日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


ふたりのサラ 7

愛に触れると誰でも詩人になる。

――プラトン

 

 

海から吹く風には、懐かしい匂い。

日下部鎮守府の艦娘運用母艦「いが」は、ついに横須賀沖に存在するショートランド人工島へと戻ってきていた。

もちろんイベントそのものが終わったわけではないので、母艦はいつでも動かせる状態にしておく必要はある。だがそれは後段作戦の最終局面、艦娘救出作戦を行う段階だけで構わない。

つまり……艦娘たちは一度、地上にある鎮守府施設の自分の部屋へ戻ることが許可されていた。大和やフレイなどの新規着任した艦娘についても、MM機関と妖精がフル稼働して新しい建物を急ピッチで建造していく。

 

「後段作戦に進むための準備を整える。イベント自体は7月上旬までは継続するだろうが、攻略は可能なら6月中に終わらせたいと思っている」

母艦から地上施設の執務室に移動した日下部は、指揮の補助を行う大淀に対して今後の方針を告げる。

 

「まずは資源の回復だな。大和掘りで少し使いすぎた。最終の第五海域は乙種作戦で良いが、報酬を見たら第四海域は甲種作戦で行きたい。ので、少し回復に努める」

前回の冬イベ、捷三号作戦警戒では資源の枯渇に苦しめられた。だから今回は枯渇しないように立ち回るべきだろう。

 

「で、その間にカタリーニ提督に頼まれた件を片付ける。大淀、あいつはシロだと思うか?」

「そちらはあと少しお時間を下さい。ほぼシロだと思うんですが……何しろあちら、私が観察していることに気付いてそうな割に一切警戒しませんし」

「ふむ……」

少し焦らないでもないが、こればかりは大淀に任せることにした以上は待つしかない。

あの艦娘が信用できるのとできないのとでは、取れる手段が大きく変わってくる。強引な真似をするなら、保険は絶対に必要なのだ。

 

「まぁわかった。あとは普段通りの艦隊運営だな」

「そういえばもうすぐサラトガがMk.IIになれそうですね。彼女の場合はもう一段階上の改装がありますけど」

「あるんだが、その前にMk.IIでないと達成できない任務があるから先にそれをこなす。っと、そうだ。あいつ……」

「どうしましたか?」

不意に言葉を言い淀んだことが気になったのだろう、大淀は首を傾げる。

だが、

 

「いや、なんでもない。ふと思い出したことがあっただけだ」

そこは曖昧にごまかすことにする。艦娘だってプライバシーは尊重されて良いはずだ。特に日下部鎮守府のサラトガは、きわめて特殊な事情を抱えているのだから。

とはいえ、ホーネットの着任の時に彼女についての話を聞いてから数ヶ月。色んなことがあってつい後回しにしていたが、良い機会だ。

――そろそろ彼女がどちらの「サラ」であるか、確認してみても良いだろう。

 


 

そして数日とかからずに、運命の日はやって来た。

 

「Oh my god……! 提督、改装ありがとうございます」

「どういたしまして。このまま装甲空母まで一気に改装したいところではあるが、その前に任務をこなさんとな」

サラトガMk.II。日本艦で言うところの改二に当たる改装段階だ。

ひとまず任務についてはおいおい進めていくこととして……今はそれよりも別の話だ。

 

「ところでサラ。つかぬことを聞くが」

「はい、どうされました?」

「お前がノーザのことを熱心に口説いてるという話を以前小耳に挟んだんだが、事実か?」

まずはあくまで艦隊内の噂話の延長線上として尋ねる。着任時のホーネットはその時点ではサラトガの事情を知らなかったのだから、見た目の事象としては本当にそれだけなのだ。

だが、

 

「……ちっ」

露骨に舌打ちをされて、思わず苦笑する。

通常は艦娘のサラトガは、提督に対してここまで不敬な態度は取らないだろう。

 

「おいサラ、地金が出てるぞ」

「あ、いえ……そうですね。確かに口説きましたが、恋愛は自由でしょう?」

「まぁそれはそうだな。なら私だってお前のことを口説いても構わないな? どれ、飛行甲板の状態をチェックしてやろう」

「いえ提督? 整備は自分でや……」

慌てたようにサラは距離を取ろうとするが、

 

「なに遠慮すんな」

日下部は一気に距離を詰め、飛行甲板こと胸……ではなく、豊かな尻を軽く撫でる。

つまり言い訳抜きのお触りだ。赤城に禁止されていたような気がしないでもないが、これはあくまでサラトガの正体を暴くための方策だ。断じて浮気ではない。

果たして、

 

「…………、! 触んなファック! アタシは日本の男なんて大っ嫌いだって言ってるでしょーーー!」

瞬間的に凄まじい怒りの形相を浮かべたサラトガは、下品極まりないスラングを使って罵倒してきた。

声こそ艦娘のサラトガの物だったが、それでもその自我の主体が誰であるかについては、もはや間違いないだろう。

 

「よーし、ようやく本性を出したなサラ・ローレンス! ホーネットから聞いた口調が明らかにサラトガと違うからそうじゃないかと思ってたんだが」

シンギュラリティ到来時の事故により脳死状態に陥り、その後モーリアックによって艦娘化実験の検体とされた女性、サラ・ローレンス。

年初の一連の事件を通じて完全に艦娘サラトガの自我と分離した上で、肉体の主導権を彼女に譲って眠っているはずの彼女が、なぜか今は表層意識に出てきているようだった。

 

「……はっ!? て、提督、サラはここに」

我に返ったサラトガは慌てて取り繕おうとするが、

 

「今更遅いっつーの」

その雑な態度に、思わず溜息が口を突いて出る。

ごまかすことを諦めたのか、サラトガは小さな舌打ちと共に面白くなさそうな表情を浮かべた。

 

「ちっ! そうよ、アタシはローレンスの方のサラよ。空母のサラじゃなくて悪かったわね」

「なんでそんなことになってるんだ。お前の意識は、サラトガの自我の奥で眠ってると思ってたんだが」

「はっきりとはわかんない。艤装を使えるようになった後も、一月に一度くらいはアタシの意識が出てくる日が元々あったんだけど、最近その頻度が多くなってて」

「ふーむ」

その説明に、思わず顎に手を当てる。

 

「つまり、逆に言うとサラトガの意識は消えたわけじゃないんだな?」

「そうよ。出撃の時はサラトガだし、艤装もちゃんと使えてるでしょ」

「そうか。よし、じゃあ三人で話すか」

「三人で、ってどうやって?」

不思議そうに聞き返すサラに、

 

「そこは方法がある。お前は知らないかもしれんが、私だって年初の頃と比べて結構変わったんだぞ?」

少しだけ悪戯めいた笑みを浮かべ、日下部はそんな風に答えた。

 


 

大淀を呼んでしばしの間の提督代行を頼み、日下部はサラを伴って隣の控室へと移動する。

ソファーテーブルを挟んで対面同士に腰掛けたところで、体内MM機関を起動して経路(パス)をサラの自我へと繋いだ。

人間や艦娘の形而上の自我(タマシイ)の内側には、物質世界とは異なるもうひとつの世界が広がっている。オカルト用語で言うところの精神世界(スピリチュアル)だが、科学のいち分野である想念工学においては「形而上の世界」と呼称する。

何もない一面の真っ白い空間の中で、日下部はサラに向かって呼びかける。

 

「いいか、この世界の主体はお前だ。この世界に我々以外に何が存在するかは、きちんと意識すればお前が決めることができる。マインドハックを行使しているから私が決めることもできるが、艦娘の救出以外での他者自我の書き換えは違法行為だ。だからきちんとお前が世界を構築しろ」

するとたちまちの内に世界に色彩が着いていき、周囲の風景は肉体がいるのと同じ「日下部鎮守府の控室」のものへと変化した。

 

「シンプルだな。まぁ普通はそこまでとんでもないものを構築なんてできないか」

「うっさい。目的は話をすることなんだからこれでいいでしょ? って、あれ……? アタシ、元の姿に戻ってる?」

「サラ、サラはここに。……って紛らわしかったですね」

本来の自分自身の姿を取ったサラ・ローレンスの自我の傍らには、艦娘サラトガの姿があった。

日下部も自分自身本来の姿を取る。

 

「ここは物質世界ではないからな、肉体に縛られる必要はないさ。さてサラトガ、物質世界で私とサラが交わしたやり取りは認識できているか?」

「はい、聞こえていました。サラのお尻を触ったことは、後でしっかり赤城に報告しておきますね」

「おっおい、あれはサラの正体を暴くための手段であってだな……」

「ふふ、冗談です。でも二度とやらないで下さいね?」

サラトガの目が一切笑っていないことに気付き、日下部は慌ててガクガクと首を縦に振る。

 

「さて。お前たちの状態についてまず確認しておきたいことは、このままサラトガを艦娘として運用して平気かってことだ。任務もあるし、後段作戦に出す可能性もある」

「はい、それは大丈夫です。海の上ではきちんと艦娘として戦えます」

力強くサラトガは言い切り、サラもそれに同意して頷く。

何の保証もない話ではあるが、ひとまずここは麾下の艦娘を信じるべき局面だろう。

 

「それは良かった。じゃあ次にサラ、最初の話に戻る。お前がノーザを口説いてたのは事実か?」

「ちっ。本当よ、悪い?」

「いや、悪いとは言わないが……」

昔の恋人の一人であるエミリーの妹であるサラが、同じく昔の恋人の一人である美奈子に似ているノーザを口説いているというのは、なんとも複雑な気分だった。

詳しく説明してエミリーとの関係がサラに発覚したらさらに面倒なことになりそうなので、曖昧にごまかすしかないのだが。

 

「ちなみに、なんでノーザなんだ?」

冬イベの終わりにホーネットからこの話を聞いた時から、ずっと気になっていたことを尋ねる。

その質問に対してサラは特にてらうこともなく、

 

「ノーザはフォアリバー造船所で生まれた艦だから」

日下部がまったく想像しなかった理由を挙げた。

フォアリバー造船所。19世紀末、アメリカはマサチューセッツ州に設立された造船所だ。

幾度かその所有者を変えながら、20世紀末まで操業を続けたのだが……かの大戦の時期にこの造船所を所有していたのは、当時の世界で最大の造船会社であるベスレヘム・スチールだった。

アメリカという世界最大の工業国家のシンボル的存在であるベスレヘム・スチールは、このフォアリバー造船所において何隻もの軍艦を建造しているのだが、

 

「今艦娘になっている中では、ノーザ以外にフォアリバー艦いないんだもの」

「サラもNY(ニューヨーク)生まれですからね。姉のレキシントン(レックス)はフォアリバー艦なんですが」

「ねー。いつかレックスにも会えるといいな」

アメリカ人とアメリカの艦娘がそう言って笑い合う。

将来的にはどうなるかわからないが、確かに現時点ではサラの言う通り、フォアリバー造船所生まれの艦で艦娘になっているのはノーザンプトンだけだった。

 

「いや、答えになってるようでなってないぞ。なんでフォアリバー造船所だよ」

「知ってるかもしれないけど、フォアリバー造船所はアタシの出身地クインシーにあったの」

サラとエミリーの故郷はマサチューセッツ州の都市、クインシーだ。

当初は別の都市に存在したフォアリバー造船所だったが、20世紀初頭に移設されてからは操業停止までこの街に存在し続けた。

ただし当たり前だが20世紀末に閉鎖したフォアリバー造船所を、2022年生まれのサラが直接知っているわけではない。

 

「自慢じゃないけど、アタシは家でもはみ出しものでね。カレッジ卒業したらとっとと家を出て就職したのよ」

「あー、その辺りは以前資料で確認させてもらった。けどそれで就職した先がGDEBだってんだから大したもんだ。一流の造船企業じゃないか」

ジェネラル・ダイナミクス・エレクトリック・ボート。

ベスレヘム・スチールが21世紀初頭に経営破綻した後も世界に君臨し続ける一大企業だ。想念工学の時代においては親会社に当たるジェネラル・ダイナミクスごと世界企業連合(コーポレート・ユニオン)に加盟し、時代の変化にいち早く対応している。

 

「ん、何よ。日本の男に褒められるとか調子狂うわね。そこまで詳しいなら知ってると思うけど、ベスレヘム・スチールの後にフォアリバー造船所を買収したのがうちの会社なのよ」

「ああ、そうだったな」

「アタシはロードアイランドにある艤装工場で働いてたんだけど、そこにフォアリバー造船所についての資料があってね。クインシー出身としてフォアリバーの名前だけは知ってたんだけど……レキシントン、マサチューセッツ、ネヴァダ、クインシー。もちろんノーザンプトン。みんな素敵な艦だった。いっぺんでファンになったわ」

少しだけ遠い目をしたサラは、まるで詩でも吟じているかのようだった。

 

「そんなノーザがあんな可愛い艦娘に生まれ変わったら、そりゃ口説かないわけにいかないでしょ。こんな世界、肌を合わせる相手の一人くらいいないとやってらんないのよ。サラのことは好きだけど……自分と、肌を合わせるわけにはいかないもの」

「そこはサラも申し訳ないと思ってますので、多少は目を瞑ることにしました」

日下部はサラトガが頬を引きつらせていることに気付いた。だが、わざわざそれを指摘するほど命知らずではない。

 

「ん、わかった。なら止めはしない。ただ関係には自分で責任を持てよ」

「わかってるわよ、何を偉そうに」

サラは唇を尖らせるが、日下部としてはこれはどちらかというとノーザのことを思って言っていた。

身勝手な理由で彼女を振ったことは事実だ。だからこそ他の誰かと新しい恋を見付けたのなら、ぜひ幸せになって欲しいと思っている。

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「OK。大体わかった。まぁ問題がないとは言わないが、今すぐどうこうというものでないとわかったのは収穫だ。改めて『ふたりのサラ』、よろしくな」

「はい、よろしくお願いします」

「アタシはあんまりよろしくしたくないけど、仕方ないわね」

素直に頷くサラトガと比べて、相変わらずサラ・ローレンスは棘のある態度を隠そうともしなかった。

だが日下部としては、この程度の態度はまだ可愛いものだと思う……少なくとも艦娘の曙に比べれば。あれでかなり暴言に対する耐性は鍛えられた。

――まぁ曙と違って、サラが自分にデレる日などは来ないのだろうが。




※久しぶりにサラ・ローレンスとサラトガを中心とする話です。
冬イベの終わりにホーネットが軽く言及してから結構間が空きましたが、ようやく彼女たちの現状に触れられました。
ちなみに今回サラが語った自分の経歴ですが、「鬼が来たりて -鎮守府正面海域・暗躍-」の後書きに書いたサラのプロフィールである程度言及済だったりします。

フォアリバー造船所について。
日本艦については時折造船所単位で艦娘を推している提督(艦これプレイヤー)がいらっしゃいますが、サラのフォアリバー造船所推しはそれと似たようなものだと思っていただければ。
そして彼女が挙げている艦名の中に、リアル2024年1月現在では艦娘になっている艦が2隻ありますね。
加えてレキシントンかワスプくらいはいずれ来そうな気もしますし、そのうちフォアリバー艦隊が組めるかもしれません(実は艦娘になれそうな駆逐艦がいないんですけど)。

艦これ本編、前話の後書きに書いた通り震電改の2機目も入手できたので、今はのんびり過ごしています。1月中旬には「次のメンテナンス」があるそうですが、さてどうなるやら。
SSはいよいよ艦隊が日本に戻ってきたのですが、まだE4には進めません。次話はメインストーリーに当たる話の続きです(カタリーニ提督が出ないので、タイトルは変わりますが)。お楽しみに。
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