日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


血戦!異聞坊ノ岬沖海戦 -This is not a suicide attack!-

方向を間違えたり、やり過ぎたりしないようにするには、まず本当は重要でも何でもない1000のことに「ノー」と言う必要がある。

――スティーブ・ジョブズ

 

 

「霞、ちょっといい?」

日下部から出撃の号令がかかった日の夜。自室にて明日に向けての鋭気を養っていた霞は、不意の来客に顔を上げる。

扉を開けてみれば、そこにいたのは姉の満潮だった。

 

「満潮姉さん? どうしたのよこんな時間に。とりあえず入る?」

「……ここでいいわ。すぐ終わるから」

霞の言葉を謝絶した満潮は、まるでお茶会にでも誘うような軽い調子で、

 

「出撃から戻ってきたら、大切な話があるから私の部屋まで来て」

そんなことを言う。

 

「何よ、まどろっこしいわね。今じゃダメなの?」

「ダメ。明日の作戦は霞にとって、私にとってのスリガオに当たるものでしょ? 今はそっちに集中なさい」

前世において駆逐艦・満潮が沈んだのは、スリガオ海峡海戦だ。

確かにイベント第四海域のモチーフに当たるのは駆逐艦・霞にとって最期となった作戦だから、満潮の言葉は間違いではない。

 

「用件はそれだけ。じゃあね霞、明日は頑張りなさいよ。ちゃんと生きて帰ってきなさい」

「前世と違って特攻作戦じゃないもの。轟沈ストッパーもあるし、あのク……司令官も大破進撃なんかさせるほど頭悪くはないし、沈まないわよ」

「それもそうか。じゃあそろそろ行くわね。おやすみ」

どこか気勢を削がれたように反論する霞に対し、満潮はひらひらと手を振って去っていく。

その様子はいつもと変わらないはずなのに、なぜか広がる闇にその背中が呑み込まれるような錯覚を覚えて……霞は思わず身を震わせた。

 


 

1945年4月7日。この日、ある作戦に実行命令が下された。

この頃の日本海軍は「終わりの始まり」ミッドウェー海戦、「帰還不能点」マリアナ沖海戦、そして「史上最大の海戦」レイテ沖海戦の敗北により、もはやまともな作戦行動を取ることすら困難な状態となっていた。

もはやどうあがいても敗北は確定しており、あとはどう負けるかを考えるだけとなっていたこの時期。残存していた世界最大の戦艦である大和を中心に、沖縄へと侵攻してくる米軍に対して水上特攻を行う作戦が立案される。

それは制空状況的に、とても成功は望めないものだった。だがその無謀きわまる作戦は、「一億総特攻の(さきがけ)となってもらいたい」との言葉によって実施が強引に決定される。

それはまるでこの1年5ヶ月ほど前、ダンピールの悲劇を招いた時の鏡写しのようだった。

この水上特攻によって起こった戦いにはダンピールの悲劇と違って、さすがに海戦名が付けられている。

「坊ノ岬沖海戦」……戦艦・大和、軽巡・矢矧、そして何隻もの駆逐艦の終わりとなった戦い。

 

2018年生まれの日下部には、この戦いがなぜ必要だったのか何度考えても理解できない。

だが当時の人間であっても、理解できなかった者の方が遥かに多いのではないだろうか?

 


 

第四海域は、史実において実際に大和たち第二艦隊が到達できた範囲までを舞台としている。

呉を出港して豊後水道を抜け、屋久島の少し先の海域までが第一作戦。そして沖縄方面へ向けての航路を進み、実際に大和が沈没した辺りまでが第三作戦に相当する。

一方で第二作戦は、それとは少し毛色が違っていた。

 

「佐世保から出港した私たちが敵機動部隊を排除する……って、一体どこが坊ノ岬沖海戦なのかしらね」

第二艦隊とは別に編成された連合艦隊、その名も機動部隊別働隊。その一角を務めるホーネットは、僚艦である飛龍および瑞鳳をちらりと眺めながらそんなことを呟く。

国籍もさることながら、史実では自分も含めてこの時すでに海上にいなかった空母ばかりだ。

 

『まったくもって同感だが、こちらとしてはゲームに付き合うしかないさ。矢矧たちは無事に第一作戦を完遂している、お前たちも油断するなよ』

艤装に仕込まれた通信装置からは、苦笑混じりの日下部の声が聞こえてきた。

と、その時。艦隊旗艦を務める青葉が声を上げる。

 

「見付けましたよ、敵艦隊! 旗艦は空母棲姫改、随伴に軽空母2戦艦2!」

『改か。空母棲姫自体はもう飽きるほど戦ってるが、改はさすがに硬いんだよな。お前たち、気を引き締めてかかれ! 第四警戒航行序列!』

通信越しに日下部の陣形指示が響き渡る。それは戦闘開始の合図だ。

 

「行くわ。元より相討ち覚悟よ、ホーネット攻撃隊……」

『おい、これは特攻作戦ではない。相討ちなんかするな』

「わかってるわよ、これはただの口上だから。改めてホーネット攻撃隊、発艦!」

律儀に釘を刺してきた日下部に苦笑しながら、ホーネットが艦載機を発艦させる。

 

「やれやれ。相討ち覚悟はあたしと多聞丸の専売特許だと思ってたんだけどな……飛龍攻撃隊、発艦します!」

「前世のことは言い出したらきりがないわよ……瑞鳳攻撃隊、発艦始めて下さい!」

ミッドウェー海戦と南太平洋海戦でそれぞれホーネットと戦った両艦も艦載機を発艦させ、一群となった攻撃隊が敵機動部隊へと襲いかかる。

同時に敵艦隊の艦載機もこちらの上空へと殺到し、互いの上空から破壊の雨が降り注いだ。

壮絶なる航空決戦。前世においてこの時にこれだけの航空戦力が残存していたら、そもそもあの水上特攻作戦は実行どころか立案すらされなかったことだろう。

だからこの戦いは坊ノ岬沖海戦ではない……「異聞」坊ノ岬沖海戦、なのだ。

 


 

夜戦明けの払暁の陽の光が差し込む中、機動部隊別働隊は見事に空母棲姫改を撃沈していた。

 

『よーし、よくやった!』

指揮官たる日下部の称賛の声を受けて、

 

「せっかくだからもらっておくけど、もちろんこれはみんなの戦果よ。活躍したらご褒美に夜戦がこの艦隊の伝統よね?」

ホーネットがどこか弾んだ声で言う。ちなみにここで言う夜戦とは、もちろん(意味深)の方だろう。

 

『いやだからそんな伝統はないって。でもそうだな、「伝統」じゃなくて「風習」ならあるってことでもいいぞ』

No problem(問題ないわ). というわけで秋雲、帰ったら夜戦するわよ。提督、いいわよね?」

随伴艦隊の一員として空母棲姫改の撃沈に貢献した秋雲に向かって、ホーネットは堂々とアプローチをしてきた。その態度は実に男前だと褒めるべきところだろうか。

 

「うええっ!? あ、その……」

だが誘われた秋雲としては日下部と通信が繋がっているこの状況で二つ返事とはいかないらしく、慌てたような声を上げる。

 

『本人が良ければ私は構わんぞ。今回は秋雲以外にも金剛や青葉が参加しているからな、私はそっちとシよう。秋雲、どうする?』

「……ん。じゃあ今日はホーネットとで」

少しだけ悩んだ末に、秋雲はさすがに気恥ずかしそうに答える。

ホーネットはわずかに得意げな表情を浮かべると、秋雲の頬に軽くキスをした後再び隊列の定位置へと戻っていく。

 

『ではそういうことで。機動部隊別働隊、帰投せよ!』

「了解。これより鎮守府への帰投航路を取ります」

旗艦である青葉の指示の下、艦隊は海上を進み始める。

自分の嫁艦の一人が他の女とスる約束をしたというのに、日下部の態度にはいささかの変化も見られない……そして金剛と青葉は、その理由を正確に把握していた。

 

(あれ絶対、明日呼び出して上書きックスするつもりデスネー)

(えげつないですよねー。嫁艦の複数恋愛(ポリアモリー)公認って言っても、結局司令官とスる時のスパイスにされちゃうんですもんねー)

自分たちの愛する男の懐の広さと恐ろしさを改めて思い知らされて、二人は思わず身を震わせた。

 


 

第二作戦における敵機動部隊撃破を受けて、主力となる第二艦隊はいよいよ第三作戦へと進んでいた。

敵航空戦力は半減したとはいえまだまだ侮れない数を残しており、対するこちらはモチーフの関係上、空母抜きでそれに対峙しなくてはならない。

そんな難局をものともせずに波濤を切って進む第二艦隊の中心となるのは、当然ながら大和……()()()()()()

 

「ちょっと提督、どうして大和を出撃させないの!?」

随伴艦隊旗艦を務める矢矧は、鎮守府の司令室で指揮を取る日下部に対して抗議の声を上げる。

 

『端的に言うと「今はその時ではない」からだ。まず大和は一度目の大規模改装がまだ終わっていない』

実のところ大和ほどの艦娘ともなればその状態でも十分すぎるほどに強いのだが、無理に起用する必要がないのもまた確かだろう。

そしてもうひとつ、

 

『次に……別に我々は航空戦力を喪失しているわけじゃないんだ。なら使えばいい。伊勢と日向なら艦戦をその作戦に持ち込めるからな』

空母が起用できない、イコール航空戦力を用意できないではないというわけだ。

 

「矢矧、大和と一緒に出撃できなくて不満なのはわかるけど、ここはあたしたちに任せなさい。これは全滅覚悟の特攻作戦じゃないんだから、しっかり制空権を取ってちゃんとした海戦にしてやるわよ」

「最近なぜか私が色ボケしているという不名誉な噂が立っているようだが、それが事実無根であることを証明してみせるさ。だから瑞雲にでも乗ったつもりでいてくれ」

日下部の説明を受け、主力艦隊に配属された伊勢と日向が口々に言う。

矢矧はその言葉に、申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 

「ごめんなさい、あなたたちを信用していないってわけじゃないの。そうね……提督もきちんとした采配の下に編成を考えているのだものね」

『わかってもらえたなら何よりだ。さて、そろそろ接敵じゃないか?』

日下部がそんな風に言った瞬間、

 

「提督、君の読み通りだ。水偵から報告、空母棲姫II率いる敵機動部隊を発見」

日向が艦隊と日下部両方に聞こえるように報告の声を上げる。

 

『よし。第二艦隊、第四警戒航行序列!』

「了解だ。なぁ提督、活躍したら後でちゃんと私にもご褒美をくれよ?」

「……!?」

日向の口から飛び出してきた意外な発言に、思わず矢矧は目を剥きそうになる。隣にいる伊勢も、その言葉には思わず苦笑を浮かべていた。

先程「色ボケしているという不名誉な噂」などと、一体どの口で言ったのだろうか?

 


 

空母棲姫IIの保有想念力を削りきり、一度撤退して装甲破砕を行う。

深海棲艦は最後の舞踏(ラストダンス)にこそ真の力を発揮するものだ。固有艦種ではないというだけで空母棲姫IIは立派な姫級、侮って良い相手ではない。

 

『この海域最後の戦いだ。第四警戒航行序列!』

「了解。行くぞ伊勢……艦載機を放って突撃、これだ!」

「行きましょうか! 伊勢航空隊、発艦始め!」

日向と伊勢、二人の航空戦艦からは艦戦。そして随伴の航空巡洋艦も水戦を発艦させる。空母がいないにも関わらず、艦隊は十分すぎるほどの制空能力を発揮していた。

対する空母棲姫IIもまた攻撃隊を発艦させる。こちらは艦戦だけでなく艦攻と艦爆、航空攻撃部隊の混じったオーソドックスな編成なのだが、

 

「ははは、なんだその数は。前世のあの空襲と比べたら、この程度はぬるいにも程がある!」 

艦隊防空の中心的役割を担当する冬月が、高角砲の射撃を打ち上げながら吠えた。

最新の電探(レーダー)による補助を受けたその射撃は、驚くほど簡単に敵機を撃墜していく。第二作戦で敵航空戦力を半減させた以上、眼前の敵艦隊の保有する航空戦力以上の物はどうやっても出て来ようがないのだ。

そして……先程、日向はこう言った。「艦載機を放って()()」と。

 

「伊勢、撃ちまくれ! 夜戦までに数を減らす!」

「任せなさい!」

当たり前だが航空戦艦は戦艦だ。搭載した主砲の一撃は、たやすく敵艦の装甲を撃ち抜き爆散させる。

もちろん敵の反撃により味方にも中大破する者が出る。決して無傷とはいかないが、それでも着実に主力艦隊は昼戦において敵艦隊の大半を撃沈せしめた。

そして日が落ちる。ここからは夜戦の時間だ。

 

「随伴艦隊、総員突撃!」

矢矧の号令一下、駆逐艦たちが水面を突撃する。

霞。朝霜。初霜。雪風。矢矧自身も含めて前世で実際に坊ノ岬沖海戦に参加した艦娘たちは、土地に宿った想念力を強く引き出して己の力に上乗せする。

空母棲姫IIの紫色の瞳と視線が一瞬交錯し、矢矧は不敵に笑う。

 

「なに、与し易い相手でも探してるの? でも残念ね、断言するわ」

至近肉薄、それは水雷戦隊の距離。

 

「侮って良い艦娘など……ただの一人もいないッ!」

史実特効に装甲破砕、二重の増幅効果を受けて一斉に放たれる酸素魚雷。

空母棲姫IIは決して侮って良い相手ではないが……それでもこんなものに耐えられるほどの怪物でもまた、ないようだった。

 


 

「お見事だ、よくやった!」

日下部鎮守府の地上施設、戦闘指揮を行うための司令室。

爆沈していく空母棲姫IIの姿に、日下部は艦娘たちに称賛の声をかける。

 

『真琴、君のために活躍したぞ。戦闘開始前の約束、きちんと覚えているだろうな?』

「きちんと覚えているから日向、まだ作戦中なんだし名前ではなく役職で呼ぶこと」

思わず苦笑を浮かべる。本人は否定していたが、やはりあれは絶対に色ボケしていると思う。

まぁ決して悪い気はしないのだが。

 

「では日向に矢矧、第二艦隊帰投せよ」

『了解だ』

『了解!』

主力艦隊と随伴艦隊それぞれの旗艦の返答を確認して、日下部はひとまず通信を終える。

 

「さて、さすがに次の第五海域は大和抜きとはいかないだろうな。大淀、資料はあるか?」

「はい提督。こちらです」

任務娘として傍らに控えていた大淀から資料を受け取り、ぺらぺらとページをめくる。

 

「ああ、なるほど。この第四海域が史実で大和たちが到達できた範囲までだから、当然この次は『その先』になるわけか」

坊ノ岬沖で果てることなく予定通りの航行を継続できていたら、大和たちが到達したであろう土地。それこそが次の海域の舞台だった。

 

「要救助艦娘は……えっメリーランド!? アメリカ艦!?」

ページをめくってその名前を確認した日下部の動きが、思わず硬直して止まる。

その様子を不審に思ったのか、大淀は小首を傾げながら、

 

「はい、メリーランドのようです。どうなさいましたか、アメリカ艦であることに何か問題が?」

「困ったことに、私は英語があまり得意ではない」

「は、はぁ。もちろんご存知かと思いますが、艦娘は国籍を問わず基本的に日本語を理解できます。それは些細な問題かと思いますが」

今更何を言い出すんだ、とでも言いたそうな表情だった。

だが、日下部はそれに対して静かに首を振る。

 

「些細じゃない。些細じゃないんだよ……メリーランドが冬イベの時の冬月と同じ状態だった場合は、な」

確実に断言できる。もしもそうなった場合、メリーランドを救助する方法は現状のままでは一切ない。

大和の育成ももう少し必要だが、それと並行してやるべきことはまだまだ多そうだった。




※2022年梅雨初夏イベ(激闘!R方面作戦/血戦!異聞坊ノ岬沖海戦)、E4に当たる話です。後段からは日本近海が舞台なので、イベント名が変わっています。
サブタイトルは「これは特攻ではない」。当たり前のことではありますが、E2のサブタイトルと対比させているのもあります。
さて連合艦隊編成の場合、二つの艦隊は通常「第一艦隊」「第二艦隊」と呼ぶかと思います(本作でもこれまではそう呼んでいました)。ところがこの後段作戦、艦隊名(ゲーム内で言う「札の名前」)自体が史実に則って「第二艦隊」であるため、そう表記するとあまりに紛らわしいと感じました。
そのため苦肉の策として、「主力艦隊」「随伴艦隊」と表記しています。今イベントの後段作戦限定のものではありますが、ご承知下さい。

坊ノ岬沖海戦について。
というわけで史実における大和たちの最期の水上特攻作戦です。艦これをプレイするような方なら、多少なりともご存知かとは思います。
史実について調べると本当にもう絶望的なもので(まぁレイテ沖海戦とかもそうなんですが)、これだけの戦力を用意したアメリカとこんなところに本当に特攻させた日本、どちらも信じられない気持ちになります。
ちなみに「激闘!R方面作戦 -Intercept skip bombing!-」の後書きで書いた参謀がこの特攻作戦を立案したというのは事実ですが、この作戦を象徴する言葉である「一億総特攻の(さきがけ)となってもらいたい」を言ったのは別の人間です。
つまり、こんなものを強引に実行させた人間は一人だけではなかったということで……やれやれ。

艦これ本編、1/25で新春任務が終わり節分任務が始まります。次のイベントは2月後半からだとか。
まだ時間的余裕があるので、SSの更新も頑張ります。次話は前話の後書きで書いた通り、「Convenient daydream」の続きです。朝潮と満潮の顛末を書く予定です。お待ち下さい。
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