日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


Famigerato ammiraglio 3

過去を広く深く見渡すことができれば、未来も広く深く見渡すことができるであろう。

――ウィンストン・チャーチル

 

 

第二海域を突破した艦隊には、前回の倍となる4日間の上陸が許可される。

日下部鎮守府の艦娘たちは再び、ラバウル仮設新興市街地でしばしの休暇を楽しんでいた。

前回の休暇では母艦に籠もりっぱなしだった朝潮だが、今回は妹である満潮に半ば強引に連れ出されてラバウルの街を歩いていた。

 

「ったく、そんなにダンピール行きが辛いならちゃんと言えばいいじゃない」

「別にそこまで辛いとは思っていませんよ。司令官もこの朝潮を想っての采配でしょうから、抗命などあり得ません」

「だったらなんで塞ぎ込んでるのよ?」

「……」

舌鋒鋭く切り返され、思わず黙り込む。

一瞬だけ、満潮に全部話して楽になってしまおうかと考える。日下部に恋をしていて、けれども周囲の状況や意地っ張りな性格から素直に気持ちを伝えられずに苦労している彼女なら、案外自分の気持ちもわかってくれるかもしれない。それに絶対に秘密は守ってくれることだろう。

だが一方で、満潮の片想いの相手はあくまで自分の艦隊の提督だ。艦娘として道ならぬ恋というわけではない。その一点が引っ掛かりとなって、朝潮はどうしても素直になれずにいた。

 

「まぁいいわ、今日は気晴らしに来たんだもの。これ以上は深く突っ込まないから、姉さんも少しは楽しみなさいよ」

そんなことを言いながら、満潮は周囲に広がる無数の露店に目を向ける。

二人がいるのは市街中心部からやや外れた一角だ。一見すると東南アジアや中東を思わせる雰囲気ではあるが、実は艦娘にとってはある種親しみのある光景だったりもする。かつては日本にも、間違いなくこんな時代が存在していたのだ。

 

「ここ、この間の上陸の時に見付けたのよね。なんか怪しくて面白い物がいっぱいあるわよ。どれもこれも馬鹿みたいに安いし、姉さんも何か買ってみたら?」

「……そうですね」

そう言いながらも、あまり気乗りのしない態度で朝潮は周囲を見渡し……ふと、その一角に置かれていた白い封筒のようなものを手に取る。

 

「ええと、新型想念ガジェット『デイドリーム』……? 『あなたが本当に望んでいる光景をリアルに体験することができます』ですか」

「何それ。胡散臭いわね」

眉をしかめながら満潮は呟くのだが、

 

「……」

半ば誇大広告だろうと思いつつも、朝潮はそのデイドリームと名付けられた白い封筒からどうしても目を逸らすことができなかった。

 


 

所属艦娘の半数ほどが出払った、日下部鎮守府の艦娘運用母艦「いが」。

その応接室で、日下部は他艦隊の提督を客人として迎えていた。

 

「よぉ兄弟。第二海域突破したんだって? お疲れさん」

普段通りの微笑を浮かべて、カタリーニ提督が称賛の言葉を告げてくる。

 

「ああ、ありがとう。そっちはとっくに前段最後まで突破してるんだっけ?」

「まぁこれでも姐さんと並んで欧州提督の中じゃ古参だからな。第三海域は反跳爆撃(スキップボミング)をかい潜っての輸送作戦があるぞ、対空の得意な艦娘の切りどころだ。アトランタを投入してる艦隊もいるみてぇだな」

「うーん、うちアトランタは一人だけだからな。後段も間違いなく対空戦がきついはずだし、避けられるなら避けたいところだ」

「まぁこっちも艦隊運営の方針上、事情は似たようなもんだった。だからな……」

そのまま二人はしばし艦隊編成の話で盛り上がる。こうしているとまるで普通の提督同士のようだが、

 

「さて兄弟、そろそろ本題に入るぞ」

適当なところで話を切り上げたカタリーニが、不意に表情を引き締める。

 

「冬イベの時に頼まれてたお前の親父の件だが……見事なまでに何もわかっていない」

「お、おう。中間報告があると息巻いてたんで期待したんだが、そんな報告なのか」

「焦んなよ兄弟、話は最後まで聞け」

カタリーニはそこで一度言葉を切る。

瞬間、明らかに空気が変わった。

 

「俺の前職に当たる組織は結構長い手を持ってた。そいつはよく知ってるよな? なぁ兄弟……いや、元ビジネスパートナー殿?」

まるで穏やかな海面の下から、無数の機雷が顔を見せたかのような剣呑さだった。

 

「ついに認めたな? コルレオーネ・ファミリー相談役(コンシリエーレ)、ロドリゴ・カタリーニ」

「元、だ。今は一介の善良なる提督だよ、そこは間違えんな」

「人の発明したマインドハックをさんざん使わせまくった挙げ句、自分とこで技術吸い上げ終わったら殺そうとしてきた輩が、言うに事欠いてビジネスパートナーかよ。ざけんな」

「あんな大それた発明の使い途を、惚れた女を寝取るくらいしか思い付かなかった小悪党が、俺たちの領分に進出しようとしたのが悪い」

糾弾に対して一切悪びれることなく吐き捨てるカタリーニは、間違いなく「本物の悪」なのだろう。

 

「とはいえある時期まで俺たちはビジネスパートナーだったはずだぜ、それは否定させねぇぞ。だからこそロゴスに法整備と対策をきっちりされてビジネスとして成立しなくなっても、お前の責任は問わなかっただろうが」

「勝手な言い草だ。悠也さんがいなかったら、間違いなく私を殺してたくせに」

「そもそもなんであっさりヴェットの奴にそのまま殺されそうになってんだよ。あの当時は攻性想念防壁(マインドウォール)防性想念防壁(マインドバリア)はおろか、自我診断すらなかったんだ。俺は逆にお前がヴェットをマインドハックで操って俺たちに食い込んでくることまで想定してたぞ?」

「……思い付きもしなかった」

「だろうな。良くも悪くもそこがお前の限界だ。俺たちの世界じゃ、そういう身の程知らずは喰い物にされて使い潰されるもんだと相場が決まってんだよ」

性根はさておき悪の才能に恵まれなかったのは、日下部にとって幸運だったのだろうか。それとも不幸だったのだろうか?

 

「まぁいい、わかった。小悪党の分際で調子に乗った私が悪かったってことでいいし、MM技術の本場とはいえ極東の小僧の新発明の価値を嗅ぎ付けたそっちの腕の長さは認める。……で?」

「わかってくれて嬉しいぞ兄弟。で……そんな俺の前職時代の伝手を総動員して、三流テロリストについて何の情報も出てこないってのは明らかにおかしいんだ」

そう告げるカタリーニは、本気で困惑しているかのようだった。

 

「なんとなく高次AIが気に食わないって集まった連中が適当に武器持って日本に渡航してきて、公安も特警隊も出し抜いて『ロゴスの発明者』を誘拐して殺す? それこそざけんなだ」

6年前のコルレオーネ・ファミリーの暗殺者は、当時の海自特警隊の網に引っ掛かった。だから長谷川悠也が間一髪で日下部を救うことができたのだ。

あの反高次AI派のテロリストたちが、それ以上の組織力を持っていたとは確かにあまり考えにくい。

 

「というか、当時からこれに誰も疑問を抱いていないのがまずおかしいだろ」

「何者かが意図的に情報を隠蔽したと?」

言わんとするところをなんとなく察して尋ねると、カタリーニは微かに眉根を寄せて、

 

「兄弟。闇ってのはどういう場所に生まれると思う?」

「光のない場所、だな」

「ああそうだ、だがもうひとつある。光が強すぎてまともに目を開けてられない場所だ。それもまたひとつの『闇』と言えるだろ?」

「……!」

今度こそ完全にカタリーニの言いたいことを理解して、思わず息を呑む。

表舞台の大きなところにいる誰かが、父の死に関わっている。もちろんそれは「当時の」であって、今もその立場にいるとは限らないだろうが。

 

「とりあえず引き続き調査は続けてやるが、正直そんな状況だからあまり期待はするな、ってのが中間報告だ」

「わかった。一応礼は言っておく。これで借り2だったか?」

カタリーニがいなければ、間違いなくここまでの調査はできなかっただろう。過去の因縁はひとまず置いておき、その程度の礼は尽くしても問題はないはずだ。

――などと思った日下部に対し、カタリーニは再びにやりとした笑みを浮かべて、

 

「ああ、礼はいらねーぞ。何故なら今から貸しを取り立てるからだ」

「なん……だと……?」

この手の連中に借りを作るとロクなことにならない。

平和だった時代であれば常識とも言える話を、今更ながらに日下部は思い出していた。

 


 

日下部もカタリーニも新たに届けられた茶で喉を湿らせ、茶菓を摘んで脳に栄養を与える。

そうして意識を切り替えてから、カタリーニはおもむろに鞄から何かを取り出した。

 

「こいつの説明は兄弟にはいらんよな。何しろ元本職だ」

そんなことを言いながらテーブルの上に置いたのは、幾何学じみた模様の印刷された厚手の紙だった。それは20世紀末から21世紀最初の数十年にかけて使われていた、「QRコード」という二次元コードに類似している。

ただし、現代は形而上学の完全勝利した時代だ。そこに記録されているのは電子情報ではない。

 

「IRコード。見た者に対し特定の想念を抱かせる、いわゆる『パッケージ化された想念』ってやつだな。極論すれば、これを作るのが想念工学者の仕事だ」

想念を物質化する単一技術である「MM技術」をその応用たる「想念工学」へと発展させる原動力となったのは、このIRコードの発明によるところが大きい。

 

「ご名答だ。だが、こいつはただのIRコードじゃねぇ。一言で言や『想念麻薬』だ」

「想念麻薬……おい、まさか」

「懐かしいだろ兄弟。あの頃のお前が作って俺たちが大々的に売ろうとした、我らが友情の証ってやつだ」

先程のやり取りがこんな風に繋がるとは想定外で、思わずめまいがしそうになる。

 

「ロゴスに対策されて、ビジネスとして成立しなくなったんじゃなかったのか!?」

「もちろんそこら辺は改良されてるだろうな。ちなみに念のために言うがこいつを作ったのは俺じゃねぇ、そもそも今の俺はただの提督だ。こいつは『デイドリーム』、通称”D”って呼ばれている。こいつが今、密かに一部の艦娘の間で出回り始めているらしい」

「なんだと……?」

もちろんマインドハックと違い、このIRコードによる想念は自発的に受け入れなければ形而上の自我(タマシイ)に取り込まれることはない。

ただし世の中には「自発的に受け入れたくなる、破滅をもたらす想念」も間違いなく存在するのだ。

 

「一切の身体的な薬理作用なしで、ドラッグの多幸感だけを与えるって代物だ。副作用も中毒性もない……って触れ込みだが、ンなわけあるか」

「それだけの多幸感を得たら脳内快楽物質(ドーパミン)が大量に分泌されるだろう。適量ならともかく、過剰分泌されると本物の麻薬と同じことになる」

「そういうことだな」

艦娘に脳は存在しないが、概念核が脳と心臓両方の役割を果たしている。脳内快楽物質(ドーパミン)も分泌されるし、それで中毒になる可能性は大いにあった。

 

「憲兵隊がこいつの出どころを追っててな。前職の経験を買われて、俺に協力の依頼が来たんだ」

「協力の依頼なぁ。大方容疑者として疑われて、潔白を証明するために率先して動かざるを得なくなったってところじゃないのか」

「ははは。兄弟、あんまり頭が切れると嫌われるぞ?」

まったく笑っていない目で乾いた笑いを上げるカタリーニの姿に、日下部は今日初めてこの男を出し抜けた気分になった。

 

「で、クズ仲間のよしみってことでお前さんにも協力してもらいたいのさ」

「クズ仲間はともかく、想念工学者として興味がないと言ったら嘘になるな。どれ、とりあえず預かって解析するってことでいいか?」

「ああ、頼む。ちなみにまだ緊急を要するってほどじゃねぇんでな。イベント優先でいいぞ。後段作戦は日本近海になりそうだろ? ならお前さんたち日本提督は自分の鎮守府に戻るだろうし、その頃に本格的にやってくれりゃいい」

提督の本分はあくまで深海棲艦との戦いだ。想念麻薬への対処は主として憲兵隊の仕事であり、日下部はもちろんカタリーニでさえ「協力」を求められているに過ぎない。

 

「ふむ……」

当たり前だが日下部は、朝潮と満潮が今どこで何をしているか知らない。

だから、

 

「わかった。確かにこの母艦の設備じゃできることにも限界はあるしな」

「おう、よろしく頼むわ」

この件を差し迫った危機とまでは捉えられなかった。

預かった”D”を軍事用の書類鞄に厳重にしまい込んでしまえば、この件に関する話はひとまず終わりだった。

 

「っと、さて。霧島の奴はどうしてっかな……?」

「うちのローマ、鳥海、大淀と話してるはずだが。多分食堂じゃないか?」

「だな。どれ、想念交信で呼びつけるのも風情がないし行ってみるか。構わんだろ?」

そんなことを言いながらカタリーニは椅子から立ち上がる。

 

「ああ、なら私も一緒に行くか」

カタリーニの秘書艦の霧島がどんな感じか、少しだけ興味がある。

カップに残っていた冷めかけの紅茶を急いで飲み干し、日下部も続けて席から立ち上がった。




※本章のメインストーリーに当たる話の続きです。さぁ、きな臭さが立ちこめて参りました。
今回、カタリーニの正体と日下部の過去の所業が出てきました。日下部は本当にぎりぎりのところを多くの人に助けられて、今この場にいます。
あと一歩道を踏み外していたら、更生の余地などない悪党に成り下がる……前に死んでいたことでしょう。

IRコードについて。
割と本作の初期から「想念を共有する」という言い回しは出ていましたが、具体的な手段については注意深く描写を避けていました。実際はこういう方法で行っていたわけです。
日下部が「やらかす」前は割と誰でも自由にMM機関を使えましたので、生活に必要な物は現物ではなくIRコードの形で入手して後からMM機関で物質化するということを当たり前にやっていました。
マインドハッカー事件によるMM機関の一般市民の使用制限、そしてシンギュラリティ到来という二度の世界の変革に伴い、現物の価値がまた戻ってくるわけですが。

艦これ本編、クリスマス任務はしばらく続くかと思います。
SSは次話はこの直接の続きである「Famigerato ammiraglio 4」です。しばしお待ち下さい。
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