日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
あなたの才能ではなく、あなたの態度が、あなたの高度を決めるのだ。
新興市街地という新たな憩いの場ができたところで、日々の艦隊運営について大きな変化があるわけではない。
この日もまた新たな艦娘が、大規模改装の報告で執務室を訪れていた。
「
ちなみに彼女にはさらにもう一段階上の改装もあるが、そのためには貴重な素材が必要であり、またさらなる練度も必要とあってそこまでには至っていない。
「どうしたしまして。これでようやく、最低限の戦闘はさせられそうだな」
「あ、あの、実戦投入ですよね?」
「まぁそりゃあな。演習要員も続けてもらうが、とりあえず簡単な海域から出していくぞ」
「こ、怖すぎ……」
早速半分涙目になる姿に、思わず苦笑を浮かべる。
「ホーネットとトレピー、あとアトランタも参加させるから。まぁ駆逐艦は日本艦だけどな」
「ひ、ひいっ!」
「栗田艦隊所属じゃないから安心しろよ。霞は面倒見はいいぞ? 夕立の方は……お前よりアトランタかな、上手くやれるか心配なのは」
問題を抱えている艦娘は、当然ながらガンビア・ベイだけではない。アトランタはアトランタで、夜戦への参加を拒否するほど強く前世のトラウマに囚われている。
この辺りを一気に解決するため、日下部はトラウマど真ん中の艦娘と一緒に出撃させることを目論んでいた。いささか荒療治ではあるのだろうが。
「えっとそれは……あ、アトランタの沈んだ時の。私が進水する一年前だ」
「お、やっぱ艦娘、一応知識は与えられているんだな」
アトランタと夕立、ついでに暁が最期を迎えた第三次ソロモン海戦は1942年11月半ば。そして戦時急造の護衛空母であるガンビア・ベイが進水したのは1943年11月22日と、約一年の開きがある。お互いが艦娘として生まれ変わりでもしなければ、関わることのなかった両名だと言えるだろう。
日下部は顎に手を当てると、ガンビア・ベイの瞳を真っ直ぐ覗き込む。
「いい機会だ、一個聞いておく。お前、もしもう一度サマール沖海戦をしないといけないとなったら……どうする?」
「えっと……」
「別に気負わなくていいぞ、気楽に答えてくれ」
そう言われても、そんなに簡単に割り切ることはできないだろう。それは重々承知しているから、日下部はガンビア・ベイの返答を根気強く待った。
やがて、
「まず大前提として、私も前世で別に好きであんなことしたわけじゃなくて」
「まぁそれはそうだよな。そもそも逃げようとして逃げられなかったから、窮鼠猫を噛んだんだよな。それはわかってるよ」
「はい。それでも、どうしてもやらないといけないのなら」
「なら?」
「怖いし、無理だって思いますけど。でも、やります。だってそれが、私がこの時代に生まれてきた意味ですから」
目は泳いでいるし、うっすら涙すら浮かんでいる。身体も微かに震わせながら……それでもガンビア・ベイは、自らの意志するところをきっぱりと口にした。
――ああ、やっぱり艦娘は最高だ。
「うん、ありがとうガンビー。お前のスピリットはよく理解できた。まぁそんな無茶は言わないから安心してくれ」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、安心しろ。夜戦で肉薄攻撃を毎回命じられる水雷戦隊とは違うよ」
「ひ、ひいっ!
慌てたように言い募る姿は一瞬前までの決意を微塵も感じさせないもので、思わず苦笑する。
ちなみにまだ日下部鎮守府では取得できていないのだが、実は通常の空母に夜戦を行わせるための装備も存在する……ことは、今は黙っておいた方が多分良いだろう。
西方第四海域、通称「カスダガマ島」。
日本の艦娘運用部隊にとっては通常の出撃で進出する最西端であり、また欧州提督会との連携を保つ上で、地球の
その最奥部、海域の「ボス」として君臨する装甲空母姫を相手に、艦隊は思いの外苦戦をしていた。
「ホーネット被弾! ……やってくれる!」
もっと高練度の艦娘であれば、なんなく回避できたであろう装甲空母姫の航空攻撃。だが大規模改装からまだ日が浅いホーネットは、避けきることができなかった。
甲板艤装上で実体化しつつあった艦載機を海へ向かって投棄し、ホーネットは
そして、その影響は如実に現れた。
「Admiral、仕留めきれませんでした!」
艦隊旗艦を務めるガンビア・ベイは申し訳なさそうに呟く。
ホーネットの穴を補うべく他の艦娘たちは敵艦隊に対して猛攻撃を仕掛けたのだが、それでも僚艦を一掃するのが限度で、装甲空母姫を残したまま昼の戦いを終えざるを得なかったのだ。
『仕方あるまい。トレピー、ホーネットを保護して安全圏に退避。ガンビーは旗艦だ、踏み留まって指揮を継続。水雷戦隊、夜戦準備! アトランタもいいな?』
「あたしはパス…………、って言える立場じゃないんだよね。仕方ない」
心底嫌そうな声音ではあったが、さすがのアトランタもこの土壇場で抗命するということはなかった。
急速に夜の帳が降りる戦場で艤装の5inch連装両用砲の仰角を下げ、水上戦闘の準備を取る。
――ぬうっと夜闇を切り裂くように、装甲空母姫が艦隊の間近に現れたのはその瞬間だった。
「!?」
咄嗟のことに、ガンビア・ベイは完全に先手を打たれた。怖いとも無理とも叫ぶような余裕すらなく、無防備な肉体に向かって砲撃が放たれる。
轟く爆音。そして、
「えっ……?」
自身が痛みも傷も一切受けていないことに気付く。
だが、どう考えても外れるような距離ではなかった。ならば答えは単純だ……代わりに砲撃を受けた者がいる。
「あーもう。だから夜は嫌だって言ってんのに」
腹部から胸部にかけて
「アトランタ!」
「喚かないで。味方に誤射されるよりずっと上等。でも少しお休み……もらうから……」
旗艦を守って代わりに被害を受けるのは、僚艦の役割のひとつだ。今、アトランタはその役割を完璧に果たしていた。
そのまま力尽きた彼女は、海面に向かって細身の身体を崩折れさせた……だが完全に海面に投げ出されるより早く、小柄な影がひとつその下に潜り込んで支える。
「まったく。こんなふざけた采配に無理やり付き合わされたのに、無茶しちゃって」
「カス……ミ……?」
「大丈夫よ、もう終わる。夕立が突撃したからね」
霞が示した戦場の一角に、旗艦であるガンビア・ベイも、彼女に身体を支えられたままのアトランタも目を向ける。
そこには夜闇の中でもはっきりとわかる、爛々と赤く輝く瞳。
「よく知ってるわよね。夜戦での夕立」
「……そうだね。今は味方かぁ……ちょっと複雑だけど、本当、良かった」
ここはソロモンではないけれども。
装甲空母姫にとって、それは間違いなく悪夢だった。
入渠施設は艦娘にとって公衆浴場としての側面もあるが、それでも本質はやはり損傷の修復施設だ。
だから出撃から帰投して損傷の修復のために入渠する場合、基本的にはその出撃に参加した艦娘が最優先される。修復には数時間以上の時間がかかることもあるが、その間はほぼ貸し切り状態となるのだ。
今は平時ということもあって、アトランタには
アトランタは浴槽に身を横たえながら、まどろみにも似た時間を過ごしていた。普段は前世の記憶のせいで不眠症気味なのだが、入渠中だからかそれとも違う理由があるのか、今は夢を見ることもなくとても気持ちの良い時間を過ごせていた。
だが、
「ランタ、まだいるっぽい?」
不意にそんな声と共に入口のドアが開けられたかと思うと、無遠慮に小さな人影が施設内へと踏み込んできた。
うとうとしていた意識が強引に覚醒し、目の前にいるのが誰かを理解する。
「Nightmare……? ちょっと!? ここ今あたしが使ってるんだけど!?」
「知ってる。同じ出撃に参加したから、夕立にもここ使う権利はあるっぽい」
抗議の声を一切無視して、夕立はすぐ隣にどぷんと浸かる。
「こら、せめて身体洗ってから浸かれよ!」
「ここに来る前にお部屋でシャワー浴びてきたから、別に汚れてないっぽい」
「じゃあなんでわざわざ来たんだよ!」
「こういう時でもないと、ランタとゆっくりお話できないでしょ?」
悪びれることなく言いながら、夕立は身を寄せてくる。
思わず距離を取ろうとするのだが、
「傷、もう大丈夫っぽい?」
心配そうな声音でそう尋ねられては、先程のことを思い出してさすがに動きを止めるしかなかった。
「もう入渠も終わりって時間だからね。ちゃんと塞がってるよ。一応礼は言っとく。ありがと」
「どういたしまして。でも自分のやるべきことをやっただけだから、本当はお礼を言われるようなことじゃないっぽい」
「あんたは……前世の時も、そんな感じだったの?」
「それは、正直よく覚えてないっぽい。艦娘として生まれてから歴史に残ってる記録も確認したんだけど、結局『よくわからない』んだって。ランタとあたしと……まぁ他にもたくさん沈んだことだけは確かみたいなんだけどね。
夕立の語る自分の前世の出来事は、まるで他人事のようで。
アトランタは思わず立場も忘れ、激高して叫ぶ。
「なんで! なんであんたは、そんな風に割り切れるのさ! こっちは艦娘として生まれた今さえ、あの時のことを思い出してなかなか眠れないってのに! もう片方の当事者のあんたがそんなだったら……あたしだけが、バカみたいじゃん……」
それは普段から周囲に対してどこか冷めているアトランタが珍しく見せる、剥き出しの感情だった。
夕立はその激情を正面から受け止めて、なお微笑んでみせる。
「ランタ。もしかして、艦娘として生まれてきたくなかったって思ってる?」
「そう思ったことは、何度もあるよ」
「そっか。なら……」
不意に夕立が強く抱き着いてきたかと思うと、力を込めて押し倒された。
感情を吐き出したところに不意を突かれ、なすすべもなく入渠施設の床に押し付けられる。
「この艦隊では、そんなこと言う人には教えてあげるべきことがあるっぽい」
「Nightmare……?」
「艦娘として肉の身体で生まれてきたからこそ、できることがあるっぽい。傷はもう治ってるって言うし、ランタにいっぱい夜の楽しさを教えてあげるね。最高に素敵なパーティしましょう?」
夕立が覆いかぶさるように身体を重ねてきて、唇を塞がれた。
これから何をされるのかはわかっている。地球意志に与えられた知識の中に、確かにそういう行為についての物は確かにあった。
けれども実際に体験するようなことがあるとは、正直なところまったく想像していなかった。
――その後、入渠が終わるまでの時間はまるで夢のようだった。
悪夢ではなく、とろけるほどの甘い夢なんてものが存在することを……アトランタはこの日初めて知った。
夕立がアトランタのいる入渠施設を訪ねるよりも前、まだ時間をかけて傷を修復していた頃。
「Admiral……私、頑張ったけどダメでした。アトランタを負傷させただけで……」
執務室に出撃後の報告をしに来たガンビア・ベイは、どこか虚ろな瞳でそんなことを言った。
よく見ると目の周りが赤くなっている。今は落ち着いてはいるが、きっとここに来る前に盛大に感情を吐き出したのだろう。
「ダメなんてことはないだろう。お前は私の命令に従ってあの場に踏み留まり、最後まで逃げ出さなかった。アトランタの負傷についても、あいつは自分の仕事をきっちりしただけだ。装甲空母姫もきちんと撃沈できたわけだし、出撃は大成功だよ」
日下部は諭すように、ひとつひとつ言葉を紡ぐ。
そう、今回の出撃は成功したのだ。ランク評価をしたとしても間違いなくS勝利だ。だから誰も気に病む必要なんてないのだ。
強いて言えば、
「私は霞の奴にこってり絞られたけどな。毎回こんな強引な方法で上手く行くと思うなって」
アトランタのトラウマの解消という大目的からすれば、確かにある程度の成果はあったかもしれない。何かもう一押しあってもいいかもしれないが、その辺は夕立も含めた当人同士に任せてもなんとかなるだろう。
だがその結果、ガンビア・ベイに新たなトラウマを作ってしまっては本末転倒だ。
「でもAdmiral、私……『もう一度サマール沖海戦をやらなきゃいけなくなったら、やります』とか言っておいて、こんなの……情けないです」
「ん、そうか。
「えっ……?」
率直な感想を述べたら、意味がわからないといった表情を浮かべられた。
「あのな。やる前は強い言葉を吐いてみても、実際にやってみたら思ってたのと違うなんてのはいくらでもあることだ。そこで自分の言葉から逃げ出す者も少なくないが、お前は自分の言葉に責任を持とうとしてるだろう? どれだけ臆病で気弱で情けなくても、その時点でお前は間違いなく強いよ」
「Admiral……」
ガンビア・ベイの瞳が大きく見開かれていく。きっと彼女は、自分が強いなんて思ったことはなかったのだろう。
だが
第三次ソロモン海戦で単身突撃して大戦果を挙げた、
「……少し、気持ちが楽になりました」
「ん、そうか。それは何よりだ」
「でも、あの。もっと力強く『もう怖くなんかない!』って言えるように、その……早くMk.IIになりたい……です」
「ははは、正直だな。わかった、意向は受け取っておく」
自分の望みをきちんと口にできるところは好感が持てる。持てるのだが、さすがにこればかりは「はいわかりました」と二つ返事をするわけにはいかなかった。何しろ彼女をもう一段階大規模改装するために必要な素材は本当に貴重で、そして同じ物を要求する艦娘は決して少なくないのだ。
「はい! すぐには無理でも、きっといつかお願いしますね!」
「ああ、いつか必ず……な」
いつになるかはわからないけど、この願いは絶対に叶えてやりたい。
自分の言葉から逃げないことを、日下部は固く心に誓うのだった。
※アトランタとガンビア・ベイを中心とした、「艦娘たちのザラザラした大地 -夜戦嫌いなんて信じられない-」の直接の続編です。
「西方第四海域カスダガマ島」、いわゆる4-4ですが、まぁぶっちゃけた話ここのボスの装甲空母姫がこんなに強いことはないと思います。きっとこの時は、ゲーム本編では絶対に出てこない激レア個体が出てきたりしたのでしょう()
艦これ本編、前話の後書きで「E6-3で止まって友軍を待っている」と書きましたが、結局10日間もここで足踏みすることになりました。本日(9/22)来ましたので無事に突破できました。
残るE7は長丁場ですが、一気に進めたいと思います。
SSの方は、次話はある艦娘のマリッジブルーシリーズです。イベントの進捗状況次第と相談しながらになりますので、ご了承下さい。