日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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そういうもの  9

目的のためなら手段を選ぶな。

――ニッコロ・マキャヴェッリ

 

 

「準備してあるってローション用意してるくらいかなって思ったら、しっかり中身出しまでしてるとか……」

「秋雲、デキる女っしょ?」

「まぁ褒めるけど、本音を言うと目の前で処理させたかった」

「うわ、提督の変態! スキモノ!」

「やかましい、あんなエロ同人みたいな喘ぎ方してたお前に言われたくないぞ」

「うわ、わわわ、さすがに今それ言われると恥ずかしいからやめて!」

「ははは……しかし、私の性癖をよく把握してたな?」

「前に川内さんとガールズトークした時に聞き出したさー。多分あの時は、秋雲と提督がこんな関係になるって思ってなかったんじゃね?」

「……女の子ってたくましいね、本当」

 


 

「……という顛末があってな」

「おかしいですわよね、なんで毎回ピロートークを聞かされますの? 今回別に陽菜は自分の情事のこと話してませんわよね?」

「ん、今回はただの嫌がらせ」

「ぶっ殺しますわよクソサイコ野郎」

 

いつものごとく、日下部鎮守府の応接室。

先日、舞津さんから借りた戦争初期の資料について、長谷川と意見交換をすべくご足労願っている。

本来であればこちらが出向くのが筋なのだが、あの資料は扱いが難しく、あまり持って出歩くべき物ではない。そしてそれを長谷川も理解しているからこそ、嫌な顔ひとつせずに来てくれたのだ。

 

「しかし前回も思ったけど、話を聞くだけなら大丈夫なんだな、お前」

「あれから5年以上経ってるのもありますからね。まぁ目の前に出されたら、ズンバラリンと一閃して差し上げますが」

「怖っ。なんでその言動が5年前に出来なかったんだよ、白百合姫」

「あら、懐かしい呼び名を。

――それに関しては、完全に陽菜の落ち度ですわ。いくらでも謝罪致します」

「……いや、」

 

頭を下げる長谷川を直視できず、思わず目を逸らす。

責めるつもりではなかった、と今から言っても虚しいだけだろう。

 

「今日の本題は、それじゃない。この話はひとまず終わりにしよう」

「ええ、わかりました。本題は『オペレーション・ササジャータカ』についてですわね。この頃はまだ陽菜は後方部隊所属でしたので、当時のことは伝聞や資料でしか存じないのですけど」

「個人的には、まずそのネーミングからして気に食わない」

 

仏教において、釈迦がインドに生まれる前、ヒトや動物として生を受けていた前世に関する物語を「ジャータカ」と言う。

その中の「飢えた修行僧の腹を満たすため、自ら燃え盛る炎に飛び込んでその肉を提供したウサギ」に関する逸話が、「ササジャータカ」だ。

 

「自己犠牲の話を、自己犠牲を強要した作戦の名前に付けるとか」

 

そこで私は一度言葉を切り、

 

「人間に死に至るまでの負荷を掛けて強引に想念を絞り出し、深海棲艦の装甲を撃ち抜けるだけの想念力を得ようなんて……元マインドハッカーの私から見たって、どう考えても常軌を逸している」

 

文字通り、吐き捨てるつもりで言った。

 


 

計画は、「人間が最も大きく想念力を生産できる条件は何か」を探るところから始まった。

人間の精神活動にはさまざまな種類があり、そのどれもが想念を生み出すモノではあるが、中でも特に多量の想念を生むモノが、大きく分けて2つある。

すなわち「苦痛」や「恐怖」に類するものと、「愛」や「快楽」に類するもの。

……この条件を発見するまでにどんな実験が行われたかは、あまり趣味の良いモノではないので今は割愛しよう。そこは本題ではないし。

 

「愛・快楽を生むような行為と比べて、苦痛・恐怖は遥かに効率的に生産できる。拷問を加えたり、死の恐怖に晒せばいいだけだからな。だから、人類はこちらを作戦に採用した」

 

人類の想念工学で扱える想念力と、大元の技術を発明した高次AIの扱える想念力では、文字通り桁が違う。

その差を埋めるための、これは文字通り血反吐を吐いて行われた、乾坤一擲の反攻作戦だったのだ。

 

「これでまったく通じないのであれば、まだ救いはあったのですけどね。すぐに中止されたことでしょうから」

「ああ。だが実際は、そうはならなかった」

 

それまで敗北一辺倒だった人類は、このオペレーション・ササジャータカで初めてある程度の戦果を上げた。

上げることが、できてしまった。

これまで私は、艦娘出現前の人類は深海棲艦に対してまったくの無力だったと思っていたのだが、実際はそうではなかったのだ。

 

ただし結論から言うと、オペレーション・ササジャータカは、無力ではなかったが無意味ではあった。

後から試算した結果、このまま続けると深海棲艦を倒しきる前に、残った人類が絶滅することが確実とわかったのだ。

人類を救うための作戦で、人類を滅ぼす。本末転倒の極みだ。

 

だが。

深海棲艦に約半数を殺され、さらにそこからオペレーション・ササジャータカによって一定の戦果を上げて。

その時点で、人類はすでに引き返せないほどの犠牲を積み上げていた……。

いつの時代も、合理的な判断というのは難しい。

埋没費用の存在を認められず、絶対に回収できないとわかっていても、人はそこまでに費やしたコストに固執するものなのだ。

 

かくして、人類は破滅への道を自ら転げ落ちていっていた。

艦娘の出現があと少し遅ければ、人類は高次AI率いる深海棲艦にではなく、自分たち自身によって滅ぼされていたことだろう。

 

「そういう意味では、艦娘の出現には感謝ですわね」

長谷川の言葉には、頷くしかない。

 

艦娘の出現は、状況を一変させた。

多大な犠牲を払わずとも、地球意志の加護を受けた艦娘は、深海棲艦に対抗することができた。

必然的にそれは、オペレーション・ササジャータカを中止する千載一遇の好機だった。

 

そこに至ってもなお、払った犠牲の重さから、艦娘に反発する人間がいた。

だが、一国の興亡どころか人類そのものの存亡が掛かっている時に、そんな愚かさを許容する余裕は無く。

……加えて。

 

「人類は、とっくの昔に理性の箍を外していた」

 

一切の躊躇も呵責もなく、粛清の嵐が地球全土で吹き荒れた。

これによってさらに少なくない人類が数を減らしたが、それは「艦娘が戦い、人間はそのバックアップに回る」という運用体制の構築に当たって、どうしても必要な犠牲だと言えた。

 

そこまで同属殺しを積み重ねて、ようやく人類は死の沼から首を上げ、一呼吸付くことに成功した。

依然、沼から這い上がったとは言い難い状況ではあるが……。

それでも、少なくとも提督たちに、艦娘に愛を囁く程度の余裕が出来たのは確かだった。

 

……そこまで話を終え、深い溜息を吐き出す。

 

「私は本物の『悪』にはなれなかったけど、『正義』だってロクなことはしないよな」

「そこはまぁ、否定できませんけどね。しかしあなたが、顔も知らぬ他人の犠牲に憤るとは意外でしたわね」

「犠牲者の数に怒ってるわけじゃない。自己犠牲を強要したのが気に食わないんだ。私は絶対に御免だが、自ら意志することとしてやっているのなら、百歩譲って頷けなくもないんだがな」

「ああ、なるほど」

 

長谷川は得心したように小さく頷くと、不意に表情を変えた。

それは先日、舞津さんが見せたような……「プロの軍人」の顔。

そういう顔が出来る今のこいつは、もう白百合姫では無いのだな……と感心したのも束の間。

 

「あなたの言うことは、基本的には同意しますわ。大半の者は、決して望んで犠牲になったわけではないでしょう。けれどもそうですね……ほんの一部かもしれませんが、自分の意志で身を捧げた者もいると思います。その気持ちは、陽菜には理解できなくもないのです」

信じがたい言葉が、長谷川の口から飛び出した。

 

「……バカな! なんでそんなことができるんだ!」

どうしてもその発言が呑み込めず、長谷川に詰め寄る。

 

長谷川の紫色の瞳が、こちらを射抜いた。

そこにあるのは、ひとつの生き方としての矜持を込めた、強い星の輝きで。

 

「おそらくですが、彼らはですね……」

 


 

「てーとく、もうバシー行き疲れたよぉ」

顔に疲労の色を浮かべ、一人の艦娘が私に訴えかけてきた。

 

桃色のショートヘアに、桜をかたどった髪飾り。

スクール水着に似た服の上から、セーラー服のようなものを羽織っている。

伊58、通称ゴーヤ。太平洋戦争における日本の潜水空母を前世とする艦娘である。

 

「そう言わんでくれよゴーヤ。お前の先輩に当たるゴーヤたちは、オリョールでもっときつい反復出撃に晒されていたって聞くぞ」

「時々オリョールに行くと、他のゴーヤから負の想念が伝わってくるのはそれでちね。でもそれ、このゴーヤに何の関係があるでちか……」

 

伊58という潜水艦娘は、艦娘全体の歴史の中では古参の部類とのことだが、ついこの春に立ち上がった私の鎮守府においては、目の前のゴーヤも新しく誕生した艦娘であることに間違いはない。

もちろん他所の鎮守府においては、その当時から戦っていた伊58も多いのだろうが。

 

「まぁ仕方ないな。今日はもう上がっていいぞ。通商破壊部隊の軽空母たちにもそう伝えておく」

「わーい、やったぁー! じゃあゴーヤ、泳ぎに行ってくるでち!」

「おいおい」

 

私は苦笑する。

 

「任務に行けばどうせ泳ぐことになるのに、それでいいのかゴーヤ」

「いいんだよぉ。ゴーヤは海の中が好きなんでち!」

「せっかく艦娘に生まれたんだから、間宮に行くとか他の子と話すとか、もっと色んなことすればいいと思うんだがなぁ……」

 

私の言葉に、ゴーヤは不意に押し黙った。

髪色とよく似た桃の瞳がこちらに向けられる。

想定外の空気にたじろぐ私に向かい、

 

「ゴーヤ、艦娘になんかなりたくなかったでち!」

 

意外な言葉を投げかけると、背を向けて一目散に駆け出していくのだった。




※作者は2021年の2月から艦これを始めましたので、あいにくオリョクルというものを一切知らないのですが、一期の頃の二次創作を掘っているとほぼ必ず出てくる概念です。その際はほぼ必ず、一番メインの被害者としてゴーヤが描かれています。
そしてその延長線で、二期になってから実装された伊47(ヨナ)が「オリョクルを知らない潜水艦」の代名詞のように扱われているのをよく見かけます。

もちろん古参のプレイヤーにとってはその通りなのでしょうが、前述の通り今年になって始めた私の鎮守府においては、ゴーヤだって「オリョクルを知らない潜水艦」であるわけです。
なので、こんな感じになりました。
たまにはこんなゴーヤもいかがでしょうか?
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