日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
チャンスなんてそうたびたびめぐってくるものではないわ。だからいざめぐってきたら、とにかく自分のものにすることよ。
「満潮姉さん……」
憲兵隊ショートランド方面司令部の面会室。
霞は、収監されている満潮との面会にやって来ていた。
「霞……ごめんね。大切な作戦中だってのに、結局巻き込んじゃって。おまけに地獄にも行き損なって、格好悪いったらありゃしないわ」
「まったくよ、本っ当に迷惑だわ! でもね、それでも姉さんが生きててくれて良かった。二度とバカな真似はしないって約束して」
「うん。ごめんね。本当にごめん」
ぼろぼろと涙を流して謝罪する満潮の姿に、思わず胸が詰まりそうになる。二人を隔てるアクリル板さえなかったら、きっと手を伸ばしてその頭を撫でていたことだろう……これではどっちが姉かわからないが。
落ち着くまで待ってから、艦隊の現状について満潮に伝える。
「クズ……じゃなくて司令官は、姉さんたちについて『ショートランド新興市街地でそうとは知らずに禁制品を買おうとして憲兵隊に捕まった』って説明をしてる。”D”については大っぴらに話すわけにもいかないだろうし、細かい部分はともかく大筋ではそう間違ってないわよね。こういうところは本当、悪知恵が回るんだから」
「そっか。司令官、私と朝潮姉さんがいつか艦隊に戻った後のことも考えてくれてるのね」
もちろんある程度は噂や憶測で語られてしまうのは避けられないだろうが、そこは甘んじて受け入れてもらうしかないだろう。
それでも微かに嬉しそうな表情を浮かべた満潮を見て、霞は最初から気になっていたことを口にする。
「ねぇ満潮姉さん。どうして”D”のことを伝える相手、あたしだったの?」
霞は満潮と同じ朝潮型の姉妹だ。だが3番艦である満潮と10番艦である霞の間は、他に何人もの姉妹がいる。しかも朝潮型は前世において、長女である朝潮から4番艦の荒潮までで第八駆逐隊を編成していた。
朝潮が関係する話なので朝潮型の姉妹という繋がりを選んだのだとしても、他にもっと妥当な相手はいるような気がしていたのだ。
問われた満潮は、思わず顔をしかめる。少しだけ思案顔になってから、
「……霞が私と同じ人を好きだからよ」
きっぱりと断言した。
「は、はぁ!?」
「違った? 好きでしょ、司令官のこと。私たちなんだか曙と合わせて『三大ツンデレ』とか言われてるらしいけど、そんな呼び方に関係なくそこにいる霞自身の気持ちとしてね」
そんな風に自分の恋心をすらすらと語る満潮は、ツンデレなどという評価からはおよそ遠い場所にいる気がした。
きっと何かがあったのだ。日下部との間において。
「あたし、は」
「いいわよ、別に言わなくても。私の恋はどうしようもない終わり方をしたけど、霞はまだチャンスがあるでしょ。まぁあの司令官とツンデレって相性はただでさえ最悪なのに、曙の奴も事あるごとに牽制してくるし、楽な恋じゃないと思うけど。でも応援してるわ」
「満潮姉さん……」
寂しげに微笑む満潮の姿に、霞はそれ以上の言葉を失う。
その指摘は当たっている。当たっているのだが、正直なところ実際にどうこうなるのは無理だろうと思っていたこともあって、あまり深く考えないようにしていた。
けれども姉にこうまで言われてしまっては、一度きちんと自分の心と向き合うべきなのかもしれない。
駆逐艦・霞は坊ノ岬沖海戦の参加艦だ。だが、当たり前だが霞の参加した戦いはひとつではない。
坊ノ岬沖海戦の3ヶ月半ほど前。フィリピンはミンドロ島に上陸した米軍に対して攻撃を行う「礼号作戦」が発令された。霞はこの礼号作戦にも参加している。
そして礼号作戦に参加した日本の駆逐艦のうち、敵機の夜間空襲を受けて沈没した艦が一隻存在する。
――その駆逐艦の名を、「清霜」と言った。
「霞ちゃん。朝潮ちゃんと満潮ちゃんのこと、大変だったね」
満潮と面会した翌日の昼下がり。食堂で昼食を取っていた霞は、不意に清霜からそんな風に声をかけられた。
「気を使ってくれてんの? ありがと。まったく、二人とも脇が甘いったらありゃしないわ。しばらく臭い飯でも食って反省してくればいいのよ」
「あはは、相変わらずキツいなぁ。でも今は霞ちゃん、大和姉さまと一緒に坊ノ岬沖海戦のイベントに参加してるんだもんね。そんな時にこれはちょっと大変だよね」
「坊ノ岬沖ったってアメリカ空母は味方だし航空戦力はいくらでもあるし、全然別物よ。まぁでも前世の自分が沈んだ戦いってのは、確かにちょっと思うところはあるわね」
駆逐艦・霞、坊ノ岬沖海戦の最中に敵機空襲を受け被弾。乗員は駆逐艦・冬月に移乗の後、処分雷撃により沈没。
今ここにいる艦娘の霞にとっては、ただの記録とも自分自身の記憶とも断言しづらい情報だった。
「最期の戦いかぁ。礼号作戦のイベントもずっと前にあったらしいけど、うちの司令官の着任するずっと前に終わったらしいんだよね。残念だなぁ」
「ああ、あたしも古参の霞から聞いてるわ。って清霜、残念って……あんた参加したかったの? 自分が沈んだ礼号作戦のイベントに!?」
「うーん。確かにちょっと複雑だけど、もし今やったら史実特効もあるしきっと活躍できるよね。そしたら司令官に見てもらって、褒めてもらえるかも!」
ちなみに過去に行われた時には、まだ史実特効を活かす技術が確立されていなかったらしい。だが今やるならばもちろん話は変わってくるだろう。
無邪気に微笑む清霜の言葉に、しかしわずかな違和感を覚える。
「司令官に見てもらって、褒めてもらう……か」
「霞ちゃん?」
「ねぇ清霜。今までのあんただったら、そこは『戦艦にしてもえらえるかも』って言うところよね? なんで『司令官に褒めてもらう』が先に出てきたの?」
「そっか、やっぱり霞ちゃんは気付くよね!」
ツッコミを入れたはずなのに清霜は目を輝かせて、
「あのね、今司令官と約束しててね……」
日下部との会話から始まったという物語を語り始めた。
武蔵、カブール、秋雲、明石。何人もの艦娘との会話で見出したひとつの答えと、それはそれとして夢に届くかもしれない可能性。そしてそこに立ちはだかる最後の壁と、秋雲の宿題。
そういえば最近確かに清霜の練度は上がっている。おそらく、日下部に答えを告げる日はそう遠くないのだろう。
「明石さんと話した後も、ずっとずっと考えて。最近、ようやくわかってきたんだ。どうして私、日向さんやカブールさんに突っかかりたくなったのか。どうして秋雲がホーネットさんとエッチなことしてるって知った時に、むっとしたのか」
それは敏い者なら悩むまでもなく気付いたことだろう。だが、誰もが敏いわけではない。
清霜が一生懸命考えてようやく自分の気持ちを直視できた、そのこと自体がきっと大切なことなのだ。
「ねぇ清霜。ひとつ確認するけど、あのクズは好き放題に女はべらしてるクズなんだけど、それでもいいの?」
「いいよ。だってそういう人なんだから、そこで駄々をこねてもしょうがないじゃない」
「……そっか」
現実をちゃんと見て折り合いを付けた清霜は、確かに今までとは違っていた。
満潮に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいと思う。そしてその時は、きっと自分も一緒に飲むべきだろう。
「わかった。なら応援するわ」
「いいの? だって霞ちゃんも司令官のこと」
「いいの。だからあたしのことは気にせずに、ちゃんと気持ちを伝えなさいな」
秋雲やジャーヴィスや夕立、ましてや曙になんか負けないつもりだった。けれどもきっと、今の清霜にはこの戦いでは勝てない。
そんな風に感じる自分を素直に認めて、霞は妙に清々しい気持ちになっていた。
霞と話してから数日後、ついに清霜は日下部との約束の練度に到達した。
報告のために執務室を訪れると、日下部は立ち上がって出迎えてくれた。
「清霜、おめでとう」
「ありがとう、司令官」
称賛の言葉が素直に嬉しくて、思わず顔が綻んでしまう。
「駆逐艦はここまで育てば一軍と言える。だから逆に言えば、改二にするのにもっと練度が必要とか、普段から使いたいほど強いとか、贔屓したいとか、特別な理由がなければ育成はいったん打ち止めだ」
そこで日下部は一度言葉を切り、真剣な顔付きになる。
初めて清霜に夢との向き合い方を諭してくれた時のように。
「さて、答えは出たか? お前は自分の夢をどう定義し、どう向かいあうことにした?」
その問いかけに何と答えるかは、ここに来るまでしっかりと考えてきた。だから今更言い淀むこともない。
「あのね司令官。清霜、色んな人と話したよ。自分が本当は何をしたかったのかもわかったし、そのために何をしたらいいかも考えた」
「ほー、そうか。じゃあ聞かせてくれ」
「清霜が戦艦になりたかったのは、みんなを守りたかったから。レイテで武蔵さんが、みんなを守って沈んでいったように。もちろん死にたいわけじゃないけど」
「なるほど。武蔵に憧れて戦艦になりたいのなら、その辺は妥当だな」
みんなを守って沈んでいった、のところで少しだけ日下部が眉を動かしたことに気付く。
だがそこにツッコミを入れては来なかったから、きっと自分が憧れたのはあくまで武蔵の在り方であって、末路そのものではないことは正しく伝わったということだろう。
「でも『みんなを守る』って、別に戦艦だけのお仕事じゃないって。駆逐艦だからこそできることもあるって教えられて、ちょっとびっくりした。確かに戦艦は対潜攻撃あまり得意じゃないもんね」
「まぁ日向とか大和改二重とか、超一部の例外を除けばな」
「だから清霜、普段は駆逐艦でもいい。でもどうせならつっよい駆逐艦になりたいな」
2046年6月現在、清霜に改二はまだ存在しない。けれどもいつかそれが実現するのだとしたら、きっと戦艦や他の艦隊を守れるような優秀な駆逐艦になりたいと思う。
その答えに日下部は満足げに頷いた。きっとその願いの実現のために、惜しみなく力を貸してくれるのだろう。
――だが。これはまだ到達した答えの半分でしかない。
「でもね司令官。それはそれとして、戦艦になりたいっていう夢はやっぱり捨てたくないって気持ちもあるの。駆逐艦じゃ叶わないような敵が出てきた時だけでもいいから、実際にそれだけの力が欲しい」
「だが艦娘が前世において歴史に刻まれた艦の概念から生まれている以上、それを覆すのは難しいぞ?」
「うん。でも、司令官は明石さんと一緒に作ったよね。本当ならできないことをできるようにするモノを」
「……、概念艤装のことを言っているか」
先程までと打って変わって、あからさまにその顔が苦々しげに歪むのがわかった。
「そうだな、概念艤装なら想念工学的な理論さえ通せば、大体のことはできるだろう。けどな清霜」
「わかってるよ。概念艤装ってケッコンした艦娘じゃないと使えないんだよね。明石さんに教えてもらった」
「そうか。すまないが、私は『強さのためのケッコン』はするつもりがないんだ。強さだけを求めるなら、練度上限に達した艦娘全員とケッコンした方がいいのはわかってるんだが」
「うん。それも明石さんに聞いた」
「だったら……」
どう言えばこちらを諭すことができるか、言葉の選び方に困っているのが伝わってきた。
さぁ、ここだ。微かに息を呑む。
拳を握って覚悟を決め、自我の奥から勇気を絞り出す。
「司令官。清霜のこと、好きになって? 清霜は……司令官が好きです」
顔が真っ赤に火照って体温が上がったのが、自分でもわかる。恥ずかしくて死んでしまいそうだったけど、けれどもちゃんと気持ちを言葉にしたことには一切後悔はない。
一方、唐突に気持ちを伝えられた日下部はといえば、
「お前、それは枕営業か? 悪いが恋人には困ってないぞ、私」
少しだけこちらをにらみつけるようにしてそんなことを言ってくる。
霞は日下部のことを「好き放題に女はべらしてるクズ」なんて言ってたけど、うん、やっぱりそれは違う。この人は人より愛が多いだけで、その愛の全部に対して真剣なのだ。
「ううん、違う。これはよく考えて気付いた、清霜の気持ちだよ」
だから自分も、真剣に向き合う。
「秋雲とホーネットさんがエッチなことしてるって知った時ね、清霜はむっとしたの。秋雲には司令官がいるのにって。そしたら秋雲に、なんでそう思ったかちゃんと考えろって言われた」
「……」
「司令官は清霜の夢にもちゃんと向き合ってくれた。すごく嬉しい。だから概念艤装のことだけじゃない。清霜は、司令官が好き」
概念艤装なんて関係ない、とは言わない。そう言い切ってしまったらさすがに嘘になる。
けれどもそれだけじゃない。それはそれとして司令官が好き、それが嘘偽りのない本当の気持ち。
「本気なんだな?」
「もちろん。司令官に……あげる。清霜を、あげる。だから、もらって?」
そろそろ恥ずかしさで火が着いてしまいそうだけど、それでもどこまでも自分らしく強く気持ちを伝え続ける。はっきり言わないと伝わらない人だから。
「ああ……嬉しいよ。ここまで言われて応えないのは男がすたる」
そしてここまで素直に好意を向けられたら、受け入れてしまうのが自分たちの司令官だ。それでもさすがにそろそろ人数的に限界が来るだろうけど、どうやらその前に滑り込むことには成功したようだ。
ぎゅっと日下部の腕に抱き締められて、胸の奥から温かいものが滲み出してくる。きっとそれは肉体よりも深い場所、
「お前は第十五夫人候補になるけど、いいな?」
「思ったより多かった! でも、わかった」
思わず苦笑しそうになるけど、しょうがない。承知の上で告白したのだから。
「よし。じゃあお前の気持ちが変わらない内に、私の部屋へ行くぞ。提督はちょっとばかり休憩、っと」
「早速? もう、お姉様たちには内緒よ?」
欧米人の血が入っているせいか、それとも民族関係なく単に本人の性格なのかはわからないけど、一度手を出すと決めた後の決断力と行動力は本当にすごいと思う。
――この恋の戦いは礼号作戦ではないけど。いいわ、どのみち清霜の出番です!
※清霜のシリーズ、第4話にして完結編です。
と言いつつ前半は霞視点で、彼女が自分の立ち位置を決めるまでの話になります。満潮と霞、そして清霜。提督(プレイヤー)のことを「司令官」と呼ぶ三人の物語といったところでしょうか。
「素直に気持ちを伝えられるかどうか」「ハーレムを受け入れられるか」が運命の分かれ道です。単婚提督でも全艦娘に片っ端から手を出すでもない日下部の場合、どうしたってそこで明暗が生まれます。
なお清霜の発言は全般的にゲーム内の清霜の台詞から取っていますが、実はこの当時にはまだ実装されていなかった清霜改二の台詞がところどころ混ざってたりします。ご愛嬌。
艦これ本編、バレンタインmodeがやって来ました。また節分任務も続いています。さぼらずにやってますが豆はまだ投げていなかったり。
SSは次は大和のシリーズの続きの予定。一週間はかからず少し早めに出せると思います。お待ち下さい。