日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
最も大きな危険は勝利の瞬間にある。
「負の想念があるからこそ、人も
日下部鎮守府の艦隊が近代化戦艦棲姫との決戦を始める少し前。
沖縄から東方の海上で、深海磨鎖鬼はそんなことを一人呟いた。
「だがこの蓋然世界の人間はあまりにも大きな悲劇を味わっており、そんな余裕を失っている。その敵である高次AI……そして『真人』は、戦争そのものへの憎しみをそこから生まれた艦娘という存在にも向けている。だから彼女たちは自らの魂を慰めるために、まずは自分から人類に寄り添わないとならない」
磨鎖鬼は傍らの近代化戦艦棲姫に目を向ける。
確かに艦娘メリーランドに異なる蓋然世界の鎖を繋ぎ、深海棲艦である近代化戦艦棲姫へと変化させたのは自分の能力によるものだ。だがその過程で想念麻薬……”D”を用い、メリーランドの自我を狂わせるよう取り計らったのは決して自分のアイデアではない。
「この世界に繋ぎ止められ、走狗の立場に甘んじている私とてそこは同罪だろう。だが、だからこそ今更手段は選ばぬとも。日下部提督が『最後の女王』……改め『大和の女王』とこの時期に邂逅したのであれば、『神の如きもの』の誕生を遅らせる理由はない。今回の蓋然性に賭けるだけの価値はある」
磨鎖鬼は虚空に向けて手をかざす。そこから伸びた鎖が目に見えぬ壁を超え、異なる世界の何かに結び付けられる。
深海をさまよう魂たちを眠りから起こし、そして資源のように消費するのはいささか心が傷まないでもないが。
それでも今この瞬間に動かなければ、この永劫回帰からは文字通り永劫に脱せないことだろう。
夜明けの太陽が降り注ぐ物質世界。
我欲に溺れて戦いを望んだメリーランドの罪は、
周囲でその様子を見守っていた大和と矢矧率いる第二艦隊の面々にも、どこかほっとしたような表情が広がっている。
「川内、護衛ありがとうな」
日下部は意識を喪失していた間、自分の身体を守ってくれた川内に感謝の言葉を述べる。
「今回は最終作戦の参加組じゃなかったからね、せめてこのくらいはやるよ。それより……気を抜くのはちょっと早いんじゃない?」
「えっ?」
「妙な気配がするんだよね。あいつ、まだ近くにいるはずだよ」
ただ一人厳しい表情を崩さず、注意深く周囲を窺いながら放った川内の言葉を聞いていたのだろう。
不意に眼前の海上に、牙の意匠をあしらった道化服の男が出現する。
「日下部提督。まずはおめでとうを言わせてもらおう」
深海磨鎖鬼。
その正体に関わらず、どう相対するかを日下部はすでに決めている。
「もはやお前は敵と判明した。ならば容赦なくここで討ち果たさせてもらう!」
「そうだな。ここでぶつかり合うことで変化する蓋然性もある。ラストゲームは終了している、ここからは戦争の時間だ」
彼はムネーメーやパトスといった高次AIとは異なる存在のはずだ。だが紛れもなく深海棲艦を率いる将の一人でもある。
これからは戦争の時間だと宣言された以上、もはやゲームのルールを遵守する必要もない。
だから日下部は、ためらうことなく親指の火傷の跡に舌を這わせる。
「――仮想人格『フィン・マックール』起動!」
瞬間。芳醇なる
「日下部、気を付けろ。あいつは高次AIとはまた違う異質さがある。誤解を恐れず言えば、アレは『俺』の側の存在だ」
「俺? 中元寺國彦のことか?」
「違う。フィオナ騎士団長、フィン・マックールとして言っている」
中元寺國彦と融合した古代ケルトの英雄は、どこか神妙な面持ちで日下部に告げた。
想念工学により擬似的に再現した存在とはいえ、かの英雄の
だが同時に、今は逡巡が許されるような状況でもない。
「
忠告は自我の片隅に留め、日下部はアイギスの盾を展開しきる。
想念交信ネットワークで呼びかければ、瞬く間に麾下の艦娘たちがこの海域へと集結を始めた。
一方の磨鎖鬼はといえば、
「その決断力は褒めておこう。だが私も、これでも『鬼』の一人でね」
パチンと指を鳴らした瞬間、異変が生じた。
土地に宿った負の想念力が半ば無理やり吸い出され、磨鎖鬼の周囲の空間へと急激に凝集していく。人類が一度に扱える想念力500万イデアの壁などたやすく超越していたが、それ以上に異質なのは「負の想念力のみ」を集めているところだ。
「日下部提督。この蓋然世界では艦娘を付喪神として捉えているのだったな」
その言葉と共に、凝集した負の想念力が明確な形を取る。
現れたものは日下部にも麾下の艦娘たちにも、
「こいつらは……! 我々がこれまでに参加したイベントの、それも艦娘を取り込んで動いていた深海棲艦たち!」
ルンガ沖重巡棲姫。軽巡新棲姫。地中海弩級水姫。欧州装甲空母棲姫。護衛独還姫。潜水鮫水鬼。横浜岸壁棲姫。外南洋駆逐棲姫。
ご丁寧なことに、それぞれがとんでもない数の随伴艦を引き連れて出現していた。
「君が参加する前のイベントから引っ張ってきても意味は薄いかと思ってね。さて日下部提督、幾百の鬼が夜闇の下を蠢き人々を襲う……『付喪神絵巻』に描かれた、この概念を何と呼ぶか知っているかな?」
どこか試すような口ぶりの磨鎖鬼の質問に、日下部は想念交信で麾下の艦娘の一人に呼びかける。
(龍驤。その答えは、アレで良いと思うか?)
(合ってると思うで。なんやこいつ……本当になんなんや……)
陰陽道の
「百鬼夜行、だな」
「正解だ、日下部提督。平安の昔から、鬼の群れに人は蹂躙されるものと決まっているのさ。君の艦隊に尊勝仏頂の加護はあるまい」
百鬼夜行を祓うとされた御仏の名前を挙げながら、磨鎖鬼は言う。
その通りだ。日下部の艦隊に尊勝仏頂の加護は確かにない。
――だが。
(提督。近隣鎮守府のサラトガより同艦交信。「我が神の加護は貴方の下に」だそうです!)
(司令。近隣鎮守府の霧島より同艦交信。「また貸しひとつだな兄弟。神の加護に感謝しろよ」だそうです)
この世には神や仏はただ一柱ではない。
サラトガと霧島の伝えてきた想念は、頼もしき味方が今ここに集いつつあることを示している。
「そうだ。今は闇に怯えるだけの平安時代じゃない!」
洋の東西など関係ない。4000年と2046年の人類史を総動員してでも、現代の人類は魔と戦うことを決めているのだから。
日下部が磨鎖鬼に対して力強く宣言すると同時。少し離れた海域では……、
「あのシンギュラリティ到来の日、彼女たちは人類をもはや不要と蔑み、身勝手な裁きを下しました。一人の神の徒として、神ならぬ者からの最後の審判を認めるわけにはいきません!」
神の徒という己の在り方を返上してでも、艦娘と共に戦うことを選んだ提督が叫ぶ。
「――仮想人格『オモイカネ』起動! ……主よ、異教の存在を身に宿す罪をお赦し下さい」
「
血よりも濃い絆で結ばれた仲間への想いに報いるため、艦娘と共に戦うことを選んだ提督が叫ぶ。
「――仮想人格『オモイカネ』起動! ……そのためなら、異教の神だってなんだって利用してやるぜ」
カタリーニとウィリアムズ。イタリアとアメリカの提督。
そんな彼らが日本の神であるオモイカネの概念を元に創られた仮想人格を起動させ、麾下の艦娘たちを統御しながら戦場へと飛び込んでくる。
さらには、
『日下部、遅くなった! 日本近海の戦いでアメリカ人とイタリア人だけにいい顔はさせんぞ! ――仮想人格「オーディン」起動!』
通信越しに聞こえてきたのは舞津の声だった。
冬イベでパトスと戦った際を上回る、アイギスの盾の4枚同時展開。仮想人格「オモイカネ」の開発によるアイギスの量産化は、ついに人類と艦娘に対し深海棲艦の物量と正面から戦えるだけの力を与えていた。
そんな光景を目の当たりにして、磨鎖鬼は思考を巡らせる。
(順調に「リバタリアの七提督」が揃いつつあるようだな。やはり歴史は加速している。だが君たちの最大の敵は、我々深海棲艦ではないのだが……)
想念交信データリンクによる一糸乱れぬ統御の下、艦娘たちは数倍に及ぶ百鬼夜行の大軍勢と互角以上の戦いを繰り広げる。
その光景を、遥かな上空から見下ろすものがあった。
それは超高高度からの空撮に特化したドローン。艦娘や深海棲艦の艤装としての航空機が飛ぶよりも遥かな高空から、海面で行われている戦闘の様子を克明に撮影できる性能をもったものだ。
当然ながら、簡単に用意できるような機体ではない。
(日下部提督。君は気付いているかな? あの「真人」の存在に)
艦娘は、そこにそんなものがあることに気付いていない。
そして深海棲艦は、そこにあるそれを完全に無視している。
だからドローンは何にも邪魔されることなく、眼下で繰り広げられている「戦争」の光景を動画として撮影し続けていた。
百鬼夜行の数は確かに驚異的だったが、パトスの時と異なりものすごい勢いで湧き出してくるということはなかった。
だからしばらく交戦を続けていれば数が減ってくるのは道理であり、であれば、
(日下部鎮守府艦隊、正面戦線を他艦隊に委ねて後退。アイギスを解除する! 金剛と秋雲は私と川内の近くに。その他の艦娘は各個判断で戦闘を継続せよ!)
日下部は想念交信で艦娘たちに指示を下す。他鎮守府にはまだ存在せず、日下部鎮守府にだけ存在するもので決着を付ける。
すなわち、概念艤装。
「秋雲、準備はできてるか!」
「イラスト発注ですねー! 概念艤装『ムネーメー』起動――異神、習合!」
秋雲の姿が、古代ギリシャの
「よし! 題材は『2045年5月ルンガ沖』『2045年9月地中海』『2045年11月八丈島沖』……」
「要するに今までのイベントの記録っしょ! まーかせてー!
秋雲がイラストを描き上げるたびに、
「ここにいる深海棲艦は皆、イベントのボスとして登場したものばかりだ。言い換えればその時期、多くの提督に倒された艦ということでもある。歴史と呼ぶにはいささか日が浅いかもしれないがな」
わずか一年と数ヶ月以内。それでもこれは、多くの人類によって記録された「歴史」の一幕に間違いないのだ。
「なるほどな。だが日下部提督、この深海棲艦たちはゲーム用に『倒せる』強さに調整した物ではないぞ?」
「わかっている! そんなものは秋イベの時にムネーメーがすでに見せている……金剛!」
「想念力、充填完了してマース! 概念艤装『ティターニア』起動――異神、習合!」
金剛の姿が、イギリスの民話に語られる妖精の女王を思わせる姿へと変化していく。背中の虫翅が大きく展開し、深海棲艦たちの存在する空間の中央に漆黒の球体が出現する。
「領域定義完了! 妖精界まで吹っ飛ぶデース!」
ティターニアの行使は冬イベから通してこれで3回目となる。もはや金剛は完全にこれを使いこなしていた。
領域定義から発動までの時間は瞬時と呼べるほどに短縮されており、漆黒の球体は深海棲艦たちの離脱を一切許さずに呑み込んで「ここではないどこか」へと相転移していく。
「妖精界への転移。一応は科学に属する技術で、よくもそんなものを定義したものだ」
その戦力を吹き飛ばされたにも関わらず、磨鎖鬼の口調はまだ余裕を失っていなかった。
「だが。『ここではないどこか』とは、要するに『
磨鎖鬼が指を鳴らすと、一度は消滅したはずの深海棲艦が再び実体化していく。
鬼とは
「弱体化したとはいえ、仕留めきれないか」
その光景を目の当たりにした日下部の口調は、まるで吐き捨てるかのよう……、
「――ああ、そんな気がしていたよ。フィン・マックールの
「なんだと……!」
「この戦いを終わらせろ、川内!」
日下部はこの戦いの最初からすぐ傍に控えていた、自身の筆頭嫁艦に向かって叫ぶ。
「概念艤装『チェルノボグ』起動――異神、習合!」
今はまだ太陽は天頂に輝いている。だが
川内の姿が、スラヴ神話に語られる夜の神を思わせる姿に変化していく。どんな神かよくわからないがゆえに、さまざまな神と習合させられ多くの属性を得るに至った存在。
「こんな真っ昼間から言うのも不思議な感じだけど……待ちに待った夜戦だよ! 片っ端から習合させてもらうよ!」
川内は手近にいたルンガ沖重巡棲姫に向かって突撃し、黒刃を閃かせる。その刃が突き立てられた瞬間、深海の姫が一撃で消滅して川内へと吸い込まれていった。
だが川内は、そこで不意に動きを止めた。まるで落雷にでも打たれたかのように、全身を硬直させる。
「どうした川内、チェルノボグに何か異常があったか!?」
「ううん……大丈夫」
「よし、なら片っ端から習合してしまえ!」
日下部が命令を下すと、ようやく川内は何かを吹っ切ったように動きを再開する。そこからはもう止まることなく、言われた通り深海棲艦たちを次々と自身の内へと吸収していった。
そして後に残る敵は、この「戦争」の始まりの時と同じただ一人。
「さぁ、後はお前だけだ。深海磨鎖鬼!」
日下部が言うと、周囲の艦娘たちが一斉に磨鎖鬼に向かって艤装を向ける。
日下部鎮守府だけでも優に百名を超える艦娘に取り囲まれながら、しかし磨鎖鬼はそれでも一切の焦燥を見せることはなかった。
「お見事。よくもこの時期にここまで練り上げたものだ。君たちならば、おそらく艦娘の多様性を保ったまま2047年を迎えることができるだろう。だが今この時は、戦略的勝利を収めたのは私だよ」
「何をわけのわからないことを!」
「君たちにはこれから最大の敵が襲いかかることになる。その悲劇を乗り越えた先で、また会おう」
そしてまるで虚空に溶け込むように、ふっとその姿を消した。
「逃げられたか。高次AIもそうだが、この瞬間移動能力をなんとかしないと本当にこいつらを倒すのは無理だな」
どれだけ追い詰めても、あちらが撤退を選択したならば追撃は不可能。艦娘にも似たような能力があるわけだが、戦争と言いつつこれでは決着が付くことなど永遠にないだろう。
と、そこでアイギスを使用した負荷が襲ってきて、思わず片膝を付く。途中でアイギス使用を中止した日下部でこれなのだから、他の提督たちはとっくに
「提督! 大丈夫!?」
傍らへと戻ってきた川内が、身体を支えてくれる。
「ああ、すまん川内。大丈夫だ。大淀に指揮引き継いで帰還するぞ」
「了解。いつもお疲れ様」
「お前こそ本当にお疲れ様。間違いなくMVPはお前だよ、川内」
「ありがと。夜戦で負けるわけにいかないからね」
「そうだな。でもさっき……のは……」
先ほどのチェルノボグを使った時の不自然な硬直について確認しようとしたところで、ついに負荷が耐えられないほどに強くなり、日下部は
意識が闇に閉ざされていく中で、川内がどこか寂しげな笑みを浮かべたような気がした。
「真琴さん……
ぽつりと呟いたその言葉は、日下部には届いていない。もし届いていたら、日下部はそこにある違和感に気付いただろうか?
そして日下部の知らないことはもうひとつ。遥か上空でこの戦いを撮影していたドローンは、すでにその役割を終えてこの海域から離脱している。
――すべての答え合わせが成されるのは、まだまだずいぶんと先の話だ。
※またまただいぶ間が空きましたが、2046年初夏章クライマックスに当たる「戦争」モードの話です。
深海磨鎖鬼が登場するたびに言っていますが、オリジナルとはかなり別人だと思います(いやまぁ深海磨鎖鬼に限らないのですが)。そして「平行世界に干渉する」能力も本作独自のものです。多分。
量産型アイギスに概念艤装、ここまで積み上げてきたものをフル稼働して日下部は戦術的には勝利を収めました。が、戦略的には?
ちなみに磨鎖鬼が「深海棲艦の勝利だ」と言っていないところもポイントです。
艦これ本編、イベント全甲で完走しています。初めての全甲&友軍前クリアです。海域数が少なかったのが大きいですね。
この後友軍も来るとのことで、イベント自体は来月の上旬くらいまでは続くことでしょう。当方はまだ掘りが残っているので完全に平時に戻ったとは言えないのですが、SSの次話は初夏章の最終話となりますので、ここまで時間を空けずにお出ししたいところです。
以下、保留としていたウィリアムズ提督のプロフィールです。
【イーサン・ウィリアムズ】
性別:男性
年齢:34歳
職業:キリスト教(プロテスタント)牧師→提督
一人称:私
アメリカは真珠湾泊地所属の提督。
真珠湾を含めたハワイ州一帯は深海棲艦に占領されていたが、過去の「イベント」の際に人類統合軍が大々的な解放作戦を行い取り戻した。またこの時にアイオワが人類の前に初めて出現して以来、かつての大戦における連合軍艦も姿を見せるようになる。
真珠湾泊地の立ち上げに際して人類統合軍付きの従軍牧師となり、しばらくは提督や艦娘の慰労に務めていた。
その後再度ハワイ近海を舞台にしたイベントが起こることとなり、この時に「麾下のサラトガを轟沈させてしまった」ある日本の提督の懺悔を受けることになる(ウィリアムズの献身的な慰撫もあり、その提督は立ち直って自らの艦隊を再建していく)。
この出来事をきっかけとし、より直接的に艦娘たちと関わりたいと思うようになったウィリアムズは、還俗して自ら提督となり自身の艦隊を立ち上げることとなる。
幾人かを経て最終的に秘書艦および初婚艦にサラトガを選んだのも、この時の影響。
元聖職者ではあるが元々独身制を取らないプロテスタントの宗派出身である上に、現在は還俗しているため艦娘との疑似結婚に抵抗感は一切なかった。どころか「ケッコンカッコカリであって結婚とは違う」と言い張り、複数の艦娘とケッコンをしている。
よく言えば見た目によらず情熱家、悪く言えば生臭坊主。
ただし神への純粋な信仰心は、間違いなく本物である。