日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
どうしても乗り越えられない障害にぶつかった時は、頑固さほど役に立たないものはない。
色々なことのあったこの2046年5月だが、どうやら最後まで平穏な時間とは無縁なようだ。
以前から兆候を観測されていた時空震が、明日にも本格的に発生すると大本営から通達された。どうやら高次AIと深海棲艦は、6月を待たずに次のイベントを起こすつもりらしい。
まだ捷三号作戦警戒の終わりから2ヶ月は経っていない。ペースとしてはかなり早い方だと言えるだろう。
当然ながら明日には全艦娘が陸に上がって休息を取るわけだが、それはあくまで明日の話だ。今日は普通に演習や出撃を行えるし、であればそれによって大規模改装が可能な練度に到達する艦娘もいる。
「どう、清霜かっこいい? 強い?」
日下部に報告するために執務室にやって来たのは、夕雲型駆逐艦の末妹に当たる清霜だった。
「確かに強い。なんだかんだ言ってもお前も夕雲型だよな。D型砲持たせると結構な火力になる」
同型艦の中でも群を抜いて小柄な彼女ではあるが、夕雲型はあの大戦における最新鋭の駆逐艦だ。改二のある艦は別格とすれば、彼女の強さは駆逐艦として見ればそう悪いものではない……
「ふっふーん。褒められた。あと何回改装したら戦艦になれるのかなぁ」
灰青色の瞳を無邪気に輝かせながら、清霜はそんなことを言う。本気で戦艦になることを夢見ている駆逐艦、それが清霜という艦娘だった。
それを見ている周囲にとってどれだけ呪いに写ろうとも、清霜という艦娘は決して己を曲げない。「そういうもの」として生まれてきているのだ。
そんな清霜の態度に日下部は、
「お前が着任してからずっと言うか迷ってたが……清霜、ちょっといいか」
普段から思っていたことを伝える良い機会だろうと、言葉を選びながら声をかける。
「なに? あ、どうせ司令官も『戦艦になんかなれない』って言うんでしょ? なれるもん!」
「その夢を頭ごなしに否定するつもりはない。人類史においてこれまで不可能とされてきたことを、技術の発達が覆してきたことなんて何度もある。だが、それでもできないことはあるんだ。たとえば私は日本人とフランス人のハーフだが、純度100%の日本人になることも、逆に純度100%のフランス人になることも不可能だ。想念工学がここまで発達して、性別ぐらいは好き放題変えられるようになった現代においても、だ」
「……」
清霜は無言で日下部の言葉に耳を傾けている。
聞き流している素振りもなく、真剣に受け止めてくれているようだ。
「だが『従来の人間の範疇に収まらない肉体』を作ることなら可能だった。そもそも半分ほど人間ではなくなった
不可能なこと自体は解決していない。
だが、それが不可能であることによって生じていた問題は技術によって解決できるのだ。
「清霜。夢は漠然と追うな、目標の設定は明確にしろ。たとえば駆逐艦であるお前に、戦艦並の火力や装甲を与えてやる方法は何かあるかもしれない。だがそれは『戦艦になった』と言えるのか? たとえばお前を武蔵や大和と同じ肉体にしてやることはできるかもしれない。だがそれは『清霜が戦艦になった』と言えるのか?」
「司令官。清霜、そこまで考えたことなかった……」
「なら今からでいい、ちゃんと考えるんだ。その上で技術の限界を学べ。今の技術でできること、将来的にはできるかもしれないこと、どうしてもできないことを切り分けろ。必要な知識は学べ。私でも明石でも好きに聞きに来い、話は通しておいてやる。きちんとした筋道を立てて、可能性を提示できたら……その時は約束だ。世界二位の想念工学者として、可能な限りお前の力になってやる」
日下部はそこで言葉を切って、清霜の瞳を覗き込む。
「司令官。清霜の夢にちゃんと向き合ってくれたのは嬉しい。でも、どうしてそこまで考えてくれるの?」
「そんなのいつも言ってるだろ。私は自分の好きなものを好きと言える子は大好きなんだよ。だが叶わない夢を闇雲に追い続けると、いつか好きって気持ちは摩耗して消えてしまうからな。お前がそうなるのを見るのは忍びないんだ。だから夢との向き合い方はちゃんと考えろ」
「ん、……わかった。本気で考えてみる」
「どうせ駆逐艦はもっと高練度まで育てるからな。お前の育成が終わった時に、『答え』を聞くことにするよ」
灰青色の瞳からは、先程までの無邪気な輝きは失われていた。だが、違うものがそこに宿っている。
決意の炎。今、清霜は地球意志に与えられた本能としてではなく、今ここにいるひとつの存在として意志をみなぎらせていた。
新興市街地という「地続きで遊びに行ける場所」が生まれたおかげで、時空震の発生中に鎮守府に残る艦娘の数はずいぶんと少なくなった。
だが皆無というわけでもない。清霜が話をするために部屋を訪ねたその艦娘も、そういった一人だった。
「武蔵さん。相談に乗ってくれてありがと」
「いいさ。どうせトレーニングくらいしかすることがないからな」
清霜の憧れる大戦艦・武蔵。
まだ大和が着任していない日下部鎮守府においては、間違いなく最強と呼べる艦娘だった。
「しかし相談相手はこの武蔵で良かったのか? 言ってはなんだが私は金剛辺りと違って、相談慣れはしてないぞ」
「いいの、別に恋の相談じゃないし。あのね武蔵さん、昨日司令官にこんなこと言われてね……」
清霜は日下部とのやり取りをそのまま武蔵に伝える。
「一生懸命考えてみたんだけど、やっぱり自分じゃ漠然と『戦艦になる』ってことから考えが進まなくってね? だから誰かに相談しようって思った時、真っ先に思い浮かんだのが武蔵さんだったの」
「そうか、誰かに相談できるのは偉いぞ清霜。とは言ってもな、いきなり言われても難しい話ではある。日向の奴みたいに、普段から自分たちが何者か考えてるわけではないからな」
「えっ? 日向さん、瑞雲と司令官のことしか考えてないように見えるんだけど」
冷静に考えると結構失礼なことを言った気がするのだが、
「まぁ今のあいつは幸せボケだからな、そっとしておいてやれ」
武蔵も武蔵で苦笑しながらそんな風に言うのだから、日下部とケッコンしてからの日向が普段よりずっと浮かれているように見えるのは気のせいなどではないのだろう。
それはさておき、
「なぁ清霜。そもそもの話、なんでお前はそんなに戦艦に憧れてるんだ?」
武蔵は清霜の相談に対し、顎に手を当てて考えながら言う。
「それ武蔵さんが言っちゃう? レイテの時に見た武蔵さんが格好良かったから、だよ」
憧れのど真ん中の当人に対して「あなたに憧れています」と言うのは、なかなかに気恥ずかしい。
ところが……言われた当人はそんな答えをまったく予想していなかったかのように、どこか困惑したような渋面を浮かべる。
「武蔵さん?」
「格好良かったか? 武蔵御殿はようやく出撃したと思ったらとっくに航空機の時代になってて、シブヤン海であっさり撃沈だ。本当にそんな理由ならお前が憧れるべきは戦艦じゃなくて空母、私じゃなくてイントレピッドの奴じゃないのか?」
ああ、この大戦艦も前世の自分の最期に対してこんな自嘲めいた感情を抱いていたのか。
武蔵の意外な一面を知って驚くと同時に、少し言葉足らずだったことに気付く。
「えっとね。武蔵さんはあの時たくさんの航空機を引き付けて、艦隊の盾になって沈んだよね。武蔵さんがいたから、大和姉さまも他のみんなも無事だったんだよね」
「ああなるほど、少し腑に落ちた。要するにお前は、『皆を守るための力の象徴』として戦艦に憧れてるのか」
「うん、きっとそう」
さすがは武蔵、憧れの大戦艦だ。自分ではまとめられなかった想いを、この上なくしっくり来る言い回しに成形してくれた。
思わず嬉しくなって、
「それにほら。艦娘になった今なら武蔵さん、本当に艦娘では最強だよね。それこそ空母にだって誰にだって負けないんじゃないの?」
などと調子に乗ったことを言ったら……武蔵に先程に負けず劣らずの渋面を浮かべられて、思わず困惑しそうになる。
「えっ、何その表情!? まさか他の艦娘に負けたことあるの?」
「実はある。1対1の演習でな」
「え、全然知らなかった!」
思わず驚いて叫んでしまったのだが、逆に武蔵はふっと笑みを浮かべて、
「ああ……お前の悩みだが、きっとあいつにも相談した方がいいだろう。一応あいつも戦艦だしな」
「だ、誰?」
「この武蔵とはあらゆる意味で対極に位置する戦艦だ。『強さ』とは一種類の概念じゃないと理解できたのは、私にとっても良い経験だったな」
言葉が正しければ、それは武蔵にとっては敗北の記憶のはずだ。
だというのにそれを語る武蔵の顔は、どことなく愉快そうな色に満ちあふれていた。
幸いにして、その戦艦も新興市街地に出かけることなく自室でくつろいでいた。
武蔵に案内されてその戦艦を一目見た清霜は、
「……チェンジ」
つい思わず本音を口にしてしまう。
「にゃにゃにゃ! おい若造、ワシを舐めるなよ!? 武蔵の奴に『強さの意味について教えてやってくれ』と頼まれたから、話してやろうかって気になったのに!」
コンテ・ディ・カブール。100年前のあの大戦ではなく、そのさらに30年以上前に起きたもうひとつの大戦の時期に進水した、旧型も旧型のイタリアの戦艦。
艦娘になった彼女もそんな前世の実艦の性能を反映してか、駆逐艦と見紛うばかりの小柄さだった。胸部装甲だけはさすがに戦艦級だったが。
「そんなこと言ったってさー! 武蔵さんに単艦演習で勝ったことあるって、絶対嘘だー!」
「嘘ではないぞ清霜。去年の晩秋、秋刀魚祭りから秋イベにかけての時期の話だ」
武蔵からは本当に目の前の相手を認めていることが伝わってきて、ようやく清霜はその言葉を認める気になった。
「疑ってごめんなさいカブールさん」
「ま、いいわよ。気持ちはわかるし。そこは艦娘の身だからできたことよ。娘の身は前世とは色々と違うが、この身で生まれたからこそできることも多いぞ……その、恋とか」
少しだけ頬を赤く染めながらそんなことを言う姿に、清霜はあることを思い出す。
「司令官のお嫁さん候補の一人なんだよね、そういえば」
「ま、まぁね。ワシのモットーは、誰にも負けない! 恋でも負けない!」
そう言ってカブールは堂々と胸を張る。必然的に豊かな胸部装甲を突き出す形になるわけだが、それを見た清霜はつい反射的にむっとした気分になる。
そんな清霜の内心までは気付くことなく、カブールは本題となる話を切り出す。
「で、キヨシモ? 戦艦になりたいんだって?」
「うん。みんなを守れるような戦艦になりたい!」
「みんなを守れる戦艦なぁ。それは目指す方向として本当に正しいか?」
「……えっ?」
つい先程武蔵との会話で見出した道筋にいきなり異論を突きつけられて、思わずきょとんとした表情を浮かべてしまう。
「直接的に艦隊を守るのは戦艦の仕事ではない。戦艦はどちらかというと『象徴』だ。敵を威圧することで結果的に被害を減らすことには繋がるかもしれんがな」
「そ、そうかな?」
「そうとも。戦艦も含めた『艦隊を守る』、それはまさしくお前たち駆逐艦の仕事じゃないか?」
「言ってることはわかるよ。でも……」
その言葉に従って考えるなら、前世の清霜たちは戦艦である武蔵たち艦隊を守れなかったのだ。であれば清霜が目指すべきは戦艦などではなく、駆逐艦としての性能を極めろということになる。
もちろんそれはそれでひとつの在り方かもしれないが、だからと言って素直に頷けないのも事実だった。
「ふーむ。ワシもお前さんの夢を否定したいわけではないのだが……ああそうか、なら次はあいつと話してみるといい」
「誰?」
「ある意味でお前さんの夢と対極のことを言う奴だ。お前にとっては姉になるか?」
「実はならない。清霜とは別の型なんだあいつは」
武蔵がそこで口を挟んでくる。
その言葉で清霜にも、カブールが誰のことを言っているのかなんとなく理解できた。
「紛らわしい。ともあれ、あいつは現実の中で夢を叶える努力の仕方を知っている。直接的な参考にはならないかもしれんが、得る物は大きいと思うぞ」
「あいつは今日は?」
「提督と新興市街地でデート。ワシも行きたかったんだけど、さすがに希望者全員は無理だと言われて厳正なくじ引きをした結果、留守番になったんだよ」
武蔵とカブールの会話を耳にして、つい「誰にも負けないとか言っておいて負けヒロインやってるじゃん」などと思ってしまったのだが、口にするのはさすがに自重することにした。
相談に乗ってもらっている立場でさすがにこれ以上の失礼を働くわけにもいかないし……そもそも自分は誘われてもいないし誘われる立場でもないのだから、そんなことを言う資格はないだろう。
「うーん。明日からイベントで忙しくなるよね。相談できるのは少し先かな」
「提督に答えを告げるのは、もっと育成が進んでからなんだろう? なら焦る必要はないだろうさ」
武蔵の言葉に大きく頷く。
そう、時間はまだある。急いで答えを出す必要はないはずだ。
――それにしても、日向やカブールに対してつい突っかかりたくなるのはどうしてなんだろう?
※清霜の話です。シリーズとしては全3話の予定ですが、残り2話は次章に入ってからになります。
夏イベ中に投稿はできませんでしたが、お待たせしました。ちなみに実は夏イベ終了の2日前には書き上がっていたのですが、まさかの艦これ本編の清霜改二実装とタイミングが被りましたので、そちらの様子を見てからお出しすることにしました。
何しろ改二でまさかの戦艦化とかしたら、この話の内容が完全に陳腐化しますので。実際は杞憂だったので、胸を撫で下ろしています。
清霜について。
「自分の好きなものを好きと言える」艦娘なのは確かなのですが、同時に「叶わない夢を追い続けている」ようにも見えるのが少し辛いところ。
清霜の夢との向き合い方は各鎮守府でそれぞれ物語があるでしょう(改二で公式からもある程度回答が提示されたとも思っています)が、日下部鎮守府でももちろん彼女はひとつの「答え」を出すことになります。
ちなみに日下部鎮守府の清霜、本編にある通り割と毒吐きキャラだったりします。ちゃんと理由はあるのですけどね。
改めまして艦これ本編、夏イベお疲れ様でした。
当方も掘りでは若干の悔いが残りましたが、一番遭いたかった艦娘(サーモン)とは逢えましたので良しとします。
そして入れ替わりで清霜改二とハロウィン任務。忙しいですね。
本話にて「46億年と2046年/春」章が終わり、次回からは「46億年と2046年/初夏」章が始まります。
去年(リアル2022年/作中2046年)の梅雨・初夏イベを中心としたものになります。そう、SS時間軸でもようやくあの戦艦に改二が来ます。また今まであまり日下部鎮守府の艦娘としては目立たっていなかったとある駆逐艦姉妹の話や、新提督の登場も予定しています。
更新ペースはまた上げていきますので、お楽しみに。