日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


Convenient daydream 3

自分も犯したことのある過ちなら、人が犯しても好感をいだくものだ。

――ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ

 

 

『お久しぶりです、日下部司令。ラバウルでお会いして以来でしょうか。第四海域の突破おめでとうございます』

――やっぱり忠犬みたいだな。

通信回線越しに舞津鎮守府の朝潮から連絡を受けた日下部は、そんなことを思った。

朝潮というのは本来このような艦娘だ。そして日下部の知る限り、自艦隊の朝潮だってそうだったはずなのだ。

舞津鎮守府の朝潮は、霞経由で日下部鎮守府の緊急事態を知ったらしい。そしてわざわざこちらに連絡をしてきたのだ。

 

「ああ、ありがとう。ところでうちの朝潮に関して重要な話があるという話だったな? 何か知っているのか」

『申し訳ありませんが、現状については存じません。以前もお話しした通り、あちらは少し前から同艦交信に応じてくれなくなりましたので。ですので、どちらかというとこれは彼女の背景に関する話です』

「わかった。どうせ今は日向が飛ばした夜偵からの報告を待っている状態だ。だから少しでも手がかりがあるなら聞いておきたい」

『了解しました。そちらの朝潮ですが……どうやら、武雄さんのことを好きになってしまったみたいなんです』

「……は?」

突拍子もない言葉に、思わず険のある声が出てしまった。

 

「舞津さんに恋なんて。そもそも接点がないだろう」

『日下部提督は「艦娘は同艦交信で長時間話していると、自他の境界が曖昧になってくる」という話をご存知ありませんか?』

「知っている。だがそれは一時的なもののはずだ」

ラバウルでカタリーニや彼の秘書艦の霧島と話した時のことを思い出す。

 

『はい。普通ならこの朝潮との自他境界が曖昧になったとしても、すぐ現実に戻ります。しかしそこに、叶うはずのない想いを叶えられるモノがあったとしたら?』

「……”D”か。確かにあれは、都合の良い白昼夢を見せるモノだ」

『結果的に、擬似的にでもそちらの朝潮は恋を叶えてしまったんです』

なるほど、それは確かに”D”を手放せなくなってもおかしくないだろう。

歪なパズルのピースが組み合わさり、最悪な完成図を描いている気がした。

 

「そうか。しかしそうやって話を聞くと、お前さんが舞津さんとのノロケをうちの朝潮に聞かせまくったのがそもそもの発端だよね!?」

長時間の同艦交信どころか、舞津の調教命令を共有して一緒に果てたりもしてたというから、ふたりの朝潮の自我が曖昧になった原因は間違いなくそこにあるだろう。

 

『はい、そこは朝潮の反省点です。ですのでできるだけのことはさせていただきます』

「できるだけのこと、なぁ……」

とはいえ舞津鎮守府の朝潮を必要以上に責めたところで、事態が好転するものではない。それは確かだ。

思わず口淀んだ、まさにその時。

 

「クズっ、姉さんたちの居場所が判明したわよっ!」

通信室の扉を勢いよく開け放って、霞が室内へと飛び込んできた。

 

「おい、通信中だぞ!」

『朝潮のことはお気になさらず。状況に進展があったのであれば、これで失礼させていただきます。もし何かできることがあれば、遠慮なくお申し付け下さい』

「わかった。ありがとうな」

舞津鎮守府に繋がっていた通信を切断すると、改めて日下部は霞に向き直った。

 

「で、二人はどんな状況だ?」

「朝潮姉さんは相変わらず反応なしだけど、満潮姉さんの方に反応があったらしいわ。今は安全な場所で保護されているっていうんだけど、その……」

「どうした? お前にしては歯切れが悪いな」

「しょうがないじゃない! だって」

霞は妙に引きつった表情を浮かべて、二人を保護した組織の名前を挙げた。

そしてそれを聞いた日下部もまた、霞そっくりの引きつった表情になったのだった。

 


 

ショートランド人工島には、小規模ながら憲兵隊の方面司令部がある。ショートランド泊地に属する各提督の鎮守府、およびショートランド新興市街地を管轄とするものだ。

憲兵司令部に出頭した日下部は、机と椅子があるだけの小さな部屋に通された。

そこで待っていたのは、本件の担当者である赤髪の超人(ポストヒューマン)の女性……エミリー・ローレンスだった。

 

「すまないローレンス少佐。この度は、当艦隊の艦娘がとんでもない不始末を」

素直に非を認めて頭を下げる日下部を、エミリーはさまざまな感情の入り混じった表情で見下ろす。

しかし表向きはそれらを口に出すことなく、日下部に対して着席を促した。

 

「カタリーニ提督の助言で『”D”の裏取引が行われるとしたらこの辺りだろう』という場所に網を張っていたら、いきなり朝潮と満潮が心中しようとしてるから驚いたわ」

「二人は今は?」

「まるで糸が切れたみたいに眠っている。”D”の効果が切れた反動かしらね。満潮の方は比較的容態が軽微だから、ここにこのまま拘留の上で数日内に面会許可を出せると思うけど、朝潮の方は専門の医療施設に移送することになるわね」

「すまない。よろしく頼む」

自分自身では何もできないのはどうにも歯がゆいが、この状況下ではおとなしく任せるしかないだろう。

 

「その後はどうなる? 解体もあり得るか?」

「それは大丈夫。”D”の使用に関しては朝潮の言っていた通り、現状の軍法では咎めきれないからね。ただし新興市街地への艤装持ち込みと自己保全原則違反の現行犯だから、無罪放免ともいかない。少なくとも今イベント中はここに泊まっていってもらうことになるわ」

「そう、か。第五海域に投入したかったんだが、仕方ないな」

貴重な大発搭載可能な駆逐艦二人をイベントに出せないのは厳しいが、その程度で済んでありがたいと思うべきなのだろう。

 

「ちなみに上は今回のケースを突破口にして、艦娘の”D”使用を取り締まれるよう軍法を改定するつもりみたいよ。怪我の功名ではあるし決して褒められたことではないけど、彼女たちの行いは結果的に”D”の危険性を周知することにはなったからね」

「……そうか」

それはまるで、取り締まるための法が存在しなかったマインドハックについて日下部の所業を元に法案が整備されたことの鏡写しのようだった。エミリーはあえてそこまでは言及しなかったが、日下部としてはどうしてもそのことを思い出さざるを得ない。

よく艦娘は提督に似るなどと言うが、そんなところは似なくても良いだろうと思う。

 

「あとはあなた自身への懲戒も免れないでしょうね。とはいえこれ以上労役は課せられないだろうし、今回はさすがに俸給の減棒になるんじゃないかな」

「わかった。まぁ多少されたところで、第一種歯車章の年金があるからな私には」

日下部の制服には軍人としての勲章の他に、想念工学者として得た勲章がふたつ付けられている。

ひとつは想念工学特級試験に合格した際に受領した「プロメテウス章」。

そしてもうひとつが、日想研時代に発明した妖精の知的所有権を人類統合軍に対し完全譲渡する代わりに得た「第一種歯車章」。この第一種歯車章には今言った通り、終身の勲章年金が設定されている。

 

「へぇ。ちなみにいくらくらいもらえるの?」

「ええと……」

金額を告げた途端、エミリーの顔が露骨にびきりと引きつる。

 

「ねぇ、職権濫用して一発殴っていい?」

いくらなんでもそれは理不尽だろう。

 


 

エミリーの言葉通り、数日後には満潮との面会許可が下りた。

面会室で日下部と満潮の間を隔てるアクリル板に似た素材は、想念工学によって作られた艦娘や超人(ポストヒューマン)の腕力にも耐えうるものだ。

 

「司令官、ごめんなさい。迷惑かけた」

満潮はすっかり萎縮したように謝罪の言葉を口にする。

 

「おいおい。素直に謝るなよ、調子狂う」

「いくらなんでもいつもの態度取ってる場合じゃないことくらいはわかるわよ、バカ……」

「そうだな、反省はしないとだな。でも今回はローレンス少佐とコロラドのおかげで、最悪の事態にはならずに済んだ。ぎりぎりのところで一線を超えずに済んだのだから、まずは自分の幸運を喜ぶべきだ。そしてあの二人に感謝して、これからのお前の人生を生きるんだ」

かつて自分もそうやって、完全に道を踏み外す一歩手前で長谷川悠也に救われた。

 

「とはいえ満潮、提督としては何も聞かずに放免というわけにもいかない。朝潮の事情は、舞津鎮守府の朝潮から聞いて大体理解した。だからそっちは、私よりも妥当な相手に任せることにした」

「妥当な相手?」

「艦娘の不始末の責任は提督に取ってもらうことにした。あの人の場合は共犯みたいなもんだしな」

あの時通信の向こうで舞津鎮守府の朝潮は、できるだけのことをすると言ったのだ。

だから舞津にこの話を持っていくと宣言したことに対して、一切の有無は言わせなかった。

 

「だから私はお前の事情を聞く。なぁ満潮、なんでいきなり心中なんて思い詰めた。朝潮が”D”に溺れてダメになっていった経緯は、愚かだと思うが理解はできる。だが、お前はどうしてだ? あんなものに頼らないとごまかせないモノを抱えてたのか?」

「あ、うっ……」

「意味がわからないぞ。ちゃんと話せ」

思い詰めて心中を考えるほどの問題なのだから、満潮にとってそれはさぞかし言いづらいことなのだろう。それは理解できるのだが、さすがにここで手心を加えるわけにもいかない。

追い詰めるようなことを言った日下部に対し、満潮はしばらくうめいていたが……不意に覚悟を決めたように顔を挙げて、

 

「アンタよ」

「ん……?」

「私、アンタのことが好き。ああ、こんな状況で告白なんて、我ながら最低だわ」

少なくとも日下部にとっては、驚きに値することを言い出した。

 

「そ、そうだったのか。まったく気付いてなかった、すまん。でもそれだったら、もっと早く告白してくれれば良かったのに。ちゃんと列に並んでくれれば」

「お断りよ『大勢の中の一人』なんて。アンタには私のことだけ見て欲しい」

「それは……」

「無理でしょ? わかってる。司令官はそういう人だもんね。だから”D”に逃げたの! これで満足!? ああ、もう本当に最っ低……!」

開き直った満潮は、自暴自棄になったように言葉を紡ぎ続ける。

 

「艦娘になって今ほど後悔したことはないわ。あのまま姉さんと死ねたら良かったのに!」

「……なぁ、満潮」

その言葉を聞いた瞬間、自分でも驚くほど冷たい声が出た。

 

「な、なによ」

返す満潮の声は微かに震えていたが、構わず続ける。

 

「人間も艦娘も、死ぬ時はあっさり死ぬんだよ。それこそ何の脈絡もなくな。死にたくないのに死んでいった者が世の中には大勢いる。だから生きてる者がそう簡単に死にたいって言うな。それこそ『その程度』のことでな」

「あっさり『その程度』なんて言わないで! アンタにとってはその程度でも、私には……!」

「その程度だよ。今は目の前が地獄にしか見えてないかもしれないが……好きな人がいきなり死んだって、生き残ってる人間に明日は来るし、腹は減るし、次の恋だって見付かるさ。そういうもんなんだよ」

満潮の気持ちは理解できなくもない。だが、それを認めるわけにもいかない。

 

「お前の想いを叶えてやれないのは申し訳ない。だがそれでも死ぬことは許さん。幸いにして時間はできたからしっかり自分の恋心と向き合って、そしてその恋を自分で終わらせてくれ」

「なによ。振った本人がそんなこと言うなんて、どんだけ先天性の共感性欠如(サイコパス)なのよ……」

「ああ、よく言われる」

自分は提督であり、満潮は艦娘であり、共に人類を守るために戦うと誓った身なのだから。

それがどれだけ酷薄であっても、こう言わなければならないのだ。

 


 

「ん……ここ、は……」

目を開いた瞬間に飛び込んできたのは、見知らぬ白い天井。

朝潮は自分が都合の良い白昼夢に溺れた挙句に、妹と心中を図ろうとしたことを思い出す。それに失敗して憲兵隊に拘束されたことも。

その時、

 

「気付いたか、日下部のところの朝潮」

横合いからかけられた声に、思わず飛び上がりそうになった。

その声は何度も聞いたものだった。下手をすれば自分の司令官である日下部よりも多く。

 

「……、舞津司令。朝潮はまだあの白昼夢の中にいるのでしょうか」

「本物の俺だ。残念ながらな」

朝潮は反射的にベッドから跳ね起きて敬礼をしようとした。

だが身体は思ったように動かせず、見かねた舞津が手で制するのに甘えて再びベッドに沈み込む。

 

「事情はうちの朝潮から聞いた。このたびはお前にも、とんでもない迷惑を掛けたな」

「迷惑だなんて。こちらこそ立場もわきまえずに、申し訳ありませんでした」

「いいさ。惚れられて悪い気はしない。だが『朝潮』にはもっと地に足を付けていて欲しいというのが、偽らざる気持ちだ」

「申し訳ありません……」

舞津の言葉に、思わずがっくりとうなだれる。

 

「なぁ朝潮。人間も艦娘もは死ぬ時はあっさり死ぬんだ。だから生きてる以上は簡単に死のうとするな。世の中には生きたくても生きられなかった奴がたくさんいるんだ」

「……はい」

「本来なら、お前たちの方がそういうことには詳しいはずなんだがな。ちと現代人は悲劇を経験しすぎた。お前たちは人類を抱きしめるために生まれてきたのかもしれないが、人類は人類で嫌でも成長しなきゃならなかった」

艦娘たちの前世。太平洋に限っても4年、大西洋まで含めれば6年に渡る世界大戦は、間違いなく戦禍の時代だった。その犠牲者数は軍人と民間人を合わせて8500万人ほど。これはそれまでの歴史において最多と言える数だ。

だがシンギュラリティ到来時においては、たった3日で文字通り桁違いの40億人が虐殺されたのだ。

 

「だが、だからこそ……少女の身体で生まれてきたお前たちを逆に抱きしめてもやれるんだろうさ」

「……あっ」

舞津の丸太のような腕が、朝潮をぎゅっと包み込む。

一瞬、やっぱりこれはあの白昼夢なのではないかと思ってしまうのだが、

 

「抱きしめるだけな、さすがにこれ以上のことはできん。幸いにして時間はあるんだ、今はゆっくり休め。お前が前世で交わした大切な約束の相手、その名前を思い出せる程度に回復したら……ちゃんと日下部の奴と話せ。お前にとっての、名前抜きの『司令官』とな」

「はい。……はい!」

――都合の良い夢に溺れていた時より、今の自分はずっとずっと幸せなのだろう。きっと。




※本章メインストーリーに当たる話です。
朝潮と満潮の話としてはこれで一段落です。もちろん”D”の問題そのものが解決したわけではないのですが、日下部が深く関わるのはひとまずここまでです。

(以前も書きましたが)艦娘は基本的に「人を殺すための道具」の生まれ変わりです。いくら見た目が美少女であっても、本質はそこにあると私は考えています。
一方で本文中にも書きましたが、本作に登場する人類は艦娘たちの前世より遥かに悲惨な境遇を経て生き残った者たちです。平時の感覚ではとても「善人」とは言えない者ばかりです(主人公である日下部がまずそうでしょう)。
本質的に罪を背負って生まれてきた艦娘を包摂するためには、人類の側にこれだけの「強さ」が必要であると考えました。

艦これ本編、節分任務中です。今月後半にはイベントが始まるとのことなので、それまでに話数を稼いでおきたいところ。今やっているの、一昨年の初夏イベの話ですし。
いくつか別の話(清霜の話や大和の話の続き、あと「血戦!異聞坊ノ岬沖海戦 -This is not a suicide attack!-」のラストで日下部が触れていた問題に関する話)を挟みつつ、イベント最終海域の攻略へと取り掛かります。
お楽しみに。
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