日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

168 / 232
※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


46億年と2046年/初夏
艦娘たちのザラザラした大地 -第八駆逐隊は今日も平常運転?-


孤独だということは人と違う人間だということ。人と違っているということは孤独になるということ。

――スーザン・ゴードン

 

 

イベントが始まったものの、日下部鎮守府ではまだ穏やかな時間が流れている。

気の早い一部の提督はすでに攻略に取り掛かっているらしいが、日下部はそんな先行勢が情報を持ち帰ってくれるのを待ちながら、普段どおりの艦隊運営を行っている状況だ。

そんな中で今日も執務室に、一人の艦娘が大規模改装の報告に訪れていた。

 

「駆逐艦としてはかなり良い仕上がりです。司令官に感謝します!」

一応はプロの軍人である日下部が舌を巻くほどの見事な海軍式敬礼と共に告げたのは、朝潮型駆逐艦の長女・朝潮。

同型駆逐艦の1~4番艦で構成される第八駆逐隊に所属する彼女は、小学生じみた小柄な身体に似合わず規律に厳しい生真面目なタイプだった。

 

「おめでとう。これでお前も舞津さんのところの朝潮と同じ改二丁だ」

これまで日下部にとって朝潮といえば、自艦隊の個体よりも舞津鎮守府の秘書艦としてのイメージが強かった。

大本営の命令で幌筵(パラムシル)島まで中元寺鎮守府の調査に行った時も同行していたし、去年のクリスマスにはスランプに悩む秋雲のために「神絵師マイッツァー」である彼女に相談を持ちかけたりもしている。

とはいえこれからは、そうではなくなるだろう。改二丁となった以上、対潜戦や対地戦での活躍が大いに期待できる。日下部鎮守府の朝潮の物語は、ここから本格的に始まるのだ。

 

「は。しかしあちらの朝潮には、練度では遠く及びませんが……」

「それは仕方ない。あっちは最古参の提督だからな」

舞津は艦娘という種族が初めて登場した頃からずっと提督をやっている。「始まりの提督」である桜井中将が人類で初めての提督になってから、そう日を置かずに着任しているそうだ。所属艦娘の練度など、日下部鎮守府と比べるようなものではない。

 

「しかしなんだ。朝潮型の中で最初に改二になるのはお前だとずっと思ってたんだが、満潮と霞が先に改二になるとはね」

朝潮型3番艦の満潮、及び同9番艦の霞は、すでに改二に達している。

任務やイベントの関係で優先順位が変動したのが原因なのだが、

 

「曙とも婚約してますし、司令官はツンデレがお好きなのですか?」

どうやら朝潮はそうは取らなかったようだ。

 

「……好きなのは曙であって、ツンデレ全般が好きなわけじゃない」

「了解しました。ごちそうさまです」

そんな風に言ってからからと笑う朝潮に隔世の感を覚えて、思わず目を細める。

 

「昔のお前は堅物一辺倒だったのに、ずいぶん変わったなぁ。忠犬っぷりは変わらないけど、そんな浮いた発言が飛び出してくるとは正直思わなかったぞ」

「司令官、それはですね……」

朝潮はそこで言葉を切り、げんなりしたような表情を浮かべた。

 

「毎日のように舞津鎮守府の朝潮が、同艦交信でノロケてくるものでして……その影響でしょうか、この朝潮もさすがにそういうことに興味を持つようになりました」

「うわぁ」

舞津鎮守府の朝潮は、暇さえあれば舞津から想念交信で調教されている。同じ艦の概念から生まれた艦娘であっても、日下部鎮守府の朝潮とはまったく別個体だと言える。

そんな朝潮からのノロケを延々聞かされるなどと、それは確かにこんな表情になっておかしくないだろう。

 

「それはなんというかご愁傷様だな。もしあまりにも辛いようだったら、舞津さんに頼んで控えさせるが?」

「あ、いえ。お気遣いありがとうございます。ですが特に嫌というわけではありません、むしろ幸せな想念が伝わってきてこの朝潮も満たされるほどです」

なるほど、それは大いに納得だ。むしろその状況でさえ恋に興味を一切持たない鉄面皮ではなくて良かったと言うべきだろうか。

 

「ちなみにお前、好きな人誰かいるの? 私とか」

「申し訳ありません。司令官のことは尊敬していますが、恋愛となると……」

「アッハイ。まぁ聞いてみただけだ」

さすがにここまで増やしすぎた手前、新しく恋人を増やすとなると日下部の側にも覚悟が必要となる。

そういう意味では朝潮にその気がないのは、かえってありがたいところだ。

 

「正直に申しあげると、興味はあってもピンと来ないといったところです。当分は舞津鎮守府の朝潮のノロケに付き合うだけで十分です」

「そ、そうか」

朝潮のそれは思春期の少年少女が陥るという、恋に恋する状態というやつなのだろうか?

初恋は強引な手段で無理やり実らせた日下部においては、今ひとつ理解の難しい感覚だった。

 


 

翌日。朝潮と妹たち四人で構成される第八駆逐隊は、大本営に課された任務をひとつ見事に達成していた。

提督である日下部に対して必要な報告を行い、戦闘詳報に残すための撮影も終えれば、任務部隊としては解散となる。

だがこの時は出撃ではなく編成任務だったということもあって、一行はそのまま朝潮の部屋に移動して女子会(ガールズトーク)に突入していた。

 

「司令官、霞の改二の時は一応ツンデレに言及してたみたいだけど、私の改二の時は西村艦隊の一員扱いで超流してたわよね……私、なんでこんな部隊に配属されたのかしら……」

朝潮型3番艦の満潮は、俗に言う「三大ツンデレ」の一員だ。提督への当たりがきついことで知られるが、素直に態度に表せないだけで、蓋を開けてみれば熱烈な提督Love勢であることが多い。

日下部鎮守府の満潮もその例に漏れないタイプのようではあるのだが、

 

「満潮。姉として忠告しますけど、あの司令官はやめておきなさい。その先にあるのは地獄ですよ」

「……へぇ。堅物の朝潮姉さんから、そんなアドバイスされるとは思わなかったわ」

自分の口癖を勝手に使われたことにカチンと来たのもあるのだろう、満潮は姉に対し睨みつけるような視線を向けてきた。

だが当の朝潮はといえば、その視線をさらりと受け流しつつ、

 

「冷静に戦況を判断しなさい。言葉の裏の本心を察するのが苦手な方という時点であなたとの相性は最悪に近いというのに、現時点ですでに十四股で、さらに少なくとも神鷹が狙ってるんですよ。私たちが知らないだけで、きっと他にもいることでしょう。同じツンデレでも面倒見の良い霞と違って、依存気質のあなたには荷が重いと言ってるんです」

あまりにも強烈すぎる正論責め(ロジカルハラスメント)を、まるで12.7cm砲の一斉射のように叩きつける。

言われた満潮は顔を真っ赤にして、しかし何も返せず口をパクパクと開閉させるのみだった。

 

「朝潮お姉さん、それはさすがの満潮もサゲサゲなんじゃ」

「姉さん、恋愛に詳しくなりすぎでしょ。司令官に言った『ガチ恋はピンと来ない』って本当なのかしらぁ?」

脇でやり取りを聞いていた大潮と荒潮が、軽い溜息と共に口々に言い合う。

 

「……、さぁ。どうでしょうね」

朝潮はごまかすように、曖昧な笑みを浮かべた。

 


 

「……というようなことがありまして」

『まぁ、毎晩のように何時間も武雄さんの話をしてますからね。今更ですけどノロケ過ぎましたか』

「今更です」

同艦交信を通じて伝わってくる想念を、苦笑を交えつつきっぱりと切り捨てる。

第八駆逐隊の女子会も解散してほぼ深夜と言って差し支えない時間帯。普段ならとうに寝ている時間なのだが、日下部鎮守府の朝潮は時折こうやって舞津鎮守府の朝潮と同艦交信でお喋りをすることがあった。

正確にはお喋りというよりは、本人も言う通りあちらの朝潮と舞津提督の恋愛に関するあれこれをノロケ混じりで聞かされることが大半なのだが……。

 

「いいんですよ。朝潮も楽しんで聞いてますし」

着任して間もない頃からこの交流は続いていた。もちろん艦娘としての立ち振舞などを「先輩」である舞津鎮守府の朝潮から教わるような、同艦交信本来の使い方もあるにはあった。が、大半はただのノロケだ。

ただ、最近はその頻度が増えているように思う。

正確には去年のクリスマス辺りからだ。それまでまったく知らなかったが、彼女がネット上で有名な絵師だというのもその頃に聞かされた。何やらあちらの朝潮の中でひとつ吹っ切れたということで教えてくれたのだ。

 

『言ってはなんですが、朝潮と武雄さんとの関係はあまり一般的ではないと思うんですけどね。前に言ったと思いますけど、朝潮は多分武雄さんにとってあの子の「身代わり」でしかないですし』

「そうなんですかね……話を聞いた限りでは、とても深く愛されているように思うんですが」

『あの子にしてあげたかったことを、代わりに朝潮にしてるだけだと思いますよ』

そこだけは鉄のように頑なな意志が曲がることなく伝わってきて、思わず舌を巻く。傍らで聞いているだけでは、きっとわからない何かがあるということなのだろう。

――ズルい。

思わず反射的に浮かんだ思考を、慌てて想念障壁で遮断する。

幸いにしてあちらに伝わってしまうことはなかったようだ。代わりに取り繕うように、

 

「でもそうだとしても、あなたの方は舞津提督を愛してる……んですよね?」

『断言して良いのかはわかりませんけどね。別に他の人に恋愛感情を抱いたことがあるわけではありませんし。それでも……武雄さんに大切にされている時は、とても安らいだ気持ちになれます』

「……今日もごちそうさまです」

どうして私は、彼女ではないのだろう。私も彼女も、同じ朝潮のはずなのに。

決してあちらに伝えるわけにはいかない負の想念を必死に遮断する。

 

『あなたの方は? 散々ノロケておいて何ですけど、たまにはこちらが聞き役になりますよ。浮いた話はないんですか?』

不意にそんな想念が伝わってきて、思わず声を上げるところだった。

 

「ありませんね。ご存知かと思いますが、朝潮は当艦隊の司令官にはさっぱり相手にされていないですし」

自分から日下部を拒絶したことは伏せて、そんな風にうそぶいてみせる。

 

『じゃあ艦娘同士とか?』

「女性同士というのも今ひとつピンと来ないのですよね……差し当たっては、朝潮自身としては本業に集中で結構です。そんなことより、そちらのお話をまた聞かせて下さい」

『うーん、物好きですね。今更かもしれませんが』

「今更ですよ」

そう、今更だ。今更すぎる。

何時間にも渡るあちらの朝潮と舞津提督のノロケ話を聞くに当たって、換えのシーツと大量のティッシュを万端に準備するようになってしまった今となっては、何もかもが遅すぎた。

それでも……妄想と言う名の形而上の世界にあっては、自分は自由に何だってなれるのだ。

――あちらの朝潮にだって。




※初夏章の始まり、まずは朝潮の話です。
本文中にも書きましたが、これまで本作の「朝潮」は舞津鎮守府の個体を中心に扱ってきました。しかしこの時期に日下部鎮守府の朝潮が改二丁になりまして、本格的にこの物語に登場してきます。
恋の話……なのですが、やや不穏な気配が漂っています。ちなみに彼女は初夏章を通じてのキーパーソンとなる艦娘の予定です。

さて前話から少し間が空きましたが、艦これ本編は南瓜祭り(ハロウィンイベント)が進行中です。
任務を進めるのに特定の艦娘が必要なタイプのイベントですが、幸いにして当艦隊には全員おりました。ただし拡張任務を空けるためには浦波改二の任務をこなす必要がありまして、急遽育成中です。おかげさまでなんとか間に合うとは思います。
SSは初夏イベ(激闘!R方面作戦)に出撃するまで、主に前章から続いているシリーズが数話挟まる予定です。どうぞお楽しみに。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。