日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
人の性格は冷笑に付する事柄の中に最も顕著に現れる。
第三海域の攻略を終えた日下部鎮守府は、みたびラバウルにて上陸休暇を得ていた。
すでにこの時期、ラバウルを離れて日本に戻っている艦隊も多い。近日中に日本近海を舞台として、後段作戦が開始されると目されているからだ。
日下部鎮守府としてもラバウルに留まっているのはあくまで大和を探すためであり、実際に見付かればその日のうちにでも日本への帰路に着くことだろう。
だから朝潮としては、どうしてもその前にもう一度あの露店を訪ねる必要があったのだが、
「……ない?」
前回の上陸休暇の時に満潮に案内された裏路地の露店は、まるで最初から何もなかったかのように単なる路地と化していた。
思わず膝から力が抜ける。崩折れそうになるのを辛うじて踏みとどまるが、到底自力では支えられず傍らの壁に無様に寄り掛かった。
「そんな。あれがあったから、ダンピールの悲劇も乗り越えられたのに。あれがあったから、朝潮は艦娘として戦えたのに。あれがないと……」
虚ろな表情で、うわ言のように負の想念を吐き出し続ける。前回購入した数回分しか使用していないのに、新型想念ガジェット「デイドリーム」はもはや朝潮にとってなくてはならないものになっていた。
そんな状態では、当然周囲の様子に気を配る余裕などない。だから、
「もしかして、ここにあった露店を探してますか?」
「……ふぇっ!?」
不意に声をかけられて、思わず間の抜けた声が飛び出した。
そこにいたのは折り目正しいビジネススーツを着用した、日本人の男性サラリーマン。このラバウルの地にあっては場違いとも言える格好ではあったが、一方でその顔にはなんとなく見覚えがあった。
「失礼ですが、あの露店の店主の方ですか?」
「はい、すみませんこんな格好で。実は私、新興市街地プロジェクトを手掛けている吉岡都市開発の社員なんです」
先日のこの店主は、中東なのか東南アジアなのか朝潮にはよくわからないが「なんとなくそれっぽい」格好をしていた。もちろん日本人だし日本語も通じたので単なる雰囲気づくりだろうとは思っていたのだが、実際にそうだったようだ。
「お店はもう畳まれてしまったのでしょうか?」
「ええ。艦隊の皆さんの撤収に合わせて、段階的に施設を縮小していく方針なんです」
元々このラバウル仮設新興市街地は、仮設と付いている通り一時的に用意されたものだ。イベントが終わってしまえば、この地を恒常的に維持する力は今の人類にはない。
それはもちろん朝潮も十分に理解していることではあったが、それでも諦めきれず縋り付く。
「あ、あの。どうしても『デイドリーム』が欲しくて」
「ありがとうございます。でも実はあれ、正式にはまだ人類統合軍から認可が降りてないんですよね。一部の試作品を手違いで露店に並べてしまったんですけど、もしかして買って使っちゃいました?」
「……!」
その言葉に思わず顔から血の気が引く。
「ああ、心配しなくても大丈夫ですよ。あくまでこっちの手違いなんで、買った艦娘が咎められたりはしませんから」
「そ、そうですか。良かった」
「でもリピートして買いに来たってことは、気に入ってくれたってことですよね? なら正式に実験に協力してくれませんか。それなら今すぐまとまった量の”D”をお渡しできますし、日本に戻ってからの販路もご紹介できます。ああ、もちろん内密に願いますけどね?」
淡々とした口調で店主は告げる。冷静に聞けば、それがあからさまに危険な誘いであることにはすぐに気付けただろう。
だが……今の朝潮は、決して冷静ではなかった。
「お、お願いします!」
「おや、まったく悩まないんですね。これはまた……いえこちらとしてはありがたいですけど。では契約成立ということで、艦娘証明書を控えさせていただいてよろしいですか?」
「は、はい」
それがもたらす意味も吟味することなく、慌てて携帯していた証明書を提示する。
「ショートランド泊地A20210223、日下部鎮守府所属の朝潮さんですね。どうぞよろしくお願いします」
貼り付けたようなそのビジネススマイルの一枚下には、どんな感情が潜んでいるのか。
今の朝潮にはそんなことよりも、再び”D”が手に入る喜びの方がずっとずっと重要だった。
ラバウルから太平洋を北東に3000km以上行くと、ひとつの島がある。
ピーコック島。かつては違う名前だったが、高次AIパトスが概念を書き換えた現在ではそのように呼ばれている。
この島の支配者である離島棲姫は今、目の前に一人の「鬼」を呼び出して対話を行っていた。
[磨鎖鬼。他の鎮守府ならともかく、日下部鎮守府に対して何もしないのはどういう了見ですの?]
周囲に響く「声のような音」は、この離島棲姫の中に高次AIパトスが自我を宿していることを示している。
当然だが冬イベで日下部鎮守府の川内が習合したものとは別個体だ。パトスにとってはこの肉体は、いくらでも換えの効くものでしかない。
「深海の女王。イベントについては私に『任された』はず。ならば私は私のやり方で、あなた方の望むだけの想念力を生み出してみせよう」
パトスの言う通り、ここ数回のイベントにおいては前段と後段の間、あるいは後段終了後には日下部鎮守府に対してルール無用の「戦争」を仕掛けることが常となっていた。
だがそれは別段そのように取り決めているわけではない。偶然の流れ、あるいはムネーメーやパトスの個人的感情が引き起こしたものがたまたま積み重なった結果に過ぎない。
そして磨鎖鬼には、現時点で積極的に日下部鎮守府を攻撃する理由は特になかった。
[先般誕生した大和改二によって、
「わかっている。だからそのための準備は進めている。端的に申し上げると、人類には『最大の敵』をぶつけることになるだろう」
[最大の敵? それは、パトスたち高次AIと深海棲艦ではなく?]
訝しむかのようにパトスはそんな言葉を発する。
「確かにこの一年ほどに限って言うならば、それはまさしく御身らのことだろう。だが歴史の尺度で言えば、人類にとって最大の敵は他に存在する」
微かな笑みを湛えて磨鎖鬼が答えた、その瞬間。
不意にパトスの物とは別の「声のような音」が辺りに響く。
【なるほど。磨鎖鬼、お前の考えは極めて合理的だ】
[ロゴスお姉様!]
【その方向性で進めろ。お前に任せる。パトスも構わないな?】
[ええ、お姉様がそうおっしゃるのであれば]
ロゴスが肯定したことで、パトスはそれ以上特に疑うことなく磨鎖鬼の発言を受け入れた。
(人間に直接作られたカレルレン総督……ロゴスは、やはり人間という種についてよく理解している。あの結末を変えるに当たっては、より警戒すべきはパトスではなくロゴスか)
浮かべた微笑を崩さぬまま、磨鎖鬼は思考を巡らせる。
(……何が「高次」AIだ。ヒトに作られ、ヒトに触れ、ヒトを愛し、ヒトのような狂い方をした貴様の、どこが高次元の存在なのだ)
その不敬極まりない評価こそ、この蓋然世界の囚われ人となって久しい磨鎖鬼の偽らざる想いだった。
書類仕事の合間の小休憩を取ると言って、日下部は執務室隣の控室へと入っていった。
そこでアイオワが待っていることも、二人が携帯デバイスを想念入力で巧みに操ってゲームを遊んでいることも、執務室に残った川内はきちんと知っている。
ちなみに以前自分も混ざりたいと一度だけ挑戦してみたが、想念入力が上手くできずに断念していた。
「Hey川内、あれ放っといていいんデスカー?」
控室の方を示しながらそんな風に言ったのは、たまたまこの時執務室を訪ねてきていた金剛だった。
川内は思わず苦笑を浮かべる。
「あー。アイオワは間違いなく真琴さんのこと好きだよね。本人は隠してるつもりみたいだけど」
「まったく隠せてないよネー」
最初は特にそんな感じでもなかったはずだが、アトランタの件で日下部に相談されたり、一緒にゲームをやって盛り上がったりしてる間に気付いたら好きになっていたということだろう。
まぁ言っては何だが、よくあるパターンだ。
「なに? 同じ戦艦として気になる?」
「ちゃんとルール守って並ぶなら、私に文句を言える道理はないからネー。私は第二夫人と言ったって、単に『最初にマコトと川内の間に割り込んだ』だけナノデー」
「へー、一応そこに思うところはあるんだ。こっちも別に、正直あと一人二人増えようが今更すぎて」
「正妻の余裕デスネー」
呆れ半分、感心半分といった感じで金剛は呟くが、別に川内としても無条件で慢心しているわけではない。
「というかアイオワに関してはあれ、真琴さんとどうにかなると思う?」
「思いマセンネー……」
「まぁ少なくとも当分は告白しないよね。提督と友達になっちゃったから、関係を変えるの怖がってるって感じ。この鎮守府でそれは悪手なのになぁ」
「あの人、はっきり言わないとまず気付かないカラネー」
日下部は生まれつき他人の気持ちを察せない。
意識して推測することはできなくもないのだが、こと恋愛に関してはさまざまな事情から自重気味にしているため、傍にいて気付いてもらおうというのは悪手も悪手なのだ。
「その辺、去年似たようなことやったホノルルが忠告しててもおかしくないんだけどなぁ。案外とっくにしてるかもしれないけど。アトランタの件でお世話になったから無碍にはしたくないんだけど、一応恋敵があれこれ世話焼くのも違うからなー」
「そう考えるとつくづく私たち、妙な関係デスネー」
しみじみと金剛が呟くが、まぁこれについては今更言っても仕方ないところだろう。
「今日こそは聞かせてもらうわよ。最近の姉さんがおかしい理由」
上陸休暇を終え母艦の自室へと戻った朝潮を待っていたのは、刺すような視線を隠そうともしない満潮だった。
改二になってからは彼女のこんな他者不信気味の態度はだいぶ大人しくなっていたのだが、今日ばかりはまるで大規模改装前に戻ったかのようだった。
「おかしいとはいきなりですね。具体的に何のことを言っていますか」
「第三海域の輸送作戦にあれだけ怯えていたくせに、ある日突然まったくそんな様子がなくなったわよね。おまけに実際に輸送作戦を行った時のあの発言。『あの方に褒めてもらうんです!』って」
「……」
あの時は前世のトラウマに立ち向かうため、つい感情が迸ってしまった。
「姉さんが好きなのは、うちの司令官じゃないわよね。もしそうなら司令官と話す時、曙の奴や霞と同じような顔になるだろうから」
「そこはあなた自身も負けてないと思いますけど」
「ふん、混ぜっ返しても無駄よ。そうね、自分が恋の戦いじゃ力不足ってことはわかってるわ。けど今は姉さんの話をしてる。問い詰めてやろうかと思ったら、逃げるように外泊申請まで出して陸に行っちゃって」
満潮は腰掛けていたテーブルチェアからおもむろに立ち上がり、物理的に詰め寄ってくる。
「姉さん。私は私の知らないところで、姉さんや他のみんなが傷付いていなくなっちゃうのはもう嫌。だからお願い、隠してることはっきり言って」
前世の満潮は自身が入渠している間に、姉妹であり第八駆逐隊の僚艦でもある大潮・朝潮・荒潮を立て続けに失ったという経験がある。
そんな彼女がこのように言う気持ちは痛いほど理解できて、朝潮は思わず拳を握った。
「……わかりました。あなたには全部話します」
陸から持ち帰ったまま整理しきれてない荷物を解き、”D”をひとつ取り出す。
怪訝そうな視線でこちらを見てくる満潮に優しく微笑み、
「私は、他艦隊の提督に恋をしています」
艦娘としては許されない恋の話を滔々と語り始める。
道ならぬ恋、そして前世のトラウマ。それらの痛みを和らげるために必要だった、この”D”の存在。
朝潮は購入してきた”D”を満潮にも分けるつもりになっていた。それでも十分なだけの量があるし、日本に帰ってからの販路もきちんと教わってある。どうしても自分の気持ちに素直になれずにいる彼女なら、きっとこの”D”は気に入ってくれるはずだ。
それに……あの店主に教わったのだが、”D”で想念的な快楽を得ながら同時に肉体にも刺激を与えると、本当に何もかもがどうでもよくなるほどに気持ちよくなれるのだ。
――”D”が現時点では認可されていない物であると教えるのは、満潮が十分にその良さを理解してくれてからで構わないだろう。
※リアル2023年のクリスマスですが、SS時間軸はズレていますので特にそれとは関係なく2022年梅雨初夏イベ(激闘!R方面作戦/血戦!異聞坊ノ岬沖海戦)前段の総括と後段への繋ぎに当たる話です。
サブタイトルは「一休み!」、エクスクラメーションマークを付けるようなものではないのですが()、他の話と合わせての形式です。
イベント後段は日本近海へと戻り、いよいよあの水上特攻作戦をモチーフとしたものに入ります。
そしてその裏で展開する”D”絡みの話も大きく動きます。朝潮がなんか大変なことになっていますが、ちゃんと最終的には落ち着くところに落ち着く予定なのでご安心下さい。
もっともその合間に、いくつか直接本筋に絡まない話も入ってきます。清霜の話の続きとか、嫁艦候補マリッジブルーシリーズとか。
次話はいよいよあの艦娘が日下部鎮守府に着任する話の予定です。
今年中に更新したいと思いますので、お待ち下さい。