日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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5月18日 1

現在に身を任せよう。過去を受け流そう。未来に希望を持とう。

――ソニア・リコッティ

 

 

海防艦・占守の着任は、去年の秋刀魚祭りの頃まで遡る。

 

「占守型海防艦一番艦! 占守っす!」

開口一番、特徴的な口調で挨拶された時には、ここが執務室だってことも忘れて飛び上がるところだった。

 

「『っす娘』だと……?」

「しれぇー、なぜ占守を見て動揺してるっす?」

訝しげな様子で尋ねられて、はっと我に返る。

 

「いやすまん。お前自身に何かあるってわけじゃないんだが、個人的に『っす娘』には強烈な思い出しかなくてな。しかもちょっと顔が似てるのがまた」

小柄な身体にエメラルドブルーの瞳。どこかいたずらっぽい表情を浮かべた姿に、昔の知り合いの姿が重なる。

幸いにして髪色は違う。目の前の占守は象牙色の髪だが、あいつはやや緑がかった黒髪だった。そこは本当に良かったと思う。

 

「よくわかんないっす! 占守は占守っすよ、よろしくっしゅ司令。しむしゅしゅしゅっ~♪」

「あ、全然別人だ。よろしくな占守!」

こちらの葛藤などどこ吹く風で、占守は妙な鳴き声? のような物を上げる。うん、いくらなんでもあいつはこんな真似はしないな。

 

こうして占守は当艦隊の一員になった。その後の育成によって、海防艦の中では一番練度が高くなっていたりする。

え? なんで2046年の5月半ば過ぎにもなって、こんな半年以上前のことを話しているかって?

それはもちろん……。

 


 

5月18日は戦艦・金剛、そして駆逐艦・時雨の進水日だ。

どちらも私にとっては大切な艦娘だ。だから盛大に誕生日を祝うべく、私はふたりを伴って()()()街へと繰り出していた。

 

「Wow! いつの間にこんな場所が!」

目の前に広がる真新しい市街地に、金剛が驚き声を上げる。

ここは横浜の人類居住圏にある猥雑な街並みとは違い、きちんとした計画に基づいて設計されている。規模こそ「都市」と呼ぶのもはばかられる程度でしかないが、今の時代にこんな街が成立していること自体がとんでもないことだった。

 

「ここ、鎮守府のあるショートランド人工島の外れですよネー?」

「そうだ。今までは島自体が軍人と軍属の関係者以外立入禁止だったんだがな。従来の艦娘運用体制の見直しの一環として、艦娘と提督に娯楽や憩いを提供できる場は必要だろうということで、外縁部を拡張して新設されることになったんだ」

ショートランド新興市街地。

シンギュラリティ到来から一年。体感ではその何倍にも感じられるほどの長く濃厚な時間の果てに、人類はついにこの絶滅戦争の空気にさえ適応し始めたのだ。

世界企業連合(コーポレート・ユニオン)全面協力の下、同様の街は他にも幾つか建設されているらしい。

 

「今までの提督は鎮守府の外への移動を制限されていたが、今後はこの街へなら堂々と来て良いことになっている」

不慮の事故や犯罪、あるいは深海凄艦の襲撃に巻き込まれてロスト・アドミラルを起こすことを避けるための措置だったのだが、今や提督への超人(ポストヒューマン)普及はかなり進んでいる。もはや提督という存在は、艦娘と同程度には「死ににくい」生物になっているのだ。

であればいつまでも引きこもり生活を続けさせるのは、士気の観点からは好ましくないというものだろう。

 

「でもマコトは前から、こっそり横浜まで出ることありましたよネー?」

「金剛さんお口チャック。ここには通常の警察の代わりに、統合軍憲兵が詰めてますので」

街を歩けば、あちらこちらで騎士めいた制服の憲兵が目を光らせている。超人(ポストヒューマン)と艦娘が二人一組となった彼らの存在は威圧的だが、それでも普通に街を出歩ける喜びを損なうほどのものではなかった。

 

「っと、時雨はさっきから静かだな?」

「御主人様、わかってます。デート中に溜まったら、いつでも性欲処理をお申し付け下さい。そのために連れてきたんですよね?」

「お、おう。ガン決まった目で言われた。まぁお前をそんな風にしたのは私だから文句は言わないが、金剛とデートしてて溜まったら普通に金剛とスるぞ」

「うっ」

うん、まぁそうだろう? 提督と艦娘のための街なんだから、ヤれる場所はちょっと見渡せばすぐ見付かるしな。

 

「だからお前も今日ばかりは普通にデートを楽しめ。そういう風に命令してやる」

「わかりました……」

「敬語禁止」

「わかったよ提督」

私に向かってこんな態度を取る時雨は本当に久しぶりで、懐かしいを通り越して新鮮だった。

お前を無理やり作り変えたことに後悔はしてないが、せっかく初めてデートらしいデートをしてるんだ。今日ばかりは普通の恋人みたいに扱ったって構わないだろう?

 


 

新興市街地の中心部に当たる繁華街。その中でも中央にそびえ立つのは、いわゆる百貨店(デパート)という種類の商業ビルだった。

こんなものが稼働しているところをまた見る日が来るとは思わなかった。

吉岡百貨店、といささか歴史を感じさせる名前の看板を見上げながら、金剛が尋ねてくる。

 

「ヨシオカって、現代の大企業ですよネー?」

「そう、ヨシオカホールディングス。MM技術による世界経済の崩壊と再編にいち早く対応して世界屈指の大企業になった。アメリカのIMC、ドイツのシュテルンと共に世界企業連合(コーポレート・ユニオン)の中核的存在でもある」

日本で父さんたちが開発した高次AIロゴスが、2025年にMM技術を発明した。その頃の日本は失われた30年だか40年だかよくわからないが、どうにも経済的には沈滞した状況にあったらしい。

だがMM技術は文字通り世界の秩序をひっくり返した。日本はMM技術の応用を研究する学問である想念工学の本場となり、その後の世界の中心的存在になったのだ。

 

「この吉岡百貨店は名前からわかる通り、ヨシオカの母体に当たる中核企業だからな。想念工学を駆使して豊富な品を揃えてあるだろう。さてお前たち、定番だが新しい服でも買ってやるぞ」

そう言いながら私は、連れている金剛と時雨の方を振り返る。

そこには人影が全部で4つあった。

 

Хорошо(ハラショー)。司令官のそういうところは信頼できる」

「しれぇー、ありがとっしゅ!」

しれっとした口調で口々にそう言ってきたのは、ヴェールヌイと占守だった。

うちの艦娘で間違いないようだが、

 

「おいこら! お前たち、どこから出てきた!」

「占守と遊びに来てたら、3人の姿が見えたからね」

「これでクナに一馬身リードっしゅ!」

「誰がお前たちに買ってやるって言ったよ。私は金剛と時雨に言ったの!」

おい、なにしれっと当たり前のようにたかりに来てやがる。

 

「しれぇー、ケチケチするの良くないっす!」

「司令官、ここはひとつ度量の広さを見せるところじゃないか? 私なんかいつも暁に買ってあげてるんだぞ、姉はあちらなのに。いや確かに先に口説いたのは私なんだが」

「そっちの恋愛事情なんざ知るか、理不尽な。なんで恋人でもない女に」

これはあくまで気持ちの問題だ。断固拒否……するつもりだったのだが、状況を見かねたのか金剛が横から口を挟んできた。

 

「マコト、私は自分で買いますノデー、二人に買ってあげて下サーイ……」

「いやいやいや、そんな本末転倒すぎるでしょ。あいつらに買うんだったらもちろんお前たちにも買うよ。金がないわけじゃないし」

金剛は優しいな。思わずほっこりした気持ちになって、つい相好を崩す。

――と、その時。

 

「マコト……真琴? まさか、先輩っすか?」

不意に横合いからかけられた声に、一瞬前に感じた心の温かさが一気に氷点下まで冷え込んだ。

口調は似ているが占守の声ではない。それは遠い記憶の中から聞こえてくるようで、思わず全力で振り返る。

 

「どもっす、ご無沙汰してます先輩」 

そこで微笑む女性の姿を見た時、思わず比喩抜きで心臓が止まるかと思った。

 


 

緑がかかった黒髪にエメラルドブルーの瞳。平均身長をはるかに下回る小柄な身体に、猫柄がプリントされた緑のブラウスをまとい、どこかおどけた表情で敬礼じみた仕草をしている。

あれから結構な時間が経っても、そいつから受ける印象は正直当時どころか10代の頃からほとんど変わっていなかった。

 

【挿絵表示】

 

「かれこれ6年ぶりくらいになるっすかねぇ。やー、相変わらずたくさんの女の子をはべらしてるんっすね。変わらないっすね先輩」

群青(ぐんじょう)……! 正直二度と会いたくなかったぞ私は」

「ご挨拶っすねー。あんなに愛し合った仲じゃないっすか」

「……!」

おどけた調子のまましれっと言ってのけた群青の奴に、隣で金剛が息を呑むのが感じられた。

 

「えっと? マコトの……元彼女デスカー?」

「あはは。彼女だなんて。そんな大層な物じゃないっすよー。やだなぁ」

「そ、そうなのデース? でも今、『愛し合った』って……」

「自分は、先輩の元肉便器っす。いやー当時は死ぬほど使い倒されたっす」

「……!」

今度は時雨の奴が息を呑む。

 

「元々先輩、うちのお姉ちゃんと『そういう仲』だったっす。まぁ隣室の奥さんとか、アメリカからの留学生とか色々手出してましたけど。自分も先輩いいなぁって思ってアプローチしたら、無理矢理犯されて以後は立派な肉便器っす。鬼畜っすよね」

「お前が違法薬物使って既成事実作ろうとしたからだろうが。私の一番になりたいっていうから、『一番下』にしてやったんだよ」

「やだなー、ちょっとした乙女心じゃないっすか。まぁそういう鬼畜さも含めて先輩は素敵っすけど」

あっけらかんと笑う群青の奴は、まるであの日々を経験する前に戻ったかのようだった。

 

「そんな先輩に朗報っす」

「なんだよ。どうせロクなことじゃないと思うが、言ってみろ」

「自分、現在は人妻っす。しかも旦那とはセックスレスっす! あー、こんな状況で昔自分を調教してた男と再会するとか、エロ漫画だと完璧に寝取られる流れっすよね?」

よし、そろそろ口を閉じろ。

 

「阿呆か。私はもうそういうのはやめたの」

「ははっ、先輩。冗談は下手になったっすね?」

「こ、こいつ……」

エミリーみたいに盛大に笑い転げられるのも癪だが、こういう反応も割とムカつくな。

本気でそろそろどうしてくれようかと思い始めた時、時雨が口を挟んできた。

 

「お話中ごめんね、提督の元肉便器さん。この人は今は僕の御主人様なんだ。昔の君より確実に僕の方が激しく使ってもらえてるし、率直に言って昔の女が出てくる場面じゃないんだよ。大人しく引き下がった方がいいんじゃないかな?」

「生意気な小娘っすね」

「人のこと言えた義理じゃないと思うんだけどね」

一歩も負けずに言い返す時雨はとても心強いんだが……さすがに私自身ならともかく、こいつと群青をこれ以上やり合わせるのはまずい。

 

「なぁ。無鉄砲なガキの頃ならいざ知らず、今のこの時代にヨシオカの会長令嬢に手を出すほど命知らずじゃないよ、私は。スキャンダルはまずいんじゃないのか……吉岡群青?」

フルネームで呼びかけると、さすがに群青は動きを止めてこちらに再び向き直った。

そう。こいつはヨシオカホールディングスの会長令嬢。姉の浅葱(あさぎ)亡き今、間違いなく世界トップクラスの大企業の次期後継者になる存在だ。

そんな立場なんだから、もうちょっと慎んだ言動をしてもらえませんかね? まぁ悪目立ちしないために、私服で行動しているんだろうけども。

 

「ははは。ヨシオカの会長令嬢両方を手籠めにしといて今更っすけどね!」

「お互いのためにも、過去は秘密にしとこうな」

「了解っす。じゃあ先輩、自分はそろそろ行くっす。このショートランド新興市街地は自分のプロジェクトですので、先輩も艦娘の皆さんも何か要望があればカスタマーサポートを通してどうぞ」

取ってつけたように自分の立場を示すようなことを言いながら、群青の奴は去っていく。

すると目立たないように隠れていたボディーガードらしき連中が、そっと付き従って移動し始めた。本当にあの頃とは何もかもが変わってしまったんだと、改めて思い知らされる。

あの頃はせいぜい「中堅の百貨店の社長令嬢」程度だったんだがなぁ、群青も浅葱も。まさか紆余曲折の果てに、吉岡百貨店がここまででかくなるなんて想像できるはずもなかった。

――というかよく私、始末されてないよな?

 


 

「はぁ……疲れた」

完全に群青の姿が見えなくなるまで待ったところで、ようやく肩の力を抜くことができた。

金剛と時雨はさすがに困惑したような表情になっているが、正直私だってどうしたらいいかわからない。過去が追い付いてくるにしたって、もうちょっとシチュエーションを考えて欲しい。

そんな風に理不尽に憤っていると、

 

「あの人がずっと前に司令の言ってた『っす娘』っすね?」

占守が横から声をかけてきた。

 

「お、よく着任の時のことなんか覚えてたなぁ。その通りだよ。まさかあの時は、本物に遭う機会があるなんてとても思わなかったが」

「聞いてた通りの人っすねぇ。でも顔は……似てるっす?」

「雰囲気は結構似てると思うが。でも声は似てないし、何よりあいつは『しむしゅしゅしゅ~』とは言わないからな」

「それはそうっすね」

まぁ語尾と雰囲気以外はそこまで似ていない気もするんだが、それでも「っす娘」を見るとどうしてもあいつのことを思い出してしまうのは、これはもう仕方ないのだ。

 

「ん、終わったか」

一方、少し離れた場所からヴェールヌイが歩み寄ってくる。

 

「お前、どこ行ってたの?」

「真っ昼間から百貨店の廊下で、肉便器だの調教だの話してる人たちの同類と思われたくなかったからね。少し離れていた」

「お、おおっ!? なんかすごく真っ当なこと言われた!」

うん、まさかそんな普通の感性に基づく発言を聞くとは思わなかった。

 

「では気を取り直して服を買いにいこう。ありがとう司令官」

「……ええい、仕方ない! 群青のことに関する口止め料だと思って買ってやる!」

クソっ、買ってやる理由ができてしまった!

 

Ура(ウラー)!」

「やったっす!」

「言っとくが一着ずつだからな!」

喜びの声を上げる二人にきっちりと釘を刺してから、私は本来のデート相手である金剛と時雨に向き直る。

 

「お前たちも遠慮すんな。あいつの店ではあるが、商品に罪はないはずだ。お前たちには何着だって買ってやる」

「OKデース。それなら遠慮しないことにしマース」

言いながら金剛は腕を組んで身を寄せてくる。もしかしたら、こいつなりに群青について思うところがあったのかもしれないな。

一方の時雨は、

 

「新しい首輪を買ってもらっていいかな」

「す、好きにしろ」

そういうのも探せばあるだろ。ここは艦娘と提督のために作られた街なんだから、需要は間違いなくある。首輪だけでなく、手錠もロープもドスケベ下着も島風制服の模造品だってあるだろう。

計画の責任者以外は文句の付けようのない素晴らしい街だ。

――きっとこの街で、私と艦娘たちの新しい日々が始まるはずだ。




※日下部の一人称でお届けする金剛と時雨の誕生日(進水日)の話……ですが、どちらかというとそれをきっかけとして提督と艦娘を取り巻く環境の変化について語る話です。
本作においてこれまで鎮守府引きこもり生活を強制されていた提督が、艦娘と一緒に出歩ける「新興市街地」が生まれました。艦娘と協力しての人類復興の第一歩であり、またこれまで要所要所で出てきていた「世界企業連合(コーポレート・ユニオン)」が本格的に存在感を見せ始めました。

吉岡群青について。
日下部の昔の女の一人……ですが、本文中にあるように単純な「ハーレムの一員」ではないです。
かつて日下部に対して割と洒落にならないことをやろうとしてましたが、それをかわした日下部がこいつに対してやったことも割と洒落にならなかったりします。
ちなみに「9th anniversary(ところで何の9周年?)」のラストで出てきた女性も群青です。日下部のいないところでは、あんな言動もできたりします。
詳細なプロフィールは次回の後書きに掲載予定です。

艦これ本編、どうにか8月中に夏イベ前段をクリアできました。今は後段に進むための準備を行っているところです。
今週末辺りから後段に進む予定ではありますが、一方本作も次話は今回の直接の続きですので、なんとか早めにお届けできるよう頑張ります。
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