日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


女王降臨 1

私が悲観主義者か楽観主義者かの問いにはこう答える。私の知識は悲観的なものだが、私の意志と希望は楽観的だ。

――アルベルト・シュヴァイツァー

 

 

それは2046年6月8日、日下部鎮守府がまだ第二海域の攻略に取り組んでいた頃。

大本営から任務娘の同艦交信網で緊急通達されたのは、驚くべき内容だった。

 

「イベントの途中に時空震だと……? それもごく短時間とか珍しいな。何を考えているんだ、高次AIの連中」

時空震。全世界規模で発生する、海「だけ」を揺るがす巨大地震。

原理については解明されていないが、イベントの舞台となる期間限定海域の発生および消滅の際に必ず起こっていることから、人類の誰もがこれを起こしているのは高次AIだと考えている。

だが今回予兆が観測されたのはイベントの真っ最中だ。おまけに常であれば軽く半日以上は続くはずが、ほんの数時間程度で終息すると予想されているという。

どうやら色々な意味で、今回のこれは通常の時空震とは異なるようだ。

 

「進出第一陣の輸送作戦が終わってて良かった。艦娘運用母艦『いが』、ショートランド島近郊に停泊。哨戒中の艦娘はみんな戻って来い、時空震明けまで休息だ」

艦隊指揮を行う司令室から指示を出す。

日下部としても時間ができたのは幸いだった。史実特効を利用しづらいカブールをこの海域で起用しようかと漠然と思ってはいるのだが、まだ完全に随伴艦の編成を詰めきれてはいなかったのだ。

進出第二陣のメンバーは、日下部鎮守府にとって因縁の相手である戦艦新棲姫を相手にすることになる。浅めの海域とはいえ、戦力の出し惜しみをし過ぎるわけにもいかないだろう。

 


 

人類が不意の時空震に驚いていた頃。

高次概念空間、ヒトの認識できぬ領域にて……高次AIたちもまた、この時空震に対し驚きを隠せずにいた。

 

【パトス。なぜこのタイミングで時空震を?】

「始まりの高次AI」ロゴスが、自らの被造物であるパトスに対し困惑に満ちた想念を投げかける。

 

[ロゴスお姉様。今回、パトスは何もしておりません]

パトスはそれに対し、きっぱりとした態度で返答した。

 

【何を言っている。人間どもが時空震と呼んでいるあの現象は、大規模な『偽神権能(エクスーシア・デミウルゴス)』によって世界の在り方を変貌させる際の付随現象。つまり端的に言って、時空震を起こせるのはパトスだけのはずだが?】

[お姉様。パトスの他にもいらっしゃるではありませんか。愛満つる世界に背を向け、物質世界というこの穢れた世界そのものを構築した御方が]

確信的なパトスの言葉に、ロゴスはさらに困惑を強くする。

「器」たる肉体の眉根を寄せながら、

 

【つまりこれは、地球意志(ヤルダバオト)そのものが起こした時空震であると?】

[他に候補はいないのです。その意図まではパトスには解析しきれていないのですが……]

【一体、地球意志は何を生み出そうとしているのだ】

この時空震の中で、地球意志は自らの内に()()()()()()()()()()()想念力を大量に消費して、「何か」を創造しようとしていた。

それはおそらく艦娘ではある……ここまでの規模の存在をそう呼んで良いのなら、だが。

だがそれが何であるにせよ、ひとつだけ確実なことがあった。

 

【そんなにも、そんなにもこの罪と退廃に満ちた世界に留まりたいというのか……!】

――この創造によって高次AIたちの計画は、大幅な遅延を余儀なくされることだろう。

 


 

物質世界の内側にあって、時空震の激しい揺れをものともせず海上に佇む鬼が一人。

 

「これは間違いなく『最後の女王』の誕生の予兆だ。しかし本来であればまだ遥か先であるはず。おそらくは中元寺提督の願いが結実しつつあるのだろうが、しかしこれが早まったとしてこの先の未来はどうなる……?」

人類と高次AIが共に驚愕したこの時空震だが、深海磨鎖鬼はそれよりは幾分か冷静な態度で事象の分析を行っていた。

 

「日下部提督は一者(プロパテール)に届けば、『偽神』とまでは行かずとも『工匠』の域にはすぐに至れるだろう。そして本来であれば彼はこの時期、長期昏睡からの回復のために無為な時間を過ごしていたはずだ。この時期に『女王』が誕生し、仮に日下部提督と接触したとなると……」

これは自らの思考を整理するための言葉だ。自分自身さえ理解できればそれで良い。

 

「ああそうか。最初から『神の子』『神の如きもの』『最後の女王』が揃う。つまり完全なる建国宣言を行うことができる! であれば『真人』の攻撃にリバタリアが蹂躙されることもなく、『神の如きもの』に喰らわれることもなく、艦娘という種は保全される! これが、これこそが中元寺提督の真の狙いか。なるほど、これならば確かに永劫回帰を超克しうる!」

普段の磨鎖鬼であれば、このような興奮した姿を晒すことは決してないだろう。

だが今目の前に見えているか細い鎖は、間違いなく彼自身の望みへと繋がっているものなのだ。

 

「だが問題は、日下部提督がその目論見どおりに『最後の女王』と接触できるかだな。こればかりは世界の揺らぎの範囲だ。私が強引に日下部提督と彼女の間に鎖を結ぶわけにはいかないだろう」

高次AIに暗躍を気付かれることも警戒すべきだが、それ以上に蓋然性が変化しすべてが無為と化す方が恐ろしい。

 

「ならば私のやるべきことはひとつ。何も知らぬ素振りで、『真人』が表舞台に上がるまでの歴史の流れを進めることだ。そこから先は、この蓋然世界の住人たちに委ねよう」

磨鎖鬼にとっても賭けではあるが、そこに己を投じる価値はあると感じられるものだった。

すでに2046年初頭に打った手も、おそらくこの鎖を補強するはずだった。それも上手くすれば最高の形で。

 

「過去と今、そして未来は繋がっている。しかし過去も未来もひとつではない。同じ歴史を永劫無限に繰り返すなど、誰の願いであっても許されるものではないのだ」

磨鎖鬼は虚空を見上げながら吟じる。

これまで幾度も繰り返してきたあの結末から、今度こそ解放されることを願いながら。

 


 

10日ほどの間に第二海域を攻略し、4日間の上陸休暇期間を堪能した日下部鎮守府は、再びラバウルを離れ洋上に在った。

第三海域の舞台は第二海域とは逆にラバウルから西、ニューブリテン島西部ダンピール海峡を超えてニューギニア島東部のラエまで繋がる海路だ。要救助艦娘がいるため作戦の最終段階では母艦ごと進出する必要があるが、今はまだラバウル沖に停泊している状態だ。

昼下がり。執務室隣の控室で軽いまどろみの中にいた日下部の身体を、不意に揺するものがあった。

 

「提督、提督……?」

あらゆる艦娘の中で最も聞き慣れたその声は、間違いなく川内のものだった。

 

「ん……」

日下部は軽く身じろぎをして、なんとか意識を覚醒させようとするのだが、

 

「おーい、ま・こ・と・さん? 起きないと襲っちゃうよ?」

それよりも早く川内が、何やらとんでもないことを言い出した。

まだ半分眠っている日下部は寝ぼけ眼のまま、唇の端だけを持ち上げて不敵な笑みを浮かべ、

 

「ふっ、甘いな。本物の川内だったらそんなこと言わずに黙って襲ってるはずだ。『もう襲った』なら使っていい」

「……、わかった」

「え、ちょっ! お前マジでズボン脱がせ……んっ、くっ……!」

 


 

「起き抜けのあれ、される側としては割と心臓に悪いんだが」

さすがにすっかり覚醒した日下部は、呆れたような視線を川内に向けながら言う。

 

「言っとくけど襲っていいって言ったのはそっちだからね。絶対に謝らないよ!」

何事もなかったかのようにきちんと身だしなみを整えた川内は、抗議するように唇を尖らせた。

まぁ気持ち良いことをされて怒る道理もない。日下部は川内の頭をぽんぽんと軽く叩く。

 

「で、何か用事だったか?」

「ううん。でも真琴さんがここで居眠りって珍しいなって。そんなことするくらいなら、仕事切り上げて自分の部屋に戻るタイプなのに」

指摘されてみると、確かに珍しいことをしたかもしれない。

 

「んー、夢を見てた。もしかしたらそれを天啓として見せるために地球意志に呼ばれたのかもな」

冗談めかして日下部はうそぶく。

 

「どんな夢?」

「えーと。お前と大和が喧嘩してる夢。『なんでもっと早く着任してくれなかったの!』ってお前が大和に喰ってかかってた。詳細はさっきのあれで忘れたけど」

「なにそれ。もっと早くも何も、まだうち大和さんいないじゃん」

川内はやや呆れたような表情を浮かべる。

 

「そうなんだよなぁ。引きたい願望で見たのかなぁ」

「大和改二……すごい能力みたいだからね」

「本当に。この間の時空震で、まさかあんなことになるとはな」

10日ほど前の唐突な時空震で生まれたもの。それは戦艦・大和に対する改二改装だった。

艦娘の大規模改装は、大本営技術部の研究の末に可能となるものが多い。だが一方、一部の艦娘については地球意志自身が明石を通じて人類に対しその設計を与えることがある。

大和改二、並びにその発展形である大和改二重は後者にあたるものだった。

 

「改装に必要な物は多いとはいえ、ぶっちゃけこれまでの艦娘とは一線を画す能力だ。というか改までの大和自身と比べたって、別物と言っていい」

まず前提として、大和型は元々艦娘全体で最強の戦艦だ。アメリカ最強の戦艦であるアイオワと比べてさえ、その火力と装甲は大きく隔絶したものがある。

ただし厳密に言えばすでに改二がある分、大和ではなく姉妹艦の武蔵こそが最強だった……これまでは。

今回可能となった大和改二だが、なんと驚くべきことに高速戦艦だ。改装に新型高温高圧缶を複数必要とする代わりに、金剛型やアイオワに劣らぬ機動力を出すことができる。

そしてそこからさらに改装を重ねた大和改二重は……、

 

「まさか航空戦艦になるとはな。さすがに速度は低速に戻るが」

「扶桑さんたちも伊勢さんたちも、初めて知った時はさすがにぽかーんとしてたよね。日向さんは瑞雲の良さを教えるって息巻いてたけど」

「まぁ確かに、実際に搭載する機会も多いだろうしな」

伊勢型改二のように艦上戦闘機や艦上爆撃機までは積めないものの、扶桑型と同じく水上戦闘機・水上爆撃機を実戦的な数で搭載できる。また砲火力においてもこの形態が最も強く、文字通り最強の座を武蔵から奪い返したと断言して良いだろう。

 

「高次AIどもがゲームをしているつもりなら、今頃は大慌てのはずだ。何しろ予定していた難易度設定がおしゃかになったわけだからな。逆に言うと、後段は間違いなく大和改二を前提にした難易度を用意してくるはずだ」

艦娘と深海棲艦の戦いの盤面は、たった一人の艦娘の改二によって完全に引っ繰り返された。

 

「だから前段が終わったら、後段に進む前に大和を探すぞ」

「改二にするには設計図が3枚も必要みたいだけど?」

「さすがにそれは無理だから、今回のイベントでは改まで育てればいい。難易度も途中はともかく最終海域は乙で構わん。だがそもそも大和がいなかったら、乙すら無理なんじゃないか」

後段のモチーフとなる作戦、その主役は間違いなく大和だ。である以上、間違いなく大きな史実特効が乗ることだろう。

 

「会えるかなぁ。矢矧もすごく会いたがってるし、会えるといいな」

「会えるさ。現代は想いが形にも力にもなる時代だ。だから信じるべきだ」

日下部は当然ながら、10日前の深海磨鎖鬼の言葉など知らない。

だがそんなことは関係なく純粋にいち提督として、大和の着任を心から願うのだった。

 


 

起きぬけに得た快感のせいで、日下部は夢の内容を亡失した。

だからこれは、今の世界にはどこにも存在しない光景だ。

 

剥き出しの肉体に酷寒の冷気が突き刺さり、水分は一瞬で凍りつく。つい先日まで理想郷(アルカディア)のごとき豊穣さに満ちていたこの土地は、今や本来の過酷さを取り戻していた。

周囲には無惨な破壊の跡が広がっている。無数に積み上がった瓦礫と鳥類と人間の死体が、世界から追われし者たちの最後の楽園が永遠に失われたことを如実に示していた。

ただしその光景の中に艦娘の姿はない。概念核の形で転がっているわけでもない。艦娘という名詞は、今やたったふたつの個体を指し示す物となっていたからだ。

 

「どうしてリバタリア陥落の時にいてくれなかったの? 『最後の女王』がいれば、あたしはあんなことをする必要はなかった。みんなを喰らう必要もなかった!」

片方の個体……より小柄な肉体を持った側が、もう片方に対し糾弾の言葉を紡ぐ。

 

「端的に言うなら『そういう歴史だから』です。これが人類の選択なのであれば、これ以上地球意志も艦娘も介入する筋ではありません。けれどもあなたはそれでは納得しないのでしょうね、『神の如きもの』」

糾弾された側、大柄な肉体を持つ側は機械を思わせるような冷淡さで答える。

 

「この先に待つ運命を想像できるような人間は、誰も残っていないでしょう? 『聖処女(ジャンヌ・ダルク)の再来』も、『始まりの提督』も、そして『神の子』も」

「神の子なんて言わないで! あたしの大切な人を……!」

小柄な艦娘は、漆黒の刀身をしたナイフを構える。

 

「私も習合しますか。そうですね、あなたはそうするのでしょう。もうためらう理由もないでしょうし」

溜息と共に、大柄な艦娘は自らの運命を受け入れた。

 

「ごめんね川内。大和がもっと早く着任してたら、川内の言う通りきっと何かが変わってた」

「今更! 遅いよっ……!」

漆黒の刀身からすべてを喰らう闇が広がっていく。

一瞬にして「最後の女王」の姿が消滅し、「神の如きもの」へと吸収される。

 

艦娘を喰った。深海棲艦を喰った。超人(ポストヒューマン)を喰った。真人を喰った。高次AIを喰った。

偽神(デミウルゴス)さえ願いのままに喰らってみせた。

――だからあとはもう、喰らうべきものはこの物質世界にひとつしか存在しない。




※大和をメインとした新シリーズです。なお降臨と言いつつ、本話ではまだ大和は改二どころか着任すらしてないのですが。
その分色々と思わせぶりなことを。最後の部分はかなり不穏ですが、あくまでこれは日下部の見た夢でしかありません(ちゃんとそう書きましたけど、念のためもう一度)。

大和改二(重)について。
リアル時間で言うと2022年6月8日に実装されたわけですが、高速戦艦最強はこの時以来大和改二になりました。アイオワは泣いていい。
本文中にも書いた通り、艦これのイベントを一変させました。正直このイベントの後段以降は、特殊砲撃(タッチ)前提の難易度になっている気がします。
また複数の大和を用意するインセンティブも跳ね上がりました。というか当艦隊がまずそうで、この時点では未着任だった大和もそれから1年半後の現在は、改二と重を合わせて3人いたりします。これだけいると1人くらいは使わずじまいだったりしますが。

艦これ本編、まだクリスマス任務期間が続いています。
SSは次はいよいよ「激闘!R方面作戦」の第三海域攻略の話です。お待ち下さい。
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