日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


女王降臨 2

あなたの知恵と繁栄は私が聞いた噂にまさっています。あなたの奥方たちは幸いです。常にあなたの前に立って、あなたの知恵を聞く家来たちは幸いです。

――シバの女王(旧約聖書「列王記」より)

 

 

――思っていたよりはずっと柔和な印象だな。

それが執務室に着任の挨拶に訪れたその艦娘を初めて見た時の、日下部の偽らざる感想だった。

膝丈ほどの焦げ茶の髪を電探を模した艤装でポニーテールにまとめ、髪と同じ色の瞳がくりっと見開かれている。

紅白のセーラー服と赤いミニスカートに身を包み、首元には菊の御紋の入った首輪状の金属輪。

 

「大和型戦艦一番艦、大和。推して参ります!」

邂逅を待ち望んでいた彼女は、着任の挨拶すらとても愛らしい声音だった。

だがその印象は、背に負う艤装に目を向ければ一変する。重厚な巨砲が放つ圧倒的な存在感は、彼女が間違いなくかつての大戦において最強を誇った戦艦の生まれ変わりであることを示していた。

 

「大和、よく来てくれた! これで胸を張って日本に帰って後段作戦に進める。着任早々ですまないが、早速育成に入らせてもらうぞ」

「はい、戦況は把握しております。ですが提督、喜んでいただけるのは光栄なんですが、今着任してすぐ改二に大規模改装は無理ですよね?」

「それは確かに。でも改でも十分な戦力だからな。そこまでは育てるぞ」

第三海域の攻略を終えてから数日。すでに後段作戦は開放されており、先行して挑んでいる提督たちからは嘆息と悲鳴が漏れ聞こえてきていた。日下部としては最終海域の甲種作戦攻略はすでに断念しているが、やるべきことをやらなければ乙種作戦ですら到底おぼつかないことだろう。

と、そこで日下部は大和の後方に控える二人の艦娘に目を向ける。

 

「ところでなんで大和の着任の挨拶に、大淀と明石が同行してるんだ?」

通常であれば着任の挨拶はその艦娘本人だけで行うものなのだが、今回に限ってはその例外となっていた。

大淀と明石はその当然の疑問に対し、口々に答える。

 

「提督、ご報告です。この大和ですが、着任の経緯がきわめて特殊です。まず概念核だけが発見される通常の艦娘と異なり、深海棲艦を倒した後に『肉体を持ったまま』発見されました」

「資料では大和型の肉体はぎりぎり500万イデアほどの想念力で作れるはずなんですけど、この大和の肉体に使われている想念力は……」

「なに……?」

語尾を濁した明石の言葉に、日下部は使用されている想念力を目測しようとする。

しようとして……そしてすぐに、それを断念した。

 

「なんだお前。文字通り桁がひとつ違う。こんなもの、高次AIでもなければ作れやしないだろう! まさかお前は、大和に擬態した深海棲艦なのか!?」

発する声が思わず震える。

だが幸いにして、

 

「提督、きちんと計測してあります。この大和の肉体に使われている想念力は約2500万イデア。()()()()()()()()()()()()()()()

その危惧は明石によって否定された。

深海棲艦の肉体を構成する想念力は、最弱の駆逐イ級ですら5000万イデアを下ることはない。2500万イデアという数字は通常の艦娘と比べると5倍近いが、深海棲艦と比べると半分以下でしかないのだ。

 

「そう、か。ひとまずは安心した。だがそうなると大和、お前は結局何者なんだ」

絞り出すように日下部が口にした瞬間。

不意に、室内の空気が一変した。

それまでの大和が発していた、朗らかな雰囲気が一瞬で塗り替わる。まるで神聖なる霊地(パワースポット)でもあるかのように、荘厳なる気配が執務室内を埋め尽くした。

 

()は『女王』として地球意志に創られたもの。日本……すなわち大和、その『大和の女王』として、知恵者たる王に問います。王よ、あなたはこの物質世界とは何か理解していますか?」

明らかに口調もそれまでの大和とは異なっていた。女王と名乗った身にふさわしい威厳を以て、彼女は言葉を紡ぐ。

王という二人称が適切であるかどうかはともかく、それが自分に向けられたものであることは理解できた。ゆえに日下部は答える。

 

一者(プロパテール)に連なる『アイオーン』が一柱、ソフィアが生んだ子、偽神ヤルダバオトの創造した世界。偽神の作った世界であるがゆえに、悪と退廃に満ちている。とはいえ、実際は神話そのままではないようだが」

「結構です。ええ、グノーシスは世界の実相に最も近い思想大系と言えるでしょう。ではグノーシスや周辺思想を使って説明するならば、私達艦娘は『アルコーン』です。あなた方人間をこの物質世界に繋ぎ止めるための存在として、ヤルダバオト……地球意志に遣わされました」

「ふむ」

日下部としては、冬イベで川内が習合した離島棲姫の肉体からすでに得ていた情報ではあるが、明らかに地球意志に連なる存在であるこの大和の口から同じ内容が聞けたことには意味があるだろう。

と、ここで大和は不意に顔をしかめ、

 

「人間を物質世界に繋ぎ止めるための手段として、私たち艦娘は深海棲艦と戦うだけでなく、大幅に減少した人間の繁殖を手伝うことも役割だったのですが……なぜあなたたちは艦娘の生殖機能を撤去して戦闘に特化させたりしてますかね?」

いきなりとんでもないことを言い出した。

 

「ええーっ! 艦娘が押しなべてエロいのってそんな理由だったのー!?」

「そうです。高次AIたちは本気で人間を滅ぼすつもりはないようですから、およそ半数の艦娘が戦闘を行い、もう半数は人間を生む予定でした」

「……そうだったのか」

艦娘出現初期に行われた実験的な観察記録によって、人間のオスとの交配で艦娘から生まれた子供は、すべて人間になることが判明している。艦娘の子宮から、艦娘が生まれた例はひとつもない。

だが当事者である艦娘自身から、それが本来の生態であると説明されたのはさすがに想定外のことだった。

日下部は思わず目を細めた。顎に手を当てながら、改めて問う。

 

「しかしお前は、本当に何者だ」

「ですから『大和の女王』ですよ。古きかの聖典にこんな話があります。自らの名ではなく自らの国の名で称される女王が、当代に知恵者として知られる王を遠方より訪ね、その知恵を試す質問を投げかける。ご存知ありませんか?」

大和の言葉は唐突なものだったが、幸いにして日下部はその存在について知っていた。

 

「……『シバの女王』か」

それは旧約聖書に登場する人物だ。

キリスト教の聖典である聖書は、旧約・新約に大別される。旧約聖書も新約聖書もさらに複数の書物に分類され、全体としてひとつの宗教の教義を司っているのだが、シバの女王が登場するのは「列王記」という名前の書物だ。

砂漠の国であるシバ国を治める彼女は、その聡明さと比類なき美しさで知られていた。そんな彼女はある日、とある国を治める王が類まれなる賢智を持っているという噂を耳にする。

女王は遠方の国から大勢の随員を引き連れ、多くの贈り物を持ってその王の元を訪ねた。そしてあらかじめ考えておいた難問でその知恵を試すのだが、王はそのすべてに正しい回答を与えた。女王はその知恵に驚き、王と彼の治める国を心から褒め称えることとなる。

キリストたちユダヤ人の遠い祖先であり、シバの女王よりも遥かに知名度高く知れ渡っているその王こそ、

 

「ご明察です、当代のソロモン王」

古代イスラエル王国を最盛期へと導き、また72柱の悪魔を使役したなどという逸話で知られる伝説上の王、ソロモン。大和は日下部のことをその名で呼称した。

 

「……いくらなんでも買いかぶり過ぎだ。私はお前の質問にすべて答えるなんて不可能だよ」

だがそれには首を振る。自信家である自覚はあるが、それでもこの称賛はさすがに身の丈に合わなすぎると思う。

 

「それでもあなたは、私にとってのソロモン王なのです」

「……」

「ちなみに私は人類の技術で肉体を作り直していないので、生殖機能が撤去されず残っています。そして……シバの女王はソロモン王との間に、子を成したという説もあるそうですよ? 『産めよ、増えよ。地に群がり、地に増えよ』……必要でしたらお申し付け下さい、王よ」

「ぶーーーーっ! いきなり何を言い出すんだお前は!」

列王記とは別の旧約聖書の一節を引き合いに出しながら、とんでもないことを言い出した大和に対して全力でツッコミを入れる。

後ろで聞いている明石と大淀の表情も、微妙なものになっていた。この初対面で大和に子作りを求められた話は、間違いなくこの後艦隊内で噂になることだろう。

 

「個人的に好きな子以外とはシないってのと、お前を妊娠と育児初期の期間、戦線から離れさせるってのはありえないだろ! 大本営に逮捕されるわ!」

「そうですか。ならそこは無理にとは申しません」

とんでもない申し出だったが、本人はどうも至って真剣に言っていたようだ。

だが次の瞬間、不意にまとう雰囲気が柔らかなものに変わる。通常の艦娘である大和一般のものに。

 

「でしたら出撃では頑張りますね。ホテルなんて言わせませんよ!」

「い、いきなり普通の大和に戻ったな」

「どっちの『大和』もよろしくお願いしますね、提督!」

朗らかに微笑みながら言う彼女からは、あの「大和の女王」なる人格は片鱗すら伺えないようだった。

だが見間違いや勘違いではないはずだ。彼女の中には、通常の艦娘とは異なる別の人格が間違いなく存在している。

 

エキセントリックな話題や人格のギャップに翻弄されたせいで、日下部はひとつ重要なことを見落としていた。

なぜ通常の艦娘の5倍近い想念力を保有して生まれてきたのかという肝心の部分について、結局彼女が話していないということを。

 


 

その日の夜。

大和は与えられたばかりの自室で、前世で縁のあった艦娘の来訪を受けていた。

 

「それで? 大和に聞きたいことって何かしら」

小さなテーブルを挟んで座る相手に対し、値踏みするような視線を向ける。

 

「私たち艦娘は、人類の繁殖を手伝うことも種の目的のひとつ。大和、あなたは着任の時にそう言ったらしいけど、間違いないのかしら?」

そこにいるのは、軽巡・矢矧。かつての大戦の末期、大和の最後の戦いにおいて僚艦として行動を共にし、そして最期の時を迎えるぎりぎりまで彼女に寄り添い続けたのが彼女だった。

今求められているのが「戦艦・大和」ではなく「大和の女王」だと理解して、大和はすうっと目を細める。

 

「ええ、間違いありません。結果的に人類はその役割を求めなかったし、そういう役割があることに気付きもしませんでしたが、それでも私たち艦娘はそういう風に創られています」

「つまり()()()()()()()()()()()()()()()()姿()、ということよね。なら……能代姉ぇやザラさんは艦娘としておかしいってこと? 大淀や明石は?」

矢矧はやや食い気味に、大和の言葉を言い換える。

 

「私自身の気持ちは、どうしたらいいっていうのよ……!」

ドン、と矢矧は拳をテーブルに叩きつけた。

壊れたりはしなかったから、激昂していてもまだ力を加減するだけの理性は残していたようだ。それでも本来であれば、他人の部屋でやるようなことではないだろう。

大和は小さく溜息をついて、

 

「艦娘という生物の本能からすれば、そこから外れた性的指向であることは否定できません」

「……そんな」

「ですが矢矧? 艦娘も人間と同じく高度な知能を持った生物です。本能がその行動のすべてを決めるわけではありませんよ。仮にそこから外れていたとしても、それを恥じる必要はないんです」

大和は穏やかな笑みを浮かべると、そっと腕を伸ばして矢矧の髪を撫でた。

水雷戦隊を率いることも多い矢矧にしてみれば、それはむしろ他人に対してすることの多い仕草だっただろう。だが矢矧は抵抗することなく、嬉しそうにされるがままになっていた。

 

「人間にだって同性愛者がいるように、艦娘にだっているというだけの話です。気にせず堂々としていれば良いのですよ」

力強く断言すると、大和は不意に撫でていた矢矧の髪から手を離す。

少しだけ名残惜しそうな表情を浮かべた矢矧の瞳を覗き込みながら、

 

「矢矧。あなたの気持ちと言ってましたね? なら誰が好きなのかはっきり聞かせて下さい」

自身の茶色の瞳を冷たく輝かせながら告げる。

 

「大和……ずるい。もう気付いてるでしょ?」

「それでもですよ。きちんと受け止めます。それが……私()()『女王』の役割なのですから」

頬を染めて俯く矢矧とは対照的に、大和の口調はどこまでも静かで穏やかなものだった。それは純粋に恋と呼ぶには、少し冷たすぎる想念だっただろう。

 

それでもつい、微かな期待を抱いてしまうのだ。

――矢矧が「大和の女王」ではなく、ごくありふれた艦娘としての大和を求めてくれることを。




※大和をメインとしたシリーズの2話目です。
ようやく大和が着任しました。実際にゲーム内でこの時に着任したのですが、もし(このイベント中でなくとも一定時期までに)大和が着任しない場合、本作は結構大変な終わり方を迎える予定でした。無事にフラグを回避できて、胸を撫で下ろしたことを覚えています。
ところが着任したはいいのですが、この大和は特殊な個体でした。ちなみにすべての大和の肉体が2500万イデアの想念力で構成されているわけではなく、この大和だけが特殊ということになります(同様に「大和の女王」の人格も通常の大和にはありません)。
ちなみに大和はまだまだ色々と意味深なことを言っていますね。このシリーズはもう少し続きます。

冒頭の名言について。
シバの女王についての「列王記」の記述を確認していたら発見した一節です。正直本作の状況と合いすぎていて、発見した時は盛大に草が生えました。
なお「シバの女王がソロモン王との間に子を産んだ」という説はエチオピアの伝説のようです。あまり艦これと直接関係のない部分なので、深く掘り下げる予定はありませんが。

さて間もなくリアルでは2023年が終わろうとしています。艦これ本編もクリスマス任務が終わり、年末年始任務が始まりました。
次の更新はさすがに年が明けてからになる予定です。それでは皆様、よいお年を。
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