらしい。率直に言ってその可能性は見落としていた……痛恨のミスかもしれない。

 

「わかった、三重命令(トライオーダー)について教える。艦娘でなくなったのであれば、口頭で説明しても理解できるだろう。ちなみに要艦娘秘かつ特級機密指定なので、みだりに他言しないようにね」

モーリアックは艦娘という種族の負の特性のひとつについて説明する。

それを聞く夕張の表情は、少なくとも表面上は穏やかなものだった。

 

「……以上だ。何か質問はあるかい?」

「躊躇なくあんな命令を出したということは、あの時の元帥は私のことを何とも思ってなかったってことでいいですか?」

その質問を受けて、モーリアックの表情があからさまに歪む。

 

「認める。そうだよ、あの頃の僕はキミに対して、特別な想いは何も抱いていなかった」

「今は、そうではないと?」

「……」

「元帥は『自分を愛してくれる優秀な想念工学者』なら、誰でもいいんですか? 私じゃなくて別の夕張、いえ明石でも人間でも。誰かそういう人がいればその人でいいんですか?」

どこまでも静かな声音なのに、言葉の鋭さはまるで剣のようだった。

 

「考えてみたことはなかったけど。そうなのかも、しれない。だってこんな僕を本気で愛してくれる人なんて、滅多にいないからね……」

モーリアックの声音は絞り出すかのようで、トランスジェンダーとして、男の娘(トラップ)として、数十年を生きてきた身の紛れもない本音を感じさせた。

だが。それを聞いた夕張は、

 

「あーっ、もう! あったまきたっ!!!」

一瞬前までの硬さや冷たさはどこに行ったのかと思うほどに、顔を真っ赤にして燃え上がっていた。

 

「元帥は女の子になるのよね! 元・女の子として言わせてもらうけど。女の子は、自分が世界の中心にいると思ってるくらいでちょうどいいの!」

「ユ、ユウ……?」

「想念工学者としての元帥は、本当にきらきら輝いてて素敵なんだから! プライベートでも同じくらい輝いて!  私は、そんな元帥を好きになったの! そりゃ技術者として平賀さんに似てるからって理由はあるけど、それは単に『好みのタイプ』ってだけで、艦娘だからとかじゃないから! だからもっと自信を持って!」

――きっと夕張は、本当はもっとずっと女性でいたかったのだ。

だけどその胸に抱く想いは、そんな願いを投げ打つに値するものだったということだろう。すでに男性の肉体になったにも関わらず、今の夕張は誰よりも女性として輝いていた。

それは夕張にとって最後の輝きかもしれないけれど、だからこそ眩しくて魅せられそうになる。

 

「……ああ。ユウ、キミは最高だ」

きっとモーリアックも同じように感じたのだろう。

だからこそこんなにも、熱に当てられたような表情を浮かべているのだ。

 

「この歳まで生きてきて、まさか本気の恋をするとは思わなかった。好きだよ、ユウ。キミの手で、僕を女の子にしてくれないか?」

「わかりました。私が元帥のために捨てた理想を詰め込んで、とびきりの肉体を作ってあげます!」

生まれたての恋人たちは傍らに日下部がいることなどお構いなしに、ぎゅっと強く抱きしめ合う。

構わない、これは二人の物語だ。自分は脇役でいい。

 


 

翌日まで夕張は療養し、その日の午後にモーリアックの肉体を女性に作り変える作業を行った。

そしてさらに翌日、「彼女」に呼び出されて日下部は執務室へと出向く。

あいにく夕張は別の用事で不在にしているようだったが、出迎えた部屋の主は、

 

「見てくれマコ! この胸、PADじゃないんだよ、本物だ! おまけに下のアレがちゃんとなくなっててね……!」

まるで子供のようにはしゃいでいて、まるで見た目通りの年齢に若返ったかのようだった。

 

【挿絵表示】

 

「長年の願いが叶ったこと、おめでとうございます」

「ありがとう。僕はこの日のために想念工学の発達に身を捧げたんだ。教え子や後続の想念工学者たちには、『プロメテウスの誓い』なんて宣誓させておいて申し訳ないけどね」

想念工学による人体創造の世界的権威は、恥じることなく自分の原点を口にした。

日下部としては遠い昔にも聞いていた話ではあるが、堂々とそう言えるようになったことは改めて素晴らしいと思う。

 

「ところでさすがに昨晩はシてないでしょうから、ユウとの初夜は今晩ですかね。竿は私のモノを参考に作ってますので、ご満足いただけると思いますよ」

「あれ、すごくたくましくて惚れ惚れするよね……」

超人(ポストヒューマン)化手術の時に見たというのはわかってますけど、ユウに聞かれたら誤解を招きそうな発言は慎んでいただけませんかね!?」

うっとりとした表情を浮かべたモーリアックに対し、日下部は舌鋒鋭くツッコミを入れた。




※モーリアックと夕張の恋の話の続きです。
もう登場人物がTSをしまくって性別が複雑骨折してますが、一応最終的には異性カプに落ち着いてます。最初と性別が入れ替わってるだけで。

フル・ブレックファストについて。
「イギリス料理=メシマズ」というのは当人たちですら自虐ネタにするほど定番の概念なのですが、同時に必ずと言っていいほど「その例外」として挙げられるのがこのフル・ブレックファストです。ブレックファストと言いつつ、朝から晩までフル・ブレックファストを出す食堂とかもあるようです。
地域ごとにメニューの内容が変わるようで、量で言えばスコットランドの物が一番多いのだとか。もちろん食べながら紅茶もガブ飲みします。艦娘も大満足ですね。
ちなみに夕張の好きな食べ物と言えば天ぷらそばですが、これは彼女の「推し」である造船技師・平賀譲の好物だそうです。推しの好物を自分も好物になるのはファンの鑑と思いますが、「量」を食べるにはあまり向かないメニューなので、フル・ブレックファストを持ってきました。

艦これ本編、まだイベント海域に出ていないです。ただ間もなく前段の編成が組み上がりますので、そろそろ出撃したいと思います。
そんなわけでSSは少し間が空くかもしれませんが、気長にお付き合い下さい。
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