日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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5月18日 2

だからこそ我々は、前へ前へと進み続けるのだ。流れに立ち向かうボートのように、絶え間なく過去へと押し戻されながらも。

――スコット・フィッツジェラルド

 

 

まさかの再会こそあったものの、それでデートを取りやめる理由にはならない。

占守とヴェールヌイも気に入った服を一着ずつ買ってやったことで満足したのか、ようやく私たちを解放してくれた。

その後は気ままに街を散策した。やはり文明の香りというものは素晴らしい。

映画館もあった。さすがにIR対応ではなく一昔前のVR対応がせいぜいだったが、それでも同じものを恋人と一緒に見るというのは、いつ体験しても素晴らしいものだった。

ちなみに私にとっては古臭いVRシネマでも、どうも金剛や時雨にとっては驚きに値するものだったようで、二人のリアクションはなかなか興味深かった。まぁ100年前にはVRなんかなかっただろうしな……映画自体はあったというが、どんなものなんだろう当時の映画って。

などと、しばし普段の立場を忘れて「普通の恋人」をやっていたら、気付けばすっかり辺りには夜の帳が降りていた。

 

「よし、そろそろいいな。定番だが呑みに行くぞ」

連れの二人を振り返って声をかける。

 

「いいデスネー。そういえばやっぱりこの街にも、飲み屋とホテルはたくさんあるんですネー」

「まぁ一番原始的(プリミティブ)な娯楽だしなその辺。この新興市街地には特例的に他の娯楽もあるとはいえ、やっぱりその辺の需要は高いからな」

「なるほどネー。ところで、どのお店にしますカー?」

「ああ、それは」

金剛の質問に対し、にやっと笑って答える。

 

「もう決まっている。足柄の奴のお勧めの店だ。良い店であることは私からも保証するぞ」

堂々と言ってのけたら、金剛と時雨は不思議そうに顔を見合わせた。

 


 

「ここは私の友人の店でな。元々は横浜にあったんだが、この市街地の入居者募集に応じて移転してきたみたいだ」

真新しい想念建材を惜しまずに作られた中華風の佇まいは、遠い記憶・近い記憶のどちらにある物ともまったく違っていた。

看板を見た金剛が、店の名前とその意味を口にしながらこちらに顔を向けてくる。

 

Authentic(オーセンティック)……英語で『信頼できる』、デスカ」

「そう。ロシア語で言うとВерный(ヴェールヌイ)だな。偶然の一致ではあるが、もしあいつがまだこの店を知らなかったらぜひ今度連れてきてやりたい」

栗山の奴が新興市街地プロジェクトに参加し、横浜の店を畳んでこちらにやって来る……というのは、足柄越しに聞いていた。

もちろん立地や業態にもよるだろうが、飲食店の経営において常連客はとても大切な物だと聞く。だから長く経営してきた飲食店が他所に移るというのは、そう簡単なことではないはずだ。ましてこの店の場合、先代からの歴史も受け継いでいるわけで、本当によく参加する気になったものだと思う。

 

「おーい栗山、邪魔するぞ」

私は先頭に立って店の扉を開く。見た目だけは以前の物と似ていても、年月の積み重ねに軋むような音は一切しなかった。

 

「いらっしゃいませ……、む。日下部か!」

店内正面のカウンター内でグラスを磨いていた栗山とは、すぐに目が合った。

グラスを置いた栗山の手が何か違う物を引っ掴んだかと思うと、まるで鞭のようにしなやかに振るわれる。

瞬間。ザクッ、という鋭い音と共に、真新しい木目風の扉に何か剣のようなものが突き立った。

 

「あ、あの栗山さん? なんで客として来たら、いきなり短剣が投げ付けられたんですかね?」

「それは(ひょう)という暗器だ。すまんな、手許が狂った」

「そ、そそそうか。手許が狂ったんなら仕方ないな」

「おかげで外してしまった。よしそこを動くなよ、次で仕留める」

栗山は真顔で言い放つと、本当に次の鏢を取り出してみせる。

 

「おいコラ、なんで客をガチで殺そうとしてるんだこの店主(マスター)は!」

「なぜ、と言われれば例の写真の件が理由だが」

「……うわあっ! それについては本当すまん! 『艦娘は損傷したら服が破れるものだ』っての、提督としては常識すぎて一般人が知らないことに意識が回ってなかったんだよ。足柄どころか全妙高型にきっちりお仕置きされたから許せ!」

慌てて言い募ると、まるでその言葉を待っていたかのように店の奥から足柄が歩み出てきた。

 

「ね、言ったでしょ智志さん。これで信じてもらえた?」

「ああ理解した。よし、いらっしゃいませ」

「うん、ガチで殺そうとしといてそれで済ませるの、天性の共感性欠如(サイコパス)にも程があるからな!」

思わず全力でツッコミを入れてしまったのだが、

 

「後見人へのツッコミで拳銃ぶっ放すマコトが言っても説得力皆無デース」

隣にいる金剛にジト目でツッコミ返されてしまった。

アッハイ、その通りですね。

 


 

中に入ってみて気付いたのだが、外観は元の店に似せてあるものの、作りとしてはどうもこちらの店の方が大きいようだ。カウンターのサイズも一回り違うし、テーブル席の数も明らかに増えている。

まぁ確かにこの街なら、艦娘を中心により多くの集客が見込めるだろうからな。現に今も店内は繁盛しているようだった。

 

「って、テーブル席にいるの妙高と那智、羽黒じゃん。それと男が四人……?」

訝しそうに呟いたら、足柄の奴が寄ってきて、

 

「ああ、うちの姉さんたちよ。というか私も本来はあそこの一員。男の方はこの前の合コンで、妙高姉さんといきなりいなくなった男と、那智姉さんといい雰囲気になってた男と、羽黒をお持ち帰りした男と、私を口説いてきた既婚者よ。元々横浜で自警団やってたんだけど、ここでも組織するんだって」

「ほー」

「自警団には俺も参加することにした。月並みな発言かもしれないが、銃後の守りは任せておけ」

栗山の奴もそんなことを言ってくる。

 

「これは気合いが入りマスネー」

「そうだね。日々の生活を支えてくれる人がいるから、僕たちとしても心置きなく戦えるよね」

金剛と時雨、艦娘二人が頷き合う。この辺りはさすが艦娘といったところだろうか。

 

「とはいえそんな感じだと私が顔出しても雰囲気壊すだけだし、挨拶は控えておくか。栗山、別枠で席を用意してくれ」

「ああ、わかった。そうだな、今は個室が空いてるが使うか?」

「いいな。頼む」

密談用の個室は相変わらずあるらしい。前の店で(マー)の姐さんがどんな意図であの部屋を作ったかは知らないが、私と栗山にとってはもっぱら目を付けた女性客を連れ込んで……まぁ、若かった。

栗山に促されて店の奥に行こうとした時、カウンターの奥の方で飲んでいた二人組が目に入ってくる。

どっちも艦娘ではないようだが……って、おい!?

 

「エミリー? 店の入口から鏢がドアに突き立つような音がしましたけど、憲兵として放置しててよろしいのですか?」

「今日は非番だもの。オンとオフは切り替えないとダメよ、ヒナ」

「まぁそうですわね。ツッコミで拳銃ぶっ放すような輩もおりますし、今更ですわね」

とてつもなく心当たりのある会話を繰り広げていたのは、私服姿の長谷川とエミリーだった。

 

「うわぁ。長谷川の奴はともかく、エミリーまでなんでここに」

「この街には警察の代わりに憲兵が詰めてるって言ったの、マコトですヨー?」

「いやまぁそうだけどさ。なんでよりによってあいつが……」

正直、過去の女は群青だけでもうお腹いっぱいだよ。

見付かると面倒なことになるのは間違いないので、気取られないように気を付けながら店の奥へと移動する。

 


 

個室に腰を下ろしてファーストドリンクを注文すると、ようやく一息付くことができた。

足柄も自警団の席へと戻っていき、私と恋人たちだけが室内に残る。

 

「すまんな二人とも。群青のことといい、なんかあんまりデートっぽい雰囲気じゃなくなっちゃって」

「まぁ三人でデートの時点で、ムードたっぷりというのは諦めてマース」

苦笑と共に金剛が言う。ははは、すまんね!

 

「ごめんね。僕がお邪魔虫だよね」

「んなことは言ってないだろ。私も金剛も」

「デスヨー。時雨も今日は普段の立場は忘れて、私と同じマコトの恋人の一人デース」

「うん……慣れないなぁ」

照れたように頬を掻く時雨も、実は練度上限が近付いている。つまりケッコンのことを考えないといけないのだ。

そう遠くない内に、この先どうなりたいかはちゃんと話さないといけないだろうな。

 

「それで、どうだ? ショートランド新興市街地は」

「そうですネ……私たちは人間を守るために生まれてきましたけど、そのことを改めて思い出すことができて良かったとは思いマース」

「そっか。それは本当に良かった」

艦娘という種族は、滅びの瀬戸際にある人類を救うため地球意志が生み出した種族だ。

だがなぜ地球意志が人類を救おうとしているのかまでは、当の艦娘たちも知らないという。逆に地球が人類を滅ぼそうとする創作なんて世の中にいくらでも存在するし、実際にそうされる心当たりなんてありすぎるほどだ。

なのに地球は、その「娘」たる艦娘は、人類という愚かな種族を救おうとしてくれているのだ。この信を裏切ってはいけないことくらい、この私にだって理解できる。

 

「あと、提督が昔からド鬼畜だったってのは嬉しいよ。僕の御主人様なんだから、やっぱりド鬼畜であって欲しいなって」

「よし言いたいことはわかった。時雨、後で楽しみにしてろ」

「あっ、そんな……」

私がそう言うと時雨は頬を染めて、もじもじと脚を擦り合わせ始める。

まぁ極論ここで始めたって構わないんだが(栗山もそういうこと込みで個室を貸してくれたはずだ)、別に無理やりするわけじゃないからな。最初から合意があるならちゃんとしたホテルに行けばいいだろう。

 

「Heyマコト。私を放置するつもりじゃないデスヨネー?」

「当たり前だろ。ここを出たら夜戦しに行くぞ。今日は文字通り最後まで三人で過ごす」

「Yes……想像したら、私も楽しみになってきましター……」

「ふふっ。結局僕たちみんな、提督に認められただけあってドスケベだよね。もうそこ否定しても意味ないよね」

とろんとした表情を浮かべた金剛に、時雨が愉快そうな声音で言い放つ。

 

「せっかく物質世界に肉の身体で生まれてきたんだ。川内の言葉じゃないが、抱きしめ合わないともったいないぞ」

肉の繋がりからだって愛は生まれる。私はそう固く信じている。だから昔から色んな女を……時には無理やり抱いてきたけど、その全員を愛していたと断言できる。もちろんこの二人もだ。

そうだ。私はプラトニック・ラヴなんて、大嫌いだ。

 


 

「日下部、ついでだ。ちょっといいか?」

「ん?」

追加オーダーを頼みに行った時、栗山にそんな風に声をかけられた。

カウンターから個室に繋がる廊下、絶妙に長谷川やエミリーにも声の届かない場所に移動すると、

 

「お前には話しておこうと思ってな。俺がここに来た本当の理由」

栗山は意を決したかのように言ってきた。

 

「なんだよ改まって。足柄にいつでも会えるように近くに来たんじゃないのか?」

「ああ、それもある。我ながら恋愛脳だとは思うんだがな。けどもちろんそれだけで、昔からの常連客を見切れるもんじゃないさ」

商売人としてはきわめて真っ当な発言だった。

 

「なぁ日下部。この新興市街地プロジェクトの責任者、誰か知ってるか?」

「ああ知ってる。群青の奴だろ? 本人に会ったからな」

「会ったのか、お前も? なら話が早い。俺がここに来たのは、本人直々に誘われたからだ」

「ほう……」

元々横浜にあったオーセンティックは、BARとしても別段大きな店ではない。先代店主には裏の顔があったらしいが、世界企業連合(コーポレート・ユニオン)なんていう表社会のど真ん中に属する群青の奴がそっち方面の繋がりと関わりがあるとは考えにくい。

ならそんな店の店主である栗山をわざわざ誘ったのは、まぁ……昔のことが理由だろう。

 

()便()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()もんな。群青の奴のこと」

過去の所業を実際に言葉として口にすると、栗山はあからさまに顔をしかめた。

 

「元はお前が凜花の奴を寝取った詫びとか言って差し出してきたんだろうが」

「受け取って実際に使ったのはお前だろ。でもそれで本当に許すんだから、あいつのこと気に入ってたんだなお前」

「……身体の相性は、良かったと思う。率直に言って凜花よりな」

――本当に。本当に、あの頃の私たちは揃いも揃ってクズ野郎どもだった。

今が違うかどうかは、まぁノーコメントにしておくが。

 

「なんだ、足柄だけじゃなくて群青の奴もまた狙ってんのかお前?」

「恐ろしいことを言うな。群青が何かをしでかすんじゃないかって気がしててな……根拠は特にない勘でしかないんだが。なら離れた場所で一方的に何かされるより、懐に飛び込んだ方がいいかと思ったんだ」

「勘ねぇ」

うちの川内の勘はあれはもはや能力だけど、こいつの勘もなかなか侮れないのは事実なんだよな。

 

「なぁ日下部。いざという時には、足柄のことを頼む」

「もちろん部下の艦娘を守るのは提督の役目だが……そうじゃないだろ。もし本当にそんな時が来たら、軍規だのなんだの一切無視してお前がうちの鎮守府まで来て足柄を守れ」

人間とか艦娘とか、軍人とか銃後の民とか、()()()()()()()()は関係ない。惚れた女の一人くらい守ってみせろ、と思う。

もしそのために必要だったら、こっそり超人(ポストヒューマン)化手術くらいしてやったっていいぞ。後で処罰はいくらでも受けてやる。

 

「……。お前は、昔からそういうところは変わらないな」

呆れているのか、それとも違う感情があるのかわからないが……栗山は軽い溜息と共に、そんな風に言った。




※金剛と時雨の進水日にまつわるショートランド新興市街地の話の続きです。
横浜からBARオーセンティックもこの新興市街地に移動してきました。日下部も今後は堂々と旧友に会いに行けるわけです。
割とアレな二人の過去も判明したりしています。今更かもしれませんが。

艦これ本編、夏イベはE5を甲でクリアしE6-3で友軍を待つ予定です。ここは本当に難しいですね。
そんなわけで時間ができてしまったので、次の話も(イベ中としては)早めにお出しできるかもしれません。

以下、群青のプロフィールです。

【吉岡群青】

性別:女性
年齢:26歳
職業:吉岡都市開発 新興市街地事業本部 本部長
一人称:自分

日下部や栗山の旧知の女性。年齢的には2歳下に当たる。
世界企業連合(コーポレート・ユニオン)の一角である「ヨシオカ・コーポレーション」の会長令嬢。傘下の「吉岡都市開発」において、若くして新興市街地プロジェクトの責任者を務める。

高校から大学時代にかけて、日下部や栗山の「肉便器」として散々使い倒された過去を持つ。
当時から吉岡百貨店の社長令嬢ではあったのだが、当時の吉岡百貨店は世界的企業などではなく、また経済システム的に企業そのものが力を失っていた時代だった。その後の経済システム再編の時流に乗って吉岡百貨店が世界企業に成長するに当たり、彼女の立場も大きく変わることになる。
かつては浅葱という姉がいたが、2046年5月18日現在他界している。

公的な立場ではお硬い言動もきちんとできるが、私的な態度の場合はいわゆる「っす娘」。なお現代でも日下部のことを先輩と呼ぶ。
かつては「一番になりたい」という動機で日下部に近付き、その結果として「一番下」であり肉便器扱いにされた上に栗山と共有されたわけだが、栗山は当時から彼女の真意が「単純な日下部への好意」ではなかったと見抜いていた。
6年の時を経た現在、当時の、そして今の彼女の真意を知るものはほぼ存在しない。
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