日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
喜びとは勝利それ自体にではなく、途中の戦い、努力、苦闘の中にある。
ラバウルのあるニューブリテン島から西、ニューギニア島東部の都市ラエ。かつての大戦において日本軍が占領し、拠点のひとつとした場所だ。
このラエに面するフォン湾にて、輸送任務に就いていた駆逐艦・早潮がアメリカの航空隊に撃沈されたのは、1943年11月24日のことだった。
ラバウルを出港してラエへ輸送作戦を行う際に、必然的に通る場所がある。ニューブリテン島とニューギニア島の間に位置し、北のビスマルク海と南のソロモン海を繋ぐダンピール海峡だ。
駆逐艦・早潮の撃沈からおよそ3ヶ月後、1943年3月初頭。このダンピール海峡を舞台に、やはり輸送作戦に従事していた日本海軍とアメリカ航空隊の間でひとつの戦いがあった。
この輸送作戦は周辺海域における制空状況から、立案段階においてすでに全滅必至と目されていた。にも関わらず上層部はそれを、「全滅覚悟でやってもらいたい」との命令で押し通し実行させたのだ。
その結果起こった戦いを、連合軍側は「ビスマルク海海戦」と呼んだ。
一方の日本側はこの戦いを「海戦」とは呼んでいない。あまりに一方的な蹂躙のため、そう呼ぶことがためらわれたからだろう。
代わりにいささかの叙情を込めて、こんな名前で呼んでいる。
――「ダンピールの悲劇」、と。
艦娘運用母艦「いが」、戦闘指揮を行う司令室。
機動部隊同士の艦隊決戦となった第一作戦を無事に完遂した後、日下部は傍らに控える大淀に尋ねた。
「第二作戦はラバウルを進発してラエまで輸送、か。早潮たちが陸戦隊を輸送した作戦もそうだが、朝潮たちダンピールの悲劇もそうだったよな?」
「当時のラバウルは一大拠点でしたし、ニューギニア方面は陸上で苦戦していましたからね。もちろん現代はニューギニア島に陸軍なんていませんので、あくまでそういう立て付けということになりますが」
大本営直轄艦隊が高次AI側の意図を探り出し、物語じみた筋立てを付加することでイベントは成り立っている。なんともゲームじみた状況ではあるが、本気で深海棲艦がルール無用の全面攻勢を仕掛けてきたらひとたまりもない以上、人類は恐る恐るそれに付き合うしかない。
日下部は前線で待機している艦娘たちに通信を繋ぐ。
鈴谷、瑞鳳、摩耶、鬼怒、長波、満潮、そして朝潮。七人から成る遊撃部隊が、この作戦に従事することになる。
「方面護衛隊、いよいよ輸送作戦本番だ。朝潮、行けるか?」
ダンピールの悲劇の当事者の一人である朝潮を気遣って、日下部は声をかける。
果たして声をかけられた朝潮は、
『はい、ご命令を。いつでも出撃できます!』
炎を灯したかのように瞳を輝かせ、力強く答えた。
「お、気合十分だな。トラウマど真ん中を目の前にしてもう少し悲壮感あるかと思ったが、その意気やよし! では方面護衛隊……出撃!」
日下部の命令を受け、鈴谷を旗艦とする七人は滑るように海上を進み始める。
その光景は艤装に仕込まれた特別な通信装置を通じて、映像および音声として「いが」司令室に送られてきたものだ。
逆説的に言えば、映像に写っていない部分までは日下部はうかがい知ることができない。
例えば、
「……」
隊列中央付近、3番艦として大発を搭載して進む満潮が、先程の朝潮の態度になんとも言えない微妙な表情を浮かべたことなど、だ。
水切りという遊びがある。回転を付けた石を水面で跳ねさせるものだ。
これと同じことを航空機から投下した爆弾で行い、敵艦を側面から攻撃する技術が
軍艦が海面下の部位に大ダメージを負った場合、即座に浸水が始まる。艦船というものは海に浮いているのだから、どれだけ絶大な戦闘力を保有していても沈んでしまえばそれまでなのだ。そして海面上と比べ、軍艦の海面下の防御力は構造的にどうしても低くならざるを得ない。
魚雷という兵器が重装甲の軍艦に対しても絶大な威力を見せる理由なのだが、
「……!」
ダンピール海峡の出口付近。深海双発陸爆と名付けられた敵爆撃機が、海面すれすれへと降下する。
速度を落としながら真っ直ぐ向かってくる機体を直視して、朝潮は思わず息を呑んだ。自我の奥底から前世の記憶が蘇り、思わずその身が硬直する。
ダンピールの悲劇においては駆逐艦8、輸送船8の一大輸送部隊が
100年の時を経て艦娘として生まれ変わった朝潮の思考に、前世と同じ運命を辿るのか……と最悪の想像が一瞬だけよぎる。
――だが、
「おい、一体誰の目の前で水平低空飛行なんかしてやがる?」
「そもそも空母随伴でこっちが制空優勢な状況下でやる戦術じゃないよね。臨機応変さが足りないよっ!」
重巡・摩耶。軽巡・鬼怒。対空能力に優れた二人が吠えた瞬間、猛烈な火線が海面から放たれた。
特にアトランタの主砲である5inch連装両用砲を借り受けた摩耶は、まるでアイギスの管制下にでもあるかのように的確に敵機を撃ち落としていく。
「ああっ……!」
朝潮は言葉にならない声を上げる。
それは歓喜。前世のあの瞬間、紛れもなく願った光景そのままのものだった。
「姉さん、放心してないで! 8時、回避!」
その時、不意に満潮の声が響き渡る。
我に返った朝潮がそちらに目を向けると、そこには投下された爆弾が迫りくる光景。さすがの摩耶と鬼怒であっても、全機を撃ち落とすには至らなかったらしい。
朝潮は自らも機銃を撃ち上げながら回避行動を行う。
だが……そうなることが運命だとでも言うかのように、海面に跳ねた爆弾は朝潮の避けた方向に向かって吸い込まれるように進路を変える。
「姉さん!」
轟音と共に爆炎が朝潮を包み込み、満潮は思わず悲鳴を上げた……だが、
「大丈夫、朝潮はまだ沈まない……!」
もうもうと立ちこめる黒煙を切り裂いて、朝潮が姿を現す。
傷は決して浅くはない。上手くダメージを服に吸収させることに成功したが、それでも肉体はまったくの無傷とはいかなかった。総じて言えば中破といったところだろう。
だがそれでも朝潮は、
「約束は必ず果たします! 果たして、あの方に褒めてもらうんです!」
全身に意志をみなぎらせ、絶叫と共に機銃を上空へと撃ち続けた。
やがてすべての深海双発陸爆が撃墜もしくは撤退していき、対空戦闘は完了する。
被害は朝潮が中破のみ。ダンピールの悲劇の再現は避けられたと言って良いだろう。
「悪かったな朝潮、さすがにあたしと鬼怒でも全機撃墜とはいかなかった」
「いえ。油断した朝潮の責任です」
隊列を組み直しながら少しだけバツの悪そうな表情で声をかけてきた摩耶に、朝潮はそんな風に返す。
これについては強がり抜きに自業自得だ。そもそも対空戦闘は全艦で行うものなのだから、戦闘中に違うことに気を取られる方が悪いに決まっていた。
「朝潮、任務継続できる?」
「はい、この程度であれば問題はありません」
旗艦である鈴谷の言葉にも力強く返す。
「血は止まってるみたいだけど、念のため処置はしときなよ?」
「はい、了解しました」
素直に応急処置キットを取り出して処置を行っていたら、
「しっかし朝潮も提督狙いかー。恋とかあんま興味なさそうだったのにね」
その様子を眺めていた鈴谷が不意に妙なことを言い出した。
「は……はぁっ!?」
「さっき『あの方に褒めてもらうんです!』って叫んでたじゃーん。あれ提督のことでしょ? え、違うの?」
「あ、あはは」
その言葉は曖昧に笑ってごまかす。果たして上手くできているだろうか?
と、そこで横合いから刺すような視線を向けてくる満潮に気付く。日下部に恋をしている彼女は、もしかしたら鈴谷の言葉を真に受けたかもしれない。
「満潮。もしかして言いたいことがあるかもしれませんが、今は作戦行動中です。後で聞きますから控えて下さい」
「わかったわ」
短く答えて、ぷいと視線を逸らすその態度に思わず溜息を吐きそうになる。
完全なる誤解ではあるのだが、それを解くのはなかなかに厄介そうだ……などと思っていたら、
「……嘘つき。違うくせに」
小さく呟かれたその声に、思わず概念核が活動を停止するかと思った。
朝潮たち方面護衛隊は
そして続く第三作戦もすでに大詰めを迎えている。
ダンピール海峡を抜け、フォン湾の少し手前の小さな島付近まで進出した「いが」の司令室にて、
『さてお前たち、囚われのお姫様を助けに行くぞ』
日下部は前線に向かう連合艦隊へ声をかける。
鈴谷や朝潮たち方面護衛隊に加え、第一海域で起用した長門たちR方面防備部隊を混成した決戦艦隊は、すでに敵旗艦と幾度かの交戦を経てその保有想念力を削り終えていた。
装甲破砕も完了済であり、文字通りこれが前段作戦の最後の戦いとなるだろう。
『ところで長門。今更だがこいつは去年末の雲鷹や冬イベの冬月と違って、早潮本人が深海棲艦に変化したものではないよな?』
この海域のボスに当たる外南洋駆逐棲姫は、多くの姫級の深海棲艦の中でも特に艦娘に似せて作られていた。人間型の部位に関しては、服装と真っ白な肌の色以外はほぼ早潮そのままと言っていいだろう。
だがその背中からは、人間部位の腕とは別に2本の腕が伸びている。胴体よりも遥かに太いその剛腕は、ここまでの戦いで攻撃に防御に縦横無尽に振るわれ、厄介なことこの上なかった。
「深海磨鎖鬼の姿は未だに確認されていないし、こいつは定型文以外を喋ってもいない。おそらく通常型だ」
『わかった。やはりあれはイレギュラーな事象に過ぎんか。ならばやることはただひとつ、早潮の救出だ! 総員、第二警戒航行序列!』
「了解! 艦隊、この長門に続け!」
日下部の陣形指示を受け、艦娘たちが一斉に動き出す。
『まずは露払いだ。いいか、我々は人類統合軍だ。
日下部が叫んだ瞬間、基地航空隊の航空機が敵艦隊へと襲いかかる。
特にその内の1部隊、第二海域で入手したB-25は敵艦隊正面で低空水平飛行態勢を取った。投下された爆弾が海面に接触するや否や、まるで水切りの石のように前方へと向かって跳ねる。爆弾は低い位置から、敵艦隊に向かって真っ直ぐ突き刺さった。
巻き起こる爆炎が随伴艦たちを吹き飛ばす。
「へっ、不思議な気分だぜ」
「この威力マジパナイ! 味方だと頼もしいね!」
第二作戦にも参加していた摩耶と鬼怒が口々に言い合う。
続けて第一海域・第二海域でも活躍した日米英合同戦艦部隊の支援砲撃が炸裂し、敵艦隊の小艦艇を綺麗に吹き飛ばした。
だがそれでも外南洋駆逐棲姫の他に姫級が2隻残っていたのだが、
「大和改二は
「ええ長門。あなたの隣には、いつだって私がいるわ! 全砲門、敵艦に指向! 逃さないわ!」
猛烈な砲火が、残っていた姫級を綺麗に殲滅する。
昼戦が終わった段階で、残すは外南洋駆逐棲姫のみ。そしてその外南洋駆逐棲姫も大破へと追い込むことに成功していた。もはや負ける理由を探す方が難しいだろう。
そして続く夜戦において、
「Darling、 夜戦もあたしに任せて! そこね!」
日本の水雷戦隊に負けじと外南洋駆逐棲姫に至近肉薄したジャーヴィスが、装甲を魚雷で撃ち抜いて爆散させる。
もはやこの程度の相手に遅れは取るまいと言わんばかりの、流れるような怒涛の波状攻撃だった。
『よくやったジャーヴィス!』
「活躍したら夜戦がこの艦隊の伝統よね~? Darling、今晩は期待しちゃうからね!」
『わかったわかった、帰投後を楽しみにしておけ』
思わず苦笑を浮かべるものの、お楽しみの前に日下部にはやることがある。艦娘が頑張った後は、提督が仕事をする番なのだ。
日下部は前線との通信ではなく、室内にいる明石に向かって直接声をかける。
「通常型なら私が前線まで行く必要はない。従来通り母艦設置のMM機関から救出作業を行う。準備はできているか?」
「はい、バッチリですよ!」
「よし! では艦娘運用母艦『いが』、前進!」
艦娘運用母艦は艦娘ほど高速で動けるわけではないが、それでも数時間もかからずフォン湾の縦深を跨ぎ、前線から5000mの距離へと到達する。
「MM機関フルドライブ、セフィロト展開! 早潮の自我に
真っ直ぐ伸びた白い光の帯が、日下部と早潮の自我同士を直接結びつける。
「マタ……ダメナノカ……モエテ……シズンデシマウ……」
「そうじゃない、それは作られた負の想念だ! お前は今そこにいる、生きているんだ!」
「私はまた……みんなと一緒に……? また、空の下で!」
「そうだ。汝の意志するところを為せ、早潮!」
形而上の世界で、大きく伸ばした手が届く。
外南洋駆逐棲姫の艤装である巨腕ではなく、早潮自身の手に。
「はい! あたしが陽炎型駆逐艦五番艦、早潮! 浦賀生まれ! 助けてくれてありがと! 提督、よろしくね! ねえ、提督ってば! 聞いてる?」
先程まで負の想念に囚われていたとは思えぬほどに朗らかな声音で、まくし立てるかのように早潮は呼びかけてくる。
「おう、聞こえてる。ちゃんとお前は自我を持ってそこにいるぞ。安心しろ」
新たな艦娘の誕生に心からの祝福を込めて、日下部はその手を力強く引き寄せた。
※2022年梅雨初夏イベ(激闘!R方面作戦/血戦!異聞坊ノ岬沖海戦)のE3に当たる話です。サブタイトルは「反跳爆撃を迎撃せよ!」そのまんまですね。
(何度か書いていますが)この海域の直接のモチーフは早潮の沈んだ時の輸送作戦だと思いますが、そのわずか3ヶ月後に起きた「ダンピールの悲劇」の要素も含まれているかと思われます。
よって前半ではE3-2の輸送作戦を通じて、朝潮とダンピールの悲劇に関する話をやりました。というか分量的にはそちらがメインとなっているかもしれませんね。
ちなみに鬼怒が某准将キャラではなくなってますが、さすがに毎回あれをやるのはきついです()
ダンピールの悲劇について。
現場からの不服の声に対し「全滅覚悟でやってもらいたい」と返答した参謀こそ、後に「あの」水上特攻作戦を立案することになる人物だったりします。
日本側が「海戦」と呼ばなかったほどに一方的な虐殺となったこの戦いですが、この時に朝潮の艦長が愚直に守ったひとつの「約束」こそ、艦娘の朝潮の芯となっているものだと思われます。
この辺りは後々また出てきますので、今はこの辺りで。
リアル時間ではクリスマスまであと一週間を切りました。逆に言えばクリスマス任務の期間はもう少し続くと思われます。
SSの次話ですが、前段の総括+後段のメインストーリーに繋がる話の予定です。今しばらくお待ち下さい。