日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
我々が歴史から学ぶことは、「人間は決して歴史から学ばない」ということだ。
あの後私室で舞津さんから借りた資料を読み返していたのだが、どうにも手に付かず。
書類仕事を片付けに執務室にやって来たのだが、
「うーん」
「どうしたの提督、さっきから」
どうやら川内に心配される程度には、ここでも上の空だったらしい。
「いやな、ゴーヤのことなんだが……」
「ああ、艦娘になんかなりたくなかったってあの発言?」
「そうそう。艦娘って『人間を愛し愛されるように生まれてくる』んだろ?」
「まぁ、そうだね。確かにその一般的な性質からすると、確かにちょっと特殊な発言に聞こえるよね」
川内は手を止めて、本格的に話をするモードに移行する。
「別に、そういう特殊な艦娘がいてもいいとは思うんだよ。人間なんか多様性の塊だしな」
人間の場合、一般的とされるものから外れた性質を持っていることは少なくない。
性癖や性的指向、他にも色々な特殊性がある。
私の
それらは単に「そういうもの」であるだけで、別にそれ自体が悪というわけではない。
「ただ艦娘にも、そういう特殊な性質ってあるんだなーって」
「んー。まぁそう言われればそうかなって思う子も何人かいるんだけど、ゴーヤの場合はちょっと違うんじゃないかな」
「ん、というと?」
川内の言葉の意味が飲み込めず、尋ね返す。
「ゴーヤの場合は、……うん、やめた」
「えっ、なんだよ言いかけておいて!」
「あたしが言っちゃうのは、多分いけないんだと思う。あれ、あのゴーヤの一番深いところにある想念だから。提督が気付いてあげるべきだと思うよ?」
川内の言葉に、私は思わずたじろぐ。
「他人の気持ちに気付けって……無理だぞ」
何しろそれが出来るなら、多分私はもっと普通の人をやれていた。
「それでも。提督は、提督なんだから」
「うーん……」
我が秘書艦は、なかなか提督に対し厳しい理念をお持ちのようだ。
「あれ、でもそうなると……川内の思い付いた『特殊な性質を持った艦娘』って、誰のことだ……?」
「ああ、それは」
川内が指でくいっとドアを示す。
ほぼ同時に、そのドアがノックなしで勢いよく開かれた。
「提督、川内さん! 北上さんを見ませんでしたか!?」
茶色いセミロングの髪に、クリーム色のセーラー服。
飛び込んできたのは重雷装巡洋艦の艦娘、大井だった。
「北上ならさっき会ったよ。なんでも、ヨナと話すんだってさ」
川内が大井の質問に答えて言った。
「あら、珍しい組み合わせ……」
大井は一瞬考え込むような表情になったが、
「……ああ、なるほど。なら、さすがに私が邪魔するのは無粋ね。川内さん、情報ありがとう」
何やら納得した様子で、一人去っていった。
「ね? 『人間を愛し愛されるように生まれてくる』のが本来の艦娘なのに、艦娘同士で恋愛してるのは、結構特殊な性質じゃない?」
「まー確かになぁ。とはいえそういうのを見るのが好きって人間もいるし。特殊ではあるのかもしれないけど、やっぱりそういう艦娘がいてもいいのかもしれないと思うぞ」
もし受け入れられない相手から好意を伝えられた時に、「あなたの愛は受け入れられません」ってちゃんとはっきり主張できるなら、だがな。
「そう言ってくれると嬉しいな。多分だけど、あたしの妹もそっちのタイプだしね」
「それは神通? 那珂?」
「那珂はアイドル以外の何者にもならないよ。神通の方。あれは多分、まだその相手が見付かってないだけだと思う」
「それはまた……」
普段は気弱そうだけど、戦闘……特に夜戦になると豹変する、神通の姿を思い浮かべる。
あれと恋愛できる艦娘って、よっぽどバイタリティに長けてないと無理じゃないかなぁ。
「……ヨナ、艦娘に生まれて本当に良かった」
川内の言葉でますます気になったので、それなら直接話して来いと執務室を追い出され。
海に行っているというゴーヤを探しに港にやって来たところ、そんな透き通るような声が聞こえてきた。
「戦わないといけないこと自体は、やっぱり少し悲しいですけど。でも美味しい物を食べたり、みんなと話したり、とっても楽しいです」
「まー、あの大戦の終わり頃を知ってると、どうしてもそうなるよねー」
潜水艦・伊47ことヨナと、重雷装巡洋艦・北上。
大井も言ってたが、なかなか珍しい組み合わせだと思った。
共通点は、かつての大戦にて終戦まで生き残ったことぐらいだろうか?
「……ヨナ、本当は一番嬉しいのは。二度とあの戦い方をしなくて済むことかもしれません」
「あー。『アレ』は嫌だよね。そこはあたしもヨナっちに同意だわ」
と、そこで。
少し離れた場所に、目当ての潜水艦娘が佇んでいるのを見付けた。
なんとも形容しがたい、張り詰めたような表情で、ヨナと北上の会話を聞いている。
「ゴーヤ?」
「……てーとく」
「なんだ、お前もあの二人に混ざりたいのか? ずいぶん熱心に話を聞いてたけど」
そう尋ねると、ゴーヤは可哀想な物を見るような視線を向けてきた。
「てーとくがサイコパスっていうの、本当でちね……普通はもう少し、気を使う状況だと思うでち」
「なんだよ藪から棒に」
いきなりのディスに今ひとつ釈然としない物を感じるが、
「それよりてーとく、何かゴーヤに用でもあったでちか?」
「いや、さっきの言葉の意味をちゃんと聞こうと思って」
「さっきの言葉……?」
「だから、『艦娘になんてなりたくなかった』って……」
瞬間、キッとゴーヤはこちらを睨みつける。
基本的にあどけない顔立ちをしているゴーヤだから、特に威圧感のような物は無かったが。
それでもそこに拒絶の色があるのは、さすがに理解できた。
「てーとく、よりにもよってこの流れでそれ言うでちか!」
「なんだよ、どういう……」
「……もーいいでち。てーとくに理解してもらえるとは、とても思えないでち」
ああ、こういう時本当に、自分の性質が嫌になる。
ちゃんと相手の感情を察せる人間ならば、ゴーヤが何に憤っているのかわかるのだろうか?
だが、……私はそうではない。その事実は変えられない。
「ゴーヤ、お前の言う通り、私は他人の気持ちがわからない。だけど、それでもお前たちの提督なんだ。だから、ちゃんと教えて欲しいんだ」
「……嫌でち」
ゴーヤは肩を震わせている。
そこにあるのは、怒りなのだろうか。それとも別の感情なのだろうか?
「ゴーヤ!」
「嫌でち!」
ゴーヤは叫ぶと、私を振り切って走り出した。
「待て!」
慌てて追いかけたが……残念ながら、並の軍人程度にしか鍛えていない私では、艦娘の脚力に追いつくのは不可能だった。
ゴーヤは港から鎮守府の施設の方に向かっていったのだから、とりあえずどこかにいるだろうと施設内を一通り探し回ったのだが、まったくもって見当たらなかった。
「海以外で、ゴーヤの行きそうな場所……」
考えてみるも、本当に思い付かない。
何しろ他の艦娘とも距離を取っていたような奴だ。出撃時以外では、同じ潜水艦であっても交流なんて無かったんじゃないか?
あいつに、私以外の関係性なんてあったんだろうか?
「私以外に、関係性が、無い」
ある可能性に気付き、思わず言葉が口を突いて出る。
まだ調べてない場所。限られたゴーヤの関係性で、行きそうな場所。
そして、私は……上の空だった私は、自分の部屋を出る時、鍵をちゃんと掛けて出て来ただろうか?
「……まさか!」
もしそれが現実だった場合、何が起こるか。
その可能性に気付いて戦慄した私は、一目散に自分の部屋目掛けて走った。
「――うっ……ひっく……」
果たして、そこには。
私の想像した、最悪の光景が広がっていた。
机の上には、舞津さんから借りた戦争初期の資料。
乱雑に散らばっているのは、誰かがそれに目を通し、きちんと片付けずに投げ出したことを意味している。
そして、おそらくその目を通した張本人であろうゴーヤは……泣いていた。
ぽろぽろと涙を流しながら、肩を震わせ、自分自身の感情を抑えることもできず。
「ゴーヤ」
「てーとく……」
私が声をかけると、ゴーヤは一瞬びくっと大きく身を震わせたものの、そのまま力無くこちらに顔を向けてくる。
おそらく、もう逃げる気力も無いのだろう。
そのくらいに、知ってしまった情報に打ちのめされているように見えた。
「見たんだな。その資料」
私は後ろ手に部屋の扉を閉めて、つかつかとゴーヤに歩み寄る。
ゴーヤの桃色の瞳は悲しみに濡れて、どこか焦点を結んでいないように見えた。
「てーとく、人間はなんでこんなことが出来るでちか……? これじゃ、『アレ』と何も変わらないでち」
……「アレ」。
ヨナと北上も言っていた、……かつての大戦末期、帝国海軍が投入した特攻兵器「回天」。
敵を殺すためにまず味方を殺す、勝つためなら何でもやる、人間の「そういうもの」の極致たる兵器。
「ゴーヤは、戦うために作られた艦でちから、敵と戦って死ぬのはまだ理解できるでち。
でも、でも……なんで、そのためにまず味方を殺すでち!?
こんなの、こんなの……どう考えたっておかしいでち……」
ゴーヤの言葉に、私は沈黙するしかない。
私だって正直同感だ。確かに回天やオペレーション・ササジャータカは、常軌を逸しているとしか思えない。
「ヨナはなんであんな簡単に、今そうじゃないことを喜べるでち? 北上はなんであんなに、飄々としてられるでち? ゴーヤには、無理でち。
こんな、こんな悲しい気持ちを持たなきゃいけないんなら、ゴーヤは自我なんて欲しく無かった。ただの鉄の塊でいたかった……」
ああ、そうか。やっと私にも理解できた。
艦娘とは、『人間を愛し愛されるように生まれてくる』モノだ。
ゴーヤは、その一般的な性質からかけ離れているのではなくて……、
「ゴーヤ、艦娘になんてなりたくなかったよぉ……!」
誰よりも人間を深く愛していた、誰よりも艦娘らしい艦娘だったからこそ、こんなことを言っていたのだ。
「……、ゴーヤ」
わんわんと泣き声を上げるゴーヤを、そっと包み込むように抱きしめる。
「なぁゴーヤ。聞いて欲しい」
ここで一緒に泣いてやるのは簡単だ。けれども、それでは何も解決しない。
「人間は時として、自分から命を投げ出す時がある。それは、自分の命よりも大切な物があると信じているからだ」
ああ、……詭弁だ。本当はわかっている。
回天搭乗者も、オペレーション・ササジャータカの犠牲者も、99%はそんなこと思ってなかっただろう。
自分ではそう思ってたとしても、それは巧みに思考を誘導された結果という可能性もあるだろう。
マインドハックなんて使わずとも、人間の想念を操る手段などいくらでもあるのだ。
「本当は真っ当に戦って勝ちたかっただろう。でもそれが出来ないから、他に手段が無いから、自分の命よりも大事な物を守るために……彼らは自分の命を道具として使ったんだ。それが、軍人というものなんだよ」
こんなの全部、長谷川の受け売りだ。
それでも……自分ではまったく理解できないことであっても、必要ならば伝えないといけない。
何故なら私は提督で、この眼の前の艦娘にとって、提督は私一人だけなのだから。
「……」
ゴーヤは黙って、私の話を聞いている。
「そして今、その軍人でも勝てない敵が現れた。
だから代わりに戦ってくれている艦娘に、軍人も含めて人間はみんな感謝しているんだ」
ああ、ゴーヤ。ここまでは大半が詭弁だったけど、ここから先は紛れもない本音だぞ?
「回天は、結局負けるまで止めることはできなかった。
だが、オペレーション・ササジャータカは、艦娘の出現で中止できたんだ」
人類は歴史から学べない? クソッタレ。
大昔の哲学者の言葉を蹴っ飛ばす。
「前は間に合わなかったんだとしても、そこまでの犠牲がとんでもないことになってたとしても、それでも今回は……間に合ったんだよ。
わかるか、ゴーヤ? 人間は、艦娘に救われたんだよ」
――私の腕の中で、ゴーヤの震えはゆっくりと収まっていった。
しゃっくり上げる声が止まり、やがてゴーヤはゆっくりと顔を上げた。
小さな唇から漏れる吐息が、私の頬にそっと触れる。
「てーとく、少し落ち着いたでち」
その声音は本人の言う通り、確かに穏やかではあったものの、まだどこか冷たい感じがして。
「人間の艦娘に対する気持ちは、嬉しいでち。だからゴーヤも、艦娘として頑張るでち」
……あれで「艦娘としてのゴーヤ」は救われたのかもしれないが、目の前にいる「一つの自我としてのゴーヤ」の救いには、まだ足りないということなのだろう。
今すぐ私自身が、このゴーヤに何をしてあげられるだろう?
艦娘として生まれてきた喜びを、このゴーヤに少しでも教えてあげるために、何ができるだろう?
「ゴーヤ。私はな、ただ艦娘だからってだけじゃなくて、『お前』に楽しんで生きてもらいたいんだ」
そこで真っ先に思い付いたのが、これだったのは……。
まぁ、私が「そういうもの」だからとしか言いようが無いだろうな。
「だからさ。艦娘として……肉体を持って生まれてきた意味を、教えてやる」
「てーとく?」
疑問の声を上げるゴーヤの唇を、自分の口で塞いで、ベッドに押し倒した。
むせ返るようなゴーヤの匂いは、潮の香りの中に……少しだけ、甘酸っぱさが混じっていた。
「また嫁艦候補増えたの……!?」
「あ……うん……そうなんだが……川内、すまん、死にそう……」
「ど、どうしたの!?」
執務室の机に突っ伏す私は、無言でゴーヤを指差した。
そこには大変つやっつやの顔で、満面の笑みを浮かべる姿が。
「てーとくのおっきな魚雷、大好きです♪ てーとく、また一緒にイこ♪」
「……お前、絶対イクよりエロいだろ……」
「あの子は台詞回しがエロいだけで、実際はそんなでもないからねぇ」
「いずれにせよ、もう一滴も出ねぇ……向こう何日か分は搾り取られた……」
「知らねーでち。ゴーヤにあんな気持ちいいこと教えた責任を取るでち」
そう言ってゴーヤは、からりとした笑顔を浮かべ、
「てーとく。やっぱり、艦娘もそんなに悪くないかも。……本当に、ありがとうでち!」
まぁそう言ってもらえるなら、文字通り腰が砕けるほど頑張った甲斐はあったの……だろうか。
※ゴーヤについて。
前話の後書きで書いた通り、うちのゴーヤはちょっと一般的なイメージから離れているとは思います。
「てーとく、アレはいらないからね」と、しれっと一言で流せるようになるまで、この子にも結構な葛藤があったんだと思っていただければ幸いです。
あと日下部も言ってますが、絶対台詞回しはイクに負けず劣らずエロいと思います。
作者の妄想力が過ぎるだけかもしれませんが。
「アレ」について。
「アレ」こと回天だけでなく、神風特別攻撃隊にしろ肉弾三勇士にしろ、とかく戦争においては「自己犠牲による戦局打破」が付き物です。
日本人だけでなく、日露戦争のロシア軍も手榴弾による自爆特攻を行っていますし、探せばまだまだいくらでも同様の事例は出てくるでしょう(規模の大小はあるでしょうが)。
念の為言っておきますが、作者は特攻を賛美するつもりはありません。日下部の言う通りクソだと思っています。この物語はフィクションです。
その上で、この作品内においてはそういう風に考えた軍人もいたんだな……くらいに捉えていただけるとありがたいです(そもそもこれですら、長谷川の憶測ですので、実際の犠牲者が本当にそう思ってたかは不明ですしね)。