日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


カノジョのシマイ

恋と戦争においては、あらゆる戦術が許される。

――ジョン・フレッチャー

 

 

伊勢型航空戦艦の改二は本当に便利な存在だ。戦艦でありながら艦戦と艦爆を搭載できるというのは、さまざまな局面においてアドバンテージを発揮する。

だから阿賀野より後から嫁艦候補になったにも関わらず、彼女を追い越して日向が先に最高練度に至ったのは、ある意味で当然のことだった。

 

「改めて最高練度到達おめでとう。日向、私とケッコンしてくれるか?」

二人きりの執務室で日下部が尋ねる。

とはいえ正直、答えは聞くまでもなくわかっていた……日向の表情は、恋の喜びに浮かれていると言うにはあまりに渋面すぎたからだ。

 

「すまない提督。少し待って欲しい」

「はいはいお前もマリッジブルーですか。まぁいいですよ」

こんなことに慣れるのも本当にどうかと思うが、どうも自分の嫁艦候補たちはいざケッコンという段になって何かしら思い詰める性質らしい。だから煮えきらないことを言われても、今更動揺するようなことはなかった。

 

「一応、理由を聞こうか?」

「事情は言えないんだ。すまない」

動揺するようなことはなかったが、さすがにこれは苛立つ。つい青葉の時のことを思い出してしまって、盛大に溜息が出た。

とはいえあれでひとつ忍耐力が磨かれたのも事実だ。日下部は声を荒げることもなく、

 

「じゃあ、いつまで待てばいい?」

「すまない。自分でもどうしたらいいかわからないんだ。とにかく今は、待って欲しい」

「わかったよ。でも私もそんなに気の長い方じゃないからな? ケッコンするにしろ婚約解消するにしろ、なるべく早く解決して欲しい」

「わかっている。すまない」

搾り出すように吐き出した日向の言葉は苦悩に溢れていて、もし強引に決断を迫ればおそらく自罰的な方向に走るであろうことは理解できた。日下部としてもそれは望むところではないので、この場ではこれ以上責めるようなことを言うのは控える。

だが、黙って放置して良いものでもない。差し当たっては、

 

(……金剛にでも相談するか)

去年の夏に日向の気持ちを後押しするのに一役買った彼女であれば、きっと快く協力してくれることだろう。

 


 

「Hey日向、私に事情を教えるデース。提督には秘密にしますのデー」

日下部に相談された金剛は、早速日向の部屋を訪ねていた。

 

「そうだな。独りで考え込んだって答えは出ないだろう。金剛なら相談相手にちょうどいいのかもしれないな」

日向は寄せていた眉根をふっと緩めて、小さく息を吐き出す。

 

「Yes! 去年の夏みたいに力になりマスヨー?」

「そうであることを願う。実は先日、用事があって伊勢の部屋を訪ねようとしたんだ。だがドアの前まで来た時、中から伊勢と衣笠の声が聞こえてきてな……」

日向の告げた名前に、金剛は思わず虚を突かれた表情になった。

伊勢と衣笠。はっきり言って珍しい組み合わせだろう。正直、二人にどんな共通点があるのか想像できなかった。

 


 

「伊勢さん。もうすぐ日向さん最高練度になっちゃうよ。そしたら提督とケッコンするんじゃないですか?」

衣笠の声には、どこか焦燥にも似た成分が含まれていた。

 

「そうね。青葉がケッコンする時のあなたと同じ立場じゃない?」

だが当の伊勢はと言えばどこ吹く風といった感じで、一見するとまるで興味のないようにさえ感じられる。

 

「でも衣笠は、青葉には本当の気持ちを全部ぶちまけましたよ! 提督に伝えないのはいいけど、日向さんには言っておくべきじゃないの!?」

「そんな必要ないでしょ。日向が提督を好きなこと知ってて、後から勝手に好きになったのは私なんだから」

「普段あんなに張り合ってるのに恋だけそんなに物分かりがいいなんて、伊勢さんらしくないよ!」

「何が私らしいかなんて、私が決める。あなたに指図されることじゃない」

さすがにその言葉にはむっとしたのか、伊勢の語気が荒くなる。

 

「でも伊勢さん、青葉の時に荒れてた衣笠を慰めてくれたから。そんな伊勢さんが全然報われないなんて……」

だが。対する衣笠の声は今にも泣き出しそうな程に震えていた。

 

「ありがとね、衣笠。私はそれで十分よ」

一転して優しく諭ような声音で伊勢が告げ、それきり二人の会話は途切れた。

 


 

「本当は聞くつもりはなかったんだ。だけどどうしても立ち去れなくて、結果的に全部聞いてしまった。金剛、私の恋は……伊勢を犠牲にしないと叶わない物だったんだ」

日向の声は、悔恨の情に満ちていた。何も知らなければケッコンにためらうことは一切なかったのだろう。だがその蓋然性はもう存在することはない。

金剛は思わず溜息を吐く。日向の気持ちが、あまりに理解できすぎたからだ。

 

「恋なんて元々そういうものデスヨ。私だって提督とケッコンする時、比叡の恋を犠牲にしまシタ」

「……金剛」

「誰も傷付かない恋なんてただのおとぎ話デース。私たちは戦争と恋の物語に生きてますカラ、勝者がいれば敗者もいマース。日向、All is fair in love and war デスヨー?」

――恋と戦争においては、あらゆる戦術が許される。イギリスの劇作家の言葉だ。

 

「わかっている。だけど、せめて機会は公平に与えられるべきじゃないか?」

「それは自己満足デスヨー。恋こそ機会の公平なんてあり得ないデース。恋の機会が公平だったら、提督のNo.1は川内じゃなくて私デース!」

「金剛……それでも私は伊勢とはできるだけ対等でありたいんだ。前世で数奇な運命を共に辿った、たった一人の姉妹だから」

日向の言葉は間違いなく傲慢だ。目の前に伊勢がいて全てを聞いていたら、ぶん殴られてもおかしくない程に。

 

「頑固者デスネー。でも、変な方向に意志の強いところは姉妹でそっくりデース」

「そうなるか……」

「まぁそうなりマース」

それでもやはり……金剛はその気持ちが理解できてしまうのだ。自分だって比叡に無茶をさせなければ、決断に踏み切れなかったのだから。

 

「OK、なら提督に伝えるべきことは決まりましター」

「……!?」

金剛の言葉に、日向が驚いて目を見張る。きっと自分でも、こんな状況に対する解決策があるとは思っていなかったのだろう。

 

「簡単デスヨー。伊勢にも同じ条件を用意すればいいだけデース」

日下部と伊勢には多少の負担をかけることになるが……構わないだろう。恋と戦争においてはあらゆる戦術が許されるのだから。

 


 

「日向のこと放っぽって、いきなりあたしを育成してどういうつもり?」

数日後、執務室には最高練度に達した伊勢の姿があった。

元々日向に負けじと練度は上がっていたので、最高練度まで到達するのにはさしたる時間はかからなかったのだ。

 

「そ、その……あたしとケッコン、したいの?」

「ん、いや。特にそういうわけでは。金剛からいきなり勧められたんだ、『伊勢を最高練度まで育てるデース!』って。まぁ個人的な感情抜きにしてもお前たち四航戦は強いんでな、その助言に従うことにした」

「そう……」

伊勢はなんだかあからさまに落胆していた。そんなにケッコンしたかったのだろうか?

 

「お前には出撃や神道の知識でお世話になってるから申し訳ないんだが、前にも言った通り私は特に好きでもない子とはケッコンしたくないんだ。逆にお前の方だって、私のこと別に好きじゃないだろ? 夏の時に日向泣かせた件もあるし」

「いつの話をしてるのよ。そんなのもう時効よ時効」

「おいおい、いいのか姉として。こんな悪い男に妹が引っかかってるのに」

「日向が自分の意志で引っ掛かりに行ったんだから、あたしがとやかく言うことじゃないわよ。それに、悪い男に引っかかったのは日向だけじゃ……」

「……ん?」

なんだか妙な流れになってないか。思わず日下部は戸惑いの声を上げる。

 

「な、なんでもない。とりあえずこの後用事があるから、もう行くわよ」

伊勢は何かをごまかすかのように強引に話を切り上げると、そそくさと立ち去っていった。

しかし金剛には「日向の問題を解決するため」と言って伊勢の育成を勧められたのだが……果たしてこれで何が解決するというのだろう?

 


 

日下部の元から立ち去った後、伊勢は艤装を完全装備して演習場に立っていた。

この後用事があるというのは、別に日下部をごまかすためのでまかせではなかった。目の前には、同じように完全装備の妹の姿。

 

「日向。単艦演習とかいきなり申し込んできてどういうつもり? あんたが提督とのケッコンをずるずる先延ばしにしてることと、何か関係あるの?」

「世の中まったく関係しない物事の方が珍しいぞ、伊勢」

「はぐらかしてんじゃないわよ!」

日向のこの飄々とした態度はさすがに苛立つ。思わず激昂して叫んだら、

 

「やれやれ、では単刀直入に。この演習に私が勝ったら、伊勢……お前は提督に告白しろ」

「なっ……!?」

さすがにその言葉には虚を突かれて、思わずめまいがしそうになる。

 

「あの提督は誰であれ、はっきり告白すれば好きになろうと努力はしてくれる人だ。きっと愛してくれるぞ」

「なんであんたが気付いてるのよ! それに逆じゃない? そこは普通、あんたが勝ったら『提督のことは諦めろ』じゃないの?」

「それだと伊勢はわざと負けるだろう? たった一人の姉妹だからな。考えてることくらいはわかるさ」

「……あたしは、あんたと提督の傷になりたくないのよ。あんたの席を取っちゃうのも嫌だし、提督にあたしを振らせて傷を付けるのも嫌。それくらいだったら何も言わない方がいい」

胸の奥の概念核からじくじくとした負の想念が溢れてきて、思わず顔をしかめる。もし苦虫を噛み潰すようなことがあるとしたら、こんな感じだろうか?

おまけに、

 

「伊勢、お前の考えは理解した。だが私は、お前とはできるだけ対等でいたいんだ」

勝ちを譲ったはずの妹は、そんなものは認めないとばかりに傲然と言い放つ。

普段は怒気や激情とは無縁なのに、そのくせ意志の強固さだけは筋金入りだった。まったく誰に似たものやら。

溜息をひとつ吐き、腹を括る。

 

「はぁ……強情で手のかかる妹ね。わかったわ。その代わりあたしが勝ったらおとなしく提督とケッコンしなさいな」

「ほう、いいだろう。なら始めるか」

両者まったく同時に艤装を起動し、砲口を互いに対して指向する。

この演習、絶対に負けるわけにはいかない。

 


 

航空戦艦同士の戦いは砲火と艦載機が入り乱れ、ただの戦艦同士、あるいはただの空母同士の戦いよりも遥かに派手なものだった。

 

「どうした伊勢? ずいぶんと大人しいな」

「言ってなさい! 艦載機を放って攻撃、これよ! 伊勢航空隊、発艦始め!」 

「負けるものか。主砲4基8門、一斉射だ!」

姉妹同士、「艦」としての性能に差はほとんどない。だから決着を左右したのは、本当にごくわずかな差だった。

腰から下げた軍刀。「艦」ではなく()()()()()()使()()()()()()の存在に気付けたかどうか。

伊勢は一瞬の隙を突いて斬り込み、軍刀を抜き放って日向に叩き付ける。もちろん演習だから刀身に想念力は通しておらず、結果的に今はただの金属の棒だが、戦艦の腕力で振るわれるただの金属の棒は十分に凶器だった。

日向が思わずよろめいたところで、そのまま体当たりをするように身体ごと地面に向かって押し倒す。

 

「はぁ、はぁ……あたしの勝ちよ。文句ある?」

伊勢は馬乗りになり、至近距離からその顔を見下ろした。

 

「いや。しかしこんな強情で手のかかる姉とは思わなかった。まさかわざわざ恋の敗者になるために、全力で勝ちに来るなんてな」

日向はそんな伊勢を見上げながら、どこか呆れたような表情を浮かべていた。

――ああ。そんなところが本当に。

 

「ねぇ日向。あたしが提督を好きだったことには気付いたみたいだけど、もうひとつの気持ちには最後まで気付かなかったみたいね、あんた」

「なに……?」

伊勢は日向に向かって顔を近付けた。そしてそのまま……強引にその唇を奪う。

 

「あたしは、あんたも提督も好きだったの。もうそんなの、黙って諦めるしかないでしょ?」

本当に、本当に。最初は日下部への気持ちなんてなくて、日向のことだけを想っていた。そしてその気持ちは去年の夏に、一度黙って終わらせたはずだったのだ。

なぜ、その後に好きになった相手がよりにもよって日下部だったのだろう。それ以外の誰かであれば、日向とはまったく関係ない物語を紡げたはずなのに。

 

「すまない。まったく思い至らなかった」

どこか悔恨をにじませた日向に、伊勢の胸がじくりと痛む。

こんな顔をさせたくなかったから、黙っておくはずだったのに。

 

「だから日向。提督と幸せになって。お前の入り込む隙間なんて最初からなかったんだって、ちゃんとあたしに見せ付けて。そしたらあたしはきっとこの恋を終わらせられる。次に行けるから」

「すまな……すまない……伊勢……」

「泣くな! 勝者は敗者の前では胸を張れ。それがこの艦隊のモットーでしょ」

姉妹の涙を、伊勢は強引に禁ずる。

本当に泣きたいのはこちらなのだ。だからせめて、自分より先に泣いて欲しくはなかった。

 


 

「提督。君を愛している。私とケッコンしてくれないか?」

艦隊運営の終わりも間近の時間。

執務室に現れた日向に唐突にそんなことを言われて、日下部は思わず目を見開く。

 

「あ、ああ……。嬉しいんだが、いきなりどういう心境の変化だ?」

「そうだな。ケッコン前の身辺整理を終えたというところだ。詳細はやっぱり話せないんだが」

「わかった、聞かないよ。ありがとう日向、決心してくれて」

もしどうしても知っておくべきことなら、金剛が後で教えてくれるはずだ。そしてそうでなければ忘れていいだろう。

 

「指輪は後で渡すとして。お前、伊勢と単艦演習してきたんだろ。疲れてないか? 疲れてたら入渠するのが一番だぞ、なんだったら一緒に入るか?」

「ふむ、そういう発想がしれっと出てくる辺りは相変わらずだな……別に構わんぞ」

「構わないのかよ!」

思わずツッコミを入れてしまう。正直、半分冗談だったのだが。

 

「今更そんなことに照れるような関係ではないだろう? が……カタパルトは取ってくれるなよ?」

「なんだいきなり。お前っぽくないこと言い出して」

日向の発言に違和感を覚える。いざケッコンとなった時にそんなことを言いそうなのは、さて誰だろう?

 

「なに、あいつが言いそうな口説き文句を使わせてもらったまでだ。恋と戦争においては、あらゆる戦術が許されるからな。とはいえ君の嫁艦になるのは他ならないこの私なんだから、今は私だけを見てくれ」

「ん、わかった。なら私のことは名前で呼んでくれよ」

「わかった……真琴。今日は朝まで帰さんぞ」

続けて日向の口から飛び出してきたのは思いの外情熱的な台詞だったが、こちらは不思議と彼女らしい気がした。

日下部は日向を抱き寄せ、熱く抱きしめて唇を奪う。

夜はまだ始まったばかりだ。今夜もまたあの去年の夏のように、長い長い一夜になることだろう。




※前話から少し間が空きました。艦娘マリッジブルーシリーズ、日向編です。
とはいえ半分伊勢編な気もしますし、実際本話タイトルの「カノジョ」は日向と同時に伊勢を指しています。
伊勢の抱えていた「複雑な感情」に、今回ようやく決着を付けられました。本当に「増援輸送作戦!地中海の戦い」の頃には(日向に対してはともかく)日下部に対して一切恋愛感情はなかったはずなのですが、気付いたらこんなことになってました。

冒頭の名言について。
イギリスではすっかり諺になっているようですが、日本では「ガールズ&パンツァー」のダージリンの台詞として有名なのではないかと思います。
本当に「あらゆる戦術」が許されるかどうかはともかく、こういう考え方は実にイギリス人らしいのではないでしょうか。

さて艦これ本編、おかげさまで2023年夏イベクリアしました。ロドニー可愛いですね。
突破難易度は甲乙甲甲甲甲甲となります。2個目の甲種勲章獲得です。
そして夏イベの終了は10/11だと公式からアナウンスがありました。これを投稿している10/4時点で、あと一週間です。
まだ掘りが残っていますのでそちらが優先とはなりますが、イベ終了までにもう1話くらいは更新したいところです。
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