日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
愛する人の欠点を愛することのできない者は、真に愛しているとは言えない。
五月の風の芳しさが最盛期を迎える頃。
日下部鎮守府ではまた一人、大規模改装を終えた艦娘が執務室に報告にやって来ていた。
「提督、改装完了しました。これはすごいわ、ありがとう!」
自らの得た力を噛みしめるように感謝の言葉を口にするのは、駆逐艦・初霜。
これまではどこかあどけなさを残した顔立ちをしていたのに、改二へと改装を完了した彼女は、もはやいっぱしの戦士の佇まいを有していた。
「おめでとう。先日話した通り、次のイベントではお前は中心的な役割の一人だからな。あの作戦で最後まで生き残って無事に帰還した幸運には、大いに期待させてもらう」
「自分だけ生き残っても……とは思います。これは雪風も同じことを言うと思いますけど。でも今度こそ、私が守ります!」
「期待してるぞ」
そこまで話したところでふと、彼女の装備する電探の位置に少しズレが生じていることに気付く。
「初霜、ちょっと動くな」
「え、提督?」
「ん? 電探の調整をだな」
初霜は素直にその言葉に従って動きを止める。直しやすいように少しだけ上を向くと、目を閉じて身をこちらに委ねてきた。
その姿はあまりにも無防備で、本当に電探の調整をするつもりだった心に……ふと魔が差し入ってくる。
「あ、ありがとうございます。すみませ……んっ!?」
駆逐艦の中でも小柄な部類に入る初霜は、胸部装甲も非常に慎ましい。手の平にすっぽりと収まるサイズのそれに、日下部は優しく手を伸ばす。
「あっ……、何か変な感じ……っ……て、提督、これ本当に電探の調整、ですか……?」
「んー。もちろんそうだぞ?」
もちろんそんなわけはないのだが、どうやら初霜はその行為の意味を理解していないようだった。
ならばこんな刺激は初めて知るものだろう。ぴくぴくと軽く身体を突っ張らせる初霜の身体を、そっと抱き寄せる。
甘い声が漏れ始めている中、指を胸部装甲よりももっと下に向かってそっと這わせてゆき……、
「てーとく、昭南クルから戻ったよー!」
その時。遠慮のない声と共に、執務室の扉が大きく開け放たれた。
「あっ」
「あっ」
部屋の入口に立っているゴーヤと目が合う。
「てーとく、何やってるでちか!」
「お、お早いお帰りで。こ、これは電探の調整をだな」
慌てて初霜から飛び退って言い訳をするのだが、
「出会った頃ならともかく、今のゴーヤにそれが通じるわけがないよね?」
「……アッハイ」
「これ、おしおきが必要だよね。ゴーヤの魚雷さんは、お利口さんなのでち!」
出撃から帰投したばかりで艤装を身に着けたままのゴーヤは、ためらうことなく酸素魚雷を撃ち放ってくる。
「ねぇ空中を走る魚雷って、もうロケットだよね!」
「深海勢の基地空襲でも同じことやってるから、今更でち!」
空中に白い航跡を描きながら、四連装の魚雷が迫りくる。
轟音と共に炸裂した魚雷が、業火と黒煙でもって室内を舐め上げた。
「もう大丈夫でちよ、初霜」
ゴーヤはにこやかな笑みと共に、セクハラ被害者の方を振り返る。
「え、ゴ、ゴーヤ……いきなり提督に対して何を……?」
「心配しなくともちゃんと非殺傷設定だから、見た目だけ派手だけど実際の破壊力はゼロだよ」
直撃した日下部は痛かっただろうが、それだけだ。音も炎も爆風も実際は物理的な影響は一切与えていない。
「で、でも。提督は電探の調整をしてくれてただけで、いきなり魚雷を撃たれるようなことはしてなかった、ような?」
そのあまりに純真無垢な言葉に、思わずゴーヤの表情がぴきりと固まる。
「初霜はてーとくのあれ、嫌じゃなかった?」
「えっと。その、よくわからないけど気持ちよくって、今思い出すとちょっと恥ずかしいような。でも決して嫌じゃなかったわ、うん。あれ、何だったのかしら?」
「初霜は天使でちね、すっかり汚れっちまったゴーヤとは大違いでち……どうしても気になるなら、若葉辺りなら多分意味がわかるから聞くといいでちよ。ただし自己責任で」
若葉には無茶振りをしてしまった気がするが許して欲しい。かつてあの立ち位置にあった身として、ゴーヤはどうしても自分の手で初霜の純真さを汚すのは気が引けた。
実はその他にもうひとつ理由はあるのだが、それはあえて心の奥底に沈み込ませる。
「若葉姉さん? うん、今度聞いてみるわ」
幸いにして初霜は素直にその言葉に頷いてくれた。
そのまま部屋を退去する彼女を見届けてから、あえなく気絶して倒れていた日下部の頬をぺちぺち叩いて起こす。
「うっ……」
「目が覚めたでちか、セクハラてーとく? 無知シチュ、そんなに好きでちか?」
開口一番、つい嫌味が飛び出してしまった。
日下部は軽く頭を振って意識を明瞭化し、自分の置かれた状況を把握したようだ。立ち上がって小さな溜息を吐いてから、先程の質問に答えてくる。
「そういうわけでもないが。というか、あんなのちょっとしたスキンシップじゃないか」
「それが成立するのは好き合ってる仲だけだと思うよ」
「……まぁ確かに」
あと胸だけならまだしも明らかにそのままエスカレートする直前だったので、どう考えても「軽いスキンシップ」ではない。
ゴーヤは日下部の傍まで歩み寄って、ぴとっとその身を寄せる。
「ゴーヤならいくらでも触っていいから。合意の上でそういう関係になるならともかく、何もわかってない子をゼロから染めるのはゴーヤだけにして」
言いながら日下部の背中に手を回して、さらに自分の身体を密着させる。
恋は艦種じゃない。先日、曙にそう言ったのは自分だ。
ああ、正直に認める。先程初霜に詳しい説明をせず、自分の感情を正しく理解させずに言いくるめて遠ざけたのは、彼女に対して焦燥と嫉妬を覚えたから……というのも間違いなく理由のひとつだ。
「おい、今は仕事中だし、今晩はお前じゃなくて赤城の番だろ?」
「まことの悪い魚雷が夜まで暴発しなくて済むように、ゴーヤが絞っておくでち」
「……わかったよ。ならせめてここじゃなくて隣の控室でスるぞ。ちゃんとドアに鍵を掛けてからな」
初霜に対してはあんなことしたくせに、自分に対しては妙に冷静なその態度は少しだけ気に食わなかった。
――下半身の方はしっかり反応させているくせに。
嫁艦たちとの夜戦をどちらの部屋でスるかはその日によってまちまちなのだが、この日は赤城が日下部の部屋を訪ねてきていた。
獣のように数戦を交えた後の穏やかな時間。ベッドの上で、裸身のまま男女は言葉を交わす。
この日の
「……という顛末だ」
昼間の初霜やゴーヤとの一件だった。
さすがに本来はこの状況で他の女の話をするほどデリカシーのない人間ではないのだが、驚いたことに赤城からこの話を振ってきた。昼の話はすでに艦隊内で噂になり始めているらしく、それを小耳に挟んだ赤城が正確なところを知りたいと言ってきたのだ。
「それはそれは。ゴーヤさん、上手くやりましたね」
「あいつには魚雷撃たれた上に絞られたけど、冷静に考えると別に私悪くないよな?」
「そうでしょうか?」
「だってゴーヤまでケッコンして『夜戦の最初の六人縛り』は解けてるから、浮気と言われる筋合いはないんだよ。初霜が嫌がってたならともかく、別に嫌がってなかったし」
自分が気絶していた間の初霜とゴーヤの会話までは知らないが、それでも魚雷を撃たれる直前の初霜の反応からは、あのまま続けてもそう悪いことにはならなかったと確信している。
「あら。そう言われれば一応は道理は通っているのですね。ゴーヤさんが怒った、というか何を警戒したかの理由は想像できますが……」
「うん?」
「席を取られることを怖がったんですよ。最初の時、何も知らないゴーヤさんにいちから夜戦を教え込んだのでしょう?」
「言い方ぁ! ……に配慮してるな。偉い」
日下部はそっと赤城の頭に手を伸ばし、髪を指の間に通しながら優しく撫でる。
その手触りが気持ち良かったのか、赤城は少しだけ目を細めた。
「考え過ぎなんだけどな。仮にあれで初霜が嫁艦候補になってたとしても、ゴーヤを蔑ろにする気なんてなかったぞ」
「提督はそうお考えでも、それを回りは知ることはできませんから。他者の気持ちなんて、そんな簡単にわかるものではないのですよ」
「なるほどなぁ」
日下部は生まれつき他人の感情に共感することのできない身ではあるが、そもそもそんな特性などなくとも人間は(もちろん艦娘も)、他者の気持ちをそう簡単に推し量れるようにはなっていない。
だからきっとみんな勝手に相手の内心を想像して、時に決めつけて、そして当人を他所に勝手に幻滅したり見直したりするのだ。
「提督は『夜戦の最初の六人縛り』の約束をして下さった時、カルト教団を作るつもりはないとおっしゃってましたよね。あのお気持ちは、今でもお変わりありませんか?」
「ああ、もちろん。お前たちを隷従させるのはベッドの上だけでいい。普段は私が間違ってたら、間違ってると言って欲しい」
「でしたら、また新しく約束していただけませんか。『正式に嫁艦候補に加えた艦娘にしか手を出さない』と。あ、夜戦まで行かなくとも、キスもお触りもダメですよ?」
「えっ、お触りも?」
「ダメです。どうしても触りたかったら正式に婚約して下さい。さすがに婚前交渉禁止とまでは言いませんから」
日下部としては厳しくないかと思うのだが、赤城にしてみればこれでも妥協した案らしい。
「私は愛の多い男だが、さすがにそろそろ限界だからなぁ。これ以上は迂闊に増やせない。つまり実質、お触り禁止か」
「そもそも気軽に触ること自体がどうかと思うのですが、そこは今更ですので置いておいて。いかがですか?」
赤城の視線は真剣そのもので、まるで戦闘中であるかのような鋭さに満ちていた。
いや、恋も戦いなのだから……「まるで」ではなく、これは赤城にとって間違いなくひとつの戦闘なのだろう。
「わかった。お前がそこまで言うのなら、節度は持つべきなんだろうな」
「ご理解いただきありがとうございます」
「ただし。私の行動を縛るんだから、その分きっちりお前たちが満足させろよ?」
言いながら赤城の身体を抱き寄せる。再び力を取り戻した下半身の屹立が、そろそろ休憩の時間は終わりだと主張していた。
「はい、もちろんです」
これから始まる第二幕のことを想像したのだろう。一瞬前の凛々しい姿はどこへやら、赤城はまるで蕩けんばかりの表情になっていた。
そして男女は獣に戻る。夜明けまでは、まだ長い。
「本当に赤城ちゃんのやり方っていっつもズルいよね。まーた限られた人数で、提督さんのこと囲い込んじゃって」
日下部と赤城が交わした新しい約束について阿賀野が抱いた感想は、そんな感じだった。
「いいじゃん? 今回は阿賀野だって囲い込んでる側なんだし」
「それはそうなんだけどぉー……」
川内と阿賀野。居酒屋鳳翔の片隅で、軽巡同士の夜のプチ女子会。
ここ最近の色々な出来事について語る上では、少量の酒は良い潤滑油になる。
「でもなーんかやっぱりズルい。後から来た子にも、チャンスは平等にあげるべきじゃない?」
「阿賀野は甘いなぁ。そんなこと言ってると、例えばもしあいつが着任したら真琴さんかっ攫われちゃうよ? 気付いたら『子供の頃から一緒にいました』みたいな顔して提督の隣に立ってるタイプだし。まぁ欧州艦だし、そう簡単に着任しないと思うんだけどさ」
川内はどうやらこの艦隊にいない艦娘のことを言っているらしい。だがそんな風に言われても、この艦隊のことしか知らない阿賀野にはピンと来なかった。
「恋は艦種じゃないっていうけど、個性で見た上で警戒する相手が同じ艦種だったらそれはもうどうしようもないよね」
「あれだけ提督さんに愛されてる川内ちゃんでも、そんな風に他の子を警戒したりするもんなのねぇ」
「……だってみんな強敵だからね」
吐き出すような口調で言われて、阿賀野は思わず川内の顔をのぞき込む。
「本当はあたしだけの真琴さんだったんだよ。でも金剛さんに割り込まれて、秋雲に割り込まれて。真琴さんは『勝者は敗者の前では胸を張れ』って言うけど、本当はあたしは負けっぱなしだし」
「川内ちゃん」
彼女が張り詰めたような表情でそんな風に本音を漏らすのは、とても珍しい気がした。自分の好きなものを好きと言うことに一切ためらいのない夜戦バカでも、そんな風に不安になることはあるらしい。
「あのね、川内ちゃん。恋も戦いなんでしょ。で、恋は艦種じゃないんでしょ? だったら提督さんに選ばれた子、みんな勝者でいいじゃない」
「阿賀野……?」
「阿賀野も川内ちゃんも、そういう人を好きになったんだから。そういうところも含めて、提督さんのこと愛さないとダメなんじゃないの?」
通常、恋愛に勝者は一人しかいない。だが日下部という男は、その通常に当てはまらないのだ。
川内は少しだけ溜息を吐き出すと、
「さすが『お股がだらし姉ぇ』は言うことが違うなぁ……」
「ねぇ川内ちゃん、その渾名はもう時効にして? というか阿賀野はいいこと言ったはずなのに、なんでよー!」
抗議の叫びを上げながらも、阿賀野は川内の表情が先程までよりずいぶん柔らかくなっていることに気付いていた。
※恋の鞘当ての話、続きです。
日下部の恋愛周りの話に新たなルールが制定されました。とはいえ今度は非常にシンプルです。
阿賀野がツッコミを入れている通り、既得権益層で日下部を囲っただけだったりするのですが、それでもこの状況を突破してくる艦娘もいるにはいます。最後の方でちらっと話題に出している某欧州軽巡ですとか。
初霜について。
原作から電探の調整というセクハラの言い訳を一切疑わない、実に清楚な子ですね。
もっとも「恋愛」の概念は理解しているようなので(その上で興味がないと切って捨てますが)、完全に無知というわけでもないようです。そういう意味では、本作の彼女は原作より無知属性を強調していると言えるでしょうか。
艦これ本編、夏イベはいよいよ後段作戦がすべて空きました。E7まであるイベはさすがに初めてです。
私自身はE3を甲で突破し、E4甲の途中で止まっています。後段の情報待ちでしたが来ましたので、少しイベント優先で動くことになるかと思います。
SSの方、次は別のシリーズになります。やや大きめに物語が動きます。お楽しみに。