日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
情念は過度でなければ美しくありえない。人は愛しすぎないことには十分に愛していないのだ。
吹き渡る南洋の風が、急造された近代的な街並みを撫でて抜けていく。
日本と比べると明らかに暑いとはいえ、この時期はまだ酷暑と呼ぶほどではない。だがもう少しすれば、まともに過ごすことすら辛い気温になるのだろう。
提督や艦娘は、おそらくその前にこの土地からはいなくなっているだろうが。
「んー、ここに来るのはずいぶん久しぶりか」
ラバウル仮設新興市街地の港湾部で、日下部はコンクリートの地面を踏みしめながら感慨深げに呟いた。
「去年のルンガイベの第四海域の時に来たよね。あの時はもちろんこんなじゃなかったけども」
傍らに並ぶ川内が、記憶の蓋を開きながら答える。
「今回の第二海域はこっから東の『本物の』ショートランド方面だっけ? んー、個人的にはあの辺は前世の思い出が入り混じってなんとも言えない気持ち」
「そうだよなお前は。そして第三海域は逆にラバウルから西、ビスマルク海方面だ」
かつての大戦において日米は南洋で激戦を繰り広げたわけだが、たとえばラバウルとガダルカナル島の間には1000km以上の距離がある。かくも太平洋は広大なのだ。
と、その時。
「来たか日下部。無事に第一海域を突破できたようで何よりだ」
日下部と川内の上陸を待っていたかのように、聞き覚えのある力強い声が聞こえてきた。
「舞津さん! ご無沙汰しております。いつまでも新人気分ではいられませんから、このくらいはやらせていただきますよ」
それは佐世保鎮守府所属の大ベテラン提督、舞津武雄だった。傍らには当然のように、秘書艦である朝潮が控えている。
「朝潮も久しぶりだな」
「はい日下部司令、お久しぶりです。……あの、そちらの朝潮は最近どうしていますか?」
「ん? 先日お前さんと同じ改二丁に大規模改装したぞ」
「そうでしたか。おめでとうございます」
まるで我がことのように喜びの笑みを浮かべ、舞津鎮守府の朝潮は祝福の言葉を述べてくる。
「ありがとう。でも同艦交信で本人に言ってやってくれよ」
「それがですね。最近そちらの朝潮、同艦交信に応じてくれなくなりまして……健在であることは妹たちを通じて確認できていたので、そこまで心配はしていなかったのですが」
「おや、そうだったのか」
意外な言葉に驚く。特に自艦隊の朝潮からはそんな報告は受けていなかった。
「そちらの朝潮は今日は?」
「母艦待機の当直組だ」
日下部鎮守府に与えられた上陸許可は2日間。もちろんその間母艦に誰も残さないということはできないため、半分ずつ交代で上陸して休養を取る。いわゆる半舷上陸というものだ。
舞津鎮守府の朝潮は日下部の言葉に、少し額に手を当てて神妙な顔付きになり、
「少し、司令官との営みについてノロケすぎましたでしょうか」
「……おい」
「司令官からの想念交信での自慰指示をそのままそちらの朝潮にも伝達して、二人で一緒に果てたのはさすがにやり過ぎだったでしょうか」
「…………おいっ! 夫婦の特殊なプレイにうちの朝潮を巻き込むんじゃないっ!」
思わず全力でツッコミを入れる。
さすがにその言葉は聞き流すわけにもいかなかったのか、続けて舞津も自らの秘書艦に目を向けた。
「む、そんなことをしていたのか」
「は、はい司令官。日下部鎮守府の朝潮が興味津々でしたので、その……何回か」
「別に減るものではないから構わんが、そうと知ってれば二人分の指示を出したのに。次からは先に言え」
「だから勝手にうちの朝潮を巻き込むなガチペド!」
それで良いのか。いやまぁ自分などよりはるかに大ベテランの提督が良いと言ってるのだから、絶対にダメというものでもないのだろうが……なんとも釈然としない気分だった。
「おっと。聞き覚えのある声が聞こえたと思ったら」
と、その時。舞津とは別の男性の声が、横合いから不意にかけられる。
日下部はそちらに視線を向ける。
そこにいた白人の男性は、本来であればこの場にいるはずのない人物だった。
「おっおい、なんであんたがここにいるんだカタリーニ提督! ……って、その背中のユニットは」
「いよう兄弟。お前さんのおかげで欧州提督にもアイギス搭載型が増えてきてな。戦況にも余裕ができたし、今回も一部をこっちまで派遣できたんだ」
不敵な笑みと共にカタリーニが事情を説明する。どうやら日常に変化があったのは、日本の大本営だけでなく欧州提督会も同じらしい。
「日下部司令、でしたか? 初めまして。アイギス、良いものですね」
カタリーニの傍らに控えていたのは、金剛型姉妹の末妹・霧島だった。
もちろん日下部鎮守府にも同名艦娘が所属しているが、目の前の個体は明らかに歴戦の風格を感じさせる練度に至っていた。
「初めまして。お褒めに預かり光栄だ。えっと、カタリーニ提督の秘書艦って霧島だったの?」
「あー兄弟、知らなかったか? そうだよ、いいよなぁ眼鏡艦娘」
「相変わらずの眼鏡フェチだな。それは納得なんだが、てっきり同郷のローマかと」
「艦娘登場の最初期からローマがいたら、そうだったかもしれねぇけどな」
「彼女にだけは司令の正妻の座は渡しません。いえ、大淀にも鳥海にも渡しませんけどね?」
主人そっくりの不敵な笑みを浮かべる霧島の姿に、実に似たもの夫婦だという感想を覚える。
「なるほどな。私は艦娘がたくさん増えてから着任したから気付かなかったが、よく考えたら『ローマのまだいなかった頃』もあったよなそりゃ。ケッコンカッコカリが実用化されてから、だいぶ後になって出てきた有明が秘書艦である長谷川の奴が特殊なんだよな」
「陽菜さんの場合は『聖守護天使の契約』で自分の本当の気持ちを艦娘に知られるのが怖かったんだと思うよ。だからずっと長く誰ともケッコンしなかった。それを見抜いて、その上で受け入れたのが有明なんだよね」
「あっ、そうか」
元長谷川鎮守府の所属である川内の説明は、実に納得のいくものだった。いずれにせよ、その辺りはもう過去の話でいいだろう。今は彼女は有明と幸せにやっている……はずだ。
日下部は別のことを尋ねる。
「ところでカタリーニ提督、私の知り合いで来てるのはあんただけか? ママンとかシュナイダー提督とかレナード提督とかは?」
「いや、俺だけだな。なんだ兄弟、姐さんが恋しかったか?」
「そうじゃないんだが。頼んでた物はどうなったかなって」
もちろんわずか2ヶ月程度の時間でどうこうなるとは思っていない。あくまで確認の意味での質問だった。
「ああ、そいつはさすがにまだみたいだぜ。お前さんの頼みを伝えた時のミーネの奴の表情、見せたかった。『ついに決心してくれたか、喜ばしいな』って言ってたぞ」
「あいつはそう言うだろうなぁ。いや別にそういうつもりじゃないんだが」
思わず苦笑を浮かべた瞬間、
「てーいーとーくー? ミーネって誰、明らかに女の名前だよね? それに決心って何!」
隣にいる川内から怒気をはらんだ声が発せられ、思わずぎょっとしてそちらを振り返る。
「ヴィルヘルミーネ・シュナイダー提督! キール鎮守府の提督だよ。去年の夏に『共通の趣味』を通じて仲良くなってな」
「共通の趣味!? 仲良くなった!?」
「あっしまった言い方っ!?」
嘘は言ってないのだが、確かに言葉足らずだった。
さすがに今の川内は艤装を身に着けてはいない。だが拳か蹴りくらいは飛んでくるか……と身構えたのだが、
「……ねぇ、やっぱり人間がいいの?」
寂しそうに瞳を揺らしながら、どこか陰のある微笑を浮かべた川内の姿は完全に想定外で、思わず言葉に詰まる。
「艦娘と人間。どれだけ夜戦して肌を重ねても、違う生き物って溝は埋められないの?」
「バカだな川内。何度も言わせるな、私は艦娘専用だよ。そもそも肉体的には
「提督……、ううん。真琴さんっ……!」
川内は周囲の目もはばかることなく、ぎゅっと抱き着いてくる。
その身体を強く抱きしめ返すと、日下部はためらうことなく唇を交わした。
「おい、夫婦の特殊なプレイに俺たちを巻き込むな」
「見事なまでに衆人環視の中で白昼堂々、二人の世界に入りましたね。司令官ですら想念交信でこっそりセクハラする程度なのに」
「ああいうところはさすが、ラテン系の血が入ってるな」
当たり前だがこの超展開についていけるはずもなく、舞津と朝潮は困惑と共に呟く。
周囲にいるのは提督か艦娘ばかりとはいえ、さすがにここまでする者は少数派だった。というか放置するとキスでは止まらないのではないだろうか、この夫婦は?
「ラテン系で括んな、俺もラテン系だけどあそこまで見境なくないぞ」
生粋のイタリア人であるカタリーニでさえ、どこか呆れたような声だった。
「しかし姐さんの件はともかく、俺の方には一応中間報告があるんだが。大きな進展があったわけじゃないから、またの機会でもいいんだがな」
「日下部司令が第二海域を攻略した後でもよろしいのでは?」
「だな。じゃあ今は解散といくか」
霧島の提案は妥当なもので、カタリーニは素直に頷く。
「カタリーニ提督、せっかくの縁だ。何か困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ。できるだけは力になろう」
「あいよ、ありがとさん」
実に面倒見の良い舞津の言葉にひらひらと手を振りながら、カタリーニは霧島を伴って新興市街地の中心部へと歩いていく。
その背中を見送った後、舞津も朝潮を伴ってその場を立ち去っていった。
――なお最終的に日下部と川内は憲兵隊に厳重注意され、せっかくの貴重な上陸休暇を半日ほど無駄にすることになるのだが、これは自業自得というものだろう。
日下部と川内がやらかした翌日。
昨日の面々と入れ替わりでせっかくの貴重な休暇となったにも関わらず、日下部鎮守府の朝潮は自室のベッドで横になって、ぼんやりと天井を眺めていた。
思い出すのは先日、第一海域攻略直後に日下部と交わした会話。朝潮は執務室に呼び出され、イベントにおけるこの先の海域についての説明を受けていた。
「ダンピール海峡、ですか」
声が震えているのが自分でもわかる。それは前世における、駆逐艦・朝潮の最期の地。
ビスマルク海海戦、別名「ダンピール海峡の悲劇」。率直に言えば、二度と聞きたい名前ではなかった。
「そうだ。順番としては次の次ということになるが、第三海域はダンピール海峡を超えての輸送作戦となる。あくまでメインモチーフは早潮だから、お前や荒潮の沈んだあの戦いと直接の関係はないんだが……」
日下部はそこでいったん言葉を切る。その態度に嫌な予感を覚え、
「敵は
「……そんな!」
予感が的中したことに、ついめまいがしそうになる。
「早潮の撃沈の時だったら、あの戦いより3ヶ月以上早いじゃないですか。なのに何故……」
「朝潮。今は1942年でも1943年でもない。2046年だ。深海棲艦の連中にとって3ヶ月のズレなんか大した問題じゃないんだろう。だがな朝潮、それでも私はお前を第三海域に起用しようと思っている」
目の前の司令官の言葉に、後頭部を殴られたような衝撃を覚える。
「私は艦娘が前世のトラウマを乗り越える機会があれば、積極的に乗り越えて欲しいと思ってる。荒潮と白雪、時津風は育ってないからちと無理だがな」
直接のモチーフでないのであれば、おそらく史実特効は働かないだろう。
それでも日下部は、朝潮を起用すると言った。
「――行けるか?」
「………………、はい。ご命令とあらば」
司令官にそう問われれば、朝潮という生物にはそれ以外の言葉を返す選択肢はない。
その一言を絞り出すのに、胃のねじ切れそうな重圧を覚えたとしても、だ。
「そうか良かった。まぁ実際にそこまで到達するのはまだしばらく先だが、覚悟はしておいてくれ」
朗らかに笑いながら言う日下部が、そういえば生まれつき他者の感情に共感できない性質であることを……朝潮は思い出していた。
そんな会話をしたのは、わずか数日前なのにもう遠い昔のようで。
声に発することなく、朝潮は静かに思考を紡ぐ。
(司令官。朝潮、まだ覚悟は持ててません)
前世のことを思い出すだけで膝が震え、身が竦みそうになる。とてもじゃないが、艤装を付けての戦闘などできそうにない。
(普段だったらこんなの平気なのに。本当は怖くても、少なくとも司令官にご心配はお掛けしないように強がることくらいはできたのに。逆にどうしても嫌なら、せめて嫌だって言うくらいはできるはずなのに……)
自分自身の異常を明確に言語化すればするほど、概念核の奥に潜む「とある感情」に繋がっていることを思い知らされて、思わず目頭を押さえる。
(わかってる。本当はわかってる。絶対に好きになってはいけない人を、好きになってしまっているから。叶わない恋のせいで、心が弱ってるから……)
心地よい妄想に何度も逃げた。
あちらの朝潮の戯れに付き合うフリをして、その実何度も浅ましい欲を満たした。
(こんな気持ち、絶対に言えない。うちの司令官にも。あっちの朝潮にも。妹たちにも。もちろん本人にだって)
それでも……決して本当には満たされることのない想いが、まるで毒のように心を蝕んでいくのが自分でもわかる。
(司令官。朝潮は、他所の司令官を好きになってしまった悪い子です)
激しい自己嫌悪の渦にから必死で逃げるために、朝潮はそっと下半身に指を伸ばす。快楽に溺れている間だけ、現実の辛さから逃れることができた。
それが本当の自分の望みではないと、後で強く思い知らされるとわかっていても。
※カタリーニ提督を中心とするシリーズ「
しかしE3-2はダンピール海峡が舞台、しかも敵が
艦娘の他艦隊の提督との恋愛について。
寝取り云々の話は置いておいて(艦これエロ同人では定番のパターンかと思いますが)、本作世界では明確に軍規で禁止された行為です。これをやると他艦隊の艦娘との間に不和が起きかねず、戦力に余裕のない人類統合軍においては致命傷を招きかねないからです。おそらく隠れてやってる艦娘もいるかとは思いますが。
なお、妙高型姉妹のように鎮守府外の一般人との恋愛は特に禁止ではなかったりします。
艦これ本編、秋刀魚祭りで必要な装備を交換完了しました。飛龍(熟練)+イ号に隼II型(64戦隊)、本当に強いですね。
秋刀魚祭りはまだしばらく続くようなので、後は無理しない程度に秋刀魚を獲りつつのんびりする予定です。