日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
嫉妬は自分とそれ以外の人とは別々の存在だと思う心から生じる。
――それはまさに眼鏡だった。
食堂の一角に霧島、ローマ、鳥海、大淀、四人の眼鏡艦娘が集って談笑している。霧島はカタリーニ提督の秘書艦であり、他は日下部鎮守府の艦娘だ。
「私が司令の正妻の座を射止めるに当たって、最強だった敵は誰だと思いますか? ちなみにローマさんはまだ艦娘になってない頃でした」
霧島は少しだけ挑戦的な顔付きを浮かべ、周囲の艦娘をぐるりと見回す。
「やはり鳥海さんですか?」
真っ先に答えたのは大淀だ。自分と同じ名前を挙げられた鳥海は少しだけ気恥ずかしそうにうつむいていたが、しかしその答えに異存はないようだ。
だが、霧島は静かに首を振る。
「違います。声は似てるんですけどね。正解は『眼鏡を掛けた金剛お姉様』でした」
「それ、反則なのでは……」
「まぁ元からの眼鏡艦娘だろうが眼鏡を掛けたお姉様だろうが、私は誰にも負けませんけどね」
「まるでカブールみたいなことを言うのね。
ローマが若干の苦笑を浮かべたところで、
「うーん。やっぱどこでも金剛は提督Loveなんだな」
「ははは。しかしあいつにあそこまで眼鏡が似合うとは思わなかったぜ」
横合いからトーンの違う声がかけられて、艦娘たちは一斉にそちらに目を向ける。
そこには日下部とカタリーニ、提督両名が連れ立ってやって来ていた。
「お疲れ様です。会談は終わられたのですか?」
「おう。悪いな楽しく話しているところ。こっちの用件は終わったんで顔出しついでにな」
大淀の質問に対して答えた後、日下部はぐるりと周囲を見渡して意外そうな表情を浮かべ、
「そういやこの面子なのに、うちの霧島はいないのか?」
「あ、それは。私が同席をお断りさせていただきました」
その質問に対しては、霧島がきっぱりとした態度で回答する。
「おや、なんでまた?」
「当カタリーニ鎮守府の方針として、『同名の艦娘は一人までしか着任させない』というものがありまして」
「いわゆる単艦教な。それは提督の方針だから自由にすればいいとは思うが、実際問題として『現に同名の艦娘は複数存在する』んだから接触を忌避する理由にはならんだろ。同艦交信なんてものもあるんだし」
説明に対して、日下部は明らかに納得していない様子だった。
だがそこで、
「兄弟。うちじゃ戦略的に必要な場合以外は、他鎮守府の艦娘と同艦交信することも禁止してるんだ」
横からカタリーニが口を挟んでくる。
「つーのも……同じ艦の概念から生まれた艦娘同士って、長時間話していると自他の境界が曖昧になってくるって研究成果があるらしくてな?」
「それは一応知ってる。だがそれは一時的なものだろ? 普通は別々の肉体を持って存在している以上は、そこの区別が完全に付かなくなることなんかないだろう」
「そりゃそうだろうが、それでも影響ってのはどこでどう出るかわかんねぇからな。悪いがこいつはうちの方針だ」
霧島自身としては、慎重すぎるのではないかとも思う。そんなに簡単に自我の混淆が起こるのなら、とっくに問題が起きて何らかの措置が講じられているだろうと思うからだ。だがそれでも、自分が司令と仰ぐ人間が決めた以上はおとなしく従うつもりだった。
「なるほどな。うちは単艦教じゃないから複数名着任している艦娘もいるし、そこまで厳しく制限するつもりはないが、一応注意しておくか」
「姐さんとこの艦娘。同艦交信使って他鎮守府の艦娘と夜戦で悪さすんの、あれ本当やめて欲しいんだよなぁ」
「それは正直わかる」
提督二人は苦笑を浮かべる。
カタリーニが姐さんと呼ぶのはヴァランタン提督だ。そういえば彼女は日下部の母親だったことをふと思い出す。
「さて、と。おい霧島、そろそろ行くぞ」
「はい、わかりました」
促されて霧島は立ち上がった。現れた時にカタリーニは用件は終わったと言っていたのだから、確かにそろそろお暇すべきなのだろう。
「日下部鎮守府の皆さん、普段と違う艦娘たちと話せて良い刺激になりました。それでは、
イタリア語の別れの挨拶と共に軽く会釈をし、霧島はカタリーニと並んで歩き出した。
去っていったカタリーニとその秘書艦を見送った後、
「大淀、すまんが用事がある。一緒に来てくれ」
日下部は残った自艦隊の大淀に声をかける。
「はい、了解しました」
鳥海と大淀に別れを告げ、日下部は大淀を伴って廊下を歩く。
「提督、どちらへ向かっているのですか? 執務室の方角ではないようですが」
「会議室だ。ちょっと機密性の高い話をする必要があるからな。控室だとさすがにそこは難がある」
提督と秘書艦が書類仕事を行うための執務室には、休憩やちょっとした歓談を行うことのできる控室が隣接して存在する。ショートランド人工島にある地上施設でもそうだが、艦娘運用母艦においても同じ構造をしていた。
控室には執務室を通らないと入ることができないため、ちょっとした会談程度ならここで十分行うことができるのだが、本来はあくまで休憩用であり防音性に優れているとは言い難い。だからそれとは別に、きちんとした会議室も一応は存在していた。
やがて二人は目的の部屋へとやって来る。
「わざわざここに来るのも珍しいですね」
大淀がそんな風に言うのも無理はない。艦隊運営はどこも基本的に提督個人の采配か、秘書艦や任務娘である大淀など少数の艦娘との会談で運営されるため、会議室が使われることは滅多にないのだ。
「機密性の高い話だと言っただろう? とりあえず早く入れ」
「はぁ……」
急かしすぎたからだろうか。大淀は少し訝しげな表情を浮かべながらも、それでもおとなしく室内へと入る。
日下部もそれに続き、扉を内側からしっかり施錠すると、
「これで良し。では……体内MM機関、マインドハックモードで起動」
音声を併用しての想念入力。日下部の肉体から白く着色された光の帯のような
大淀の表情は、たちまち驚きに満ちたものへと変わっていった。
「て、提督……? あの。何をなさる、おつもり、ですか……?」
「何をするつもりだと思う?」
日下部としてはわざと悪ぶって、冗談半分に言っただけのつもりなのだが、
「やっ、やだぁ……っ!」
何を想像したのか。大淀は涙で顔をくしゃくしゃに歪めて、いきなり慟哭を上げる。
「お願いします、明石への気持ち消さないで下さい! あの、私の身体をご所望でしたら捧げますから。心だけは……許して下さい……」
「ねぇいきなりガチ泣きしてそんなこと言われるって、どんだけ私信用ないの!? 嫁艦候補以外に手出したら浮気って言われちゃうし、好きな子以外とはシないっていつも言ってるよな!?」
確かに大淀の言っているようなことはできなくはないし、初恋の相手に対しては似たようなことを実際にやっているのだが、それにしたってここまで信用がないとは思わなかった。
「そもそもお前、任務娘として機密情報を扱う立場なんだから
「て、提督なら、そのくらい突破できるんじゃないですか?」
「確かにできるし、だから今こうやってマインドハックしようとしてるわけだが。まぁ心配するな。想念を内見させてもらうだけだよ。書き換えは一切しないから安心しろ」
初恋を強引に実らせた頃と違い、現代ではマインドハックによる他者の
「どれどれ」
「ひっ……」
大淀の
――実は想念の内見だけでも許可なしで行うのは法に触れるのだが、そこは事態の重大性を鑑みた超法規的措置ということにしておこう。
「OK、シロ。"D"の出所どころか、その名前すら知らないな」
マインドハックで大淀の一通りの記憶を確認し終えた日下部が呟く。
任務娘である大淀がもし関与していたら事態は深刻だったが、どうやら違うようだ。これを確認するため、強引な手段を使ったのだ。
「ごめん明石……私、汚されちゃった……」
「おいこら、マジで犯すぞ。とりあえず事情を説明するから、いい加減泣きやめ」
マインドハック前に抱いた感情をそのまま抱き続けている時点で、一切書き換えしないと言った言葉を守ったことは理解して欲しいところなのだが。
仕方ないので大淀が落ち着くまでゆっくり待ち、ようやく泣き止んでくれたところで事情を説明する。
デイドリーム、通称"D"という想念麻薬が一部の艦娘に出回っていること。カタリーニ提督が憲兵隊から捜査協力を要請されており、日下部もそれを手伝う運びとなったこと。
「事情は理解しました。そんな物が出回っているなんて、任務娘会議でも聞いたことないですね」
「まだごく一部だけのことみたいだからな。憲兵隊も密かに探っている段階で、大々的には動いていないらしい。逆に言うと、そんな初期で真っ先に疑われてるカタリーニ提督には草が生えるが。普段からの信用って大事なんだな……って、今のお前の反応を見てもしみじみ思ったわけだが」
「申し訳ありません。でも事前の説明なしに強引にマインドハックで想念内見するって、結果的に私そんなに間違った反応してなかったと思うんですけど!?」
「うん、そうだな。ごめん」
確かに厳密に言えば違法行為もいいところなので、ここは素直に謝っておく。
大淀も事態の重大さを理解してくれたようで、これについてはそれ以上は言及しなかった。
「それで潔白を証明できた私は、何をすれば良いのでしょう?」
「艦隊内に気を配っておいてくれ。特に重点的に確認して欲しいのが一人。日本に戻ったらカタリーニ提督に頼まれた"D"の解析に取り掛かるが、その際は保険を用意しておきたいからな」
日下部がとある艦娘の名前を告げると、大淀は納得したような表情で頷く。
「なるほど。確かに彼女に対しては私にやったようなことはできないでしょうからね。あと提督はこの件、私以外には誰と共有するつもりですか?」
「川内にはすぐにでも。そっちはマインドハックで想念内見できるしな。本当は嫁艦と嫁艦候補全員にやっても構わないんだが、そうなるとさすがに他の艦娘に対して隠し通せないからな。ひとまずはそのくらいで留めておきたい」
「了解しました」
きちんと艦隊運営上に必要なことだと理解してくれれば、大淀の反応はとても快いものだった。
一人の男性として信用されていなくとも、提督として信頼されているのであれば……ひとまずそれで十分なのかもしれない。
カタリーニ提督の来訪から2日後。
それまで母艦待機組だった艦娘たちが新興市街地へと繰り出していく中で、入れ替わりで朝潮は自室にいた。
母艦待機組の中でシフトを組んで艦の雑務を行うことにはなっているが、今は担当の時間ではない。
「私は日下部鎮守府の朝潮。舞津鎮守府の朝潮じゃない。それはわかってる、わかってるけど。なんで、同じ『朝潮』なのに、あの方に愛されてるのは私じゃなくてあっちの朝潮なの……?」
じくじくと溢れてくる「嫉妬」という名の負の想念をもはや自我の内に留めておけず、独り言に変えて口から吐き出す。
だが言葉は聞いた者の想念を生むものだ。自分の発した言葉が呼び水となって、新たな想念が生み出される。
それは完全なる悪循環だった。
「違う、こんなこと考えちゃダメ。司令官と、第三海域に出撃するって約束したんだから。それまで頑張らないと」
約束。それは駆逐艦・朝潮とにとって大切な概念。
艦娘という今の自分を形作る核になったのは、間違いなく前世におけるひとつの「約束」だろう。だから朝潮は、誰と交わしたものであっても約束を大事にしたいと思っている。
思ってはいるが、日下部と交わした約束は率直に言って今はひどく重荷だった。重圧に押し潰されそうになりながら、ふらふらと視線をさまよわせた。
そして……買ったはいいが机の上に放置していたままの封筒に、視線が釘付けになる。
「これ。一昨日、あの露店で買った」
封筒の中身が、幾何学めいた模様の書かれた厚紙であることは確認している。IRコードという道具のことはもちろん知っているが、なんとなく嫌な予感がしてこの2日間試す気になれなかったのだ。
「『あなたが本当に望んでいる光景をリアルに体験することができます』……もしこれを使ってあの方を見てしまったら。きっと私、二度と元には戻れない。あの方にもあっちの朝潮にもまともに顔向けできなくなる」
もしその売り文句が半分ほどでも正しければ、間違いなく自分はそんな光景を見ることだろう。だって他のどんなことよりも、あの方のことで心がいっぱいなのだから。
――ああ、だが。
「司令官。ごめんなさい」
朝潮は封筒から厚紙を取り出し、印刷された幾何学模様を正面から直視する。
「朝潮は、悪い子になってしまいました」
たちまちの内に自我へと侵入してきた想念は、本当に予想のままで。
けれどもそんな都合の良い白昼夢に溺れていく自分を、もう止められそうになかった。
※本章のメインストーリーの続きです。色々と大変なことになっていますが、ひとまずここでこの話は中断です。
続きは第三海域の突破以降になります。その前に次話は別の話なのですが。
中盤の日下部と大淀のやり取りは、ネットミームの「やめて……私に乱暴する気でしょう? エロ同人みたいに」を意識しています。というか日下部垢に投稿した段階では実際にそのやり取りをしたのですが、さすがにネタが過ぎるのでSSでは改変しました。
ちなみに本文中に書いた通り、日下部がその気になれば実際に危惧した通りのことができますので(後で確実にバレて極刑になりますが)、大淀の反応は無理からぬことかと思います。
あそこまで取り乱したのは確実に、直前で無自覚に悪煽りした日下部のせいですが。
艦これ本編、クリスマス任務で必要になりそうなのでシェフィールドを掘っています。いなくてもなんとかなりそうですが、いると確実に難易度が一段階下がりそうです。
SSの次話は数日以内にお出しできると思います。お待ち下さい。