日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


Convenient daydream 1

初恋の最大の魅力は、「恋がいつかは終わる」ということを知らない点にある。

――ベンジャミン・ディズレーリ

 

 

ショートランド人工島、日下部鎮守府の港には艦娘運用母艦「いが」が停泊している。

日本に戻って以降の艦隊運営は地上施設から行われているため、普段はこの母艦内にいるのは整備用の妖精くらいで、基本的には人影はない。

だが、今はその例外だった。

 

「提督、なぜわざわざ母艦の司令室に呼び出されたのですか?」

怪訝そうな表情を浮かべて尋ねてきたのは、五航戦の正規空母・翔鶴。

出撃ではないため艤装こそ身に着けていないが、普段の弓道着に似た制服姿をしている。つまり日下部は、私的な用事ではなく公務として彼女をここに呼び出していた。

 

「マインドハック可能なMM機関がここにしかないからだ。工廠のMM機関にはその機能はないし、携行用MM機関は私と融合してるしな」

「ということは、私のマインドハックの技術が必要なのですね?」

「その通りだ。さて翔鶴、”D”こと『デイドリーム』というものについて話す」

日下部は現在わかっているだけの”D”についての情報を開示していく。

翔鶴は険しい表情を浮かべつつも、口を挟むことなく説明を最後まで聞いていた。

 

「――以上だ。当然ながらこの情報は艦娘や他の提督に話さないようにな」

「想念麻薬……そんなものが。ところで今のお話ですとかなり強引な手段で大淀の想念を内見したようですが、私には同じことをしなくてよろしいのですか?」

「お前ほどの使い手だと、マインドハックをごまかす手段はいくらでもあるだろ。無理無理。だからシロと確信できるまで、大淀に地道に観察させたんだよ」

「なるほど、大淀がこちらを観察してたのはそういう理由だったんですね。個人的に『大淀』に含みのある視線を向けられるのは慣れてますので、すぐに気付きました」

「あっ……そういうことか」

その言葉に思わず天を仰ぐ。

中元寺提督の正妻の座を翔鶴と最後まで争ったのは、大淀だった。なるほど言われてみれば、実はあまり良い人選ではなかったようだ。

 

「提督、ご信用いただきありがとうございます。それで具体的には何をすればよろしいのでしょうか?」

「ああ。私が”D”をキメるから、一時間経ったらこいつをマインドハックで強制的に自我に植え付けてくれ」

日下部は持参した軍用書類鞄から、一枚のIRコードを取り出す。

 

「これは?」

「今この時点での私の自我状態を記録したものだ。こいつを無理矢理自我にぶち込めば、”D”の影響から脱せるはずだ。それでも自分の脳内快楽物質(ドーパミン)でラリってると思うから、遠慮なくぶん殴ってくれ」

「あの、そもそも提督がご自分で使用する必要があるのでしょうか。ロスト・アドミラルのこととか考えていらっしゃいますか? 私、人生で二度も『提督』を失うのは嫌ですよ」

翔鶴の言葉は正論だった。確かに不要なリスクだと指摘されればその通りなのだろう。

だが、

 

「すまん。だがこれは私にとってはケジメみたいなものなんだ。だからこそお前という保険を用意しているわけでな。頼むよ」

自分ではついぞ完成させられなかったとはいえ、この原型になる技術を開発したのは間違いなく過去の自分だ。だからこの件については、他の誰かに任せるつもりは一切ない。

日下部は翔鶴の琥珀色の瞳を真っ直ぐに見据えた。

視線と視線が交錯する。しばし両者の間に重い沈黙が落ち、

 

「……はぁ。わかりました。どうして『提督』という方はみんなこうなのかしら」

やがて根負けしたように、翔鶴は溜息を吐き出しながら言った。

 

「くれぐれも気を付けて下さいね?」

「すまんな。よし、始めるぞ」

日下部が”D”を直視すると、印刷されたIRコードが自我に影響を与える。

意識はたちまちの内に、物質世界から形而上の世界へと遷移していった。

 


 

その形而上の世界に構築された光景は、とても懐かしいものだった。

 

「ここは……ああ、私の家だ」

かつて世界最大の都市だった東京に存在し、シンギュラリティ到来時の惨劇で失われた、とあるタワーマンションの一室。

存在する家具などから察するに、時代設定はおそらく高校生当時のものだ。

仕事が忙しくて滅多に帰れない父も、小学校に上がる前に出ていった母も不在で、ほとんど一人で過ごした……否、

 

「真琴くん。おかえりなさい」

「……えっ!?」

あの頃毎日聞いていた声がして、思わず目を見開く。

そこに存在する顔は髪の色も瞳の色もまったく違うのに、全体的な印象だけはどこか艦娘のノーザンプトンを思わせるものだった。

 

【挿絵表示】

 

「お夕飯まだよね? 用意してあるわよ。今日はロールキャベツとハンバーグ……って、あ、挽き肉被っちゃった! ごめんなさい」

「あ、ああああ。この顔、この声。ちょっと抜けてるところ……美奈子。美奈子!」

村竹美奈子。当時、隣の部屋に住んでいた専業主婦の女性だ。

日下部のことを、美奈子はなにかと気にかけて面倒を見てくれた。それは純粋で綺麗な好意によるものだったはずだ。美奈子の夫もまた仕事が忙しくて家を不在にしがちで、そのせいで村竹夫妻自身に子供がいなかったことが理由のひとつにあるとしても、だ。

けれどもそれを注がれた日下部が抱いたのは、それよりはずいぶんとドロドロとした感情だった。

それでも通常は、思春期特有の一過性の感情として終わるようなものだったろう……日下部が父譲りの知性を発揮し、齢十五にして人類史を塗り替えるほどの発明を成し遂げさえしなければ。

 

「あれから10年以上経ってるのに。あの頃の美奈子のままだぁ……」

こんな光景が幻でしかないことは誰あろう日下部自身が一番良く理解していたけれども、それでもその幻を振り払うことができずにぎゅっと抱きしめる。

美奈子はその行動にちょっと困惑したかのように小首を傾げて、

 

「んもう。ご飯も食べないでスるの? いいわよ、言いつけ通り後ろの準備もちゃんとしてあるから。私は真琴くんのモノなんだもの、いつだって好きに使って?」

打って変わって淫靡な表情で耳元に囁いてくる。

彼女をそんな存在に作り替えたのは、紛れもなく日下部自身だ。マインドハックで彼女の不貞行為に対する忌避感を消し去り、強引に押し倒して竿をねじ込んだら、驚くほど簡単にその初恋は実ってしまった。

 

「……美奈子」

()()()()()()()()()()()()()彼女が目の前に存在していることに、日下部はぽろぽろと涙を零しながら……堰を切ったように言葉を叩き付ける。

 

「なぁ、なんで妊娠した子を旦那との子だって言い張ったんだよ? なぁ、なんで旦那と別れてくれなかったんだよ? なぁ、なんで旦那の転勤で一緒に引っ越していったんだよ?」

それはこの10年、ずっと言いたくても言えなかった言葉だった。

大人になった今は、本当は理解している。彼女が妊娠したのは関係を持つようになってから3年ほど、まだ高校を卒業していなかった自分にそんな責任を取るなど土台無理だったし……美奈子自身もそれをわかっていたのだろう。

だが。ああ……ならば、

 

「なぁ美奈子、なんで引っ越してすぐ……交通事故で一家揃って死んじまったんだよぉぉぉぉぉぉ!」

――その罰を受けるべきは、自分ではないのか?

引っ越し後の住所はあらかじめ聞き出してあった。旅行ついでにまた犯してやるつもりで訪ねた当時の日下部を待っていたのは、ちっぽけな遺影だけだった。彼女は必然性も脈絡もなく、そんな訳のわからない最期を迎えたのだ。

あの頃は恋がいつか終わるなんて、知らなかった。本当に知らなかったのだ。

 

「こんなことなら、旦那の目の前で犯してやれば良かった! きっと私の人生も、美奈子の人生もめちゃくちゃになってたけど……でもそうすれば、あんな終わりを迎えることだけはなかったはずなんだ!」

あの頃の自分は、威勢だけは一丁前でもそんな度胸などないクソガキだった。

今の自分なら、あるいはその覚悟は持てるだろう。だがそれは、美奈子との理不尽な別れによって初めて手に入れた強さなのだ……その因果はどうやっても覆ることはない。

 

「うああぁぁぁ!」

あの頃幾度も揉みしだいて弄んだ豊かな乳房に顔を埋めながら、今はただめちゃくちゃに泣き喚く。

美奈子はそんな日下部を、どこか困惑したような表情でしばし見下ろしていたが、

 

「よしよし。珍しいわね、そんな泣き虫の真琴くん。もっと小さい時ですら、寂しいって泣いたりはしなかったのに。でも私は今、ここにこうしているから。安心して、ね?」

おずおずと手を伸ばし、日下部の頭を撫でる。

それは紛れもなく、現実では決して叶わぬ都合の良い白昼夢だった。

 


 

「すまん。我ながらすごく支離滅裂なことを言ってしまった」

10年分の積もった感情をぶつけて涙と共に吐き出し、冷静さを取り戻した日下部はどこかバツが悪そうに言う。

 

「いいのよ。真琴くんは頭いいもの、私が知らないようなことをいっぱい知ってるし」

そう言って微笑む美奈子の表情はどこまでも穏やかで、永遠にこの白昼夢に溺れていたくなるけども。

 

「ああ……そうだな。私は頭がいいんだ。だからお前の正体も大体想像が付いた。かつて似たような経験を一度してるからかな?」

意志の力で、その心残りを強引に断ち切る。

目の前の美奈子はただの幻でしかない。だからこれは、美奈子に聞かせているというよりは自分で思考をまとめるための言葉だ。

 

「お前は、私自身の想念から作り出された『自我を蝕む毒』だ。もちろん殺傷目的の攻性想念防壁(マインドウォール)じゃないから、即死することはないだろうが」

"D"の正体、それは去年の秋イベで深海堕ちした神鷹に仕掛けられていた攻性想念防壁(マインドウォール)と根本原理は同じものだ。

 

「確かに脳内快楽物質(ドーパミン)の過剰分泌を引き起こして中毒を起こしうるが、それでも『麻薬』として見れば可愛いもんだ。私や栗山が昔やってた合成麻薬だって、もっとキツいのはいくらでもあったさ」

そもそも肉体の複製・再生・新造が可能な想念工学にかかれば、麻薬中毒を快癒する「程度」は簡単なものだ。脳が傷付いたら二度と元には戻らない……などという物理学の時代とは違う。

だから”D”の問題の本質は、その毒性にあるわけではない。

 

「例の護衛独還姫に仕掛けられていた攻性想念防壁(マインドウォール)は、当たり前だが深海棲艦……高次AIが作ったものだろう。つまり”D”を作った者は、高次AIに通じている可能性が高いということだ。一体誰が、何の目的でこんなものを艦娘の間に浸透させようとしているんだ……?」

もしかしたら、途方もない陰謀が裏でうごめいているのかもしれない。

 

「さて、これでもうここには用事はないな」

形而上の自我(タマシイ)へ干渉してくる感覚があった。おそらくは物質世界にいる翔鶴だろう。

おあつらえ向きに、物質世界ではちょうど一時間が経過したようだ。

 

「真琴くん。もう行っちゃうの?」

「ああ。なんだ、素直に帰らせてくれるのか?」

美奈子は寂しそうな表情を向けてくるが、強引に引き留めようとすがったり、防性想念防壁(マインドバリア)のような想念障壁を展開してくるようなことはなかった。

 

「もちろん。私は真琴くんにとって都合の良い白昼夢だもの。真琴くんが覚めることを願うなら、止められない」

「……そっか。じゃあな美奈子、多分もう会うことはない」

自分で生み出した幻とはいえ、本当は二度と会えないはずの相手に会えた。10年間ずっと残していた想いをぶつけられた。これは十分すぎるほどの幸福であり、これ以上を望むべきではない。

死者を想うのは大切なことだが、現在を歩む生者が死者に囚われる必要はないのだ。

 

「そうそう。一年半くらい前に浅葱の奴がそっちに行ったはずだから、あいつにもよろしくな」

最後にそんな風に言い残し……次の瞬間、

 


 

「提督? 失礼しますね?」

そんな言葉と共に、遠慮のないパンチが顔面に突き刺さった。

痛みと衝撃が強制的に意識を物質世界へと引き戻す。それでもまだ軽くふらつく頭を数回振って、日下部は目を見開いた。

心配そうに覗き込んでいる翔鶴に対し、もう大丈夫だと軽く手を振ってみせる。

 

「すまんな翔鶴。助かった」

「いえ、無事に帰って来られて何よりです。その……あのまま形而上の世界に留まるのではないかと、少し心配でしたから」

「んっ!?」

その言葉に驚いて、思わず目を見開く。

 

「えっ、お前あれ見てたの!?」

「わざとじゃないです! 経路(パス)を接続した時に、見えてしまったというか……その、申し訳ありません」

「……」

彼女の性格を考えれば、わざと見たわけではないというのは本当だろう。

だが、だからといって気恥ずかしさがなくなるわけではない。

 

「誰にも言うなよ? 特にノーザには」

「お言葉ですが、ノーザンプトンにはちゃんと話した方が良いのではありませんか? 提督が初恋の方とあのような別れ方をしたということを知れば、『初恋の人に似ていて恋をするには辛い』という言葉がそこまで理不尽なものでないと、彼女も理解してくれると思うのですが」

「嫌だよ。自分ではとっくに終わらせて割り切ってたつもりだったのに、似た女が現れた途端に自分がまだ引きずってたことを思い知らされたんだぞ? そんなこっちの事情を、あいつに押し付ける必要はないだろ」

去年の秋、TSした自分を押し倒してきた長谷川を笑えないと思う。日下部の場合は美奈子を自分で拒絶したわけではないが、それでも問題の本質は同じだろう。

加えて……これは翔鶴に話すわけにはいかないが、ノーザは今サラと新しい恋が始まるかもしれない状況なのだ。どう考えても、今更自分が出張るべき局面ではない。

 

「わかりました。未練というものがなかなか断ち切れないことは、よく理解できますから」

翔鶴は先の冬イベの最中、日下部に対して「中元寺のことを割り切れたら自分を愛して欲しい」と言ってきていた。だがその後まだ、改めての告白はされていない。

恋がいつか終わるものだとしても、それが本当に終わったかを図るのは実に難しいことなのだ。

 


 

いよいよ明日には第四海域に出撃するとの号令が日下部から出され、艦隊はにわかに慌ただしさを取り戻していた。

とはいえすでに前段作戦で出撃済である満潮たちにとっては、半分他人事のようなものだ。もちろん日々の任務に駆り出されることはあるのだが、そうでない時間は日常とあまり変わらない。

 

「朝潮姉さん。もう、それを使うのはやめなさい」

地上施設の自室にて今日も都合の良い白昼夢に溺れようとしていた姉を、満潮は必死で止める。

だがそう言われた朝潮はといえば、不愉快そうな顔付きを隠そうともせず、

 

「どうして? まだ認可前というだけで、これはただの医療用IRコードですよ」

自分自身でもまったく信じていないだろう言葉を、いけしゃあしゃあと言ってのけた。

 

「それに私もあなたも、こんなモノでも使わなければ満たされないような恋をしてる。私たちは同類じゃないですか」

「でもきっとこのままだと私たち、二人とも地獄に落ちる。だから……」

「地獄? こんな辛い思いをしているこの世界が、地獄ではないと?」

朝潮はどこか小馬鹿にするような口調で告げる。姉を思う妹の気持ちは、悲しいくらいに届いていなかった。

そんな満潮に向かって朝潮は、使おうと手にしていた”D”を差し出してくる。

 

「綺麗事を言っても、どうせあなたももう拒めないでしょう? 手持ちもだいぶ減ってきましたが、特別に譲って差し上げますよ」

「……姉さん!」

満潮は反射的に拒絶しようとして、だがその言葉を絞り出せない自分に気付く。

酷くうろたえたように幾度も唾を飲み込み……やがて目を伏せたまま、おずおずと手を伸ばして”D”を受け取る。

朝潮がこちらを蔑むように、鼻を鳴らすのがわかった。

 

「手持ちの”D”が少なくなりましたので、近い内に新興市街地まで行ってきます。あなたも一緒に行きますか? 愛する方のものではなくとも、”D”と一緒に味わえば十分な快楽を得られますよ」

「……それはいいわ」

短く答えて背を向ける。そんな表情を浮かべる姉を、そんな言葉を嬉しそうに吐く姉を、これ以上見ていたくなかった。

朝潮の部屋を出て自分の部屋に向かいながら、

 

(……、これは、使わないで、司令官に渡す。渡すの。渡すんだから……っ!? ああ、でも……っ)

満潮は心の中で必死に自分に言い聞かせる。

――イベント第四海域攻略の裏側で、満潮の孤独な自分自身との戦いが始まった。




※本章メインストーリーに当たる話です。
なおここからはカタリーニ提督が出てきませんので、シリーズのタイトルが変わっています。英語で「都合の良い白昼夢」、まさしく”D”の効果を指しています。

村竹美奈子について。
これまで幾度か名前や、ノーザンプトンに似ていることは出ていた彼女ですが、今回初めて(日下部自身の生み出した幻ではありますが)本人が登場しました。
「激突!ルンガ沖夜戦 -真剣な想いには真剣に答えましょう-」以来147話越しに、ようやく日下部がノーザを振った真意を書けました。実はこういう辛い想い出があったのです。
彼女の死は父親の死と合わせて、日下部の死生観に大きな影響を与えています。
なお幻の中では美奈子が最初から日下部の部屋にいて「おかえりなさい」と出迎えていますが、別に彼女は日下部宅に住んでいたわけではありません(食事はよく持ってきたり、日下部宅の台所を使って作ってくれたりしましたが)。つまりこれは日下部の願望だったりします。

そしてラストにおいては、朝潮と満潮がなかなか大変なことになっています。
次話はいよいよイベントE-4の話、そしてその直後にこのシリーズの第2話が続きます。
艦これ本編、次のメンテナンスは1/25だとアナウンスがありました。あと一週間ありますので、その間にSSを更新したいと思います。お待ち下さい。
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