日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


Convenient daydream 2

地獄とは我々自身のことである。

――クロード・レヴィ=ストロース

 

 

「満潮姉さん? 来たわよ」

第四海域における作戦を無事完遂した霞は、帰投後に約束通り満潮の部屋を訪ねていた。補給と入渠を終えたらすっかり夜になってしまっていたが、満潮も艦娘なのだからこの辺りの時間感覚はわかるはずだ。

だがドアをノックしても、中からの反応はまったくない。

 

「ちょっと、自分で呼び出しておいて留守とかふざけんじゃないわよ!」

苛立ち紛れにドアノブに手をかける。抗議の意味も込めてガチャガチャ鳴らしてやろうとしたところ……驚いたことにあっさりドアは空いてしまった。どうやら最初から鍵は掛けられていなかったらしい。

 

「姉さん、無用心すぎるんじゃない……?」

思わず毒気を抜かれて室内を覗き込む。がらんとした室内の空気は、6月の終わりだというのに妙に冷えた感じがした。

テーブルの上に、通常のものより一回り大きな封筒が一通置かれていることに気付く。迷うことなく室内へと踏み入ると、その封筒を手に取った。

宛名に自分の名前が記されていることを確認し、封を破る。中には便箋に書かれた手紙の他に、通常サイズの封筒に入れられた何か厚手の紙のようなものが入っていた。

手紙に書かれた内容に目を通し、

 

「なにこれ。えっ……? ちょっと!?」

驚愕と焦燥に自我を焼かれながら、満潮の部屋を飛び出す。

行先はもちろん決まっていた。

 


 

日下部の部屋は鎮守府の敷地内に位置してはいるものの、艦娘寮とは離れた場所にある。

正確には部屋というより一軒の邸宅に近く、用途の異なるいくつかの部屋が繋がった構成をしている。将校用の官舎と考えると小規模かもしれないが、それでも特に生活に困るようなことはなかった。

そのうちのひとつである寝室(ベッドルーム)は今、濃厚な性の臭いに満たされていた。第四海域攻略時の約束通り日向を自室に招き、ご褒美と称して早速一戦交えたところだった。

 

「真琴。君の主砲は相変わらず素晴らしいな」

事後の余韻にどこかうっとりした表情で呟いた日向の髪を、梳くようにして撫でる。

 

「主砲って言われたり魚雷って言われたり、よくもまぁ。でも艦娘らしいと言えばらしいのか?」

「細長くて尖っているものはすべて男根の象徴だ、なんて言った心理学者もいただろう。別にそういう発想は艦娘だけのものではないと思うが?」

「おうおう、睦言(ピロートーク)でよりにもよってそんな話するか? よし決めた、この後はお前を淫語全開で下品に喘がせてやる」

「割といつも最終的にはそうさせられてないか!?」

ツッコミの声に構わず、日向の手を取って動きを封じる。唇を自分の唇で塞ぎ、無理矢理に舌をねじ込んだ。

特に何事もなければ、二人はそのまま第二戦に突入したことだろう。

――何事もなければ。

 

「ちょっとクズっ! 大変よっ!」

ドンドンドン! と不意に激しく外扉がノックされた。屋外から響いてきたこの声は、おそらく霞だろう。

日下部と日向は思わず顔を見合わせる。

 

「あいつだって私とお前がシてることは察してるはずだよな。なのにわざわざ今来るってのは……」

「本当に大変な何かが起きてるのだろうな。………………真琴、出てやってくれ」

実に名残惜しそうな表情を見せながらも、日向は理性で感情を制御して言葉を絞り出す。

 

「わかった」

軽くその頭を撫でると、日下部はベッドから立ち上がって手早く身支度を整え始めた。

 


 

「霞、とりあえずそこに座れ。今茶を淹れるから」

外扉の向こうで必死の形相をしていた霞を屋内へと招き入れ、居間(リビング)にあるソファへと座らせる。

 

「そんなのいらないわよ! それより、これ! どうしよう、どうしたらいいのよ!?」

「落ち着け。大変な状況ってのはわかった、だがそんなに焦ってちゃ何も伝わらないぞ。ほら、飲め」

急須から湯呑に茶を注ぎ、霞の前へと置く。

霞は一瞬なおも感情的に反発しようとしたものの、すぐにこちらの言葉の正しさに気付いたのだろう。それ以上は何も言うことなく、黙って湯呑に口を付けた。

一口を飲みふうっと息を吐き出したのを確認して、日下部は声をかける。

 

「先に言っておくがあっちの寝室には入るなよ。とある艦娘がいる。そいつのプライバシーのために名前は言わないでおくが」

「いちいち言わなくてもわかってるわよ、このクズ!」

霞は少し頬を赤くして叫ぶ。だがそこに先程までの焦燥の色はなく、普段通りといった態度だった。

 

「……おかげで少しは落ち着いたわ。ねぇ、これを見なさい」

「ん?」

日下部は霞の差し出してきた、開封済の大判封筒を受け取った。中には便箋に綴られた手紙と、一回り小さな通常サイズの封筒。

その二重封筒の中身を見て、思わず眉根を寄せる。

 

「おい霞、これは”D”じゃないか。お前、これをどこで手に入れた?」

「怖い声出すんじゃないわよ。あたしは何も知らない。これは満潮姉さんの部屋にあったものよ」

霞は事情を話し始める。第四海域への出撃前に、作戦が終わったら部屋を訪ねるように言われたこと。しかし実際に訪れても部屋はもぬけの殻で、代わりにこの封筒だけが置かれていたこと。

 

「手紙、読んでもいいな?」

「いいわよ。そのために来たんだもの」

「どれどれ……『本当は自分の口で伝えるつもりだったけど、朝潮姉さんはあなたの帰投前に出かけてしまった。だからこの手紙を残します』か」

確か記憶が正しければ、朝潮は外泊許可を取って新興市街地に出かけていたはずだ。

手紙を読み進める。前半は二重封筒の中身……つまり”D”に関する説明だった。日下部の知ることと比べれば大まかなことしか書いていなかったが、

 

「内容は正しい。これ、あいつ実際に”D”を使ってやがったな?」

「そう。やっぱりそこは正しいんだ……」

信じたくなかったというような表情を浮かべ、霞が呟く。日下部としても、胃の奥から苦いものが込み上げてくる気分だった。

だが今はそれよりも続きだ。一度深呼吸をしてから、手紙の後半に目を通す。

 

『私はこれを朝潮姉さんから受け取った。姉さんは私以上にこれに依存してて、多分もうこれなしではまともに艦娘として戦えない。けれどもこんなことが正しいこととは思えない。だから姉さんと私自身に対して、自分で始末を付けることにする。霞、みんな、ごめんなさい。先に地獄に行きます。司令官には謝っておいて』

 

「ふざけんなぁぁぁぁぁぁ!」

今の時間も目の前にいる相手のことも忘れて、肚の底から絶叫する。

勝手な言葉だと思った。「この程度のこと」で簡単に終わりを選ぶなど、ふざけるなと思う。

ついでに言えばそれは()()()()()()()()()()()()()()()()だ。そんなこともわからないほど正気を失っているということなのだろうが、だからと言って看過して良いものではない。

 

「ねぇ、どうしたらいいのこれ!?」

「どうもこうもあるか。今すぐ朝潮と満潮を探す、当たり前だ」

不安げな霞に対し、日下部は力強く断言する。

 

「霞。お前は今すぐ同艦交信で近隣の霞に連絡して、その艦隊の朝潮と満潮からうちの二人に同艦交信で呼びかけさせろ。無視するかもしれんが呼びかけさせ続けるんだ。直接話せなくても、どこにいるか手がかりになる想念が感じられれば、それだけでも十分だ」

「……! わかったわ」

日下部が指示すれば、やるべきことを理解した霞はたちまちの内に生気を取り戻す。

戦況の危急に気付くのが遅れたのは痛恨の極みだ。だが今は、取り返しが付くと信じてできることをやるしかないだろう。

 


 

ショートランド新興市街地はその性質上、街自体の規模と比べて住人は少ない。

それでも昼間はまだ近隣の鎮守府の艦娘たちにより相応に賑わっているのだが、夜ともなればどうしてもその闇は濃いものとなる。

その濃い闇の中。とある路地裏に、一人の艦娘が佇んでいた。

明らかに誰かを待っている様子なのだが、どうやらその相手は約束通りの時間に現れなかったようで、隠しきれない焦燥と苛立ちが伝わってくる。

 

「朝潮姉さん」

満潮は少し離れた場所から、その艦娘に向かって呼びかけた。

 

「満潮、どうしてここに」

驚いたように振り返った朝潮の目が、大きく見開かれる。

それは単純に自分がここいるという事実に対してだけでなく、

 

「……艤装を装備してこの新興市街地に立ち入るとか、立派な軍法違反ですよ」

どこか呆れたような口調でそんな風に告げてくる。

洋上ではないので背部に機関を背負ってこそいないが、右手の砲は確かに言い訳のしようもないものだった。

満潮は一歩距離を詰める。

 

「そうね。でも”D”なんかに溺れてる時点で、私も姉さんも今更じゃない?」

「艦娘が”D”を使った場合の法規は、まだ正式には定められていません。”D”に従来の薬事法や麻薬取締法が適用されるかは曖昧ですし、艦娘には人間と比べて法の不適用項目が多いですから」

「まぁ人間にできない『深海棲艦と戦う』という行為をやってあげてるんだから、ある程度は当然よね。でもそれを悪用してこんなモノに溺れるなんて、以前の姉さんだったら絶対に考えられなかった」

「あなたには話したはずですよ。私が、どんな許されない恋をしてしまったかを」

「そうね、聞いたわ。姉さんの辛さは理解できなくもない。でもね……何もかもをそのせいにするな!」

満潮は右手の砲を朝潮に向かって指向する。これまで深海棲艦相手に幾度も繰り返してきたその行為は、自分の姉相手でも一切変わることなく行うことができた。

 

「本気ですか? 艤装はこんな至近距離で使うことを想定した兵器ではありません。あなただって無事では済みませんよ」

さすがに普段の出撃で使用している高性能の砲は持ち出せなかった。これは元々廃棄予定だった旧式の単装砲でしかない。だがそんなことに関係なく、この距離で撃てば朝潮も満潮もただでは済まないだろう。

そして艦娘は深海棲艦ではなく、つまり轟沈ストッパーは作動しない。

 

「本気よ。人間の法が艦娘を裁けないのなら、艦娘の不始末は艦娘が付ける。そんなに恋が苦しいのなら、そんなにこの世が地獄だっていうのなら。一緒に楽になってあげるわ」

「ああ。それもいいのかも」

本気であることを悟ったのか、朝潮は目を閉じて天を仰ぐ。

 

「でも満潮、なぜあなたはそこまでしてくれるのですか? まだそれだけ理性を残しているのなら、私を見捨てて一人で陽の当たる世界に戻ればいいのに」

「見捨てるわけないじゃない! 前世で姉さんが、あの子との『決して見捨てない』って約束を守ったのと同じよ」

「……約束」

その言葉に、朝潮は思わずきょとんとした表情になる。

そういえば艦娘である朝潮の核には、確かにひとつの「約束」があった気がする。

 

「ああ……誰でしたっけ。あの子の名前は」

だが。都合の良い白昼夢に溺れ続けた自我は、もはやとっくにそんなものを失っていた。

そしてその反応が、満潮に最後の一線を超えさせる。

 

「その名前すら思い出せないのなら、もうあなたは朝潮でもなんでもない! いいわ、ここが姉さんにとってのダンピールで、私にとってのスリガオよ!」

激昂して叫びながら、もはや迷うことなく砲の引鉄を引いた。

――夜の路地裏には似つかわしくない、砲火の轟音が響き渡る。

 


 

横合いから飛び込んだ小柄な影が、朝潮を庇うように抱き締めた。

同時に反対側から突撃した別の人物が、手にした大剣を下から上へ向けて思い切り振るう。

想念力を通していない刃はただの金属の塊にすぎない。戦艦の艦娘に匹敵する腕力で振るわれた金属の塊が砲身を叩けば、砲口は強制的に上方にずらされた。

その状態で砲が放たれる。砲弾は遥か上空まで飛び、特に何に命中するでもなくただ爆発した。

砲弾の破片などの残留物は、想念力へと還元されて虚空に消えていく。

 

「……? 生きて、る?」

恐る恐る目を見開いた朝潮が目にしたのは、憲兵隊の制服を身にまとった二人。

自分を庇うように抱き締める艦娘の戦艦コロラドと、大剣を振り抜いた姿勢の赤髪の超人(ポストヒューマン)の女性だった。

 

【挿絵表示】

 

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「な、何よアンタ……」

こちらを睨み付けてくる二人に、満潮は震え声で問いかける。

大剣を叩きつけられた衝撃と無茶な姿勢での砲撃により、右手は関節ごと完全にイカレていたが、とてもそれを抗議できるような雰囲気ではなかった。

 

「見ての通りの憲兵隊。途中から話を聞いていたので大体の事情は把握しているわ。艦娘証明書の提示を。この状況で無意味に手間をかけさせないで欲しいんだけど?」

超人(ポストヒューマン)の女性の言葉は、鋭く刺すような響きを伴っていた。

すっかり抵抗する気力を削がれて、満潮も朝潮も素直にその言葉に従う。

 

「マコト……ああ失礼、日下部鎮守府所属の朝潮と満潮ね? 現在この場所は捜査対象地域となっている。そんなところに現れたあなたたちにはぜひ聞きたいことがあるし、艤装を装備しての新興市街地への立ち入りの件もあるけど、それ以前に言うべきことがある」

女性は満潮から朝潮へ向き直ると、静かに問いかける。

 

「さっきあなた、艦娘には法の不適用項目が多いって言ってたわね。ならその大前提になる自己保全項目については、当然知っているわね?」

「……艦娘は戦闘中および不慮の事故による轟沈を除き、自己の保全に務めなくてはならない。やむを得ず自己保全を全うできないと判断した場合は、最も近隣に所在する提督に『解体』を願い出ること」

朝潮はどこか憑き物の落ちたような表情で、つらつらと言葉を紡ぐ。

 

「よくできました。あなたたち艦娘には人間の代わりに深海棲艦と戦ってくれることに対し、幾つもの特権が与えられている。その代償として、あなたたちには()()()()()()()()()()()()()()()()()

「艦娘は人類を助けるために生まれてきたのだから、その命は人類のために使い切るべき……ってわけよ。言葉にしてみると地獄みたいだけど、良いとか悪いとかじゃなくて私たちはそういう風にできているの」

超人(ポストヒューマン)の女性の言葉を、コロラドが引き継いで言う。

そこにはどこか達観、あるいは諦観のようなものが含まれていた。きっと憲兵隊として、深海棲艦より同じ艦娘や人間と相対する立場の彼女は、満潮や朝潮よりずっと多くのことを知っているはずだ。それが彼女にこの言葉を言わせたのだろう。

 

「自殺、というか心中を図ろうとした時点であなたたちはもう拘束対象。もちろん提督の監督責任も問われる。まぁ月並みなことを言うけど、少し臭い飯でも食って反省していきなさい?」

超人(ポストヒューマン)の女性がそんな風に告げた瞬間、周囲の闇に潜んでいた憲兵隊がさらに数名姿を現して二人を取り囲んだ。

今更抵抗などするつもりなどない。おとなしく拘束されながら満潮は、ぼんやりと考える。

 

(案外この世界も、地獄とばかりは言えないのかもね)

これから自分たちには厳しい取り調べと、自己保全原則違反の罰則があるだろう。司令官である日下部にも迷惑を掛けたことを思うと、消えてしまいたくなる。

だがそれでも、どうあれ自分も朝潮も生きている。それだけは間違いない。

そのことを自覚した瞬間、右手の痛みに加えて凄まじい疲労感が襲ってきて、思わずよろめきそうになるのを必死に堪えた。




※本章メインストーリーに当たる話の続きです。
謎の憲兵隊の女性()が出てきました。読者の皆様には挿絵で誰かおわかりかと思いますが、満潮と朝潮には馴染みの薄い人物なので(年初の騒動の時も、彼女の顔を見ていたのはわずかな艦娘だけです)謎の女性扱いになっています。
また、今話では以前にはなかった憲兵隊modeのコロラドの挿絵も用意してみました。二人並べてみてしみじみ思うのは……うん、やっぱりこの格好で憲兵隊は無理だろ()
なおちらっと触れている朝潮の「約束」については、彼女が正気を取り戻してから本格的に出てくる予定です。

艦これ本編、1/25から節分任務が始まりました。
期間限定任務がウィークリーやマンスリーのため何度もやらないといけないのですが、反面「三週間以上」続くらしいので忙しくなるまでには少し余裕がありそうです。
今回あまりにもあまりなところで切っていますが、次話はこの直接の続きになります。満潮と朝潮の物語としては一段落となる内容です。お楽しみに。
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