日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
恋は決闘です。もし右を見たり左を見たりしていたら敗北です。
澄んだ空の下、薫風が吹き渡る季節。
先月末の日下部の長期不在も終わり、次のイベントへ向けてしばし穏やかな時間が流れている。
そんなある日の昼下がり。金剛が中庭の一角で主催したティーパーティーに、日下部の嫁艦や嫁艦候補たちが数名集まっていた。
日下部本人は特に呼ばれていないので、女子会としての側面が強い催しということになる。
「さっきスキャンプが『出撃させろ』って、まことに詰め寄ってたでち」
執務室に立ち寄った時のことを思い出しながら、ゴーヤがそんな風に呟いた。
「そうは言っても、全然育ってないからネー」
少し困ったような表情を浮かべながら、金剛がその言葉に答える。
去年の秋イベで深海堕ちから救助されたスキャンプだが、残念ながら半年ほど経った今でも育成はほとんど進んでいなかった。
「本人もそれはわかってるはずなんだけどね。それでも必死になるのはやっぱり……」
「スキャンプも深海堕ち救出勢ですからネー。マコトのことを好きになってもおかしくないデース」
現時点で日下部と恋愛関係にある身としては、やっぱり気になるのはそこだ。
ゴーヤも金剛も他の者も、もう今のハーレム状態は甘んじて受け入れている。だがその上で、できればこれ以上メンバーは増えて欲しくないというのが正直なところだ。
折しも日下部は赤城との約束を見事に果たし、現在は誰と肉体関係に及ぼうと咎められる筋合いのない状態にある。つまり現恋人たちにとっては、警戒心を強めねばならない状況ということだ。
「唯一の潜水艦嫁としては気になりマスカー?」
「ん……普通にハーレムの一人としては気にしてるけど、潜水艦だからっていうわけじゃなくて。そもそも、恋に艦種ってそんなに関係あるでちか?」
「
「出撃して戦うなら艦種は重要だと思うよ。けど、まことは別に軍艦フェチじゃないよね。ゴーヤたちは『艦』じゃなくて『娘』としてまことと恋愛してるでち。だったら重要なのは、艦種よりも個性じゃない?」
「なるほど、それは一理あるな」
ゴーヤの言葉に興味を抱いて、横から口を挟んできたのは日向だった。
去年の夏に色んな人の助けでようやく恋人の一人になれた彼女としては、切実な問題ということなのだろう。
「もちろん艦娘の外見や体格の傾向は艦種ごとに大体決まっているから、まったく無関係とは言えないだろうが、それよりも個性の方が重要というのは頷ける」
「スキャンプ、口はめちゃくちゃ悪いよね。まことにさえ凄んでる時あるし。でもあれ多分、気心が知れたら一気に距離を詰めてくるタイプでち。だから本当に気を付けるべきはゴーヤよりも……」
「なによ、こっち見んな!」
ゴーヤの向けた視線の先。そこに座っていた曙は、思わず激高して叫ぶ。
その反応自体は無理もない。自分と無関係の話だと思っていたら、いきなり当事者だと名指しされたわけなのだから。
だがゴーヤとしても、別に間違ったことを言っているつもりはないのだ。
「いいけどね。漣の苦労を無にしちゃダメでちよ?」
「わかってるわよ。っとに、霞や満潮だけでも手一杯だっていうのに……あーもう!」
どうやら周囲には伺い知れないところで、ツンデレにはツンデレの戦いがあるらしい。
同じくツンデレと言われる他の駆逐艦の名前を挙げてわめき声を発した曙の頭を、隣に座っていた金剛がそっと優しく撫でた。
近頃は何やら、艦隊内の空気が妙な感じだ。
本格的にぎすぎすしているというわけでもないのだが、どうにも互いに何かを牽制しあっているような感じがある。
こんな空気になんとなく覚えがあると思い返せば、着任して間もなかった去年の春頃がそういえばこんな感じだった。あの頃はとんとん拍子に色んなことが起きて、嫁艦候補が増えて……そして無軌道っぷりを赤城に諌められ、きっちり恋愛関係についてのローカルルールを制定するに至ったのだ。
そのローカルルールも筋を通し終わり、そろそろ「次」を考えてもいい頃合いなのかもしれない。とはいえ別にすでに恋人になっている艦娘だけでも十分すぎる数なので、無節操に増やそうというつもりもないのだが……。
「提督? あのー、お聞きいただいてますか?」
不意にかけられた声で、日下部は我に返る。
そうだった、今は執務室で大規模改装を終えた艦娘の報告を受けているところだった。
「すまんすまん宗谷。改めて改装おめでとう」
慌ててねぎらいの言葉を返す。
彼女も先の冬イベ着任組ではあるのだが、戦闘艦ではないため育成としては後回しになっていた。
「ありがとうございます。回転翼機、ヘリ、いけます! そのための改装も万全です!」
「いくら実艦がヘリ運用可能つっても、
「そうですよ、最初は海軍特務艦として生まれました。あのー、やっぱり提督としては、この南極観測船の形態が一番馴染みがありますか?」
昭和という時代を駆け抜けた奇跡の船・宗谷は、その長い艦歴に合わせて3つの形態を改装し使い分けられる艦娘だ。
日下部鎮守府の宗谷は自身の言葉通り、南極観測船の形態になっていた。
「まぁなぁ。何しろ現物が今も
「
宗谷がその役割を終えた後に安置・保存されたのは、東京のお台場に存在した「船の科学館」という海事博物館だ。
1978年の退役から実に60年に渡って、彼女は同施設の中心的存在であり続けたのだが、
「2038年の進水100周年・退役60周年の時に、色々あってお台場から横浜に移設されることになったんだよな」
経年劣化が進んで船の科学館では保守管理が限界に近付いていたため、想念工学に強い横浜の企業が大々的に介入して管理権を譲渡されたという話だ。
経緯はどうあれ、2038年以降の宗谷は東京ではなく横浜の海に浮かんでいたことだけは間違いない。
――そして、それが決定的に彼女の運命を変えた。
「その時はまさか7年後の2045年、シンギュラリティで東京が壊滅するとは誰も思わなかっただろうな。あのままお台場にいたら、お前は多くの艦娘と同じく『沈んだ艦』の仲間入りしてただろうな……豪運すぎるだろ。『奇跡の船』は伊達じゃないな」
擬人化された概念の元になった艦が2046年現在も海上に存在するのは、宗谷とアイオワだけということになる。
「いえいえ。と言いたいところなのですが、自分でも正直この辺りの顛末は大声で否定しづらいと思っています」
「だな。特にイントレピッドの前では『奇跡の船です』って顔しててやってくれ」
「ああ、あの方の実艦はシンギュラリティ到来で沈んだのでしたね。そういえばイントレピッドさんといえばこの間……」
「ん? 何かあったのか?」
不意に遠い目になった宗谷が気になって、日下部は思わず尋ね返す。
「いえ、大したことでは。提督に対して気があるか尋ねられただけです。『私にはきっと生まれてきた意味がありますけど、それは提督と恋をすることではないと思ってます』と返したら、妙に上機嫌になって間宮アイスを奢ってくれましたけど」
「お、おう!? そこは嘘でももうちょっと恥じらってくれよ」
「すみません、こういう性分でして」
しれっと言う宗谷の態度はどこまでも自然体だった。どうやら本当に脈なしらしい。
まぁ、こういう恋そのものにあまり興味のない艦娘もいるにはいる。日下部鎮守府では正直珍しい部類だが、きっと彼女は独り浮いても特に気にしないタイプだ。
「しかし生まれてきた意味なぁ。そんなものは誰にもない、というのが私の意見だが」
「提督のお考えを否定するわけではないです。私が勝手にそう思っているだけですから。そうですね、差し当たっては……もし南極に行くことがあればお任せください」
「さて、あるかなぁ」
それが彼女の意志するところならあえて否定する必要はないとは思うのだが、とても観光気分では行けない場所を挙げられては、さすがに苦笑するしかなかった。
2046年5月13日は、今年の5月の第2日曜日に当たる。
日下部は神鷹のお招きで、同じく呼ばれたという青葉と共に彼女の部屋へとやって来た。
二人を出迎えた神鷹は、自室にいる以上当然ながら出撃用の制服ではなく私服姿なのだが、
「神鷹お前、その服……!」
「それ! この間青葉が差し上げた写真の!」
その姿を見た瞬間、二人は異口同音に驚きの声を上げる。
「どうですか提督、似合いますか? 青葉さんも写真……ありがとうございました」
そんな風にはにかみながらも微笑を浮かべる神鷹の服に、日下部はとてもとても見覚えがあった。
もっとも正確には彼女自身に、ではない。
「提督の
その服は先の冬イベ終了直後の提督飲み会の時、母であるシルヴァが着ていた服の色違いだったのだ。
「青葉、ママンの私服姿の写真なんていつ撮ったんだよ!?」
「守秘義務があるので詳細はお答えしかねますが、ちゃんとお母様の許可はいただいてますよ」
「わかった。でもなんで、神鷹はその服を着る気になったんだ?」
「今日は母の日ですから」
「あっ!? そういえばそうだったな」
6歳から父子家庭で育った日下部は、そんな記念日のことは言われるまで忘れていた。
「提督のMutter、地球の裏側ですよね。だから代わりに……提督に喜んでもらえるかと、思って」
「お、おう。また変な方向に思い切りの良さを見せたな。前はあんなに、自分がママンに似てるか気にしてたのに」
以前そんな風に悩んでいた彼女からは、目の前の行動は最も遠いことのはずなのだが、
「似てない、ですよね。私、あんなにはっきり好きな物を好きって言えない……です。でも、言えるようには、なりたいです。だから提督のMutterにあやかれるように、って。せめて格好だけ……」
どうやら神鷹の中では、そこは矛盾なく繋がっていることらしい。
それなら構わない。冬イベの最中にシルヴァに頼まれて、彼女たちと話す席を設けた甲斐があったというものだ。
ただしそれならば、言っておくべきことがひとつある。
「なぁ神鷹。あのママンに憧れるなとは言わない。個人的にはあまり見習って欲しい人ではないが、それでもあれを目指すと言うなら止めはしない。だけどな、『母親とは恋愛はできない』からな。それを忘れるなよ。どれだけ変わっても、お前はお前のままでいてくれ」
「……はい! わかって、ます。私は、私です。神鷹になっても、シャルンホルストの魂を忘れてないのと同じです!」
「うん、そっか。ならいい。もう少しお前が勇気を出してくれるのを待ってるよ」
傍目にはもう気持ちなんて通じ合ってるとしか見えないだろうが、それでも通すべき筋、守るべき形式というものはある。
「Danke、ありがとう……ございます。でもやっぱり、提督からは言ってくれないんですね?」
「私は好きな物を好きと言える子が好きだからな。せっかく一人の女の子が私好みになってくれようとしてるのに、その芽を潰すのは無粋ってものだろ」
「相変わらずズルい、です……でも、いいです。頑張り、ます」
神鷹を抱きしめるでもなく、押し倒すでもなく。
日下部はただ黙ってその蒼い瞳を、いつまでも真っ直ぐに眺めていた。
そんな光景を傍らで微笑ましそうに見ていた青葉だったが、実はその心中は微笑ましさとは対極にあった。
(あ、あれ? 「弱気な子が勇気を振り絞って変わろうとしてる」とか……これガッサなんか目じゃないほどに、青葉にとって強敵なんじゃ)
ほんの数ヶ月前まで、きっと自分もあんな感じだった。
ケッコンという機会を得て、衣笠の献身によって本当の意味で恋を成就させたわけだが、一方の神鷹は自分の力だけで勇気を出そうとしているのだ。
「おーい、どうしたソロモンの狼。青い顔して」
「な、なんでもないです……!」
日下部に気付かれるくらいなのだから、きっと自分で思っている以上に自分は表情を変えているのだろう。
(次の青葉の番には、いっぱい真琴さんにサービスしないとですね)
小耳に挟んだところによると、「恋は艦種じゃない」と先日ゴーヤは言ったらしい。ならば恋という戦いにおいて、侮って良い艦娘などきっと一人もいないのだ。
傷付くことを恐れないと決めた不沈艦たる重巡は今、目の前の小さな商船改造空母を明確に「恋敵」として認めていた。
※本作では割と珍しい、恋の鞘当ての話です。
日下部は恋愛感情を抱いた艦娘には堂々とそう言い、そうでない艦娘と明確に区別する性質なので、恋人(および嫁)が早々にはっきりしてあまり起きない展開だったりします。
とはいえこの時期は「最初の六人」とのケッコンが終わり、ローカルルールの再編が必要な状況でもありますので、こんな感じの話も起こり得るわけです。
宗谷について。
本作の設定を当てはめると、イントレピッドと同じく実艦は沈んでないとおかしいのですが、正直「沈んだ宗谷は宗谷ではない」と思いましたので、かなりの力技でまだ海の上にいることにしました。
「その比翼に連理はあるか 7」の後書きにて「違和感を覚えておいて下さい」と書きましたが、ようやく回収できたことになります。
艦娘としての彼女は、かなりおとなしめの性格です。服のセンスはまったくおとなしくありませんが。日下部と恋愛させるには少し難しいので、早々にそっち方面からは離脱しました。
神鷹の服について。
言うなれば「母の日mode」でしょうか。日下部鎮守府のスカイママはイントレピッドではなく彼女なのです。まぁ日下部は否定してますけども。
参考までに、「提督たちのザラザラした大地 2」のシルヴァはこんな感じです。
【挿絵表示】
艦これ本編、イベント出撃しました。
これを書いている時点でE1を甲、E2を乙でクリアしています。今回もE1から難関でしたね。
8/25には後段作戦が来るようです。当方は前段の残りをゆるゆる進めつつ、次話はこの直接の続きなのでなるべく早くお出しできるように頑張ります。